15話 エレリスと原石《ニュースター》の誕生

――あの手紙を読んで一頻り泣いた後、意味を得るために森を出てターニャに教えてもらった冒険者となって日銭を稼いで生きてきた。強くなれば何かが見つかると思い鍛錬して更なる強さを得た。次第に人は私の強さを恐れる様になり孤立していき、余計に鍛錬へとのめり込んでいった。結果は世界一になったがご覧の有様。結局私は孤児院から何も変わっていない。なりたいものもやりたい事も決めず足元の今だけを見つめて下を向いて歩いている。人に怯えて殻に閉じ籠る単なる臆病者だ。


「きゃッ!……痛ッ」


小さな悲鳴に舞台を見ればアイさんが転んでいる。足元には……油?……あっさっきの子達の!それにあれは良くない転び方だ。右足絶対捻挫してる。


「うわ、転んだ、痛そー(小声)」

「遅刻して調子乗ってるからでしょ、ざまぁ(小声)」

「――ッ!!」

「……な、何ですか?」


この身体、耳だけは多分私に勝っている。後ろの子達のヒソヒソ話に思わず振り返って睨みつけてしまった。だって遅刻は私のせいで、転んだのは前の子達のせいだ。そんな風に言われる覚えは無い。だけどこんな気持ち初めて知った。きっと自分の事ではもう本気で何かしたいなんて思えない。でも親しく思ってくれる人のためなら、もう少しだけ前に踏み出せる気がする。


「……アイさんは調子になんか乗ってないです!か、勝手な事言わないで!!」

「は?い、意味わかんないんだけど……」

「おい、梓!いきなりどうした?ライブ中に大きい声出すなって!(小声)……ッておい!梓何してんだよ――」


――1曲目の間奏最後でやらかした。ファンにレスした拍子に足元がすべって盛大にコケた。マイクは死守したけどそのせいで足を捻ったみたいだ。これは……どうすればいい。頭が真っ白になって、音が入ってこない。カエデは視界の端で歌いながらこっちを確認してる気がする。


「……アイさんは調子になんか乗ってないです!か、勝手な事言わないで!!」


裏から人生2回目の梓の怒った声が聞こえた。だから声大きいって……確か前に怒ったのは、梓と喧嘩になって私が卑屈に自虐した時だった。何だかんだ嫌いになれないのはあの日の記憶があるからだろう。アズサは別人だけどそういう所はそっくりだよな。


「アイさん!!足動かしちゃダメだよ!」

「えっアズサ!……ちょっと何してんの、出てきたらダメだろ」

「……これはッ!……アイさん、コート弁償するからごめんね。」


突然、現れたアズサは私の言葉も聞かず私のお気に入りの薄手のガウンコートの袖を口で引き裂いて足に手早く巻いて固定していく。流石にカエデも歌うのをやめている。観客もこちらに視線を向けている。騒ぎを嗅ぎつけたのか人も増えてる気がする。


「ちょっとごめんね。」

「えっ――ちょっと!」

「「おおお!!」」パチパチパチ


そのままサッとお姫様抱っこで抱き上げられる。いやコレ、めちゃくちゃ恥ずかしいからやめてって!みんな見てるから!ていうか拍手すんなあんたら!


「ちょっといい加減に――」

「アイちゃんって軽いね」


耳元で梓の囁きが聞こえた。やばいやばいやばい!何なんコレ、背中に袖なしの梓の体温が伝わってくるし、顔だってめちゃくちゃ近いやん!!どないしよ!


「マネージャーさん、たぶん靭帯まで痛めてると思います。病院に連れて行ってください。」

「……お、おう。」

「ちょっとアズサ、まだライブが――」

「大丈夫、ライブも私が何とかするから。……だからアイちゃん心配しなくていいよ。」

「……う、うん/////」


あかん。めっちゃ好き。


――アイちゃんが転んで、どうするか悩みながら歌っていると突然、アズサちゃんが登場してパニック映画か少女マンガでしか見たことない応急処置でアイちゃんを助け、しかも颯爽とお姫様抱っこで裏に向かっていった。羨ましい!!――じゃなかったこの空気どうしよう。


「あれって演出か? ガチっぽくなかった? 裏バタバタしてるし……うわ、もうSNSに上げられてる。はえー」

「今の子カッコよすぎだろ!それにめちゃくちゃ可愛くなかった?誰なんだ?」

「一度はやってみたい憧れのシュチュ。袖を割いて応急処置からのお姫様抱っこ。相手は死ぬ。」

「そんな……スレライかと思いきや、まさかのライスレだったとは……尊い。」


ライブ会場は何故か大盛り上がりをみせている。いや、そうなる理由は分かる。余りにもアズサちゃんの応急処置が現実離れしてかっこ良かったし、お姫様抱っこされるアイちゃんの照れ顔は中々の破壊力だった。1曲は終わっているけどまだMCに3曲も残ってる。流石に1人でやるのは――


「えっと……カエ、じゃないイリーちゃん。」

「えっ!ア、ライアちゃん大丈夫なの?」

「ウン、ココカラは私がヤルよ。」


「「うおおおおお!!!」」

「待ってたよライアちゃーん!!」


アズサちゃんが腕と足を同時に出しながら出てきた。袖のないコートは脱いでいて、ダボッとした無地黒いTシャツにタオル地の白い短パンという部屋着姿だ。なんか目もめちゃくちゃ泳いでるし、どういう状況これ、早川さんに無理やり出されたの?……それに歌もダンスも今のアズサちゃんに出来るの?


「ちょっと!……アズサちゃん、歌とダンス出来るの?もうこれ以上は引くに引けないよ。(小声)」

「だだだ大丈夫です。な、なんとかします。(小声)」

「本気!? ……無理なら笑って手を振ってるだけでいいからね。(小声)」


客席の熱気が異常だ。お客さんもドンドン増えてる気がする。SNSに誰かが上げたに違いない。……でもアズサちゃんがやる気なんだ。こうなりゃやるしかない!最悪、私が1人で何とかしてみせる!……それに私にはアズサちゃんがこうなった責任がある。


「み、皆さんこんにちはー!! えっと、とりあえず自己紹介させていただきまーす!私はilly《イリー》です!19歳でメンバー最年少。今日は先輩達がバタバタ倒れて急遽MCになったので頑張りまーす!」


「イリーちゃーん頑張って!!」


――ど、どうしよう。初めての感情にいても立っても居られなくて、気持ちが溢れて暴走してしまった。でも悔いは無い、ようやく前を向いて歩き出せた気がするから。……だけどそれとこれとは別だ。このままだとあんなアイちゃんにカッコつけておいて舞台棒立ち女になってしまう。実は歌詞は覚えているし、2人のパートも網羅している。打ち合わせの時に気になって暗記してしまった。酷い歌詞だったが、まあ嫌いではなかった。ただリズムや曲調を知らない。それにダンスはまったく出来ない。何か考えないと――


「……リス様!エレリス様!!自己紹介ですよ!!お名前を!!」

「あっ私はエレ……じゃないLia《ライア》です。えっと……」

「――20歳で好物はシュークリームです!」

「は、20歳で好物はシュークリームです!」

「――そして世界一強くて可愛い最強の存在です!」

「そして世界一強くて可愛い最強の存在です!……って、え、違います間違えました!!今は強くないし、可愛く……あっそれだとアズサさんに(小声)……か、可愛いかもですけど言う程最強じゃありませんから!」


「世界一可愛いよライちゃーん!!」


「あはは、よく聞くとそんなに否定してないね。さすがライちゃん!えーそしてさっきライちゃんが手当てしてたslan《スレン》ちゃんの三人で活動している訳なんですが――」


ハレイに助けてもらったけどちょっと失敗した。自意識過剰な女みたいでカエデちゃんやお客さんに嫌われないかな。……なんか大丈夫そうか。それよりこの後をどうにかしないと。今まで動転しててハレイに気が回らなかったけど、カエデちゃんが話してる内に助けてもらおう。


「ハレイ、この後どうすればいいと思う。歌詞は分かるけど曲調とかダンス全然なの。」

「な、なるほどです。…………エレリス様の加護をよろしければ教えてくれますか?」

「うん、思考加速、不可侵、紫電、神眼、あとハレイの異世界能力ともう1つは……まだよく分からない。」

「凄い能力ですね!本で読みましたがどれも強力な力ですよ!……ハレイに考えがあります。まず不可侵を使用してください。」

「わかった。」


不可侵の使用によって私から半径10m圏内は完全に手中に収まった。人の動きによる空気の揺れで誰が何をしているかが分かる。もちろん、カエデちゃんの動きは捉えている。


「ではそのまま思考加速と紫電も並列使用してください。あとはカエデさんの動きを思考加速による擬似遅行世界で知覚した瞬間に紫電によって無理やり後出しのズレを埋めます。ちなみ紫電は最小出力でお願いします。」

「3つか……いや、出来そう。」


並列使用はあっちの世界でやって2つが限界だった。それにそこまで追い詰められた経験もない。世界広しといえど歌と踊りに3つの加護を並列使用する奴は私が初めてだろう。あははは……うん、いける!


「そして曲調はハレイが何とかします。ですが、その前に謝らないといけません。ハレイは嘘をついていました。」

「嘘……?」

「ハレイの加護は……祝福と奪取。加護を奪うことも可能なんです。きっともっと嫌わちゃうと思って今までお姉ちゃんにも秘密にしてました。……でもハレイもエレリス様みたいにもっと頑張りたいんです!上手く言えませんが、ハレイを置いていかないで下さい!」


真剣な目で私を見つめるハレイ。きっと私たちは似た者同士なんだろう。周りに嫌われ恐れられる存在。――


「うん、いいよ。2人で乗り切ろう!」

「……ありがとう、ございます!」


――だからこの異世界で助け合って変わっていこうよハレイ。私も君とならもっともっと頑張れる気がするから。


「じゃあ次の曲聞いてください、SCLILI《すくりり》で『黙っててお願い!』」


――その日、とあるライブ会場で伝説が生まれた。怪我によるアクシデントと後に医療関係者からも賞賛された適切な応急処置に迅速な対応、そして部屋着姿での再登場。何よりもその少女ダンスと歌。その場にいたファンの1人はこう証言していた。


「正直酷かった。素人レベルだよ。ダンスは合っているがたまに信じられないスピードで動いたように見える不自然さがあって動きも固い、歌はリズムは合っているが声量は出てないし緩急もない、ついでに歌詞が酷い。お世辞にも上手いとはいえなかった。……でもつい応援してしまったよ。だってアイドルなのに笑顔ひとつ無いんだよ。真剣で必死な顔で歌って踊るもんだから気がついたら目が離せなかった。彼女を見て改めて思ったよ。結局俺たちは一生懸命頑張ってる子を応援したいんだ。その為にこんな町で暮らしてる。ふふ……これがあるから止められないんだよアイドルって奴はね。」 38歳独身男性 Tさん


この日、新たにIDOLANDに新人アイドルが誕生した。彼女には歌と踊りの特別な才能はなかった。しかし圧倒的な容姿と努力を惜しまない強い精神力を備えていた。アイドルグループ SCLILI《すくりり》のライアこと的場 アズサは輝く原石ニュースターとしてこの島に劇的な復活を果たした。



****


黙っててお願い!

作詞作曲 強い良い王(シーイーオー)※社長

編曲 SCLILI《すくりり》


無責任な応援はやめてくれ お前に頑張れなんて言われなたくない。

不必要な質問は時間の無駄 お前で調べて勝手にやってほしい。


自分の胸に手を当てろ 被害者面するのは間違い。

でもそんな事 誰も言わないから私が代弁してあげる。


黙っててお願い!(黙っててお願い) 黙っててお願い!

みんな迷惑してるの! 黙っててお願い!

黙っててお願い!(黙っててお願い) 黙っててお願い!

それが一番助かる 黙っててお願い!


優しそうって褒めるのやめてくれ 褒める所がないなら黙ってろ

既読無視は拒絶と捉えてくれ 話したくないから返さないんだろ


人の気持ちで考えろ 加害者意識を養えよ。

でもそんな事 誰も言わないから私が代弁してあげる。


黙っててお願い!(黙っててお願い) 黙っててお願い!

みんな迷惑してるの! 黙っててお願い!

黙っててお願い!(黙っててお願い) 黙っててお願い!

それが一番助かる 黙っててお願い!


(間奏)


マジで黙れ(口を閉じろ止まれここでfor long)

そこで何もしなくていいから

黙れわかって(舌を止めろ寝とけここでhead on)

お金あげる素直に聞いとけ


黙っててお願い×4


黙っててお願い!(黙っててお願い) 黙っててお願い!

みんな迷惑してるの! 黙っててお願い!

黙っててお願い!(黙っててお願い) 黙っててお願い!

それが一番助かる 黙っててお願い!

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