7話 エレリスと怪しむカエデとアイ
「エレリス様!置いていくなんて酷いです!!」
「ごめんね。……ちなみに私以外には見えないんだよね?(小声)」
「はい、そうです。姿も声も聞こえません。(小声)」
「ふふふ、そっか。心強いよ。(小声)」
聞こえないのにつられて小声で話すハレイが可愛くてつい笑ってしまった。
「梓ちゃんどうかしたの? 笑ってたけど何かあった?……。」
「な、何でもないです。――うわっすごい……」
「ふああ! 初めて見るものばっかりです!!異世界って凄いですねエレリス様!!」
引かれるままついて行くとそこは確かに異世界だった。緑のない人工的な街並みに完璧に舗装された道。そして都で最近普及し始めた鉄製の魔導車が規則正しく走っている。向こうには……蛇?あーこの人目悪いな本当。すごいモヤモヤする。目が悪いってこんなに辛かったんだ。何故か繋いだ手をニギニギと動かしてくるカエデさんに続くと道を歩いているすれ違う人は誰も鎧を着ていないし、帯剣もしていなかった。
「ここ……防御力ゼロの拳闘士しかいない。」
「さっきからブツブツ何言ってんのお前? まだ酔ってんのかよ。大丈夫か?」
「……。」
「あっはい、平気です。ありがとうございます……アイさんと……カエデさん?」
「「……え?!」」
2人がこちらを見て固まっている。何か変な事言った?もしかして呼び方が変なのかな。〇〇さんじゃなくて〇〇ちゃんとか?……異世界だと〇〇っち、〇〇たん、〇〇みょん、呼び方ってこんなに沢山あるんだ……ど、どれが正解なの!?
「えっと……アイちゃん?」
「は?」
「あっ違います!間違えました!……アイみょん?」
「なに、歌えって?」
「なんかこの人怒ってます!エレリス様頑張って下さい!!」
――メンバーの梓がおかしい。確かにいつもヘラヘラして愛想はいいけど本心で何考えてんのか分かんない変に冷めた所はあった。けど今日のこれは明らかに異常だ。
「あ、あい……ぽよ?」
「……。」
梓はいつも私達のことを芸名か苗字で呼ぶ。こんな風に名前を呼ばれた事なんて今まで一度もなかった。グループを組んでまだ数ヶ月だし、短い付き合いだとは思うがそれでも他人と距離をとってる事はわかる。昨日は珍しく夜にチャットが来て、少しだけ不安に思っていた。意味不明なスタンプだったけど梓は酔っぱらっても遅刻はしないし、人に絡んだりもしなかったから。だから待ち合わせ場所に来なかった時は嫌な予感が止まらなかった。今こうして元気にしてる様に見えるけど……どうしたら――
その時、体を急に引っ張られて路地に引き込まれた。
「……すぅ……はぁ……よし!」
「うわっ!ってカエデかよ。驚かせんなって……」
「ね、ねえ分からないのアイちゃん? あれが梓ちゃんの真の姿。ついに私の除霊が成功したのよ!!!」
「は?なに、除霊??」
なんか話を聞く前から間違ってる気はするけど一応聞いておこう。取り残された梓は急に路地に消えた私達を不安そうにピンと美しく直立して見ている。……冷静に見てみるとやっぱり立ち方から挙動まで完全に別人だ。
ちなみにカエデはこれでも超名門高校卒業で相当頭がいい。ただ霊感が強くかなりスピってる面がマイナスポイントの無駄美人という印象だ。でも霊感とか信じてなかった私でも1週間前に足の怪我を予知されたり、野良猫の死骸を見た日に「子猫の霊がついてる」と言われたり正直ガチっぽいと思う。ちなみに怪我は道端の突き出た鋭利な鉄片で1週間生デニムを履けと言われていたため軽い擦り傷で済んだ。
「梓ちゃんには今まで良くないモノがまとわりついていた。……私も色々と助言したり、勝手に部屋に塩を撒いたり、宅配便を装って除霊を強行したりしたんだけど、途中から警察を呼ぶとか言われて困り果ててたの。最近では目も合わせてくれなかったし。」
「お前何やってんのマジで……」
「それで実は今日梓ちゃんから香ったあの石鹸はマネージャー経由で送った梓ちゃんの好きなブランドコスメを模倣した私手作りハイパーエキセントリック除霊石鹸!!中央には私の毛髪で作った濃縮身代わり人形が入ってるわ!」
「石鹸使ってない私でも鳥肌が止まらないんだけど……私匂い嗅いだんだけど呪われない?」
「呪われないわよ!! むしろ癒されたでしょ! あれは生花100%手絞りの本家を超える香りよ!!」
「……とりあえず警察に行こう。グループは本日をもって解散だな。」
メンバーから犯罪者を出してしまった。あの社長なんかは箔が付くとか言って喜びそうだが、これでもカエデはダンスは微妙だが歌だけは上手い。私とは正反対の能力で大きな戦力だ。梓はどっちもそこそこでやる気もないし、カエデがいなくなるのは事実上の解散といっても過言では無い。私もスカウトされて浮かれて入った個人事務所だったがこんなメンバーとやるなんて思いもしなかった。ここいらが潮時かも知れない。
「アイちゃん待って! 早まらないで!! 確かに客観的にみて手段はサイコオカルトメンヘラストーカーそのものだけど私は今日、確かな実益をあげたの!あの梓ちゃんを見たでしょ!! 結果勝ったのよ私達は!!」
「私を仲間に入れんな。」
「ここで仲間割れは得策じゃない。ほら、梓ちゃんを見て。」
「……あれは――」
共犯扱いするカエデに言われて路地から梓を確認すると何やら宙に向かって話し掛け楽しそうに1人笑っていた。
ああ、そうか。初めからここには私以外マトモな人間はいなかったんだ。
「アイちゃん、ショックなのはわかるけど気をしっかり持って! 今の梓ちゃんはきっと別人同然よ。実際、あれが本来の姿なんだけどね。そして梓ちゃんが話してるのはかなり強力な守護霊?みたい。多分私の毛髪人形を誤って依り代にしたエキ
呆然とカエデの話を聞き流しながら今後の身の振り方について考えていたが……気のせいか、あずさの周りを飛び回る青い光の球が見える。……えっ何あれ?私見てもうたん?おかしな2人と関わりすぎて良くないボーナスステージ突入した??
――2人が路地に消えたことを利用して私はハレイと作戦会議していた。もうこれ以上怪しまれるのは厳しい。元の体に戻れる可能性は極めて低いし、この世界で自由に生きても問題ないと思うがやはり心配してくれる人を蔑ろにする事は出来ない。それに的場 梓を思う人を悲しませてしまっては、私の体で頑張っているであろう彼女に合わせる顔がない。
「とにかく話を合わせて会話を切らないようにするのがいいのではないでしょうか?返事は相槌で誤魔化せば怪しまれるポイントを減らせると思います!」
「な、なるほど!ハレイありがとう!そうしてみるよ!……うん、異世界には汎用性が高い相槌があるみたいだし頑張ってみる!」
「はい!ハレイもついているのできっと大丈夫です!お友達はいませんけど、本は沢山読んでますから!」
「それな!……頼りにしてるよ!」
路地ではまだ話してるみたいだし大丈夫だよね?正直、異世界の町のことを話したくてさっきからウズウズしていた。ハレイもずっとソワソワしてるし……誰もいないから大丈夫だろう。1人で話してる変な人と思われるのは流石に恥ずかしい。
「ねぇハレイ、あの魔導車……自動車ってなんで動いてるんだろう?ここには魔力がないのに不思議だよね!」
「あっはい!!ハレイも思ってました!異世界の知識でわかりませんか?」
「えっと……ガソリンって燃料を爆発させて上下のピストン運動を推進力にしてる?みたい私には難しくてわかんないよ。あとでハレイが教えてくれる?」
「はい、わかりました!……でも凄いですね、魔導車は車軸に回転する魔法式を組み込んで操縦席に繋げただけの単なる移動手段なのに、この自動車は外観の流線的なデザインから中の椅子まで凄く拘ってます。それにあの自動車なんか屋根がありませんよ!」
「そうだね、出来たら1度乗ってみようね!」
「はい!楽しみです!あっあの自動車は横長で人が沢山乗ってます!後ろの自動車は――」
ハレイはよっぽど楽しいのか自動車が走る道を食い入るように見つめている。……それにしても2人は遅いな。何の話をしてるんだろう。もしかして残されて帰られちゃったりしないよね。……ど、どっちから来たっけ。念の為、退路の確保は重要だよね。えっと太陽は――ッ!!
「ハレイ、空を見て!!……もしかして、ここって――」
「なんですか急に?空なら晴れてて……そんな……か、確認します!!」
ハレイが勢いよく上に飛んでいき、ある程度まで上がるとピタリと止まってゆっくりと降下してきた。
「ハレイ……やっぱりここって……」
「はい、……ここは室内です。いや、大気の流れから地下だと思います!」
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