10話 エレリスと地下アイドル


異世界知識の使い方も慣れてきた。これって集中するとかなり鮮明な映像や音声が確認できる。今は街中なので目をつぶっただけの簡易版だけど、それでも解像度は低いが映像は確認できた。


えっと……誰このおじさん?すごい荷物もってるお付の人もいるし……あっなんか再生出来そう。よし!いける!



(軽快な音楽)

(黒い服を着た背の高い男性2人が金髪の中年ヒゲ男性の左右で荷物抱えて直立している絵)


(ナレーション)

――限定版ゲーム・サイン入りアニメBOX・人気同人コミック、コミケの全てを手に入れた男、世界的な資産家 オールドオター。彼がコミケ最終日に放った言葉は日本中の少女をある島に駆り立てた。


(中央の太った金髪中年ヒゲ男性のアップ)


「日本が世界に誇る文化は寿司でも芸者でもおもてなしでもない。アニメ、ゲーム、そしてジャパニーズアイドルだ! 私はここ東京湾にアイドルの聖地を創り、新時代の幕開けを宣言する!! ……掴め! この世のアイドル頂点をそこに置いてきたッ!!」


(少女達が同じ方向に向かって歩く画)


(ナレーション)

……少女達はトップアイドルを目指し夢を追い続ける。……世はまさに大アイドル時代…!!


(軽快な音楽が小さくなる)

(映像が切り替わり、海賊風の帽子を被り可愛いヒラヒラの服を着た女の子と三角形の地図?が現れる。)


「はい、ウィーアーこんにちっわんピース!! IDOLAND TOKYOの五代目ナビゲーターを務めます。七海 さやかでーす!本日はお越しいただき誠にありがとうございまーす!!ごほん……ここ、IDOLAND TOKYOは東京湾に浮かぶ最新鋭の人工島です。最下層の動力部を含む、太陽光を完全再現したまるでお外みたいな地下2階層と選ばれしトップアイドルのみがパフォーマンスを許された地上階層の全3階層ピラミッド構造になっています!」


(地図が分解されて色分けされた状態に変わる。)


「地下2階は動力部、そして地下1階は中央に向かって大きく3つの区画に分かれています。まず1番外側に新人アイドルや候補生、アイドルを目指す素人さんが暮らす第三区画、通称スリーがあります。ここには一般の方も暮らしていますし、殆ど外の暮らしと変わりません。」


(街の様子が紹介され、女の子達が楽しそうに手を振っている。)


「そして更に中央にあるのが第2区画、通称ツー。この区画から一般の方は住むことを許されません。アイドルがアイドルと協力しながら暮らすアイドルしかいない理想郷です!……まあ遊びに来るお客さんはいますから正確にはアイドルが多いですかね!」


(更に映像が変わり、歌って踊る女の子や乗り物に乗って遊ぶ子供が映る)


「そして、更にさらに中央にあるのが第1区画、通称ワン。超VIP待遇でのびのび暮らせます!つまりここにいるアイドルは全員がスターです!歌、ダンス、トークを極めたトップオブトップ。そして彼女達は地上にあるIDOLANDの真骨頂アイドルテーマパークでライブ、アトラクション、カフェ、など思い思いにアイドル活動が出来るんです!……では続いて大事なアイドリーグの説明を――」


****


「……うっ、なんて頭の悪い映像なの。見ていられない。」

「エレリス様、大丈夫ですか??」

「大丈夫、いや大丈夫じゃないかも……どうやら私達は今とんでもない場所にいるみたい。」


アイドルというものが何なのか映像ではイマイチ理解出来なかった。異世界知識によると……なるほど、歌って踊る事が仕事の人たち、つまり踊り子や歌い手さんの事か。あっち世界では豪華な劇場で行うすごく高貴な仕事だった……気がする。もしかしてアズサさんもアイドルなのかな。だとすると私も……無理無理無理!!! わたし歌も踊りも出来ないって!!ど、どうしよう。とにかく、一度ハレイに相談してここから――


「待たせたな梓、もう時間がヤバいからタクシーで行くぞ! もうカエデが向こうで停めてるからこっちだ!」

「おーい! アイちゃん、アズサちゃん急いでー!」

「え!ちょっと、その……私は――」

「うわあああい!!エレリス様、エレリス様!! 車に乗れますよ!!早く行きましょ!!あっあの車勝手にドアが開いてますよ!!」

「ほら梓、さっさとしろって!」

「……あっはい。」



――現在、タクシーで移動中。隣では梓がよく分からないけど嬉しそうにキョロキョロしている。乗る前は困っていた感じだったけど機嫌が戻ってなによりだ。カエデはそんな梓と宙を舞う光を正面に座りながら凝視している。ここアイドランドのタクシーは全て何故かロンドン使用の後席に6人座れる対面座席だ。多分この島を建てた資産家がイギリス人だからなんだろうけど、正直乗るとテンションが上がるし、日本のタクシー全部これで良くない? 助手席やトランクはないけどその代わり中に持ち込めるし、車椅子にも対応してる。何よりワイワイ出来て遠足みたいで楽しい!……っていうのはキャラじゃないから2人には内緒だ。ふとスマホで時間を確認するとちょうど集合の時間だった。マネージャーからの着信も来てる。まあカエデとあれだけ話していれば仕方がないか。私は縦横無尽に宙を舞う光を少しだけ目で追い、景色を眺めながらカエデとの会話を思い出していた。


****


「あれ……お化けなの?? ちょっと、カエデ!? どういう事!私に何かしたの!?」

「きっとあの石鹸の匂いによって第六感が研ぎ澄まされているのよ。……売れば大金持ちになれそうね。私が丸坊主になるけど。でもコレでアイちゃんにも私の話が全部事実だって理解出来たんじゃない?」

「それとこれとは話が別なんじゃ……」

「じゃあ、あの存在と梓ちゃんの状態、私の梓ちゃんへの溢れる思いが何の因果関係もない偶然だと?」

「最後のはそうだと思うけど……仮にカエデの推測が正しいとして結局、これからどうすればいいの? 」

「簡単よ! このアイドランドでトップアイドルを目指すのよ!梓ちゃんは間違いなくこの島で上位に入る美少女。そして今、ちょっと胡散臭くて中身のない海外のパッケージだけ豪華な冷凍食品みたいな内面が浄化された事でポテンシャルは格段に跳ね上がったわ!絶対いける!」

「……。」


カエデの言う通り、今のピュア梓ならそれくらい出来そうな気がする。正直、一向に歩み寄ろうとしない不真面目な梓が私はきらいだった。一度、喧嘩になった事もある。でも……だからってはい、そうですかであの梓を受け入れるなんて器用なマネは私には出来ない。――だって、あんなの梓じゃないじゃん!私は梓と楓と3人でアイドルになろうって思ったの!!


「……やっぱり出来ないよ。訳わかんない。梓じゃないと私……」

「じゃあ、このままアズサちゃんを見放す気?」

「楓……」


カエデの怒った顔なんて初めてみた。よく見ると顔色が悪いし汗をかいている。変な事いってて平気そうに見えたけど1番不安なのは楓だったのかも知れない。いくら考えても答えは出ない。時間だけが経過していく。……本当にうちのメンバーは変な子ばっかりだ。私も含めて。


「はあ…… とりあえず、ここで結論は出せない。カエデも冷静じゃないみたいだし、とりあえず仕事に――ってやばい!!時間!!」

「えっ――やばっ!マネージャーから着信すごいきてる!私タクシー捕まえるから梓ちゃん呼んできて!!……あっ早川さん、本当にごめんなさい!急いで向かいますので、あと梓ちゃんですが――」


****


結局、有耶無耶に会話を終わってしまった。梓をどうするのか結論は出ていない。それにはグループ全体の事も関わるし、私達をサポートしてくれる社長やマネージャー、それに少ないけどファンだっている。とにかく着いたらマネージャーに相談しないと!!


――ライブ会場に到着すると既にリハーサルが始まっていた。遅れて来た私たちに厳しい視線が刺さる。身を低くして控え室に向かっていると早川マネージャーが指を噛みながらヒールをコツコツ鳴らしてやってきた。


「アンタ達遅すぎ。やる気あんの?」

「「すみませんでした。」」

「それ……な、すみませんでした。」

「たくねぇ……出演者多くてリハ押してるから、多分ぶっつけ本番になるわ。照明指示やセトリはこっちでもう出してるから兎に角さっさと着替えて来なさい!2時間後には出番よ!」

「「はい!」」

「そ、い!」

「それと梓、カエデから聞いたわ。今日は40度の高熱に血便で歩くだけで限界なんだって?後のことはこっちで何とかするからアンタは帰るか、大人しく裏で休んでなさい。ていうか言ってくれれば休ませるわよ。アンタらもそんな時限爆弾みたい子連れ歩くな!……梓、聞いてるの!!」

「そ、それな!」

「……かなり深刻みたいね。休んでなさい。」


梓のことはカエデが上手くやってくれたみたいだ。とりあえずは何とかなりそうな気がする。なるよね?

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