2話 梓と妖精クイン

――神界、神王の間


先が見えない程高い天井には数多の星が煌めいている。薄暗いその広間には細かい彫刻があしらわれた石造りの柱が立ち並び、金の刺繍が施された絨毯や品のある装飾品から全体に荘厳な雰囲気が漂っている。そして床には似つかわしく無い黒いアンプとエフェクターにスコアの数々が雑然と置かれている。


そんなカオスな広間で胡座をかきながらエレキギターでひと昔前のアニソンを弾く金髪マッシュの優男がいた。そこにメガネを掛けた痩せ気味の神経質そうな男が現れる。


「……NoRock NoLife……〇arth music&ecology」

「何やってんですか神王様。」

「うわッ!!ギ、ギターだけど?バンドマンはモテるって下界の雑誌に書いてあったから。今のとか女神にモテそうでしょ? 神が弾くGod 〇nowsで女神とワンチャンあるでしょ?」

「何もかもないです。いま令和ですよ。時代はぼっちですよ。とにかく五月蝿くてキモいからやめてください。」


不貞腐れる神王を無視してメガネの男は会話を続ける。


「そんな事より入れ替わり転生した2人の件ですが、また問題が起こりました。」

「なんで? 直接神の加護は諦めて2人に特製加護付きサポート要員を送るって解決したじゃん。僕サポートに必要な加護を種にして天使にちゃんと委託したよ。」

「いや、それがどうやら天使内で神王のやばい薬を捌く仕事だと噂になり天界でタライ回しにされて、結果的に妖精へと再委託されたみたいです。神王様、天使にちゃんと説明しましたか?」

「うっ……でも真面目な妖精達ならちゃんとして――」

「更に妖精内で話に尾ひれが付き、やばい薬をキメてる神王の裏仕事だと伝わって妖精界でもタライ回しにされ……」

「……。」

「最終的に訳アリの下級妖精が選ばれました。これがその子達の資料です。あとアンタが創った加護ももう一度確認しろ。」


無言の神王は手渡されたその資料に暫く目を通すと迷子になって困った5歳児みたいな顔でメガネの男を見つめ、おちょぼ口のまま小さく口を開いた。


「どうちよ?」

「キショいからその顔やめろ。」



――エレリス宅。


「――なんていうか、妖精界では学校に行ってなかったし、ちょっと世間知らず気味かも知れないけど……でも私には神王様の加護があるから!正直、人間界の事はさっぱりだけど異世界の常識や言葉ならお任せあれってなもんよ!!」

「……異世界? それってどっちから見た異世界??」

「私から見た異世界よ!」

「ん?ここは異世界?」

「ん?違うわよ、ここは人間界ね!だから私の異世界のことを何でも検索出来ちゃう加護で梓のわからないこの異世界の事を――ん?ここって異世界じゃないよね?」

「うん?異世界だよ。」


「「…んん?」」


私達は知らぬ間に異世界迷宮に迷い込んでしまったらしい。なるほど、宇宙人から見たら私達が宇宙人みたいなアレね!物事を一方向から捉えては駄目ってことか!まずは異世界を統一しよう。


「クイン、とりあえずここを異世界にしよ。」

「ん? ここは現世の人間界よ?」

「いや、私からしたらここが異世界なんだけど」

「んん?? じゃあアズサのいた世界は何?」

「何って……ここと違う世界?」

「ほら、異世界じゃん!!」

「もうやめて!!頭おかしくなる!!!大体異世界って何なんだよ!! もう何を持って異世界なのか私には分からない!!」


発狂したがとりあえず、この世界をイーテラ、私のいた世界を地球と呼ぶ事で解決した。クインはイーテラの言葉は分かるが一般的常識が欠けているらしい。かわりに地球の事は加護の力で言葉も分かるし、頭の中で知りたい事を検索出来るみたいだった。……話せるのは助かるけど、私が知りたいのは寧ろイーテラのことなんだけど。

さっきのトレーディングカードゲームは自分なりに検索した結果だったらしい。いや、普通にお金で検索しろよ。そしてぶっかで検索してぶっかけうどんが頭に出る?神様、頼むからクインに収録した辞書を変えてくれ。それかイーテラ大辞典追加インストールさせて!


慎重にカビパンを選別しながら食べてお腹はかなり満たされたがまだ動けそうにない。あと噛むとゴリゴリ音がしてたけど思ったよりパンは堅くなかった。ていうかカビ食べても臭いだけで拒絶反応も起きないとかこの身体完全に壊れてるわ。それとも本当にブルーチーズみたいな尖った異世界発酵食品だったの?クインもパンを食べて満足したのか私の腹の上で寝転がってるし。異世界わからん。


「ねえクイン、もう一度現状把握したいんだけど私は地球で死んでイーテラ最強エレリスさんの身体に転生してるのよね。じゃあここはエレリスのお家って事でいい?一軒家っぽいけど一人暮らしなの?」

「そうよ! 大陸の極東にあるこのイスシアって町で一人暮らししてるの。人間界は初めてだったけど、この家は目立つし街でも有名だから迷わずに来れたわ!」

「なるほど、エレリスさんは……ごくり、お、お金持ちなの?? その……えっとお金をいっぱい持ってるの?」

「さっき教えてもらったお金のことね!――そうね、来る時に街で聞いた話によるとエレリスが優勝した大会の賞金が2億マルス?だったかな。地球でいうと……ふむふむ、20億円らしいわ!」

「に、にじゅ、20億んんん!!!か、勝ち組やん!!!神様本当にありがとうございました!!!」


神様、今まで使えないとか思ってごめんなさい。あなたは最高!マジ神!好き好き大好き愛してる!!20億とか死ぬまでダラダラして生きて行くわ。最初は力で気に食わないヤツねじ伏せて俺TUEEEEしようかとも思ったけど正直この歳でやるのは痛いし諦めるわ。――お母さん、梓はそこそこに贅沢してイーテラで自由生きます!さよなら地球人共!!ぐはははッ!!


「アズサ、喜んでる所悪いけど2億マルスはないわよ」

「え?」


ざわ...ざわ...


「どうやら全額を国の孤児に寄付したみたい。町で聞いた時はよくわからなかったけど、20億円って凄いお金よね!わたし感動しちゃった!」


ざわ...ざわ...


「ギギ、ギギギギギ、そうね、エレリスさんって良い人なんだねェェェ」

「そうなのよ。でも町では――ってアズサ!? 力入れすぎて歯茎から血出てるよ!!?」


結局、梓に残ったのはわずか1800マルス…!絶望…!梓の人生史上最大の圧倒的絶望…!!


頭の中で謎のナレーションが聞こえた気がするがどうでもいい。…エレリスさん、あなたは凄いよ。聖人と言っていい。本当に素敵な人だよ。あなたに転生出来たことを光栄に思います。――でもエレリスさん……せめて1億円、いや1000万、もう10万でいいから残してくれよ!! 神様、少しでいいから20億円の糠喜びから立ち直る後押しの補助金をくれ!!


「神様から支度金とか預かってないの?」

「ないわよ。」

「そっか……私なんか疲れたから暫く寝るね。」

「そう? じゃあ私も寝るわ! ――あの、くれぐれも誤解しないで欲しいんだけど……アズサのお腹8つに割れててカチカチで寝にくいから、お胸で寝てもいい??」


お腹に視線を向けると指をイジイジしながら少し赤い顔のクインがいた。愛いやつめ。


「フッ、いいよ…揉むなり挟まるなり好きにしな…」

「ありがとアズサ! ――ってそんなスケベな事しないわよ!!……ま、まあ興味はないけど、偶然転がって挟まる可能性はあるわね!望む望まず関係なく山があるなら谷がある訳だしね!それに夢で今日印象に残ったぶっかけうどんを捏ねる可能性もあるわ!結果揉んだとしてそれって不可抗力よね!うどんなんだから!私の中ではうどんなんだから!! 仮に私を捕まえるならおっぱい揉む夢をみながらうどんを捏ねる職人も捕まえなさいよ!私よりそいつの方がよっぽど業が深いわ!そいつは潜在的にうどんをおっぱいだと思ってるド変態野郎よ!……そしてそのうどんが貴方の口に入るのを厨房からジッと見てるの!!――ほら、後ろ!!!」

「うっるさいなぁ!!早く寝なよ!あと最後なんで怪談風??」


そういえばエレリスさんは私の身体で地球にいるんだっけ?大丈夫かな。私の身体はこんな幕の内弁当みたいな腹直筋もないし、胸は…まあどっちがいいかわかんないけどきっと大変な思いをしてるだろう。いつか2人で異世界の愚痴でも話してみたいな。あっちにもクインみたいなちょっと五月蝿いけど可愛い妖精がいたりしてね。


『ЖВ…ЬБЖ…!ЬМХХ…ДЭЪ…ВЖР…НИЛ!――』


うーん……まじで五月蝿いな。クインお願いだから静かにしてくれ!後生だから!

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