ヤンキーちゃん、陰キャオタクに女子力を習う

名無しの権兵衛

第1話 ヤンキーちゃん、陰キャオタクにお願いする

 春が来て、桜が散り終わったころ、俺は今日もぼっちである。

 今年から桜花高校の一年生として晴れやかなデビューをする予定であった俺は残念ながら友達作りに失敗した。


 いや、正確に言えば俺のせいではない。

 これは言い訳になってしまうのだが俺の運の巡りあわせは悪く、隣の席に座っている一人のヤンキーのせいで友達ができなかったのだ。


 勿論、ヤンキーが嫉妬したからとかメンチを切って脅したとかそういう行為は一切していない。

 単純にヤンキーの存在に恐れて人が寄ってこなかったのだ。

 俺は何も悪くないのに、隣のヤンキーが怖くて近づけないのである。


 内心で恨み言を吐きつつ、俺は隣に座っているヤンキーこと徒花あだばな星羅せいらを一瞥する。

 身長、ルックスはモデルにも匹敵するほどで人目を惹く容姿なのだが、いかんせん格好が完全にヤンキーだ。

 今時、流行っていなさそうな虎の顔が描かれたスカジャンを羽織っており、スケバンのような長いスカートを履いている姿は完全に時代遅れである。

 そして、腰までありそうな金髪に猛禽類のような鋭い眼光のせいで余計に人が寄ってこない。


 そのおかげで隣の俺、阿久津あくつ龍誠りゅうせいはぼっちなのだ。

 まあ、趣味がアニメや漫画といったオタク思考なので特に弊害はない。

 ごめん、嘘。

 本当はオタク友達欲しい。

 俺も今期のアニメについて熱く語りたいし、今度アニメ化しそうな漫画について考察を語りたい。

 でも、それは出来ない。

 隣にいるヤンキーのせいで俺の傍にも人が寄ってこないのだ。

 自己紹介の時にオタク趣味をカミングアウトしているにも関わらず、同類のオタク達はヤンキーに絡まれることを恐れて、近寄ってこなかった。


 あまりにも悲惨すぎる。

 俺が何か悪い事でもしたでしょうか、神様。


 と、愚痴を言っていても仕方がないので今日も今日とてぼっちとして、そしてお隣のヤンキーを怒らせないように陰キャとなり、陰に潜みますか。


 俺はいつものようにラノベを広げ、隣のヤンキーに目を付けられないように自分の世界に没頭した。

 話しかけられても本を読んでいるから話しかけられないはずだ。

 なにせ、今の今でヤンキーは俺に興味を持たず、ずっと無言を貫いてきたのだから。

 これで今日も乗り切れる。


 そう思ってた時期が俺にもありました。


「おい、ツラ貸せ」

「え、あ、あの……はい」


 放課後、俺は声を掛けられるとは思ってもいなかったので彼女に肩を掴まれた時、思い切りキョドった。

 だって、声を掛けられると思ってもいなかったし、何よりも肩を掴まれて強引に止められるなんて想像もしなかった。


 連れて来られたのは誰も使っていない空き教室だ。

 これがエロゲならどれだけ良かったことだろうかと俺は天井を仰ぎ見た。

 現実はエロゲなんかではない。

 きっと俺はこれから財布の中身を取られて、一生ヤンキーのパシリになるに違いない。

 ああ、さよなら高校生活。グッバイ、青春。

 あ、なんか今の歌とかにありそうなフレーズ。

 どうでもいいか。

 こんにちわ、下僕の俺。来世から頑張ろうね。


「あ、あの、今日これくらいしか手持ちがなくて……」


 嘆いてるばかりではいられないと俺は先手必勝とばかりに財布から野口さんを三枚召喚した。

 これで彼女が満足すれば俺は無罪放免、一発逆転の大勝利だ。


「ああ? 金なんていらねえよ。それよりも」

「あ、ひゅッ……」


 最終兵器リーサルウェポンである野口さんを一蹴された俺は息を呑んだ。

 彼女の逆鱗に触れたのだ。

 その証拠に先程よりも空気が冷たくなっており、彼女の眼光は鋭さを増している。

 きっと、俺はこれから腹パンされて焼きそばパン配達係に命じられるのだ。そうに違いない。


「お、お前……いっつも本読んでるけど何読んでるんだよ」

「こ、これです! ライトノベルって言って可愛らしいイラストが所々に入っているもので、アニメの原作とかになったりしてます。い、今はWeb小説というものが流行っていまして、あ、あ、あ、Web小説って言うのはインターネットで小説好きな人が書いているものでして――」

「一旦黙れ」

「はい」


 蛇に睨まれた蛙という言葉があるが、まさに今がその状況だ。

 俺は星羅ヤンキーに睨まれて動けない上に喋れない。

 呼吸は辛うじて出来ているが、いつまでさせてもらえるかわからない。

 もしかしたら、存在がうざいとかで消されるかもしれない。

 それだけは勘弁してほしい。

 折角、長期休暇していた漫画が連載再開したので、その続きを読みたいからせめてまた休載するまでは見逃して欲しい。


「そ、そのライトノベルっていうのは可愛い女のことか出てくるのか?」


 突拍子もない質問に俺は首を傾げたが、星羅にまたも睨まれたのですぐに質問に答えた。


「は、はははい! 所謂、ヒロインと呼ばれる女の子が沢山出てきまして、主人公を巡って争ったり、一緒に強敵と戦ったり、ほのぼのとスローライフをしたりと多種多様なヒロインが――」

「そこまで聞いてねえ」

「はい。そうですね。すいません」


 陰キャオタクには発言の自由がないのだ。

 日本国民は個人の自由は尊重されているはずなのに。

 やはり、陰キャオタクは害悪な存在だからだろうか。

 石の裏に隠れているダンゴムシのような存在だからか。

 それなら、態々石をひっくり返して無闇に弄らないで欲しいものだ。

 俺達は誰にも迷惑をかけていないというのに。


「で、でだ……。お前はその……沢山のヒロイン? とやらを見ているわけだな」

「え、あ、はい。まあ、そうなります。すいません、キモイオタクで。二度と徒花さんには関わらないので見逃してください」

「いちいちお前はうるさい奴だな」

「…………」

「無言になるな。話は戻すけど……アタシを見てどう思う?」


 そう言って両手を大きく広げる星羅に俺は率直な感想を述べるべきか、それとも取り繕った意見を言うべきか悩んだ。


「おべっかはいいからな。お前の素直な感想を言え」


 そう言われた仕方がない。

 俺は殴られる覚悟を決めて彼女の見た感じを伝える。


「率直に言って昭和のヤンキーですね。なんか木刀で人を殺してそうなイメージです。恐らく、舎弟も十人くらいはいそうで二つ名とかも持ってそう。ぶっちゃけ言うと怖くてお近づきになりたくない人です」

「…………」


 後悔はない。反省はしている。

 きっと、この後、怒り狂った星羅にボコボコのギタギタにされ、財布の中身を奪われ、制服まで剥ぎ取られた哀れな陰キャオタクが出来上がるだろう。

 さあ、来い。俺は覚悟が出来ているぞ。


 目を瞑って俺は待ち構えていたが、数分経っても殴られない。

 はて、一体これはどういうことかと恐る恐る目を開けたら目の前でプルプルと星羅が瞳に涙を溜めていた。


「え、え、え、あ、あのその……ごめんなさい。どうか一思いにやってください」


 死にたくはなかったが、まさか泣かれるとかは思ってもいなかった俺はどうにか泣き止んで欲しいと土下座をした。


「ちッ……」


 顔を床に向けて今にもぺろぺろとしそうになっている俺は分からないが、星羅はきっと陰キャオタクに涙目を見られたので不機嫌に涙を拭っているのだろう。

 頭上からごしごしと何かを擦るような音が聞こえてくるもの。


「おい……」

「は、はい……」


 床を舐めて狂ったことでもしていれば見逃してくれたかなとバカなことを考えていた俺に星羅が声を掛けて来た。

 顔を上げた瞬間に蹴りでも入れらるかもしれない恐怖心に怯えながら顔を上げると星羅が屈んで俺の顔を覗き込んでいた。

 思わず、悲鳴を上げそうになったが濡れた瞳があまりにも美しく、俺は声が出なかった。


「お前……オタクなんだろ」

「へ、あ、そうですね。陰キャオタクです」

「陰キャ? まあ、どうでもいい。名前は?」

「えっと、阿久津龍誠と申します」

「そうか。じゃあ、阿久津。お前に頼みがある」

「お断りしても?」

「ああ?」


 低い声に獅子のような眼光で睨まれて俺は委縮した。


「はひぃ……! ま、まずはお話を伺ってからでもよろしいでしょうか?」

「最初からそう言え」


 星羅は大きくため息を吐いて、立ち上がると二の腕を組んで不遜な姿を見せる。

 そして、咳ばらいをして、少し恥ずかしそうに顔を赤く染めると視線を左右に動かしながら俺にとんでもないことを申した。


「わ、私に女子力ってやつを教えてくれ!」

「……女子力! それは、あの所謂スイーツ(笑)とか言われており、インスタなどで可愛い可愛いと連呼してデザートなどをアップし、TikTokでは奇行を繰り返し、Twitterでオタクに攻撃――」

「お前、黙れ」

「はい」


 まさか美少女との初接触がアイアンクローという奇妙な出来事を挟み、俺は再び星羅と向き合う。


「え~っと、女子力を俺に教えて欲しいということでいいんですね?」

「そうだ」

「あの、不躾で申し訳ないのですがどうして俺なのでしょうか? クラスの女子じゃダメなのですか?」

「……避けられてるんだよ。お前も言ってただろ。アタシは怖いって」

「あ~、なるほど~」


 納得とばかりに手をポンと叩くと彼女はニコニコと俺をアイアンクローで持ち上げた。

 こう言ってはなんだが、彼女は女子力を磨くよりもプロレスラーになった方がきっと将来有名になる。

 だって男子高校生を軽々と持ち上げられるのだから。


 顔が変形し、前が見えなくなったというギャグを挟んで俺は話を再開した。


「つまり、陰キャオタクでぼっちの俺なら相談に乗ってもらえるかもしれないと思ったわけですね」

「まあそうだ。それにお前を観察して分かったが、お前には友達がいないからこのことを誰かに言いふらすこともないと思ってな」

「頭脳プレイ~」


 陰キャオタクは調子に乗りやすい。

 星羅のことを少しずつ理解してきた俺は彼女を煽るような言動をしてしまった。

 おかげで本日三度目のアイアンクローである。

 そろそろ頭蓋骨がトマトのように弾け散ってしまいそうだ。


「事情はわかりました。でも、俺は女子じゃありませんよ? 陰キャオタクで女子力とはかけ離れた存在です」

「でも、沢山ラノベ読んでるんだろ? それなら女子力についてはアタシより詳しんじゃねえのか?」

「はッ!? 俺は女子力マスターだったのか」

「お前かなり調子に乗るタイプだな」

「すいません。ごめんなさい。その手を下ろしてください」


 流石に四度目となると勘弁してもらいたい俺は必死に星羅を宥めた。


「女子力について教えて欲しいということは分かりましたが、そもそもどうして女子力を教えて欲しいんです?」

「う……言わなくちゃダメか?」

「え? 嫌ならいいですけど……」


 人に言いたくない事であれば強要することはしたくない。

 もしかしたら、星羅は憧れの先輩を振り向かせたくて女子力を磨きたいという乙女チックな話かもしれないが本人が口にしたくなければしなくていいのだ。


「いや、この際だから言わせてもらう」

「あ、はい」

「……アタシだってJKなんだ。可愛くなりたいんだよ」

「では、何故そのような格好に!?」

「こ、これは……中学の時にいじめっ子と喧嘩して、それから喧嘩の毎日が続いた結果、母さんが舐められないようにって……」

「ああ……。お母さんがスケバンだったのか~」

「なんで知ってるんだ!?」

「いや、話を聞けば大体は分かるよ……」

「そ、そうか。まあ、それで中学の名残のままアタシは進学したんだ。高校デビューしようかと思ったけど舐められたらいけないと思って」

「理屈は分かるけど、そこでそっちいっちゃったか~……」

「だから、お願いだ。アタシに女子力ってやつを教えて欲しい!」

「う、う~ん……」


 正直、星羅は普通に美少女だ。

 スカジャンと長スカートやめて、クラスにいる女子と同じような制服姿になるだけで注目の的である。

 そして、普段の仕草をもう少し良くすれば完璧だろう。

 メンチを切ったり、舌打ちをしないようにすれば彼女は人気者になるに違いない。

 つまり、俺が何か施す必要はないのだ。

 簡単なアドバイスさえすれば目的は達成される。


「と、とりあえず、その恰好をやめたらどうでしょうか?」

「そ、そんなことしたら舐められないか?」

「いやいや、今までのイメージがありますから喧嘩を売ってくるような人なんていませんて」

「なら、他にはどうすればいい?」

「そうですね。睨むのをやめて、舌打ちもしない。そして、出来るだけ笑顔で挨拶するとか」

「こ、こうか?」

「ひッ!」


 星羅の笑顔は肉食獣が好物の肉を見つけたように恐ろしかった。

 俺は思わず小さく悲鳴を漏らしてしまい、後ずさる。


「……おい」

「あ、いえ、これは、その……ごめんなさい」

「ダメじゃねえか」

「ちょっと、作戦を練りましょう」


 こうして俺は星羅ことヤンキーちゃんの女子力アップの為、一緒に頑張るのであった。

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