5話 エレリスの異世界生活スタート!


「よっしゃ!いくぞー!!」

「「「タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャージャー!」」」


薄暗い室内で光る棒を持った男達が声を張り上げ、狂喜乱舞している。そして舞台には殆ど下着姿の少女達が歌いながら激しく踊っている。

都にいた時にたまたま聞いた都市伝説……それは都の地下にある秘密の劇場ではその昔エルフの国で捕らえてきた女子供を薄い服で踊らせて夜な夜な金持ち達が大金を叩いて買い漁っていたという話だった。きっとその少女達が見た光景は私の眼前に広がる光景と……かなり違うだろうがこれくらい理解不能の恐ろしい世界を体験したに違いない。それくらい私は人の隠された狂気に邂逅した衝撃に打ち震えていた。


「……異世界こわい。あれ歌ってる人の邪魔してるよ?なんで誰も注意しないの?それにし、下着で……意味が……」

「ハレイにもわかりません!エレリス様。は、はやくここから逃げましょう!きっとここは過激な宗教施設です!!」


過激な宗教施設……すごくしっくりくる。そうか、私はいつの間にかこの2人に担がれて異世界の深淵に投げ込まれたんだ。


「アズサちゃんは緊張しなくても大丈夫だよ!」

「そうそう、まあここで私らの勇姿を見とけって!」


舞台袖でお腹や足が一部見えている防御力の低そうな黒い服を着たその2人は明るく話しかけてくる。……そういえば、こんな都市伝説もあった。昔、都には若い女の子を攫って生贄として洗脳教育し、何の疑いもなく笑いながら自ら命を絶つ人柱を育てていた邪悪な宗教団体があったと。……神様、私は来世に平和な世界を望んだはずです。我儘とは思いますが、何故このような地獄の如き場所に私めを送られたのですか。それとも何処かで選択を誤ったのでしょうか。



――遡ること数時間前 的場 梓 自宅


ゴミで埋もれた妙に甘ったるい匂いのする部屋で私は人生史上最悪の目覚めを迎えた。


「ゴホっゴホっ! うぇ酸っぱ……頭痛い。気持ち悪い。何これ?」


寝たまま頭痛を紛らわそうと頭を触ると違和感に気がつく。なぜなら明らかに自分の顔の形ではなかったからだ。そして顔を手で上から確認していると口元付近でベチャっとした粘性のある感触があった。嫌な予感はしたが濡れた手を確認すると――以下中略。


どうにか近くにあったタオルで顔を拭き、頭の下にあった枕、髪の毛まで汚染されていたためガンガンと痛む頭を揺らさないようにゆっくり身を起こした。見覚えのない汚い部屋。そして目に映るものの殆どが初めて見る物だった。壁にくっついた黒い板。手元で光り震えている小さい板。雑然と置かれた化粧品。紐で繋がった不思議な棒に防御力皆無なヒラヒラした大量の服。読めない文字が書かれた色鮮やかな本。その異様な光景に気持ち悪くて考えが纏まらない中でも唐突に不安が押し寄せ自問自答する。

私はエレリス。20歳独身。少し前に世界一の冒険者になった鍛錬ばかりでずっと友達がいない事が悩みの猫好きな女。うん、自我はハッキリしてる。つまり――


「これって体が別人になったって事かな?」


そして更にここは異世界だろう。じゃないと知らない道具や文字、何より自分?の身体、大気中からまったく魔力を感じない事の説明がつかない。


「これからどうしたらいいんだろ。――うぅ気持ち悪い。……とりあえず口をすすぎたいかな。」


私もそれなりに場数を踏んでいるし、死にかけた事も1度ではない。焦っても始まらないし、とりあえずこの…物置部屋を探索しようかな。きっとこの子は侍女か下働きでこんな劣悪な環境で暮らしているに違いない!よくわかんないけどイメージ的に…。


部屋にはドアが2つあり1つは明らかに外に繋がっている気配がある。ここは後にしよう。そしてもう1つのドアは風呂とトイレに繋がっていた。は??


「風呂とトイレがくっついてる!? 不衛生ッ…いやお風呂があるし、臭くもないけど……何がしたいのコレ?? ――もしかしてここ病院??」


私は入院をした事がないから詳しくは知らないが、怪我などで上手く用が出せない人の為にトイレを広くし洗い流せるようにシャワーを付けていると魔道映写機の病院ドキュメンタリー番組で聞いた気がする。そうすると私は患者? いや、部屋の様子から何かの被験者? ダメだ、訳が分からない。私は一体どうしたらいいの!!いや…落ち着けエレリス。こんな時こそ冷静に。優先順位を忘れちゃダメ。――フゥ、よし!とりあえずお風呂入ろ!!髪が本当にゲロ臭いんだよね!!


――服を脱いで改めて思ったがこの体の持ち主は…凄い。身長はやや低く細身なのにお胸様がかなり発達している。そして何とも言えないこの優越感。歩く度に感じる痛み、傾く重心、自然に曲がる腰。もう嫌、これ要らないから外して。それに全身ツルツルで肌がしっとりモチモチしてる。汚い部屋でゲロとゴミに囲まれて生活してるのにどうしてこうなるのだろう?いや、逆か。どうしてこの子は部屋までその女性らしさを回せなかったんだろうか。……きっと辛い出来事があったに違いない。この部屋は彼女の内なる心の叫び。いつか彼女と話せるなら優しい言葉を掛けてあげよう。


風呂場ではかなり四苦八苦した。魔力を介していない風呂など初めてで使い方が分からない。色々頑張ってみたが結局シャワーを使うことが出来なかった。この洗面台とシャワーを切り替える仕組みが謎だった。あんまりやると壊れそうで怖かったのもある。とりあえず洗面台の蛇口を風呂場の方向に動かせたのでしゃがんでお湯を浴びた。ちなみに水とお湯を調整してちょうど良くする仕組みは偶然発見した。本日のファインプレー!やったー!


壁に掛けられていたボトルがあっちの世界でも売られている液体の石鹸だと分かったが何種類もあり、しかも書いてある文字が解らないため念の為使うのは諦めた。そして、たまたま洗面台にあった新品の石鹸を使ったのだがこれが化け物だった。


「こ、この大理石みたいな薄ピンクの石鹸……信じられないくらい良い匂いするッ!!もうあっちの世界の石鹸がオガクズだったって言われても納得出来るよ!ひえー!」


途中、良い匂いすぎて気分がハイになり洗いすぎてちょっと髪がキシキシになったが大満足だった。嬉しくてつい体の匂い嗅いじゃうのが恥ずかしい。でもやめられない!自然とニヤけちゃう!


「あーサッパリしたぁ!ふぅー……くんくん、えへへ、良い匂いする。ふふふ」

「エレリス様はご自分の匂いが好きなのですか?」

「ふふふ、好きっていうか、良い匂いが香ると気になってついつい嗅いじゃうんだよねー……くんくん」

「そうなんですか?……くんくん、うわあ!!妖精界のお花畑の匂いがします!とっても良い匂いですね!!」

「えへへ、妖精界って、それは言い過ぎだよ。……って誰!?おりゃあ!!」

「ほぎゃ!」


石鹸ハイで完全に警戒心が解けていた。あとこの身体では第六感的な気配や魔力を掴む事が出来ない。これからは五感で注意する癖をつけないといけないな。振り向きざまの裏拳が入った声の主は勢いよく服の山に突っ込んだ。今の人影って……もしかして妖精?


「ふごふご……ぷはっ、いきなり殴るなんて酷いです!! う、うあああん!!ハレイはエレリス様が悪い人で悲しいですぅ!!」

「あっごめんね! わざとじゃないの…い、痛かった?怪我してない?」

「……う、うあああん!!」

「あ、どうしよ。そのごめんなさい。えっと……その、い、良い匂い嗅ぐ?」

「ううう、嗅ぐうううう!!……くんくん……い"い"に"お"い"す"る"ぅ!!!」


私(全裸)の手の匂いを嗅ぎながら号泣する妖精は客観的に見てあまりにもシュールな絵面だった。…だめ…笑っちゃいそう…。


「ぅう、う、い"いに"おい……くんくん……うう"、う、い"いにお"い"……くんくん……」


耐えろ、耐えるんだ私。


「くんくん……う"う"、い"いに"おいす"るけ"どお"、お……だ、だからな"に"い"いい"いい???」

「――ブフォッ!」


あっ無理だ、これ。妖精さんごめんなさい。私もそう思ってました。

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