11話 エレリスとライブ前
カエデとアズサを引き連れて楽屋に向かい、さっさと着替えてメイクを直していると徐々にリハを終えた人達が流れてくる。しかし殆どが荷物を置いて出ていった。
なぜなら楽屋と呼ばれるこの室内はほぼ物置部屋になっている。基本的に出演者は出番まで外で自由に過ごしたり、マネージャーの車で待機してるらしい。しかし私達は車もお金も時間もないので楽屋でそのまま打ち合わせだ。あーその前に挨拶しないと……こういう時梓がいないのは辛い。あの子はメンタルが強いというか他人に興味がないというか、面倒くさい人や苦手な人でも全て一定の関係を築いていた。……いまのアズサでは無理そうだ。さっきから私の服の裾を握って離してくれない。すごく可愛いけど、頼りにならない。
「でさー、そいつ何だけど――」
「お話中すみません。今日はよろしくお願いします。あと、ちょっとそこの隅っこ暫く使わせて貰います。」
「はいはい、よろー。ていうか別にここは皆の楽屋だから好きに使いなー」
「ありがとうございます。」
スリーの大部屋1つの楽屋では暗黙のルールがあって新人は先輩に一言断りを入れないと基本的に長居を許されない。スリーの時点で全員新人なんだがそれでも中堅クラスはいる。先輩風を吹かせてきたり、嫌がらせをしてきたりと扱いが難しい存在だ。
「とりあえず、アズサのパートは2人で分けよう。1曲目の後のMCどうする?あとダンスと移動。」
「MCは私がやるわ。時間ないしダンスとかそのままで移動はなくせばいいんじゃない?とにかく歌ね。パート分けしましょ。じゃあまず1曲目の……アズサちゃんどうかした?」
私もアズサに意識を向けると何か言いたそうにモジモジしてるように見える。トイレか?
「あの……な、なんでもありません。」
「ん?ならいいけど……えっとアズサちゃんは今日はお休みだから帰っても大丈夫だよ?おトイレは出て右に進んで突き当たりね。」
「そ、そうじゃないです!! 帰りたくないです!!あとおトイレも我慢できます!!」
「アズサ声大きいって!先輩睨んでるぞ。ていうか我慢すんなよ。」
「「……。」」
「す、すみません。」
今回のライブ会場は100席。第三区だと中規模クラスでこういう合同ライブでもそれなりに人気がないと埋められないキャパだ。今回出場は10組。ちなみに我々は2番手らしい。急遽の代役でマネージャー曰くファンに告知は昨日したらしいけど、元々私たちに人気はないし超絶アウェーは確定してる。またお客さんは出入り自由でメインのアイドルが出る後半に合わせて来る人がほとんどという話だ。それでも第三区に住むレベルのコアなアイドルオタクは新人アイドルをチェックしにチラホラやってくる。
「――よし、とりあえずこんなもんか!」
「そうね。まだ時間あるしコンビニでも行く?お昼ご飯食べてないし。」
「そうだな!アズサも行くぞ。」
「…………。」
「アズサ?」
「…………あっ、なんですか?」
「コンビニ行くぞ。お腹空いただろ?……トイレなら右に進んで突き当たりな。」
「おトイレは我慢出来ますって!!そ、それよりコンビニ? ……ッ!! ぜったい行きたいですコンビニこと24時間年中無休の店、コンビニエンスストア!!」
「だから声大きいって!」
「「……。」」
「す、すみません。」
――コンビニエンスストア。そこは異世界の技術と文化の集大成。明るい店内に大量に陳列された品々。一つ一つの品物が綺麗に包装され、しかも一見無秩序に、しかし非常に合理的に様々な種類の品を並べている。食品、飲料、文具、化粧品、本。そしてその全てを24時間年中無休で販売している。しかもこれが10分も歩けば1店舗は見つかるらしい。はっきり言って狂気の沙汰。異世界人は利便性ために人が死んでも何とも思わないの?……しかし、確かにここは人を堕落させる魔力を秘めている!だって一品目のレパートリーが多すぎる!このパンとこのパンは何が違うの??これは、メロンパン?……果実のメロンを模した一般的にメロンが含まれてないパン?意味がわからない。それはメロン型のパンでしょ!
「アズサちゃん……いい加減選ばないと食べる時間無くなるよ。」
「早くしろよ。私たちは2階のイートインスペースで先に食べてるからな」
「エレリス様!! 見てください!! こっちにお菓子が沢山ありますよ!!」
「……決められないッ! とりあえず所持金を確認して買えるだけ買わないと……嘘ッ……さ、財布がない!!」
しまった。あっちの世界でお金に無頓着だった事が災いした。あの家から財布を持ってきてないし、まず貨幣価値がわからない。……なるほど、大体の仕組みは理解した。物価はあちらより幾分高いがそれでもこのレベルの商品がこの値段は破格と言っていい。お金を2人に借りに行く……のは厳しい。そんな事した事ないし、もしあの優しい2人に嫌われたら多分立ち直れない!……何か……あっアイさんに貸してもらったコートのポケットに……50円玉がッ!!
貨幣価値的に50円はバレる可能性が低い。しかしれっきとした犯罪行為。でもポケットの50円貸してってわざわざ言うのは……それにそれをしたら多分普通にお金を貸してくれる気がする。そうなれば結局嫌われるリスクは同じ。ならいっその事普通に貸してもらう方がッ……ふっ世界一になり2億マルスを手に入れた私がポケットの50円を盗むか本気で悩むなんて……。
「エレリス様!!それで何を買われるんですか?」
「……私は買わない。
「エレリス様!!……さすがです!!」
「お金ないと思って貸しに来たんだけど……アズサ何してんの?あと声大きいって。」
「す、すみません。」
結局アイさんに奢ってもらった。商品もアイさんに選んでもらった。アイさんってすごく頼りになる。
「お願いします。レジ袋いらないです。」
「はい、……えー、3点で545円です。」
「……(画面を操作して支払い)どうも」
「はい、ありがとうございましたー」
アイさん支払いめちゃくちゃスマートでかっこいい!!って、あれ?お金払ってないよ?……で、電子決済!? 何それ?? ダメだ、私の頭じゃわかんない。わかんないけどあんな数秒で電子決済するなんてアイさんって凄い!
「はい、アズサ。ん?どうかしたの?」
「その……何でもないです。ありがとうございます!」
「いいよ別に。」
凄いとか素敵とか言うのはやっぱりまだ難しいな。ハレイなら言えるのは妖精だから?でも結構話せてるよね。別に経験がなかっただけで私って実はおしゃべり上手だったのかも!もしかしたらアイドルだって出来るかもね!
2階のイートインスペースは白を基調とした内装で清潔感があった。買ってもらったものはサンドイッチと水、そしてシュークリーム?というお菓子。なんか岩みたいな見た目だし、きっと質素なお菓子なんだろう。
「んんんんんん!!!」
「エレリス様!?」
「えっなに? シュークリーム美味しかったの? 口びちゃびちゃだけど……」
「んん!! んんんん!!」
「エレリス様!?それ美味しいんですか!?」
「くっ、ダメだ。……このアズサ可愛い。いつものわざとらしいあざとさじゃない。」
今この瞬間から私の中でこの世の食べ物はシュークリームかシュークリームじゃないかに分類された。クリームのキメ細かくなめらかな舌触りと溢れ出る程の質量。しかし甘さにくどさは無く、しつこさも感じない軽い後味。でも……これ以上は――
「ふふふ、アズサちゃんは元から可愛いわよ!はーい、ちゃんと拭かないとね。……あれ?どうしたの?途中でお腹いっぱい?」
「えっと……食べてる所、見ないでくれますか……/////」
「これはッ……アズサちゃんやるわね。普通にチューしたい。いい?」
「いい訳ねーだろ!何言ってんだよお前。」
なんか変な事言ってるみたいで恥ずかしかった。でもこうでもしないとハレイにも食べさせてあげられない。ハレイもわかったのか飛びついてきて残した半分全部食べてしまった。あの体にどうやって入ってるんだろう。
「ハレイは今度、シュークリームが食べれたらまず中に潜って全身でクリームを味わいます!!」
それはちょっと……羨ましいかも。
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