救いとは


「なんで……なんで、こんな目にっ! お父さん……お母さん……お姉ちゃんっ!」


自身の生まれた村が見える丘の上から、少女は燃え盛る村を見つめ自らの不運を呪った。

自分達はただ平和に生きてきただけなのに。

それなのに突如現れた災害とも言える魔物と言う存在。どこぞの狼や村の人々とは違い、少女にとってはそれはただの厄災であった。


少女は知らない。

それが魔物と呼ばれる存在であり。ただの人々にとっては抗いようのない埒外の存在であることを。


少女の視界には人より巨大な蜥蜴が村を破壊し、必死に逃げ惑う村の人達を踏み潰すのがハッキリと見えた。

時に火を吐き、時に人を喰らう。

まさに絶望である。



~少女side~


なんで、なんで!

そんなことばかりが頭の中に浮かんでくる。

本当ならここにお姉ちゃんがいるはずだった。大好きなお姉ちゃんと逃げるはずだった。


思い浮かぶのは、途中で倒れてきた家の柱から私を庇って、代わりに足を挟まれたお姉ちゃんの姿。

柱は村の男3人で運んでくるほどの重さ。まだ小さい私やお姉ちゃんには、どうすることもできるはずがなかった。



「お姉ちゃんは後から行くから先に行ってって言ってたけど……いや、お姉ちゃんは来る。ちゃんとお母さんとお父さんと一緒に来るはず……! だから……」


だから、諦めちゃダメだ。



ギャォォォォ!!


甲高い音が響いた。



この音は……あの化物の?

ふと、化物がいた場所を見た。


そこは、お姉ちゃんが足を挟まれて倒れていた場所。


「お姉ちゃん……? 大丈夫だよね?」


恐怖で震えてしまう。

お姉ちゃんがもし、もし死んでしまったらと考えるとさらに震えが酷くなった。


火が広がって村の周りの森は真っ赤になっていた。


もう少しすると私のところも危ないかもしれない……ても、ここで集まるって言ってたし。


もう一度化物に目をやる。すると、あるものが見えた。


「う、うそ……でしょ? お姉……ちゃん?」


怪物が口にお姉ちゃんを咥えている。

嘘だ。

そんなはずがない。

お姉ちゃんはまだ生きてる。

あれは、お姉ちゃんじゃない。


だって……また、会うって。


化物が咥えているお姉ちゃンを見る。


ふと、怪物が頭を上に向けて………



お姉ちゃんを飲み込んだ。




「嘘だ……嘘だよね。嘘だ嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘うそ……あぁ……ああぁぁぁ……あぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!」


うそだ!


うそだ!


嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!



必死に化物の足元にお姉ちゃんがいないか探す。

きっと、まだあそこにお姉ちゃんがいるはずだ。まだ、助けを待ってるはずだ。


待ってるだよ……まだ。


いやだ……そんなわけがない。あれは、あれは………………お姉ちゃんだ。



「うぁ……うぅ……うわぁぁぁぁぁぁあぁ! お姉ちゃん!! お姉ちぁぁぁぁぁぁぁん!

お姉ちゃんを返せ! 返してよ化物!」


私の声が聞こえたのか、ゆっくりと化物がこちらに顔を向けた。


怪物の目がハッキリとこちらを見た。


その目は全てを飲み込むかのように真っ黒で虚ろだった。


その目を見た瞬間、今まで押さえていた恐怖が一気に押し寄せてきた。


「ひっ……や、やだ……そ、そうだ、お父さん……お母さんが、まだ、生きてる筈……! 逃げなくちゃ……!」


逃げなくちゃいけないのに足が動かない。

必死に逃げようとしている今も化物がゆっくりとこっちに向かってきてる。

化物との距離はどんどん縮まっていく。


逃げようにも逃げれない。



死。


その事が頭に浮かぶ。


逃げないと……逃げて………逃げて?



逃げて、それで……それからは?

もう、お姉ちゃんはいない。

考えないようにはしていたけど多分、お母さんとお父さんも……。


ふと、その事を考えた途端に怖いという感情がすっと消えていった。




このまま……私も死ねば、お母さんやお父さん……お姉ちゃんの所にいけるのかな。


こちらに向かってくる化物の姿を見る。

大きな口に全てを踏み潰す巨大な足。傷つけることなんて絶対にできそうにない鱗。そして、口の端から漏れ出る全てを焼き尽くすかのような炎。


あれなら、死なないなんてことは絶対にないと思う。


もう、いいや。




巨大な目が私を睨んでいるのがわかる。


ほら、私はここだよと言わんばかりにその場に寝そべった。


ゆっくりと顔が近づいてくるのを目を閉じた。

死ぬときって痛いのかな。痛いならすぐに殺して欲しいな。


でも、いくら目を瞑っても痛みはこなかった。

代わりに凄まじい音が辺りに鳴り響いた。




不思議に思って目を開けると……そこに、あの化物はいなくて。


多分、あの化物の血が雨のように降り注ぐ中、化物が居た場所に……


神々しいまでに美しい狼がいた。







~ベルside~


あ、どんどん人の気配が減ってる。

どうしよう、残り1人になっちゃった。

別にそのまま放置しても良いけど……まぁ、間に合いそうだし助けようか。


感じた気配の主が見えた。

おぉ、でかいトカゲだ。火も吹いてる。

あ、女の子が襲われかけてる。丘の上にいるみたいだけど、背後には崖があってあのまま行けば落ちて死んじゃうね。


あのトカゲも人を襲うなんて面倒くさいことするね。襲われた村の人からしたら堪ったものじゃないだろうし。もう、1人しかいないけど。

まぁ、でも所詮火を吐くトカゲだから大きな被害は家を壊してる程度だね。

大地とか抉れてるわけでもないし。


まぁ、魔物の中じゃ雑魚に入るかな。

このトカゲよりも昔見た、体が液体でできたスライムみたいな魔物の方が全然強いね。

火を使おうにも消化されるし、物理も効かないし、なんなら口や鼻に入り込んでこようとするし。

あの魔物が戦ってるとこ観察したけど。

肺に入り込んで陸上で溺れさせるとか言うえげつないことしてたよ。


まぁ、それはどうでも良いや。

じゃあ、初めて会ったトカゲには申し訳ないけど。人を襲ってるみたいだし、仲間に迎える必要ない。


トカゲ君は駆除対象だ。


じゃあね。




女の子を襲いかけてるトカゲに一瞬で近づくと弾け飛ばした。




辺りに血肉が飛び散って赤い雨みたいになっちゃってるけども。

まぁ、いいや。


チラリと女の子の方を見てみる。


おぉ~15、6歳くらいかな?

何故か地面に寝転がってこっちを見てるけど。



『やぁ、大丈夫? 君、危ないところだったね』


「……貴方が私に話しかけてるの?」


『お、そうだよ~理解が早いね。魔物に襲われるなんて災難だね』


「…………魔物? あの化物のこと?」


『そうそう、あの大きなトカゲは魔物って言ってね。まぁ、普通の動物と違うのはわかると思うんだけど。あの感じだと、同じ種類の魔物から産まれたんじゃなくて、魔力溜まりから自然発生したのかな?』


「貴方も……魔物? それに、魔物に詳しいんだ……」



すごく質問してくるね。好奇心旺盛なのかな。


『私は魔物じゃなくて神獣かな。あまり違いはないけど。魔物とは比べ物にならないほど強いって思っておけば良いよ。魔物に詳しいのは、あれを生み出した原因って言っても過言じゃないから調べたと言うか……』


「……あれを……あの、魔物を生み……出した……?」


『あ~生み出したと言うか勝手に生まれたと言うか。まぁ、私が生み出そうと思って生み出したわけじゃないよ』


「あれを……生み出した……? じゃあ、お姉ちゃんは……」


『いやぁ、ごめんね。もうちょっと早く来てたら、あの村の人も何人か助かってたんだろうけど』


「………………貴方は、来ようと思ってたら……もっと、もっと早く、来てたの?」


『え? あぁ、うん。多分全然間に合ってたよ』


「なんで……なんで……っ!」


『大丈夫?』


女の子は私の方をしばらく見るとふと、何かを諦めたかのように静かになった。


しばらくして、女の子に私と一緒に着いてくるか聞くと黙って頷いた。



―その日の夜―


あの女の子はあれから静かに。ただ静かに過ごしていた。


あれから、この丘の目茶苦茶近くに洞窟を見つけたから、そこの中を燃やして女の子を連れてきた。

洞窟の中を燃やしたのは私は別に平気だけどヒルとか、細菌とかいたら女の子が危ないからね。念には念をってことで燃やして殺菌しといたんだよ。


今は焚き火で女の子に暖をとらせてる。

食べ物は果物とかをあげておいた。

すぐにあの村に連れて行っても良いんだろうけど。

やっぱり自分が育った村から離れるのは時間が必要だと思うからね。


パチパチと薪が燃える音が響く中、女の子が口を開いた。


「ねぇ……私以外本当に誰もいなかったの?」


『うん、この周りに人の気配は無かったよ』


「そう……もう、会えないのか」


『君のお父さんとお母さん、お姉さんは魂になって天界に行ったんだよ』


「天界……? そこってどこにあるの?」


『天界は死んだ人が行く場所だよ。死んだら人も動物も、虫だろうと魂ある存在は必ずたどり着く場所。この世にはない場所だよ』


「死んだら……皆たどり着く……」


『うん、君も私も死んだらそこに行くんだよ。君の両親もお姉さんもそこに行ってる。だから、君が老いで死ぬときに皆に会える筈だよ』


「…………」



安心させるために魂と天界のことを教えると、女の子は黙り来んでしまった。

それにしても、会話が続かない。

こういう時って、どう声かければ良いんだろう。

エンリちゃんの時みたいに話しかけても意味ない気がする。



「……もう寝る」



どうしようかとウンウン唸ってると女の子がそう言い放ち。洞窟の少し奥に作った簡易ベッドの方に向かって行った。


女の子はもう寝るらしいし、私も寝よう。


火を消して洞窟の端っこに移動すると、その場に丸まって眠りについた。


















朝起きると女の子がいなかった。

あの娘を探そうと洞窟の周りで思念を広げたけど、反応はなかった。


しばらく探し続けると女の子を発見した。



崖の下に手足や首が曲がり血まみれの姿で。





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