13話 梓と撒いた種

クインの異世界知識を使った「神裁雷霆ラムエル」こと「なんちゃって荷電粒子ビーム」が港を消し飛ばしてから数時間が経とうとしていた。


あの後、光と音に驚いた町民が外に出てきてその惨状と犯人であるパジャマっ子を確認した。最初は酷く困惑していたが、落ち着くと当然矛先は犯人である私に向こうとしていた。

しかし、ジャスミーと町長が怒りを露わにする町民達をいい感じにフォローしてくれて何とかなったと思う。


「エレリス様がいなかったらきっと被害は港だけではすみませんでした!それに……これまでの自分達の行いを棚に上げて文句を言うのは余りにも不誠実ではありませんか!! 感謝こそすれ謗るなんて失礼とは思わないんですか!!」

「だからってこれは――」

「ジャスミーが言う通りだ! 皆、この惨状をみて怒る気持ちはわかる。しかし……もう一度よく誰に何を言っているのか、数ヶ月何をしてきたのか自問して欲しい。答えは……あの港をみれば子供でもわかるはずだ。違うか?」

「「……。」」


半分脅しになっていたが丁度いいのかも知れない。なぜならその後、クインに町民の行いについて確認したがエレリスさんはかなり陰湿な嫌がらせを受けていたらしい。行きは速すぎて確認できなかったが、帰りに道すがら嫌がらせの痕跡を目の当たりにした。あまり気分が良いものではない。私もここまで大規模じゃないけど何度か経験はある。惨めで恥ずかしい嫌な気持ち。そんな思い出だった。だからクインが港を吹っ飛ばしたのは悪い事だと思うけど怒る気にもなれない。エレリスの事もあるとは思うけど、多分直前の私の夢が影響してたと思ったからだ。それにクイン自身も思う所があったみたいだった。


「わたしは絶対に謝ったりしないわよ! 嫌いなの! 大して知りもしない癖に妹……人の事悪く言うやつが!! だから昔からやられたら10倍で返すって決めてるの!自分じゃなくてもね!ふん!」


なんか話にちょくちょく妹さんが出てくるけど、かなりのシスコンっぽい節がある。どうなのクイン?あっちなみになんか勿体ないのでさっきから憑依したまま。割と楽なんだよね。


「え、シスコン?何それ?……ふむふむ……はあ!? ち、違うわよ!!妹のことは好きだけどこんな事しないわよ!! ……こんな事……なっ!! ……こ、これはキープね。あとで読みましょう。」


なにそれ、異世界知識ってネット書籍対応してんの?ちょっと1回使ってみたい。


「異世界知識ってどんな感じって?うーん、説明しにくいわね。……脳内に貸切のネカフェがあるみたいな感じ?」


よくわからないけど羨ましい。……あれ、ていうか憑依してる今なら私も見れるんじゃない?どうなの?


「はあ、ちょっとアズサ…………あんた天才ねッ!! 早速やりましょうか!!」


……結果は失敗だった。まず加護を同調する方法は何となくわかったのだがかなり危険。まあクインの言葉を借りるならシンクロ率80%を超える必要があるのだ。しかし加護が刻まれた魂を同調すると拒絶反応や魂の強度不足によって最悪死ぬらしい。


「それに多分、シンクロ率80%を超えるとエレリスの肉体にも影響があるわ。……魔法少女みたいに変身するか、お互いの特徴が混ざった超生物になるか、暴走してエネルギーの塊になるか、全くわからないわね。」


かなり気になる話だったがやめておこう。それに……なんか急に変な疲労感がきた。これキツイわ。


「あーアズサ、そろそろ憑依が限界かも。……解除!!――うわっ!」

「ふぅー、やっぱり初めてだから慣れないわ。ちょっと休ませて」

「そうなんだ。無理させてごめんねクイン。」

「いや、ちょっとした精神疲労だから大丈夫。アズサは何ともないの?」

「うん。さっきは気持ち悪かったけど、眠いくらいで今は何ともないよ。」

「そうなんだ。アズサって……実は元々凄い人だった?いや本当に人だった?」

「えっどういう意味??」


ベッドに横になる私の胸で頬杖をついてクインは眠そうな目で話す。見てるとこっちまで急激に眠くなる。欠伸うつるからやめて。


「ふわぁ……んっとね、この憑依って無理やり魂に高位の精神生命体がお邪魔するんだけど、この時点で常人は自意識を保てないと思うの。魔力も普通の人間の致死量くらい使っちゃったし……。」

「ええええ……先に言ってよ。危なかったんじゃないのそれ?」

「なんかアズサとならイける気がしたのよね。私こういう勘みたいなの鋭いのよ。実際当たってたでしょ?」

「そうだけどさぁ……ふわぁ」

「あーもう眠いから結論から言うわ。アズサの魂・意識は妖精より高位次元の存在かも。あと……も……ある……かも……すぅすぅ」

「……なに?聞いて……なかった――」


何かとても大事な話だった気がするが、信じられないくらい眠くてどうしようもなかった。これが憑依のフィードバックなんだろうか。



――梓達がいるイスシアから更に東に数百キロの海底。そこは切り立つ崖に挟まれた陽の光の届かない海に住まう戦いを好まない魔族達の巣窟。その中でも一際大きな横穴で長い眠りから醒めた魔族がいた。


「 ……この膨大な魔力……カッカッカッ……面白い……そろそろ収穫よな」


僅かに身を捩らせるとその振動で砂煙が舞い、所々で崩落が起こる。その異常事態を察知した魔族達は巣穴から身を乗り出し固唾を飲んで震源地に目を向けていた。禁忌の魔族が眠るとされる近寄ることを親から禁じらていた厄災の魔窟を。


「……しかし……これでは……まずは……ちと小さいがアレよな。」


次の瞬間、魔窟から信じられない速度で長い尾が飛び出し海上方向に伸びていく。それだけでどれ程の巨体なのか想像がつくが尾が戻って来るとよりそれが実感出来た。尾の先では巨大な鯨がくの字に締め上げられて絶命していた。唖然とする魔族達を尻目に血の匂いを撒き散らしながら鯨が魔窟に飲み込まれ、暫くするとまた尾が海上目掛けて伸びていく。鯨や巨大な鮫を捕まえること数十回。ようやく動きが治まると海底に笑い声が轟いた。


「カッカッカッ、しかし実に愉快よな。ようやく食いでのある肉よな。……しかし、やはりこの体ではどれも同じ味よな。」


魔族達にはただでさえ寒い海底の温度が更に下がった様に感じるほど魔窟から徐々に強まる漏れ出た魔力は圧倒的な死を予感させる絶望そのものだった。そして魔力の源は出口に向かってゆっくりと移動している。またこちらに近づくにつれ存在自体を濃縮するが如く姿を小さく変えている気配も感じた。


「カッカッカッ、ここは変わらぬよな……我を魔除けに利用する力無き魔族の溜まり場よな。」


魔窟から現れたのは体高2メートル程の人間の姿形を真似た何か。青い髪に顔の半分を占める大き過ぎる金の瞳、その下には不自然に大きく裂けた口から長い舌が伸びていて鋭い歯が3重に並んでいる。鼻と耳はなく頭部に四本の角、体表には人間でいう皮膚はなく赤黒い溶岩の様な蠢く得体の知れない体。胴体は赤ん坊の様に膨れているが手足は異常に長く不自然に細い。もちろん服など身に着けておらず、局部の一切ない性別不明の禍々しい存在。「禁忌が可視化した化け物はきっとあんな姿をしているのだろう。」後に誰かがそう言った。


「数秒か……一刻か……仕込みは詰まらんが……強き者の肉団子はまこと格別よな。カッカッカッ……魔力の匂いよな。聞く手間要らずよな。」


そんな不穏な言葉を残すと両手を海上に向けて水を掴み目に見えない巨大な弓でも引き絞る様な動作をした。そしてパッと手を離すと爆発と共に姿を消した。


――それは東の漁師達が代々伝え聞いたというある話。ある海域近くで漁をしていると海底から邪悪な悪魔が現れ、強者を求め船人に問い掛けてくるというもの。その時、強者の名をあげるといつの間にか悪魔は消え大漁が約束される。しかし名を挙げぬと海は荒れ、船を沈められる。そして己こそ強者と名乗った者は握りこぶし程の肉塊に変えられて他の船員に手渡され、再び同じ質問をその者にするという民間伝承。


そして不思議な事にこの話が初めて伝えられたとされる年代で名のある著名な冒険者が失踪する事件が発生していた。被害者は忽然と姿を消し、不可解なある共通点があった。おびただしい血痕と引き裂かれた衣服、そして謎の輝く白い玉。後に鑑識でその玉は圧縮された被害者の骨だと判明した。犯人は捕まらず巷では人骨玉鬼ボーンボーラーと呼ばれ冒険者の中で今なお強さ自慢する阿呆への脅し文句として使われている。また19個あるとされる人骨玉は何個か裏オークションにかけられ、1個五千万マルスで取引されたという噂がある。ちなみに贋作の見分け方は簡単らしい。なぜなら指先程の大きさで魔力の痕跡はなく、この世に存在する物質の質量を無視した20kg近い重さがあるからだ。

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