第2話

(2)



 学生寮は大学がある長崎市内からN川を奥に入った所にある。

 建物は普通の二棟立てのマンションで五階造りになっている。そして盗まれた下着はというと被害者が住んでいる階数に関係なく、ランダムに盗られている。

 学生寮は四方に塀があり、また管理人も常駐してるので日中も夜半も怪しい人物が出入りすることはほぼ出来ない。

 それなのに下着がこの学生寮内で盗まれるのである。

 だから出戸巡査は何回目かの調書の時に、ひとりの女子大生に自分の考えを言った。

「誰か…内部の人じゃないんですか?」

「それって憶測ですか?」

 言ってからその女子大生は怪訝そうに自分を見ると一言「確信の無いことを警察が言うべきじゃないんでは?」と鋭く切り返して来た。

 それ以来、その筋としての事件の見立ては心中の深い岩蓋の下に押し込んでしまった。もう浮かぶことは無いだろう。

 確かに憶測で何かを疑うべきではない。

(だが憶測でもいいだろうが!意見を聞いても!?)

 歯噛みする思いに巡査は地団駄したくなる。


 ――こっちだってなぁ、犯人捜してんだぞ


「ねぇ、もう帰って良い?」

「えっ?」

 不意に聞こえた女性の声に出戸巡査は声を出すとはっとして顔を上げた。

 目先に相手の顔が見える。

 髪を額で分けた女。

 そう、今回の被害者――田中ひより、だ。

 巡査は慌ててペンを胸に仕舞うと、彼女に言った。

「ええ、良いですよ。どうぞ、お帰りになってください。調書は取れましたし、被害届もこうしてできましたから」

 巡査は言うや、背を向けて立ち去ろうとした。すると彼女が巡査に言った。

「それでいつ犯人捕まえるんですか?これじゃ私達下着がいくつあっても足りないんですけどねぇ」

(知るかっ!!)

 という感情はおくびにも出さずくるりと振り返ると巡査は彼女に言った。

「ええ、直ぐにでも捕まえますよ」

「なら良いですけどねぇ」

 彼女がどこか甘たるい声で猜疑の眼差しで巡査に言う。

(このネコめぇ)

 何故か、自分が下着泥棒より彼女達にとっては罪が重そうな感じになった。


 ――犯人を捕まえれない警官


 ――何度も調書を取り下着姿を想像して、はぁはぁしているエロ警官 


 二十苦に中で巡査は思った。

(覚えてろ。絶対捕まえてやるからな。下着泥を)

 言うや今度こそ背を向けて足を一歩踏み出そうとした時である。

 彼女が再びっ巡査を呼んだ。

「そうそう、ねぇ。そう言えば最近ここら辺を昼間自転車押しながら歩いている奴がいるんだけどぉ。私も声かけられてね。睨みつけて押し返したけど」

 それを聞くや巡査が振り返る。振り返ると彼女に言った。

「そいつはどんな奴ですか?」 

 彼女は軽く首を曲げると肩に落ちて来た髪を掻き上げながら巡査に言った。

「そうねぇ、背は高くて髪は縮れ毛の丸々、あれってアフロかなぁ。そうねぇ遠目に見ると…あれ、あれよ」

「あれって何です?」

 巡査が急く様に言う。言うと彼女が掻き上げた手を止めて何か閃いたのか、ニヤリと笑うと言った。

「うん、マッチ棒。マッチ棒。まぁ後はそちらで探してよ。それがそちらの仕事でしょう?」

 彼女は言うとさも余程自分の表現が的を射ていたのか、腹を押さえるようにして笑いながら学生寮へと帰って行った。

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