子供だと、思ってたのに。
ぶわり、残暑の夜の熱気が全身を包む。それに眉をひそめてから、目的地に向かうべく歩き出した。
もう夏は終わってもいいはずなのに、まだ暑い日々が続く九月。あふれ出る汗も、それによって張り付く服や髪も、すべてが不快だった。
なんだって、こんなにも暑いのに外に出なきゃいけないのか。それも、全部あいつのせいだ。
いわゆる、幼馴染、とかいうものにあたるそいつは、その幼馴染という枠に入れるに値するだけの付き合いがある。具体的に言えば、小学校1年生から。当時の登校班が一緒で、内気な僕に対してやたら活発なあいつは対照的な存在だったはずだった。だというのに。
気づけば親同士が仲良くなり、片や「もっと落ち着いてほしい」片や「もっと積極的になってほしい」そんな親同士の目論見から一緒に過ごすことが増えた。……まあ、親同士の目論見は外れ、あいつはいつまでたっても過剰なほどに活発だったし、僕は内気なままだったけれど。
そうして始まった縁は、高校が別になってもあいつからの頻繁に来る連絡によって続き、そうして今、同じ大学に通う、という共通点が増えたことによってまた続こうとしている。
そうして今日、講義が休みの土曜日。唐突に駅に呼び出された僕は、断ることもできずにあいつに呼び出されるがままに駅に向かっていた。だってあいつ、無視すると僕の親に告げ口するから。そんなだるいことされたくない僕は言うことを聞くしかないのだ。
歩いて10分と少し。目的地である駅につけば、そいつはすぐに見つけることができた。なんてことはない。あいつはいつも派手な色の服を着ているから。
「あ、きたきた! よかったあ、無視されたらどうしようって思ってたから」
「……お前、それで前にうちの母親に言いつけただろ。あのあと僕、すげえめんどくさかったんだからな」
「えー、ごめん。でも無視したそっちが悪くない?」
言いながら首を傾げる。少し伸びたそいつの前髪が揺れる。はあ、と息を吐いた。
「それで、今日はなんなんだよ。言っとくけど、財布とスマホしか持ってきてないからな」
「じゅうぶん! 今日ね、海の方で花火大会やってるんだって」
思わず眉が寄るのが分かった。少し間を置いてから「つまり?」と続きを促す。そうすれば、そいつはにっこり笑って言った。
「行こう! ここからなら一時間ぐらいでつくからさ」
そう言って、僕たちは電車に乗った。確かに今日はいつもより電車に人が多い。そんな車内で喋ることはさすがに憚られたのか、目の前に居るのにスマホに乗り換え情報のメッセージが送られてきた。視線を上げて、すぐそばに立つそいつを見る。僕の視線に気づいたそいつが、スマホを指さした。わかってるっての。改めてメッセージを確認する。乗り換えは二回必要なようだった。
電車で一時間は、長いようでそうでもない。乗り換えがあればなおさらだ。車内ではいつも通り、適当にスマホを眺めて過ごす。そうすれば、目的地である海沿いの駅はすぐだった。
「すごい、人多いねえ」
「そりゃそうだろうなあ」
浅い相槌。だというのに、そいつはたったそれだけで心底嬉しそうににこにこ笑う。すっかり見慣れたそれは、それでもやっぱり居心地が悪い。
「人流れてくし、あっちかなあ。行ってみよっか!」
けれど、そいつは僕のそんな胸の内なんて気にすることはないんだろう。そう言って、ぱたぱたと駆けて行ってしまった。
「あ、おい! 今日人多いんだぞ!」
それを慌てて追いかける。はぐれたらどうするつもりなんだ、あいつ。駆けていくそいつの手首をつかんで、無理やり歩幅を合わせる。
「警備員居るレベルなんだぞ、子供じゃないんだから落ち着けって」
「ごめんごめん、でも、こうやって止めてくれるでしょ?」
へらりと笑って言うそいつに、思わずため息が漏れる。ほんと、子供かよ。
「花火、何時から?」
意識を別のものにそらさせるためにそう問いかければ、そいつは腕時計に視線を移した。
「んっとね……あ、もうすぐだよ! あと10分切ってる」
「ほんとにすぐじゃねぇか。もうちょっと計画性持てよ」
「だいじょうぶ、花火見て帰るだけだから」
そういうそいつの横顔は、ちょうど陰になって表情が読めなかった。
「ほら、あっちいい感じなんじゃない?」
けれど、次の瞬間こちらを見たその顔は笑顔だ。相変わらずよくわからないやつ。思いながら、「そうだな」と適当に返す。それでもやっぱり、そいつは笑ってた。
先導する笑うそいつと、後ろを歩くいつも通りの調子の僕。そうやって歩いていけば、気づけば海辺に来ていた。防波堤沿いにたくさん人が集まっている。きっとみんな、花火を見るために来たんだろう。
「あ、ここ! 二人なら並んで見れそうだよ」
そう言うそいつが指す場所は、確かに二人分の空きスペースがあった。そこに並んで立って、まだ暗い空を見上げる。
「あと何分?」
「えっとね、」
ひゅうぅぅぅ、独特の音が鳴った。視線を上げる。空に花が広がって、ドン、と腹に響く轟音が響いた。ほう、と思わず漏れた息は、感嘆のそれだ。
「いまからみたい!」
横から、そいつの弾んだ声が聞こえる。そちらに視線を動かすこともなく、僕は空に――違う、空に咲く花火に夢中だった。
ひゅう、また音が鳴る。花火が上がっていって、咲いて、鳴って。それを眺めていくうちに、口からこぼれたそれは、なんてことない世間話のつもりだった。
「花火ってさ、きれいだけど、一瞬だよな」
「そうだねえ」
「ひとも、これぐらいだったらいいのに」
横のそいつが首を傾げているのが気配で分かる。だから、僕は説明するために続けた。
「一瞬だけきれいで、そのあとは散ってさ。そうやって、無様な姿なんて、見せないで終われたら、って」
そこまで言ってハッとする。何言ってるんだ、僕。言い訳のために、よこのそいつの顔を見て、けれど開いた口は何か音を発することはなかった。
そいつの表情が、まるで、慈しむ、ようなそれだったから。
「そうだよねえ、ひとって、ほんといやになる」
その表情のまま、そいつが言う。こいつは、こんな声だっただろうか。
「でもさ、しょうがないじゃん!」
ぱぁ、表情が見慣れた笑顔に変わる。けれど、先ほどの声色と表情が焼き付いて離れなかった。
「いきていくしか、ないんだから」
見慣れた笑顔のまま、耳慣れない声色でそいつが言う。ドン、と花火が鳴って、そいつの顔が照らされた。それに釣られるようにして、そいつは視線を空に戻す。
そうして、僕は。視線を空に戻すことができなかった。すっかり見慣れたはずのそいつの、けれど初めて見るような横顔を見て、思う。
ああ、もしかしたら、こいつはずっと、俺より大人だったのかもしれない。
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以下サイトより、お題「そして僕らは存在し続ける」
https://nyk-sm.com/
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