4話 エレリスのプロローグ

『第536回剣武神杯 優勝はエレリス!エレリス・ライトニングゥゥ!!! まさかまさかの20歳のダークホースが優勝だァァ!!!圧巻、圧倒、圧勝ッ!! 全てを捩じ伏せる異次元の強さッ!!』

「「うおおおおおおお!!」」

「「ぎゃあああああああああ!!」」


 闘技場の巨大モニターには仰向けに倒れた口で息をする満身創痍の大男と汗ひとつかかず髪をかきあげる晴れて大陸最強となった冒険者エレリス・ライトニングが映っている。観客席は興奮冷めやらぬ様子で最早暴徒に近い盛り上がりを見せているがエレリスは軽く首を鳴らしてつまらなそうに欠伸を噛み殺す。そのせいで目には少し涙を浮かべていた。


『エレリス選手、首傾げ憂いに満ちた表情! そのクールな態度は予選から変わりません!!決勝も前回大会準優勝のデカルガ・ゴンザレス選手を余裕のある表情で完膚なきまでに叩き潰しました!!』

「「いやあああ、デカルガ様ー!!」」

「「ブウウウウウウウ!!」」

『そして会場からは……人気の高いデカルガ選手のファンの絶叫が鳴り響いています!!それもそのはず上半期抱かれたい武闘家第1位!主婦に聞いた息子にしたい武闘家第1位!そして小学生に聞いた体がデカそうな名前の武闘家第1位のあのデカルガ選手がまさかの敗北!! きっと今頃、バルリカ大陸中で悲鳴が聞こえているはずです!』


 闘技場では主審をしていた男が仰向けで倒れる巨大な男に寄り添いながらスタッフに指示を出して担架を呼んでいる。ファンたちの悲鳴の中、エレリスは救護スタッフを見ながら思っていた。「えっ担架小さすぎない?」と。案の定、乗せられずモタモタするスタッフに思わず少し笑ってしまい、ツボに入ったその光景を見ないように両手で顔を覆い隠し、堪えきれず肩を震わせる。


『おっとエレリス選手、なんと倒れるデカルガ選手を見下し嘲笑っています! 彼女は怪物、いや、新時代の雷獣!! 私達の夢を、希望を全て灰塵と化す天から下された裁きの雷霆なのか!!――そしてここでデカルガ選手の顔が見るに堪えないのか目を覆った!! 彼女の強さの前には道徳やモラルなど不要という事かッ!!』

「デカルガ様に謝れぇぇ!!!」

「「ブウウウウウウウ」」


 不自然な程勝手に話を捏造する恐ろしい実況とデカルガさんの担架が破ける音が聞こえた。これ以上闘技場にいると色々危ないと感じてエレリスが顔を覆い隠したままスタスタとまるで全て見えているように段差を飛び越えながら移動しているとふいに声を掛けられた。ちなみにエレリスは鍛錬ばかりしていて友達のいないコミュ障のため自分の意見を言う事が苦手だった。


「エレリスさん優勝おめでとうございます! お疲れとは思いますが一言宜しいでしょうか?」

「……あっはい」


 声の主は女性アナウンサー。マイクを向けられ無視する訳にもいかず立ち止まると大画面にその様子が映る。恐る恐る手を下ろして前を向くとそこにいる女子アナはエレリスでも知っている程かなり有名な人だった。確か結構前に朝の情報番組でパンチラしてた……名前が通称……シマパン、いやシマちゃんだっけ。ダメだ。パンツ引っ張られて名前が思い出せない。あとこんな大勢の前で話すの緊張する。ど、どうしよ。


『どうやらここで闘技場内にいるエマ・ミラーアナウンサーがエレリス選手にインタビューする様です!』

「あっエマパンだ!! 顔ちいさーい!」


 あーそうそう、エマパンだ!いい歳してシマパンのエマパンだ!あれは衝撃的だったな。でもまあ恐ろしく速いパンチラだし、私以外は見逃しちゃってるだろうね。確かピンクと白のシマパンで……朝から少し居た堪れない気持ちになったな。そうだ、緊張するから記憶のエマパンのシマパンのシマでも数えよう。えっと、上からいーち、にー、さーん――。


「実況席、実況席! こちら闘技場内にいるエマ・ミラーです! それでは優勝したエレリスさんに一言ご感想を伺いたいと思います。」

「はーち――あっ、えっと……個人的には可愛いなって思いました。そ、それに似合っていればいいかなと。なんか普段とギャップがあって良いと思います。えっとー……その節はありがとうございました?」

「ん?? えー、こちらこそありがとうございました?以上闘技場からでした!」


 テンパって早口でパンツの感想を言いそそくさと立ち去るエレリス。本人も間違いに気が付いて顔を赤くして結局両手で顔を隠していた。そして会場は理解不能なインタビューに困惑している。


『なるほど……これは、はい、エレリス選手は武闘家特有の非常に難解なメッセージを残しました。ここで実況歴40年の私が皆様にも分かるように翻訳させて頂きます。ん"ん"っごほん――(裏声)あらあら、大口を叩いた割にこの程度の実力なんてお可愛いこと。まあアナタ程度の武闘家はズタ袋みたい醜い姿で床を舐めている方がお似合いよ!オーホッホッホ!これからは身の程を知って一般人らしくG〇P(※異世界の大衆向け鎧店です。)の鎧でも着て慎ましく生きていきなさい!最後に観客の暇な皆様、とっても素敵な弱者の遠吠え拝聴させて頂きありがとうございました。オーホッホッホ!……ん"ん"ごほん、えーつまりエレリス・ライトニング完・全・勝・利だッ!!!』

「「ブウウウウウウウ!!」」

「エレリス引っ込めぇ!!!」


 この日、伝説となったエレリスの完全勝利お嬢様インタビュー(パンツの感想)は各所で繰り返し放映された。



 ――あの大会から数ヶ月、エレリスは世間の激しいバッシングと大陸全土に向けてパンツの感想を言う自分という存在に向き合う事が出来ず寝込んでいる。今は都心から離れ魔導映写機が放映地域外の田舎でひっそりと暮らしている。それでもエレリスを知っている者はいたが家に長期間篭っている内に旅に出たと勘違いしたのか、野次馬や家に向かって何か叫ぶ子供、引っ越しを迫る騒音おばさんも居なくなった。ベッドで久しぶりに寝返りをうつと自分の上に溜まった埃が宙に舞った。


 己を鍛えより強い者と戦う事が全てと教わったエレリスにとって強くなり過ぎた事で生まれた退屈が不調に拍車をかけていた。何もやる気が起きず、もう2ヶ月食事もしていない。尋常ではない空腹感はあるがそれをどうにかする意味が見出せなかった。目に見える距離にある水を飲み、カビの生えたパンを食べて生きたとしてその先に魅力を感じない。今まで努力に努力を重ね20歳にして強さが全てのこの世界で権力・金・武力の全てを手に入れたと言っても過言では無い彼女にとって、その万能感は虚無に等しかった。いっそ全てを敵に回し世界征服でもしようかと思ったがその先で待ち構えているゼロの世界に価値はなかった。


 床に転がる密造酒の瓶を見てふと思う。思い付きで買って呑んでみたが苦くて臭くて気分が悪くなった。ただその後にあった酔った感覚は新鮮で少し満たされた気持ちになったと。まあそれでも美味くもないものを飲むなんて嫌だが。……酒の事を思い出したせいか気分が悪い。視界が霞む。調子がおかしい。体が冷えて世界との境界が無くなる様な初めての感覚。たぶん私はこのまま死ぬのだろう。それでも何かしようとは思わない。願わくば生まれ変わったら強さとは無関係な理知的で平和な世界で生きたい。食事や酒が美味しいなら最高だ。そして毎日……ワイワイ……出来れば……楽しそう……だな……と、友達と……



■転生稟議書No.728095

エレリス・ライトニング 20歳 独身

職業:世界一の冒険者

死因:衰弱死。詳細不明。

転生世界:楽しい理知的世界(法整備がされ統治された所。かつ食事と酒の発展した楽しい異世界)

転生先:地下アイドル 的場 梓

転生理由:ずっと彼女を推していた自分としてはこの結末は看過できない。あの世界でほぼ1人で努力して最強になった彼女にチャンスを与えるのは当然の権利。そしてアイドルになったエレリスたんを全力で推したい!!絶対可愛いからお願いします!!(神の遣い 268年目新人)


武神 イチオシ。〇

美神 超可愛い。〇

知神 …しゅき。〇


 稟議書の3柱の承認を確認し、エレリス・ライトニングと的場梓の入れ替わり転生&ちょい蘇生を面白そうだからギリセーフとして神王の名の下にここに認める。


 こうして神々の力によって2人は再び息を吹き返した。しかし死という理を逃れる事は現世に信仰の対象を生み出す可能性があり広く禁忌とされていた。そんな中で入れ替わり転生はグレーゾーンに当たる。死んだ魂同士を入れ替える事でついでに肉体の蘇生を偽装出来るからだ。結果的に別人格であり、神界的には生まれ変わった判定でギリセーフらしい。更に今回は2人共人目のない個室で亡くなっているのも大きい。そしてタイミングがほぼ同時(神界時間で)だったのもコスパが良かった。


「あっ」

「神王様どうしました?」

「入れ替わり転生ちょっと失敗したかも。」

「えっ」

「この的場 梓って子の世界って魂に神の加護枠ないんだね。いやーあると思ってそのままやっちゃったわ。梓ちゃんにあげるはずの神王特製"初めて異世界も楽チンの加護"が全部パーよ!パー!!しかもエレリスちゃんも元から神の加護枠パンパンでダメだったし!なんそれ!あははは!」

「笑ってる場合かッ!……ていうかそれ2人共詰んでないですか??」

「だよねー。あはは、おもろ――じゃなくて何とかしないとね!早くしないとヤバイよ!どうするぅ??」

「……。」

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