EXCHANGE IDOL!!! 入れ替わり転生したら異世界とアイドル界に問題児生まれました。

津慈

1話 梓の異世界生活スタート!

 目を覚ますとまったく知らない景色。寝相が悪くて頭と足の位置が反転した時の「えっここどこ?」的な錯覚かとも思ったが違うらしい。次第に鮮明になる意識で辺りを見回すが何一つ身に覚えがない。


『やってしまった』


 その言葉が浮かびサッと血の気が引く。家で酒を飲んでいた事は覚えているが、途中から記憶がない。ここから移動しないと社会的に死ぬかも知れないという脅迫観念から咄嗟に体を勢い良く起こそうとするが力が入らない。拘束されてる? いや薬を盛られた? ていうか寝てる間に何かされた? 強い不安を感じて慌てて視線を体に向けると服は着ているが身に覚えのない猫柄のパジャマを着ている。


『誰かに寝ている時に服を剥がれ、着替えさせられた』


 そう思った瞬間、今まで感じた事のない強い不快感と恐怖で心臓がバクバクと激しく警鐘を鳴らす。とにかくここから逃げないといけないという一心で無理矢理体を起こそうとするがまるで他人の体の様に全ての縮尺や感覚が狂う。足や腕が長く感じて、関節の駆動域もおかしい。


「た……すけ……てッ」


 必死に叫ぼうとするが、声が全く出ない。まるでずっと喋っていなかったみたいに口は開かず、舌は重い。どうしようどうしようどうしようどうしよう!!なんで私なの??もう嫌ぁ……訳わかんない!!


「はぁッ…はぁッはぁッはぁッすぅ……ぁぁ」


 息が荒くなって空気を吸う事が出来なくなった。余計に頭がパニックを起こして視界が暗く霞み始める。そして私はそのまま気を失ってしまった。



 ――再び目を覚ますと変わらない悪夢の中にいた。記憶の中にある同じ内装の部屋に猫柄のパジャマと動かない体。一瞬死に戻りして初めからリセットされたのかと思ったがさっき暴れた痕跡として布団が床に落ちていてシーツがめちゃくちゃだった。だからってプラスという事でもない。いや、むしろより現実感が増した。もうどうしていいか分からず這い寄る絶望から逃げるように目を閉じて心を閉ざそう試みる。


「うぅ……お母さん……助けて……」


 しかしそんな芸当が出来るはずもなく、気が付くとすすり泣きながら、辛うじて出せるか細い声で泣き言を言うしかなかった。


「ねぇあんた大丈夫? ポンポン痛いの?」


 泣いていると幻聴まで聞こえ始めた。お母さんではないが優しいちょっと子供っぽい女性の声。でも私にはそれに縋る他無い。


「う、お、おがあーざああああん」

「よしよし、私が来たからもう安心よ。確か……梓だっけ? いやエレリス?あいつらの話って長い癖に要領を得ないのよね。まあでも私達を選んだ神界の慧眼はさすがね!それに人間界には馬鹿な奴らもいないしサイコー!!ていうかあいつらは――」


 仕舞いには頭を撫でられる感覚すら発現した。いや撫でるというか指で擦られている感覚?ていうか私が生み出した幻の癖にこの中途半端感は何?? 無料お試しサンプルみたいなやりきれなさを感じる。続きは製品版ダウンロードしろって事?それになんかずっと愚痴ってるんだけど。


「ズズズ、う、うぐううぅ、ズズズ」

「――でもこの子は気の毒よね。いきなり異世界に入れ替わり転生して現状も言葉も常識も知らないまま1人なんて最早イジメでしょ。……あんた鼻水出すぎ」


 確かにそれはイジメだわ。エル〇ンリングより不親切。完全に死にゲーでしょ。そんな感じで泣きながら心の中で会話している内に気が紛れて体調も少し良くなった気がした。


「ズズズ……ふぅ」

「……ていうか、泣き止んだならいい加減目開けなさいよ!いつまで私に独り言させんのよ!」

「痛っ」


 おでこをコツンと押されて思わず目を開けると目の前に羽根の生えた小さい人がいた。


「きゃッ!!」

「ふごっ」


 そして条件反射で思わず裏拳で引っ叩いた。いや、だって半透明の羽根が生えた小さい人とか普通に怖いでしょ。テラフォーミングしてんじゃん。


「イテテ、ちょっとあんた何すんのよ!! こんな可愛い妖精をいきなり拳叩きつける奴いる? 」

「いや、わたし都会育ちで虫苦手だし――」

「あんた、いま私の事虫って言った?? ……殺すわ。」

「あっごめんごめん!! 気が動転してて。妖精なんて初めて……って、え!? 妖精!? どういう事?? CG??」

「シージー? 私の名前はクインよ!……フゥー、まあ事情は聞いてるから今回だけは許してあげるわ。――でも次に私の事虫って呼んだら覚悟しなさいよ。」


 その後、寝た状態でクインと名乗る薄紫の髪にツリ目気味で菫色の瞳をした妖精から現状について教えて貰う事になった。えーまず、私は死んだらしい。まあ最初にその事実を飲み込む事が中々出来なかった為にかなりの時間を要した。受け入れられたのは私の体が世界最強で私には劣るだろうが、かなりの美人というエレリスさんのものだと分かって少しだけ前向きになれたことが大きい。前世?といえばいいのか分からないが未練がないと言ったら嘘になるが死んだのは自業自得だし、こうして意識があってハイスペックキャラで生きているなら前向きにやっていくしかないだろう。……まあ、完全に飲み込むにはもう少し時間がいるかな。


「とりあえず、話は一旦やめて食事にしましょ。あんたの体の持ち主、2ヶ月断食してたらしいから。正直、いつ死んでもおかしくないわ。」

「マジか。」


 エレリスさんはマジで超人だったらしい。2ヶ月断食なんて普通即身仏になるでしょ。ていうか体に力が入らないのはそのせいなんだ。それに……あとでエレリスさんの事は聞ける範囲で詳しく聞こう。



 ――ベッドサイドのいつのものか分からない濁った水とカビが大量に生えたパンは一旦保留にして、動かない私に代わり妖精がキッチンに食べ物を取りに向かった。これマジで妖精いなかったらここで死んでたよね。仮に小説みたいにスキルとかあったらどうにかなったか?……すごい不安だ。右も左も分からない異世界に信用出来ない神様。それに未知数のエレリスの身体。本当に1人でやっていけるのか私。


「重ぉ、えっと……ア、アズサー!ご飯たくさん持ってきたわよ! 凄いでしょ!」


 声の方を向くと妖精が大きな風呂敷を抱えて自慢げにゆっくりこっちに飛んできている。「アズサ」聞きなれたその名前を呼ばれて少しだけ気が緩んだ。まだよく分からないし何の確証もないけどこの妖精、クインと一緒ならやっていける気がする。……ううん、単純だけど一緒にやっていきたいと思った。正直、一緒以外に選択肢はないが1人はやっぱり寂しいし結果オーライだろう。それに信用出来るかどうかは別として妖精なのは気が楽だ。


「ありがとね、クイン。」

「な、名前を呼ぶなんて生意気よ! ま、まあ特別に許可してあげるわ。感謝なさいアズサ! ふふ」

「はいはい。……って中身パンだけじゃん。」


風呂敷の中を開けるとパンパンのパンが詰まっていた。するとクインがパンを一緒に持ってきていた皿に並べ始める。


「まず前菜は目に優しいこのガチガチの緑色パン。メインは重厚感漂うこのガチガチの黒いパン。そしてパンは無難にこのガチガチの斑模様パンよ!」

「いや、だからパンだけじゃん!ていうかそれカビ生えてるだけでしょ!形的に全部元は同じパンでしょ!」

「ちなみにパンのパンはおかわり自由よ!」

「話聞けよ!腹パンパンになるわ!」

「あっ上手い!アズサにパン1枚ね!はいどうぞ!」


ま、まあ愛嬌があっていいんじゃないかな。真面目過ぎる人って苦手だし……良いと思うよ!


「はあ……ねえクイン、ご飯食べながらでいいからこの世界の事とか一般常識教えてね。主にお金について!」

「ゴリゴリ……ごっくん。あーはいはい、お金ね。文字の書いてある薄い紙。なんか人族が交換したりして皆集めてるアレね。えっと……ふむふむ、異世界ではそういうのトレーディングカードゲーム?って言うのよね!神の加護でマルっとお見通しよ!リバースカードオープン!!ってやつ!」

「スゥ……この世界の物価ってわかる?」

「ぶっか? あはは、ちょっとアズサの異世界訛り?キツくてわかんないかも。ちょっと待って……あっ分かった!異世界の白い麺に黒い汁をかけた料理ね!!似た料理ならこっちにもありそうね。まあ知らないけど! ふふ、ねえ私って物知りでしょ?」


やっぱり無理かもしれん。あとクインちゃん、それぶっかけうどんね。

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