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センシティブわかめ

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 人は無い物ねだりだ。いつだって自分に無いものが羨ましい。自分に無いものを持っている人が妬ましい。自分の手の中のものは顧みずに、持っていないもの、手に入らないものだけを指さして、自分はどうしたってあれが欲しくて欲しくて、羨ましくて仕方がないのだと喚く。無論私も、そしてきっと目の前の彼も、そうだ。

「なぁ、別れてくれとは、言わないのか」

「言いません」

 通算何度目とも知れないやり取りは、部屋の値段の割に大きなダブルベッドに吸い込まれていく。彼はいつも、これ以上を聞いてこないのに、これだけは必ず聞いてきた。けれど今日はいつもと何かが違う。表情なのか、空気感なのか、重ねた身体の温度なのか。何がかはわからないが。

「君は、何故僕なんだ」

「さぁ」

 何故だと聞かれてもわかるはずはなかった。飲みの席でたまたま意気投合し、たまたま成り行きで一夜を共にして、たまたま今まで関係が途切れることがなかった、ただそれだけ。理由がもしあるのだとすれば、彼の家庭が、暮らしが、守るべきものが、羨ましかったのかもしれない。誘蛾灯に群がる蛾のように、自分もまた彼という灯りに魅せられているのだろう。何せ人は、無い物ねだりだ。温かい家庭も、穏やかな暮らしも、守るべき相手も、そして彼自身も。自分には届きそうで届かない場所にある、“無い物”なのだから。

 骨張った手が伸びてきて、触れる。些か性急にも感じられるそれは、何かを求めているような、甘えた子供を想起させた。

「僕はさ、」

「はい?」

 いつもよりも静かで、しかし意思のあるその声色は、何か覚悟のようなものが滲み出ている。覆い被さる肩に触れて、そのまま頬へと手を滑らせ、伝う汗を拭った。それは嫌に冷たくて、今自分たちのこの時間に熱などいらないと、そう嗤われたような、そんな心地だった。

「別れてもいいと、思ってるんだ」

「どなたとです?」

「君となわけは、ないだろう」

「むしろ、私とが一般的なのでは」

 何を言わんとしているか、彼の意思がゆっくりと輪郭を帯びていく。けれど何故だか、聞きたくない、続きを知りたくない。温かい家庭も、穏やかな暮らしも、守るべき相手も、そして彼自身も。全てはそこに無いから美しいのだ。手が届かないからこそ、欲しいのだ。

「なあ、ユミ、僕と」

 二の腕にくい込んでいた指が、深さを増す。そこから伝う熱に、もう魅力は、ない。

 眼前に迫る広い胸板にそっと手を置いて、少しだけ力を入れる。押し返されたことに気がついたか、はたまた直感的なものか、それは力なくそっと離れていった。二の腕に未だ浅く触れる指に、先程の性急さは感じられない。

「ごめんなさい、私」

 冷えきったダブルベッドの上。脱ぎ捨てられた彼の衣服からいつも微かに香ってくる、知らない柔軟剤の匂い。どうしたって手に入らない、ショウウインドウの向こう側。だからこそ、焦がれる程に愛おしい。

「無い物ねだりなの」

 口が笑みの形に緩く歪んで、この世の嘘も誠も全てが溶け込んだような声が、一粒こぼれた。

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