別れ
ドルフが倒れて1週間が経った。
あのあと、ドルフは1日中目を覚まさなかった。ドルフが倒れたことを知ったつくねとエルスは急いでドルフの元に行って1日中そばから離れなかったよ。
ドルフが目を覚ましてから1人と1羽は爆睡。
だから、今度は私がドルフの世話をすることになった。
ドルフは見た目こそ元気だが、体の内側……内臓がガッツリと弱ってた。
こんなに酷かったらもっと前から違和感に気づいても良かったはずなのに。
ドルフはただ黙って看病を受け入れていた。
まぁ、夜な夜なつくねやエルスを個々に呼び出して、何かを話してるのは知ってるんだけども。
今日は私がドルフに呼ばれた。
ちょうど良いや。聞けなかったことを聞いておこう。
覚悟を決めるとドルフが休んでいる部屋に入った。
「……来たか。まぁ、そこら辺に座れ」
『ドルフ……1つ聞きたいことがあるんだけど』
「なんだ?」
『いつから気づいてたの?』
「……なんのことだ」
『誤魔化さないでよ。ドルフが倒れたときに体を調べたけど。体の内側が酷いことになってたよ。あんなに酷かったら本来だったら気づいてない方がおかしい』
「そうか、それで?」
『……ドルフはいつから、自分の体が限界に近づいてるってわかったの?』
「…………1年以上も前のことだ。いつものように鍛冶をしていたら急に手に力が入らんくなってな。まぁ、その時は一瞬だけだったからあまり違和感は覚えなかったんだが……まぁ、あの時だろうな」
『それって、あ……あの時の険しい顔をしてた……?』
「別に険しい顔なんぞしておらん。まぁ、そうだな」
そうか、あの時様子がおかしかったのは自分の体の違和感に気づいてたから……それを私やつくねに気づかせないようにしてたんだ。
「まぁ、そんな暗い話より。楽しい話をしよう。そういえば昔、お前さんが鉄鉱石を食べてたことが─────」
その日の夜は、今まで楽しかったことや大変だったことを語った。ドルフがそれを望んだからだ。
───────────
───
─
話をして4日経った。
『つくね……ドルフはもう長くない。下手すると1月もないかもしれない』
「……ピッ」
ドルフは日に日に少しずつだけども、弱々しくなっている。やはり老いには勝てないらしい。まぁ200年は人間にとっては長寿を越えてるしね。
逆にここまで生きれたことが凄いって言える。
今日の夜も私が呼ばれているから向かうことにする。
部屋に入ると私が用意した特製のベッドの上で上半身を起こして、手に持った金槌に目を落としていた。
「ベル、1つ儂の昔話を聞いてくれねぇか」
『? 何?』
「儂の母さんの話だ。昔、説明したことがあると思うが。母さんはな……この村の外から来た人間なんだ」
ドルフが言っている母親はあの村の人だと言うことがわかっている。
ドルフも母親自身からそれを聞かされていたようだ。
「母さんがな……儂がまだ小さい頃、よく話を聞かせてくれた。母さんが洞窟の民と出会う前の旅の話、この世界に存在する国と言う大きな村のような場所、世界が平らではなく丸いということ、母さんが使える力のこと、母さんの故郷。沢山のことを話して教えてくれた」
『良い母親だったんだね』
「あぁ……こんなにも老いてなお記憶にしっかりと残っているほどには大切な人だった」
『そっか……』
「まぁ、そんな色々な話をしてくれていた母さんの話の中でもよく喋ってくれていた話がある。今でもその話は儂の記憶の奥底に刻み込まれてるほどにな」
『へぇ~……どんな話なの?』
「……
『っ! それは……』
「母さんは、私たちが崇めている神様はとてもとても素晴らしい神様で、天候、遊戯、植物、食料、氷、雷、様々な物を司っている神様……と言っていた。その姿は荘厳で、目にする者全てがひれ伏す程の気配を纏った、雪を思わせる巨大な白銀の狼」
「……なぁ、お前さんのことだろ? ベル」
どうやらドルフは神狼教で崇められてる神だと気づいていたらしい。
まぁ、いつかはバレるだろうって思ってたけどね。まさかこんな最後の最後に言われるとは思ってなかったよ。
『……気づいていたんだ。一体いつから?』
「お前さんと出会った日から……と言えれば良かったんだがな。ずっとハッキリとお前さんが
『そうなんだ……私が神だと知って何か変わった?』
「いや、お前さんはお前さんだ。よく儂と一緒に鍛冶をして、仲良く酒を飲み、飯を食べ、たまにバカなことをして今まで一緒にいた大切な仲間……いや、家族のままだベル」
『ふふ、ドルフらしいね。私が神って呼ばれてることを知った人達は大抵が
「ガハハ……そうだな。だが、儂の家族と言うことに代わりはない。まぁ、お前さんが神というのなら1つ聞きたい」
『何?』
「人は、死んだら……どうなる」
ドルフは真っ直ぐと私の目を見つめて聞いてきた。
どう言えば良いんだろう。
人は死ぬと魂だけの状態になり、天界と呼ばれる魂の保管所に行く。
そこから先はどうなるかは私でもわからないけど……多分魂が初期化される。
記憶や経験なんかは多分どこかに保管されると思う。
つまるところ……ドルフと言う存在は消えてなくなるか、もしくは情報を別の所に移されるかのどちらかだと思う。
随分と前にネロと話したときに別世界では、死者蘇生なんかが存在するって聞いたことがある。だから完全な初期化ってわけではないと思うけどね。
まぁ、所々ぼかして伝えよう。
『人は死ぬと、魂になって天界に行くんだよ』
「天界……? あぁ……そういえば母さんに神狼教の教典を教えられている時、そんなことを言っていたな」
『え"……な、なにそれ。ま、まぁいいや。えっほん……魂の状態になると、今まで見えなかった物が見えるようになるんだよ。例えば魔素とかね』
「よくお前さんが言ってるやつか。ガハハそう考えると少しだけ、死ぬのが楽しみになるな」
『そっか……まぁ魂の状態になったら天界への入り口が自然とわかるから。基本的に空に多いよ』
「そうか、なら死んだら空にでも向かうかな」
『…………今は……今は死んだ後の話じゃなくて、今の話や過去の話をしようよ』
「……そうだな」
その日もドルフと過去の話をした。
200年近くも一緒にいたんだ、2日で語れるほど内容は薄くないよ。今日はドルフが早くに眠ったからそこまで話せなかったけど。
──────────
───
─
最近、つくねが鉱石を集めている。
いや、集めていると言うよりかは仕分けてるの方が近いかな。
未だに洞窟の民は洞窟を拡張して鉱石を掘り出しているから、鉱石は減るどころか増える一方だからね。
まぁ、そんなこんなで今は鉱石関連はつくねの管轄になってる。
そんなことはどうでもいい。
今日はドルフが私、つくね、エルスの全員を呼んだ。
最近はご飯も水もあまり取らなくなっていたし。嫌な予感がする。
「全員……集まったか」
『うん』
「えぇ」
「ピッ」
部屋には緊張した空気が漂っていた。
ドルフの声は弱々しく誰がどう見ても本当にあとが長くないとわかる。
でも、声は弱々しいのに今までにないほどに覇気があった。まるで、最後の力を全て注いでいるかのように。
「ふぅ……まず、エルス」
「はい……」
「お前さんとは今日の夜まで話してきたからそこまで深く語らんでもいいだろ」
「…………そんな、まるで最期みたいな「最期さ」っ!」
「儂の体のことは儂が一番わかっている。もう、3日もないかもしれん。それでも長くもってだ。明日か……もしかすると今日の夜か」
「そんなこと! ……っく」
「落ち着けエルス……こっちに近づいてくれんか」
ドルフはエルスに自分の傍に近づくように言った。そして、背後からなにかを取り出した。
「受けとれ」
「……これは?」
『それは……』
「あぁそうだベル、お前さんに教えてもらった弓とやらだ。エルス、ベルに使い方を教えてもらえ。こやつはこんなだがな、教えるのはとても上手い」
「……はい。お爺さん……いや、お父さんっ……僕を育ててくれて……うぐっ、ありがとう……ございます!」
エルスは……泣いていた。そこそこ一緒にいるけども。私はエルスが泣いたところを見たことがなかった。いつも笑顔で自然のことを永遠と喋っている……そんな所しか見たことがなかった。
「ガハハ……そう呼ばれるのも懐かしいな」
「はい、うっ……僕はお父さんの息子で、本当に……良がっだ!」
「そんなこと言ってたらお前を産んでくれた本当の両親が悲しむぞ?」
エルスは涙を拭った。
そして、呼吸を落ち着かせると真っ直ぐとドルフの目を見て言った。
「いえ……僕にとっての育て親は……あなただけです。お父さん」
「ガハハ……! そうか、先に逝ったあやつらに申し訳ないな。お前達の子供を奪ってしまった。まぁ、誰がどう言おうとエルス、お前は儂の息子であり…………大切な家族だ」
ドルフはエルスを抱き締めると、ほんの少しだけ嬉しそうな顔と少し寂しそうな顔を浮かべた。
「ふぅ…………次は、つくね」
「ピッ」
「こっちにおいで」
ドルフは手を広げるてつくねを迎え入れると、自分の膝の上に乗せた。
「つくね、儂はお前さんの言葉がわからん。だがな何を思っているのかは、なんとなくわかるんだ。だからそう悲しむな」
「……ピ」
「ガハハ……安心しろ。儂はまだどこにも行かん」
「ピ?」
「フッ……そうだな。お前さんと遊べる時間は少ない。いや、もうない」
私でもつくねの考えていることは、うっすらとしかわからないのに。ドルフはつくねの考えていることが、きちんとわかるらしい。
毎日のように可愛がってたもんね。
「つくね……お前さんに渡すものがある」
そう言うとドルフは自分の手に着けていた赤い指輪を外すと、つくねの脚に嵌めた。
その正体は、あの赤い金槌を保管している環だった。
つくねの脚に通されると少しだけ小さくなりピッタリと嵌まった。
「ピ?」
「つくね、お前さんは儂の鍛冶をよく手伝っていたし、よく鍛冶を見ていただろ」
「ピ! ピピピ!」
「何? そうか、儂の鍛冶の仕方は全部覚えているか! そうか……つくね、鍛冶は好きか?」
「ピ!」
「そうか、その脚に嵌まっている環はな。物を収納できる。その中につくねへの渡し物がある。もし、もし鍛冶をしたいのだったら使うと良い」
「ピピ?」
「なぁに。鍛冶だけでなくとも武器がほしかったら使えば良いさ」
「ピー……」
つくねから伝わる想いは、鍛冶とドルフのことだった。ドルフが鍛冶をしている所が1番好きという想いが1番強かった。
「さて、最後にベル。お前さんだ」
『うん』
「先にこれを渡しておこう」
ドルフはそう言うとあの雷のハンマーと黒い球……スコルを取り出した。
「スコル、これはお前さんの為に作ったんだ。受けとれ。ベルもわかっているだろう、その球がお前さんにしか使えないことが」
『うん……そうだね。じゃあ、ありがたく受け取っておくよ。でも、このハンマーは?』
「まぁ、これから先に出会うやつの中で手助けしたいと思うやつに渡すか、この世界の何処かに捨ててこい」
『いや、捨てるって……まぁ、預かっておくよ』
「……そうか、預かっておくか。まぁ、いい。ベル、よく聞け」
『何?』
「ベル、お前さんは──────────」
『うん、わかった。できるだけ考えてみるよ』
ドルフとの会話が全員分終わった
「あぁ、この長い長い人生……とても楽しかった。エルス、儂の愛する自慢の息子だ……つくね、儂の家族であり孫のようだと思っていた。……ベル、お前さんは嫌がるだろうが。儂にとっての神とは……お前さんだけだ」
ドルフの声がだんだんと弱々しくなってきた。
聞こえる鼓動の音も小さく、呼吸も不規則になってきた。喉からも今まで聞こえていたゴロゴロという音がより一層大きく聞こえてくる。
ふと、呼吸が止まった。
「お父さん? ……お父さん! しっかり! まだ、まだ僕はあなたと話すことが沢山あるんだ! しっかり……っ!」
「ピッ! ピピピ!」
『2人とも……静かに』
「「……っ」」
ドルフの口元がすこしだけ開いた。
「泣…くな……あ、り……がと………な」
おそらく、最後の最後に力を振り絞ったのだろう。
私達を心配させまいとしてか、それとも悔いがなく幸せな気持ちだったのか。
ドルフの顔は眠っているかのように目は閉じられ、口元が微笑み幸福そうな表情をしていた。
「……こちらこそ……っ。ありが、とう…ございました!」
「ピー!!」
つくねが涙を流していた。
私は何度か人の死というものを経験している。
だけど、いつも胸に少しだけ穴が空くような感覚がある。
2人より慣れているからか涙はでない。
まぁ、心の奥底ではそこまで悲しんでいないのは……1度、私自身が死んで生き返ったからか。
私が化物だからなのか。
◇ ◆ ◇
原初の鍛冶士、始まりの鍛冶士、火と鍛冶の神、鍛冶神、様々な呼び方をされてる存在ドルフ。
彼が実在したのかはわからないが、彼が残したとされる武器は沢山見つかってるため、本当に存在したのではないかと言われてる。
だが、紀元前の時代でそこまで鍛冶が発展するとは考えにくく、恐らく我らが神と関わりがあったのではないかと言われている。
我らが神が使用する武器もドルフが作ったとされている。
■■■■■所属 歴史神話考古学教授 ヘクター
◇ ◆ ◇
泣き声が聞こえる……泣くな、2人とも。
ここは……そうか、これが魂の状態か。
!?
地面に引っ張られる!?
あやつはこんなこと言っていなかった。
耐えねば……!
なんとか、地面の途中で止まることができた。
気を抜くとまだ引っ張られてしまう。
耐えねば。
儂は空に向かわなければいけないんだ!
────────────────────────────
そういえば、どこかの神が魂の通り道を龍脈に勝手に接続してたなって……
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