16話 梓・ジ・エンド【完】
深夜、梓とクインは同時に目を覚ました。それは生物として生存本能が正常に機能していた証だった。それは心臓に電撃を受けた様な耐え難い恐怖の感情。2人は無言のままゆっくりと目を合わせ憑依を使用した。ベットから跳ね起き荒い息遣いで身構える。
「なに……どうなってんの?……どういう事!?」
『私だってわからないって!!でも――』
「カッカッカッ……ここよな。美味しそうよな。女は柔らかくて団子が楽よな。」
「――ッ!!」
玄関からの声に心臓が暴れ回る。思わず唾を飲み込むが乾いた口がそれを許さない。その声は男とも女ともつかない耳障りで歪な高い声。押し寄せる不安に2人が何も出来ず固まっているとドアが軋みながら少し開き、外から長い舌が待ちきれないとばかり涎を撒き散らして侵入してきた。2人にはもう選択の余地は無い。クインが体の制御を奪い半狂乱になりながら唯一無二の最強魔法を再び放った。
「――ッ
急いで放った熱線は、明らかに昼間より威力不足だったがそれでも家を半壊させながら玄関にいた対象に直撃した。町を神裁雷霆が一瞬照らし、昼間の様な明るさになる。また半壊した家は余波の熱で火が上がりその明るさは確かな安心感を与えた。
「ク、クインやったの?」
『多分ね……一体何なのよアレ。死ぬかと思った。』
「私も。……まだ震えが止まらない。……当たったよね?」
「そうよな。直撃よな。カッカッカッ」
『う、嘘でしょ……アレが効いてないの?? なんで??』
「っクイン!!」
あの瞬間クインには確かな手応えがあった。だからこそその絶望は一際大きかった。ゆっくりと近付いてくる相手に無防備を晒し続ける。すかさず梓が体の主導権を奪い感覚で足に魔力を溜めて逃走を図った。家が半壊していた事は逃走においては都合がよく、壁のなくなった箇所から勢いよく飛び出す。しかし梓は戦いも魔力も加護もない世界の住人。逃げるため相手に向けた背中が如何に危険であるかを正しく認識出来ていなかった。魔力で感知する技能もない梓が相手から完全に目を離す。それは武具を手放す事よりも死に近い行為。抗えない不可視の一撃が身体を貫く。
「呆気ない事よな。見掛け倒しよな。……まあいい。服を脱がせて、血と骨を抜いて。久方の団子よな。楽しみよな。」
――気が付くと床に這いつくばっていた。お腹が燃えるように熱い。体の感覚が端から消えていく。全身が生暖かい何かで濡れている。世界が赤い。理解した。破れた腹から真っ赤な血がとめどなく流れ出ている。私はまた死ぬのだ。異世界に来て一日と経たずに。でも不思議だ。痛みがない。意識も鮮明だ。まるで痛覚だけが消失したみたい。
『うぁぁぁあ、ああ、うぅ――ア……ズサ。』
クイン?
『はあ、はあ、憑依が……とける前に、何とかしないと……ア、ズサは……絶対――』
なんで……クインが頑張ってるのに私は……ずっと、ずっと足を引っ張ってる。昔からそうだった。母の死から私はずっと誰かの足を引っ張っている。本当は友達なんて必要なかった。普通や平穏なんて建前だ。ただ抱えきれない想いを他人に擦り付けたかった。道ずれにして不幸な仲間が欲しかった。
本当は中学の前の席にいた名前も知らない毎日騒いでいる頭の悪そうなあの子に少しづつ教えてやりたかったんだ。
不幸は世界に溢れてて、幸せになれる確証なんてないって。努力してないお前は絶対に何処かで躓くって。
でも叶わなかった。あの子は私にない夢や未来、家族を持っていたから。これ以上近づいてあの子にさえ私は劣っているのだと真にわかりたくなかった。男に愛想を振り撒いたのはせめてもの抵抗。言い寄る男を馬鹿にして小さな絶望を振りまいて安定剤にしていた。その本質を被害者面して自分すら欺いてたんだ。
――必要なくて当然だ。わかったでしょ。私に良い所なんてないよクイン。もういいから。頑張らないで。私にそこまでしてくれる価値は無いから。
自分の中の張り詰めていた糸が途切れる。世界が闇に染っていく。求めていたものとは違うけどやっと平穏に手が届く、そんな気がした。徐々に沈む意識の中で微かなノイズが聞こえる。それは消え入りそうな程に弱弱しい声。
『――アンタが、陰気でクズなのは最初から知ってる。でも誰だって、私にだって暗い部分はあるわよ。誰かの不幸を……求める事は間違ってるけど……そんな単純じゃない。でも気付けたんならさ……反省して次に生かしなさいよ!し、知ってる?……人生に失敗がないと人生を失敗するのよアズサ。――まだ終わってない!コイツを倒して……今度こそ失敗を活かして幸せになってみせなさいよ……!!自分の価値なんて自分自身でいくらでも変えられるんだから!!』
闇の中に手を伸ばす妖精が見えた。
「……ねぇクイン、私と――」
『ほんと馬鹿ね、私たちはずっと友達でしょ?アズサ。』
私は本当にいつも貰ってばかりだ。これからは何かを与えられる人になろう。誰かの支えを目指そう。やり甲斐をもって自分の為に働こう。そう、あの日憧れた本物のアイドルみたいに。……ありがとうねクイン。
――イスシアの町は騒然としていた。昼間の事件が記憶に新しい住民は深夜に突然起こった爆音と町を照らす一条の閃光に叩き起され、不安を感じながら外の様子を伺っていた。それは村長とて例外ではなく、続け様の理解の及ばない出来事に頭を抑え、対策を講じる以前にまだ夢の中で昼間も含めて全て翌朝にはなかった事になるのではと本気で考えていた。
「お、お父さん!!このままだとエレリス様がッ!! す、すぐ助けに行かないと!! 」
「待ってジャスミー!!」
「――離してよッ!!!エレリス様のお腹に…あ、穴が…このままじゃ私たちの結婚生活がッ!!うああああああああ!!!」
「本当に落ち着け!! うちの娘何言ってんの??」
町長が娘を押さえ込んでいると町を今一度光が照らす。しかし、今度の光は一瞬の激しい閃光ではなく優しく辺りを照らす陽光を彷彿とさせた。光はエレリスの家がある丘から発されている。
「何だあの光は……?」
「……う、嘘!? そんな事って……尊い……」
「え、なんだ? 何か見えたのか??」
過剰な反応をするジャスミーに違和感を感じて尋ねるが光を見据えたまま硬直し、仕舞いには音もなく涙を流し始めた。
「まさか森に住まう邪なモノでも見たのか!? はやく目を瞑るんだ!!気が触れるぞ!!」
この地域には森に住まう怪物の伝承があった。真夜中に森を眺めると得体の知れない白い化け物を目にする危険があると。その化け物はユラユラと揺れていて目にした者を仲間に取り込み連れ去るという話だった。慌てて娘の目を両手で塞ごうとすると思いがけない反応をくらった。
「チッ!もうッ!!見えないでしょーが!!!邪魔だからあっちいっててハゲ!!!」
「え、ジャスミー? いまハゲって……」
「あーだから喋り掛けんなよハゲ!!気が散るんだよ!! あと前邪魔ッ!しゃがめよ!! しゃがめ!!しゃがめえ!!しゃがめええ!!!」
「は、はい」
怒った撮り鉄みたいなジャスミーに町長は頭を下げた。そして娘を豹変させた光を恨めしそうに睨みつけていた。
町長家族に限らず町民は皆、光を見詰めている。ジャスミーの様に群を抜いて眼がいい者はその光が何なのかわかった。わかった者のリアクションは口を開けたままの者、或いは感情を高揚させる者、赤面してうっとり顔の者まで様々だったが決して何が見えているのか教えてはくれなかった。ジャスミーの様に話し掛けると怒る異常者が大量発生し、町は真夜中なのに俄に活気づいていた。
――海底に棲う災厄の魔族は生まれて初めて困惑していた。まだ乾いていない血に濡れた赤黒い腕と床に広がる大量の血痕が間違いなく女の腹に風穴を空けた事を証明している。しかしその女は何事もなく無傷で、何故か少女の姿になり可愛らしい服に着替えて目の前に立っていた。短い白のフリルスカートに青いリボンの付いた白いビスチェ。白いロングブーツと白い手袋、背中には一対の半透明な羽も生えている。
「ど、どういう事よな。先程は確かに致命の一撃よな。」
「……」
少女は魔族の言葉に一言も返さずまるで心地よい微睡みの中にいる様に安らかに目を閉じている。すると突然冷たい夜の空気が熱を帯び始める。それに呼応する様に徐々に薄らと少女がキラキラ光る粒子を飛ばしながら俄に発光し始めた。魔族は理解の及ばないその光景と感覚に呆然と立ち竦む。何故なら目の前の異常な少女に何の脅威も感じないからだ。目で捉えていないとそこに居ることすら疑わしい希薄な存在感と相反する周囲に波及する圧倒的な干渉能力。いつの間にか半壊した家は跡形もなく消えていた。そして魔族がその事に気が付き僅かに視線を逸らした瞬間、少女は前から跡形もなく消えていた。
「――ッ!! 上かッ!!」
慌てて自分に降り注ぐ光の粒子と陽光の先を見据えると短い棒を手に持った少女が笑顔でこちらに手を振っていた。
「調子に乗るな女ッ!!!あそこで死ななかった事を後悔させてやる!!!悪魔の加護 縮小&
怒りで独特の語尾がなくなった魔族は手を宙に伸ばして空気を握りしめると真下に引き絞りパッと手を離す。その瞬間爆音と共に真っ直ぐ少女に向かって空を飛んだ。
魔族の加護、縮小&
はっきり言ってかなり汎用性の高い強力な能力と言える。そして悪魔の加護と神の加護の決定的違いは代償の有無。悪魔の加護は使用する際に魔力や寿命、肉体、精神などをコストとして支払わないといけない。
「骨ごと肉団子にしてやるッ!!
一直線に飛んだ魔族は勢いのままに膨大な魔力を代償に加護を発動した手で少女に触れようとするが手応えなく空振りに終わり、逆に少女から亜音速の輝く踵落としを顔面にくらった。その刹那、魔族の頭部が破裂し飛び散った赤黒い肉体が巨大化して丘に降り注ぐ。実は魔族は自らの肉体を縮小して人の姿を模していた。先程、
「ぐぎゃああああああああああ!!!!」
「「キャハハ」」
頭がないのに叫び声を上げ、地に落ちてもがき苦しむ魔族を少女は重なった歪な声で嘲り笑う。その目は蟻を捻り潰して遊ぶ子供の様な悪意のない好奇心で満たされていた。少女は手にしている短い棒を口元に運ぶと朗らかに口を開く。
「「ねぇねぇカエルさん、あなたお名前はなんて言うのぉ?」」
短い棒を通した無邪気な少女の声は拡張されて町にまで届いていた。その言葉に魔族が魔力を滾らせ周囲を陥没させながら怒りで激情する。
「この我がカ、カエルだと!?コ、コケにしよって……ぶち殺すぞ女あああ!!コロスコロスコロスコロスコロス!!!!
魔族は肉体の縮小を解放し徐々に巨大化し始める。肉体が300倍近く一気に膨らみ、熱と衝撃波はその度に丘を吹き飛ばし大地が抉り取られる。その光景はまさに災厄。潰れた頭部によって醜悪なワームに変わり果てた海底の覇者、水龍の魔族が遂に本性を顕にした。その姿は当然町から確認できる大きさで少女を見れなかった町民もコレには悲鳴を上げてひっくり返った。町民全員が逃げ惑う中、ただ1人ジャスミーだけは宙を見つめ微動だにしない。そしてその行為は彼女の一生を左右する事になる。
「丸飲みにしてくれるわッ!!!!死ねええええ!!!!」
「「あなたカエルじゃなくてミミズさんだったんだ!でもそういう言葉は言ったらダメだよぉ! ママか先生に習わなかったの? メッ!」」
「なッ――」
魔族はその言葉と可愛らしいポーズを捉えた瞬間にこの世から音もなく消滅した。メッ!の言葉と同時に指先から音もなく光線が飛び、当たると同時に体を原子レベルまで分解され塵すら残らず抹消されてしまった。そして少女のメッ!を肉眼で見てしまったジャスミーはニヤケ顔で気絶した。あんなにかっこいいルビまで振った渾身の
****
「「やっほー!初めまして!わたしは……誰なのかわかんないけどまあいっか!!今ね、今ね、面白い子見つけたんだよ!黒くて金色の目の喋れるカエルさん!面白いよねー!いきなりすんごい飛んできてビックリして蹴っちゃったもん!キャハハ! でね!なんとそのあと巨大ミミズに進化したんだよ!!見えたかな?あっでもその子言っちゃいけないこと言ったんだ!とっても悲しい言葉だから私は嫌いなんだよね!皆もそうでしょ?だから私ちょっと怒っちゃった!……ねえ?聞いてる?おーい!寝てるのかな?」」
夜の町を煌めく少女が丘から明るく照らし大音量で1人お喋りしている。町民達は最初は困惑していたが、その可愛い声に誘われ自然と丘に足を向けていた。それは光に誘われ森に消える正しく伝承の通りの光景だったと町長は後に語った。
「「――えーと、じゃあ歌唄いまーす! かーえーるーのーうーたーがー、きーこーえーてーくーるーよー、クワ、クワ、クワ、クワ、ケケケケケケケケ、クワックワックワッ」」
丘に集まった町民達は何故か少女の拙い不思議な歌を聞く。歌詞には1つだって意味は無い。この世界にはない童謡という文化はあまりにも衝撃的で同時に自然と笑いが起こる。
「「もぉ笑ってないで皆も唄うんだよー!遅れて歌うやつね!私がカエルのうたがって所まで歌い終えたら皆は歌い始めるの!わかった?」」
この世界に輪唱なんて勿論ない。最初はしどろもどろだった町民達も子供につられて歌い始める。灰色のデビークの町に無意味な歌が彩りを与える。それはデビークに伝わる種族を讃える歌でも応援する歌でもない。でも、だからこそ純粋な唄うという楽しさが詰まっていた。次第に笑顔は伝播し訳も分からず泣く者さえ現れる。その日朝まで続いた合唱は間違いなく灰色の町に夜明けを告げる拙いカエル達の歌だった。
~完~
EXCHANGE IDOL!!! 入れ替わり転生したら異世界とアイドル界に問題児生まれました。 津慈 @hino5
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます