3話 梓のプロローグ

 ファミレスでのアルバイトももう終わりという頃に店長に呼び出された。私は一瞬更衣室によって奥にある事務室に足を運んだ。事務室のドアに手を掛けると少し違和感がして小さく深呼吸する。意を決して中に入ると雑多とした事務室の奥に店長がニコニコしながら座っていた。

 席に案内されしばらく店長は当たり障りのない話をしてようやくと本題に移る。


「えっと的場さん、他のバイトの子から勤務中持ち込み禁止してるスマホを持っているとか頻繁にサボって店に来たお客さんと話しているって報告があったんだけど……」

「はえ?? うーん、スマホも勤務中は持ってないし、一切身に覚えがないでーす☆」

「そう。あと君が他にいかがわしいアルバイトをしてるっていう子もいてね。実は前々から何人かから抗議を受けてるだよ。それでちょっと言いづらいんだけど……わかるよね?」

「えっとぉ………クビって事ですかー?」

「いや、自主退職して貰えると有難いかな。的場さんも居心地悪いでしょ?……わかるよね?」

「うーん、そうかもですね。分かりましたー☆」


 ある事ない事言ってるのはお昼の時間帯チーフをしてる高津さんだろう。なんか高津さんが狙っていた?新入りの山本っていう男子大学生が私の事が好きらしく少し前から絡まれていた。店内アンケートに私の悪口を書いたり、わざとオーダーミスさせてきたり、取り巻きにデタラメを吹き込んだり、そしてそのせいで私が孤立すると不憫に思った山本が余計に絡んできて頭の悪い悪循環が発生していた。正直、辞めようと思っていたので丁度良かった。次のバイトはまだ決まってないけど何とかなるだろう。今はこのくだらないバイト先から心底離れたい。あと山本の好意はきっぱり断っている。なんかナルシスト入ってて言動がキツイし、毛深いのか髭が青くて若干ケツアゴだった。個人的に影でぷりぷり〇リズナーってあだ名を付けていた。


「じゃあそういう事でお願いね。……ところで的場さん、高津さんに聞いたんだけど……その、僕に気があるんだって?」

「はえ?なんの話ですかー?」

「いや、何でも僕を理由に山本くんのアプローチを断ってるんだって? ふふふ、若い子よりおじさんが好みなんて見かけによらずエッチなんだね。」

「……。」

「まあ急にバイト無くなったら大変でしょ? とりあえず今日の夜は僕とご飯でもどうかな?それともやっぱりお金がいいのかな。」

「――ッ!!」


 そう言って私に薄ら笑いで近付いてきた店長を咄嗟に躱して睨みながら強い口調で早口気味に返す。


「私は店長の事そういう風に見た事ありませんし、ぜんぶ高津さんのデマカセです。気持ち悪いのでいい加減にしてください。」

「えっ、ん?は?何それ。ど、どうせ金貰ってヤリまくってんだろーが! と、とりあえず1回だけでいいからさ、ね?……僕、君の履歴書で住所も電話番号も知ってるんだよ? なあ、おい!……わかるよね?」

「ッ――……離れてくださいって」


 すると店長から笑みが消え一瞬無表情になり、怒鳴ったり優しく話したりする不安定な喋り方で私に詰め寄ってきた。

 1歩1歩近付いてくる店長に怖くなって事務室から逃げようと扉に向かうが押しても引いてもドアは開かない。慌てて解錠しようとドアノブを見ると入る時の違和感の正体に気がついた。このドアにはあるはずの内鍵がない。いや、正確には目の前のドアノブには通路側にあるはずの鍵穴が空いていた。


「ふふふ、実は高津さんに協力してもらったんだ。それに昨日ドアを見様見真似で分解して鍵の位置を反転してるからこっちからは開かないよ。大丈夫。念の為にちょっとエッチな写真を撮るだけだからさ。あと騒いでも無駄だよ。」

「……」

「まあ僕と正式にお付き合いしてくれるならそんな事しないよ。……わかるよね?」


 最悪だ。このままだとこのゴミ糞店長に揺するネタを撮られて一生脅されおもちゃにされるだろう。……チッ、あーめんどくせぇ!!人が折角キャラ作って愛想振りまいてんのに寄ってくんのはメンヘラ中年オバサンにぷりぷり〇リズナー、ついでにアマチュア鍵師店長まで現れやがってよ!! ふざけんな!!はあ……まあいっか☆


「……はい、わかりました。」

「ふふふ、分かればいいんだよ。」

「とりあえず今日帰らせて下さい。……あと店長って何てお名前ですか?連絡先改めて登録したいので」

「ちょっと〜彼氏の名前覚えてないの?? 僕はサトウ タツロウでしょ?」

「サトウ タツロウ。なるほど。ちなみに此処って何店ですか? サトウさんの肩書きも詳しく教えてくれますか?連絡先に入れるので」

「レストラン事業部 ファミリーレストラン ロイヤルバーグ 第三区駅前店 店長だよ。ふふふ、連絡先にそんな事まで書くなんて几帳面だな。」

「……………………はい、ご協力ありがとうございましたー。」


 私はそう言ってポケットから更衣室に寄った時に持ち込んだスマホを取り出す。スマホは録音アプリが起動していてやり取りの一部始終が記録されている。


「えっ、それって、やっぱり持ってたのか!!いまの録音したのか?? おい! こっちに寄越せ!!」


 慌ててスマホを取り上げようと迫ってくる店長を躱すことも無く私はスマホを床に落とすと自分で思い切り踏みつける。むしゃくしゃしたのでスマホがひび割れしてもやめることなく数十回踏むとガラスはほぼ粉々になり液晶に不思議な線が入り映像が反転した。店長は私の行動に引いたのかいつの間にか距離を取っている。まあこのスマホはバイト用で本業の連絡先とか入ってないSIMフリーの中古品だし別にいいや。


「このアプリ停止した時点から数十秒後には自動でクラウドにアップロードされるんで、もう何もかも手遅れだから諦めて下さい。実名公開してネットにばら撒かれたくなくなかったら金輪際、私に近づかないでねゴミ糞野郎☆……あと履歴書の住所はデタラメで電話番号は050の使い捨てだから勝手に処分して下さい。それとメンヘ――高津さんには貴彦とかいうサラリーマンの旦那さんにこれまでの浮気相手ばらされたくなかったらそのドア今すぐ開けて明日から真面目に働けって伝えて下さい。あとぷりぷり――山本さんは……とりあえず不愉快だからB〇AUN買って深剃りしてって言っといて下さい。……あっドア開いたみたいなんで失礼しまーす☆」


 こうして私は無事にアルバイトを辞めることが出来て、晴れて無職になった。いや、正確には無職じゃないけど。とりあえず寮で酒盛りして今日のイライラを忘れるしかない。あー思い出したらムカついてきた!糞野郎共がぁ!!! コカレロのボトル開けてやる!! ついでに貰い物のテキーラも開けてやるわ!!あははははは、イェーイ!!!フゥー!!!ウェイウェイウェーイ!!



――8時間後

 マジ最悪。気持ち悪りぃ。飲み過ぎた。酒なんて世界から消してくれよ。こんなもんがあるから二十一世紀になってもドラ〇もんが作れねーんだよ。あー生まれ変わったら酒の無い世界に行きたい。願わくば力だけで全てが解決する脳筋社会で私くらい可愛くて尚且つ最強の存在になりたい。うっ吐く。ていうかヤバいかも……起き上がれない。苦しい。マジで死ぬ。グボォ



****


■転生稟議書No.728096

的場 梓 20歳 独身

職業:地下アイドル

死因:不当な理由でアルバイトをクビ、襲われかけてヤケ酒の果てに寝ゲロして窒息死。

転生世界:酒の無い脳筋世界(醸造が禁じられた禁酒法のある国、力が全ての異世界)

転生先:最強美人冒険者 エレリス・ライトニング

転生理由:寝ゲロで死ぬの可哀想だしタイミングも良かったから入れ替わり転生させようと思って。この子面白いからちょっと目を付けていたし入れ替わりなら2人共結果的に蘇生した風になってもギリセーフって事で良くないですか?(神の遣い 268年目新人)


武神 面白そう。〇

美神 超可愛い。〇

知神 ……好き。〇


稟議書の3柱の承認を確認し、的場梓とエレリス・ライトニングの入れ替わり転生&ちょい蘇生を面白そうだからギリセーフとして神王の名の下にここに認める。

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