僕と文芸部の愉快な仲間たち

相変わらず、道には人影が無い。


「それで、見た感じ海外に住んでらっしゃる方?あんまりここいらの地理に詳しく無いのも仕方がないですよ」

暫し、彼女は首を傾げ思案している様子だ。

その仕草が、全く女性的で洗練されているのだが、全く魅力を感じない。どう言う事だろう。これは自分を大きく見せようなんて魂胆で言っているんじゃ無いぞ。


「まあ、海外と言ったら当たらずとも遠からず、その通りなんでしょうね」

「どっちですか」

「そうですね。いきなりネタバラシなんてちょっと芸が無いような気がしますが、言ってしまいましょう。その方が気が楽ですし」


さも、うずうずしているかの様に僕の反応も待たずに彼女はその答えを口に出した。


「私は貴方の家の冷蔵庫の精なんです。貴方が冷蔵庫の中身を整理して封印を解いて下さったからこうして出てくることが出来ました」


まさかあ。それにだ、封印なんて大袈裟な。ただのダークマターですよ。

「信じてませんね?」

「信じてないけど?」

「あなた。冷凍庫はいつも使わないから偶にアイスクリームを入れてますよね?」

「それがどうしたっていうんだ?」

「チョコモナカジャンボでしょう?あなたの好きなアイスクリーム」


成程、いかにも僕の愛好するアイスクリームはチョコモナカジャンボだ。たしかに彼女が僕の何らかの関係者である事には一考の余地があるのかもしれない。


「少しは信じて頂けたようで嬉しいです。私の事はワシリーサとお呼びください」

「ワシリーサさんね」

「僕は木幡と言います」

「木幡さん」


しかし、仮にも彼女が僕の冷蔵庫の精なら、居場所は僕の家のはずだろ?僕に態々道案内なんか頼む必要なんかない。おかしいじゃないか。


「何処まで行くんですか?」

「えーと、駅の名前が何と言いましたっけ、確か飯能でしたか」

「僕の家の冷蔵庫の精だったらそんな所に一体何をしに行くんですか?」


何だか質問責めしてしまっているな。質問責めは女性にすると悪印象なんだったっけ。最早気にしないが。


「あなた。あなた反省して無いでしょう?」

「は?何の事です?」

「冷蔵庫を汚物で満たした事です!」


怒る彼女に、奇せずしてとぼけるような表情を作ってしまった。

「いやあれは。必然的にそうなってしまったというか。僕は物の管理が中々出来ない質でしてね」

高校に進学して、『ジュケン…ジュケン…』と周囲から呪文が聞こえ始めた時、進学するなら大学は地方の国立大学に行けなければさもなくば東京で一人暮らしになるだろうなとぼーっと思った時から、まあ、一人暮らしになるなら僕の部屋は散らかるだろなあ、冷蔵庫は腐った野菜や肉で満たされるだろうなあと思っていた。


『ジュケン…ジュケン…』の呪文は結局のところ大方の人間にとって功を奏さず、大方の人間の世界に終末をもたらした事だろう。

兎に角、現実は厳しくもなく、かと言って優しすぎず、予想通りになるであろう事は大概、筒がなく予想通りになるのだ。

だから反省しろなんて言われたって難しいよ。予定調和なんだからさ。



「兎に角、私は貴方みたいな冷蔵庫をいじめる大学生がいるから、この世の冷蔵庫の健康を憂慮し、奔走しているという事です」


妖精とは、そんな物だったか。まあ確かに言い分は分かる。冷蔵庫が使い物にならなくなったら冷蔵庫の妖精にとっちゃ悲しい事だろう。

「私の冷蔵庫の健康を確かめることが出来る温度計みたいな期間があるのですが、飯能には酷い仕打ちを受けている冷蔵庫があるのです。

貴方の冷蔵庫とは比べ物にならないくらい。冷蔵庫の中は腐った物で溢れています」

「それで僕にその駅まで案内しろと」

「そういう事です」

確かに、ダークマターのある冷蔵庫は可哀想かもしれない。機能不全に陥っている訳だから。


それに、冷蔵庫にとっちゃ敗北でもある。なんせ物を新鮮な状態で保つ事が出来なかったんだから。

「それじゃあ向かいましょうか。実は駅は近いんですよ」

徒歩十五分位か、通りを幾つか右左に曲がったところにこぢんまりとしたと駅がある。

西武線が通っている駅だ。ここは入間市だから飯能市まではかなりの短時間で行けるのだ。

ただ、一つ心配な事があって今の時間、果たして電車は出ているのか。そろそろ日を跨ぎそうなんだよな。

一抹の不安を抱えながらもひとまず僕と彼女は駅に向かって歩き出した。


***




僕とワシリーサさん、二人で夜道を歩いているが長い間沈黙が降りている。彼女は妖精だから関係ないのかもしれないけれど、僕は気不味い。彼女が話を振るつもりがない限り、こちらから切り出すしかないか。さて、どうしたもんか。


「ワシリーサさん、ワシリーサさんは何か最近いい事ありました?」

「私ですか、そうですね。特にありませんね。私は妖精ですから。具体的な記憶は曖昧な物で」


そうか、こうして言葉が通じても妖精と人間だと結構違うのか。となると、彼女はこうして僕の様に死について何か思い悩む事も無いのだろうな。


「妖精は死ぬ事ってあるんですか」

「妖精が死ぬ時、それは宿り先が必要のない物と世間から切り離されて仕舞った時ですかね。

心当たりがありませんか?ブラウン管テレビの精とか、折りたたみ式携帯電話の精とか、彼らはもう虫の息ですよ」

「それでもまだ辛うじて残っている」

「そうです。ヒエログリフだって、銅鐸だってもうとっくに必要のない物ですが今の世界にも残っているじゃないですか。

だから人間が人間に興味を持ち続ける限り妖精に死というものはないのかもしれないですね」

そっか、それは僕が人間としてこの後また生きていく上で希望が持てる事柄だね。


「一蓮托生って訳だ。僕と貴女で一足早く友好条約でも結んでおきましょうか」

「貴方のその言い分だと、人間が人間に興味を持つ事を永遠に辞めない様に聞こえるのですが。それはそこまで確実な事じゃないでしょう?」

冷蔵庫の様な温度感で僕を突き放す、そんな口ぶりだった。確かに、それは確実に言えることではないのかもしれない。


「でも、僕はそうであると信じたいね」

「どうでしょうか。私たちはきっと今の神様と同じような扱いになりそうな予感がして」

こと日本人は他の世界に比べて宗教が定着していない。無神論者が取り分け多いのがこの日本という国の特色の一つだ。


「妖精も神様みたいに、不必要だったら否定される存在だと?」

「ええ。貴方も、神や妖精なんて信じない人でしょう?」

信じていない、全く。けれど妖精に関しちゃ居たら楽しそうじゃないか。

「こうして目の当たりにしてしまったら信じざるを得ないね」

僕の冗談に笑ったのか、冗談を本気で信じる自分の酔狂に笑ったのか、彼女はそれを聞くと満足そうに微笑むのだった。


その後、今度は彼女から切り返しがあった。


「それではやはり、木幡さんにとって死ぬことは怖いのでしょうか」

「どうかな、僕にはまだ、そんな事を思う資格すらないんだと思う。僕は死にたいんだよ。事あるごとにそんな事を言ってる。

そんなありきたりで、世界に溢れている言葉に一喜一憂する様な奴が、然るべき死への恐怖なんて持たず、生きている自覚すら持たずにそんな事を言ってるんだよ」

何だか、初対面の人、妖精?に言う事ではないのだろうが、言葉が溢れ出てしまった。

まあ、さしたる友人を持たないから、こういった類の話題について考えをぶち撒ける機会を持たなかったし。ワシリーサさんには申し訳ない事をした。


「でも死んでないですね。何か、やり残した事がるのですか?」

「沢山ある。それが問題だよ」

ワシリーサさんは僕の前に回り込んで、向かい合って言う。


「だったら、聞かせてくださいよ。貴方の人生のこと。私は貴方に冷蔵庫を掃除して貰って嬉しいのです。例えそれが貴方によって引き起こされた問題だったとしても。だから、悩みくらいは聞いてあげますよ」

だったら、何から話そうか。

そうだ。先ずは僕の少しばかりの友人、それと生き甲斐の話をしよう。


***


「そうだねー、何だかんだで僕は文芸部っていう組織に僕は所属しているんだけれど、そこでの活動が僕の生活の糧になっているね、遊ぶ奴もそこから、趣味の活動もそこから」

「良いじゃないですか。死んだら文芸部の活動に行けないですよ?」

見つけた!とばかりに意気込んで彼女は僕を励まそうとする。

でもな、そう言うんじゃ無いんだ。現状はどうやったって拭いきれない絶望なんだよ。光だけを見据えようとしたって視界の端っこにそんな絶望が見えるのさ。


「まあそうなんだけどさ」

「聞かせてくださいよ。あなたの文芸部の事」

「まあいいよ。まず、文芸部から名のある作家らしい作家は出ていないんだ」


僕はそう言ってから思い出した。そう言えば身近すぎて思い出せなかったけれど、一人いた。僕の先輩、もとい師匠が。



「師匠は半端ないんだぞ。一つ有名な武勇伝があってさあ。

あれは去年の夏だったか?師匠の同級生が部室で何やら悩んでいたらしいんだよ。何でも新人賞に応募するって意気込んでいてさ。

その意気込みは素晴らしいことなんだが、どうにもその題材すら思い浮かばないらしくて、机に突っ伏して悩んでいたのさ。

そこに我が師匠たる箕谷さんが部室に入って来た訳だ。

『新人賞に応募しようと思ってるんだけど、何にも思いつかないんだよ。どうにか気分を転換したりして書いてやりたいんだけど、箕谷センセー。なんかいい方法とか無いですかね?』

『無いねえ。でも、アイデアなら与えてあげるよ。今ちょっと暇だし、気分転換したい気分なんだよ』

箕谷先輩はそうして部室に並べてある本棚の前に腰を下ろした。それから本を無作為に二十冊位手に取って、これまた無作為に頁を手繰り出したんだ。

その人は椅子に座ったまま呆然とその箕谷先輩を眺めていた。そんな時間が20分位すぎた頃、ようやっと先輩は立ち上がったかと思うと、メモ帳を取り出し、何やらペンで少し文章を書いたそうだ。


何をやっているのか聞くと、小説の構想とプロットを大方決めたが、飛ばないようにメモを取っておいたらしい。その後、そのメモ帳をその人に放り投げると、一言。

『そのメモ帳、まだ大分余白があるだろう?紙の質は悪いがそれなりに便利な物だ。後は持ち合わせのペンを使え』

始め彼女が何を言っているのかわからなかった。部室に入るなり手助けを名乗り出るような事を言って、二十分間本棚の前に立って、一体何を始めるのか。

これは彼女の持っている有名な武勇伝だから、今の僕たちには想像に難く無いけれど、次に彼女の口から出た言葉は『割れた酒瓶を振り回し、暴れる男がいる。衆目に晒されながら、尚その振る舞いを辞めない。

この物語に於いては名も無い群衆の内の一人は見た。

彼の目は押し寄せる怒りに身を任せるでもなく、悲しもうともせず、正反対に至って冷静で落ち着き払った物だった。これより始めるは私が見聞きした…』彼女はその人に口述筆記をしろと言ったのだ。

彼女の口は止まらない。そいつは必死に手を動かしたが、いくつか追いつかずに取りこぼした文章すらあった程で、それは気がつけば日が暮れ、日付すら変わろうという時間まで続いた。

その間も、一時も彼女の口は止まることが無かった。


まあ、水を飲むくらいはしただろうけれど」

「それで、どうなったんです?」

「どうなったと思う?その彼女の呟いた物語は面白かったと思うか?これはちょっと狡い質問だったかな?何せ答えが見え透いてしまっているから。

そうだとも、彼女の呟いた話は残念ながら面白かった。

そこいらの文芸愛好家が数ヶ月頭を捻って考え出した物語なんかよりも衝撃的で引き込まれる言葉選びで、話の構成なんかも卓越していた。

何より、実際に心を揺さぶられる程のリアリティがあった。又聞きでよく分からないんだけどね。

その人が一番感情的になって言うには、いや、最早それは訴えに近い。

ただの与太話じゃ無いんだよこれは。彼女は、箕谷先輩は物語を呟くまえに笑ったんだ!これからこいつは絶望して、感情を私に抜き取られ、筆を無様に折るのだ。そしてその後椅子から動くこともなく、自分の細やかな道楽がどれ程の覇道であったかを知り、打ちひしがれるだろう。

それを想像して笑ったんだよ!確かに彼女の通りにそいつは絶望した。当たり前だよ。そんな事をされたら。そいつは歴然とした才能の差を見せつけられて、以降文芸部の部室には顔を出さなくなった。

そいつの細やかな抵抗はその物語を原稿に纏めて新人賞に応募しない事だけだった。

しかし、そのメモ帳は幾人かの手を転々とした後、結局原稿に纏められて賞に応募された。

その作品は受賞には至らなかったものの、最終選考に残ってこの作品に賞をあげるかあげまいか随分議論が交わされたらしい。当の本人に至っては『即興で作る小説にはそれなりに良さがあるんだよ。勢いとか、情熱とか、私にしちゃああの筋書きは少々ご都合主義がすぎるじゃ無いか。悪くは無いがね』なんて薄く笑いながら話すんだ。言うまでも無いがそいつはそれ以降文芸部に顔をださなくなった。


このエピソードに限っちゃ現実は小説より奇なり、なんて至言をよく聞くのだけれど確かに事実だけを見れば奇妙な出来事だが、しかし渦巻く感情を取り上げればこの物語は酷くありきたりで許され難い残酷さを持っているよ」

ワシリーサさんは僕の話を黙って聞いていた。彼女はこんな話を聞いて一体どんな感想をよこすだろう。


「随分楽しそうにお話しなさるのですね。人の絶望する話なのに」

全く想像だにしない方向からの言葉であった。確かに、僕はこの話を意気揚々と語っていたか。


「他には誰かいるのですか?あなたが落ち込んだままの顔をしているより全然マシです。もっと聞かせてくださいよ。文芸部の事」

どうやらこの話は、彼女にとって好評だったみたいで、僕はまた続けて話し出した。


楽しい事を考えて、話している時間はふと、「死にたい」なんて考えを忘れられる。それが一体何になるかは分からないけれど。そもそも「死にたい」なんて考えに込み入った事情がある訳でもない。


「他に、他に誰がいるだろう。

葉多だな。あいつは悪い奴だ。あいつは駄目だ。比較的他人に関心がない僕だって気に食わない奴くらいはいる。それが葉多だ」

「そんなに。声を荒げる程嫌いなんですか」


嫌い?嫌いとはちょっと違うかなあ。圧倒的に気に食わないが、結局会えば何だかんだで話し込んでしまうしなあ。兎に角、葉多という人物は、自分で周囲に悪印象をばら撒いているに違いない。そういう奴だ。


「我が大学でも文芸部に入部する希望者が毎年、少しだけ居るのだけれど、その時入部希望者は任意で短編の執筆を求められるんだよ。

それで多少なりとも書いてくる新入部員が居るんだけど、そうだよ。中には慣れない作業だけど折角の機会だから一生懸命物語を捻り出してくる子がいるのさ。

葉多って奴はそんな子達の作品を容赦なく貶めていくんだ。

ちょっと違うか、凄く辛口の評価をするんだよ。それも面と向かって本人に。そんな酷い事をする奴があるか。

四月いっぱい、彼は毎日部室にいた。短編を書いた新入部員が物見遊山に部室に立ち寄ると、その場で彼の批評が始まった。

あれは三人目くらいだったかな。部屋には葉多と、僕と、箕谷先輩がいて。

「君の小説は脆弱だ。脆い。酷く脆い。

先ず評価できる点を挙げよう。君の閃きだよ。小説の題材においてのみ発揮された物だ。確かに、ネットサーフィンを勤しむ引きこもりが安楽椅子探偵を始める。それだけ見れば少しだけ興味をそそられるね。

しかしだ、中身を見たら悉く酷い出来だ。

先ず持ってきた事件のネタが悪い。これは乱歩から持ってきたね?」

新入部員の女の子は恥ずかしげに頷く。

「推理のネタを他の作品から持ってくる事に関して僕は悪く言わない。あのコナン・ドイルもシャーロックホームズでやっている事だ。

しかしな、如何せん選びのセンスがない。センスが無さすぎる。どうしてインターネットがある現代で50年以上前の作品のネタを引っ張ってきた?時代錯誤も甚だしいよ。これは当たり前のことだ。当たり前のことすぎて指摘を始めたら日が暮れてしまうから言わないが。

推理のネタを他の作品から持ってくると言うことは他の部分に魅力がなきゃいけない。当たり前だろう?


許せないのはこの引きこもりの主人公、小鳥遊の事件解決方法だよ。

こいつの思考回路があり得ないくらいの常識人ぶりなんだよ!十数年外に出ていない人間が、まともな常識を持ちうるわけがないだろうが!そこから奇想天外な事件解決方法を編み出すのがこの物語の醍醐味にすべき所だろうが!間違っても依頼者からのコンタクトを間に受けて外に出て直接会おうと玄関の前で奮闘する主人公の姿がこの物語のクライマックスでは無い!お前は事もあろうかこの出来のいい素材からどこにでもある様な安っぽいドラマを演出しようとしたのだ!

お前には才能がない!考えもしなかったのか!こんなんじゃ駄目だと!


極め付けは言葉選びのセンスだ。この語り手はどうやら含蓄のある名言らしきものを垂れ流している様だが、お前は名言がどの様にして生まれるのか分かっているのか。

土台が必要なんだよ。名言は何もないところからポツリと出てくる訳じゃない!際立たせる事を覚えろ!」

「やめろ」葉多の言葉にはだんだんと熱がこもってきて、いよいよ最早キレ散らかしている様にしか見えない剣幕にまでなっていたから、流石の先輩も見かねて止めに入った。


「葉多、もう辞めなさい。言い過ぎだぞ」

「そんな事を言っても、まだ言いたい事の三分の一位しか話せていませんよ。確かに、落ち着きが無く、脈絡がなく話が拗れているかもしれません。

ですが!俺は決めているんですよ!作品に対しては俺は正直に向き合うとね!」

箕谷先輩は宥める様に言う。「誰にも凡人から努力する権利を奪うことは許されない筈だ」

「先輩。その考え方は安易ですね。それは神にのみ言う事が許される言葉だ。僕がやっているのは自然淘汰と同じ事なんですよ。

この小説を書いた彼女はこれを機に確かに創作活動に意欲を出していくかもしれない。僕が今まさに飛び立とうとしている鳥を撃ち落としてしまったかもしれないのは事実です。ですがね、飛んだ鳥が今後狩られない保証は無いのですよ。

それが今か、それより後かの話で。

今貴女に彼女は救われたかもしれない。でもそれだけです、次の日にも彼女の心は折れているかもしれない。

だから僕に彼女の心を折る権利がないと言うのは業腹だと思うのですよ。

ただ、先輩は確かに身を立てている作家です。俺なんかより全然神に近い。だから理不尽にも俺の狩りを止める資格がある。ただ、その場合先輩には今、俺の目の前で「私は神だ」と宣言してもらう必要があると考えます」とね、全く酷い言い草だろう。

新入部員の女の子は音もなく部屋から出ていってしまったよ。こうして彼は今までで三人の新入部員を入部早々幽霊部員にした。

だから葉多って奴はね、本当に他の部員から嫌われているんだよ。

奴がいつもこんななのは奴には一つ確かな信条があって、これは奴自身も頻繁に言っているんだが、「作品には嘘をつかない」って事だ。

明らかにやりすぎなんだけど、そこだけは評価してやりたいかなあ。あいつらしさでもあるし」


それにもう一人特徴的な人物がいるな。文芸部のマドンナ!興が乗って口が回り出した僕はもう、ワシリーサさんの事なんか気にせず喋っていた。

当時は相当、誰とも喋っていなくて退屈だったんだなと思う。とにかく僕は喋る喜びを嚙み締めた。

「後は粟生ちゃんだな。粟生ちゃんは天使なんだ・・・」

通り沿いのコンビニを抜けたら突然駅が見えた。市街地を歩いていれば駅は突然現れる。人気のない駐輪場を二人で抜けていく。


そうして僕らは改札へと繋がる階段を上がる。店は軒並み閉店してシャッターで閉じている。

悔しくも、話が途切れてしまった。文芸部の話よりも終電が何時までかの心配の方が勝ってしまったからである。


結果を言えば電車には何の問題もなく乗る事ができた。各駅停車でも飯能までならそう時間はかからないだろう。

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