下着泥棒 / 『嗤う田中』シリーズ
日南田 ウヲ
第1話
下着泥棒
(1)
出戸巡査はこれで此処に来て事件の聞き込みをするのは何度目だと思った。何が何度目かと言うと、下着が盗まれた女性への聞き込み、――つまり分かり易く言うと、下着泥棒にあった被害者女性への聞き込みである。
猥褻事件として管轄するのは自分である。
しかしながら自分はこの手の事件が嫌であった。
それはどうしてか?
どうか考えて欲しい。何が嫌かと言うと事件の度に女性に聞き込みをしないといけないのである。
――そう、自分より年若い女子大生にだ。
自分自身も警察学校を出て配属されたばかりだから、女子大生達とはそれ程年が変わらない。
だからこそ、たまらなく嫌なのである。嫌だというのは相手もそうかもしれない。盗まれた下着の特徴をあれこれ自分に盗難届として言わないといけないのである。
それも歳も変わらぬ若者に。
これは仕事だから仕方がないと巡査は苦い思いを噛みしめながら女子大生達に聞き込みをしていたが、事件の最初の頃はどちらとも何となく気恥ずかしさを配慮したようなやり取りだったのが、やがて何度か調書を取る内に次第に女子大生達の口調が変わって来たのが巡査には分かった。
何となくだが被害者である女子大生達の自分を見る目が猜疑心を含んだ様に変わって来たのである。
それが何か?巡査は考えた。
こちらは警察である。彼女達に疑われるなんて筋合いは無い。しかしながら疑いの眼差しをしているのである。
(どういうことだ…)
巡査はもっと気持ちを深くさせて考えないといけないと思った。そして深く考えて思ったことに閃くと、強く歯噛みするような思いになった。
つまり彼女達は自分を警察と言う司法の正義として見なくなり、生物学上の『男』として巡査を見始めたのではないか。
そしてそのように見始めればそれは予想もつかない方へと感情と気持ちがエスカレートして彼女達が自分を猜疑の眼差しで見るのは止められない。
それはつまり…
――ひょっとして…盗まれた下着を履いている私達を想像して一人で何かはぁはぁしてない?
このエロ警官。
…なのだ。
凄く馬鹿げて極まりない感情。
冗談じゃない、と巡査は思う。
確かに自分は何度も盗まれた下着の特徴を聞いている。だがそれは仕事なのだ。
本来ならば婦人警官にお願いするところだが、今出産の為休暇になっている。だから自分がこうして嫌々ながら何度も出向いているのだ。
最初は一度で終わりの事件だと心の中でたかをくくっていたが、いかんせん、事件は立て続けに起きた。
起きる度、自分が出向いて調書を書く。そして辛辣な猜疑の視線にさらされる。今ではまるで自分が世間一般の男性が持つ卑猥さの代表のような扱い。
(これではどちらが犯罪者扱いか分からない)
くそっ!と言ってペンを握る手に力が入る。入りながら思うのである。
(なんでそれもよりによっていつも此処なんだ)
そう、常に盗まれるのは長崎S女子大学の学生寮内なのだ。
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