明日を変えたかった
小さな嘘をついた。本当に、小さな小さな、世界が回るにはなんの影響もないような嘘だ。明日以降、毎日を送る誰かの生活が変わることもない。本当に、世界から見たら些細な嘘だ。
けれど、「私」という世界から見たら、どうしようもなく大きい嘘だった。
「好きな人、いる?」
何気ない質問だ。思春期の学生からしたら、何気ないどころかよくある質問だ。それに、私はらしくも無く動揺した。
「いいや、居ないよ」
それを答えるまでに、どれだけの時間がかかっただろう。どれだけの沈黙があっただろう。きっと、それまで長くは無かったはずだけど。だって、彼から、首を傾げられるだとか、そういう反応は無かったはずだし。
それでも、その短い間に私はたくさん考えた。
正直に言うべき? それとも誤魔化すべき? 正直に「居る」と答えて、誰だと追及されたら?
それが、君だよと言う勇気は、悲しいことに私には無かった。
だから、居ないよ、なんて嘘をついた。私が、意気地なしだったから。仕方がないことだった。
……それに、もし。居る、と答えたとしても。彼になんて言われるかなんて、目に見えてる。「意外」。きっと、感想はそれだ。だって、自分でも思う。私が、人を好きになるなんて。意外を超えて、天変地異が起きたっておかしくない。
けれど、どうしてだろう。私はいつの間にか、こんな私を面白がって話しかけてくる彼に、恋をしていた。
私が、恋だなんて、笑わせる。けれど、一年間かけて確かめたこの感情は、間違いなく恋だった。
話しかけられるたびに、嬉しいと思うのも。
今日は話しかけてくれるかな、とそわそわしてしまうのも。
クラス替えの時、同じクラスになりますように、なんてらしくも無く神頼みなんてことをしたのも。
きっと、とか。おそらく、なんて単語を使うことすらできないくらいに、この感情は恋だった。
はぁ、と一つため息を零す。ほんとうに、なんで私は「居ない」なんて言ってしまったのだろう。いいや、分かってる。私に、勇気が無かったから。分かってるんだ、そんなこと。
……私に勇気があったら。或いは、私がもっと普通の、「女の子」だったら。きらきらしてて、柔らかくて。もしそうだったら、可愛らしく、「居るよ、誰だと思う?」なんて言えたんだろうか。
そこまで考えて、頭を振る。そんなこと、考えたってしょうがない。もう何度も一人で繰り返した問答だ。私は私で、そもそも私がこんな私だったから、彼は私に話しかけてくれたのだ。こんな私じゃなかったら、彼と接点が出来ることだって無かった。だから、私は私のままでいいのだ。
何度も繰り返した問答に、また同じ答えを出して一度思考を止める。ああもう、いけない。こうやって考え込んでしまうのは、私の良くない癖だ。
ごくり、手元に置いてたコーヒーを一口飲む。心地良い苦みが伝わってきて、ほうと一つ息を吐いた。机にそれを戻せば、コーヒーカップの中に写り込んだ自分が目に入る。
……可愛らしい、「女の子」だったら。コーヒーなんて好まないんだろうか。有名コーヒーショップの訳が分からないくらい甘い、生クリームたっぷりの飲み物や、今流行りのタピオカなんかを好むんだろうか。どちらも、一度は試してみたけれど、私には合わなかった。その時も確か、ああ私は「女の子」にはとことん向いていないらしいと苦笑した覚えがある。
ああもう、まただ。自分が同じようなことを考え始めていることに気付いて、ぐじゃりと自分の前髪をかき上げる。自分を落ち着かせるために、ふうと長く息を吐いた。
だから、私は、私だったから、彼に興味を持ってもらえたのだ。分かっているだろう。私が、私じゃなかったら、今の関係だって無かったんだ。それは、彼に恋愛対象として見てもらえないことより辛いことだ。
何度だって、自分に言い聞かせる。
私は、私のままでいいのだ。
……それでも、やっぱり願わずにはいられない。私が、普通の「女の子」だったら。私に、もう少しの勇気があれば。そうしたら、明日は変わっていたかもしれないのに。
だから、誰に言うでもなく、一人呟いた。
「……ああ、気が重いね」
――――
診断メーカー、あなたに書いて欲しい物語(https://shindanmaker.com/801664)より。
「小さな嘘をついた」で始まり、「ああ、気が重いね」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字)以内でお願いします。
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