第15話 干渉

複数の機関銃が怒号のように鳴り響いて、山頂にあった一軒家を蹂躙する。

慈悲もなく、木っ端微塵に。



倒壊一歩手前まで打ち尽くされた弾丸を浴びて、みすぼらしくなった家屋に砂煙と埃、硝煙が立ち込める。撃ち方を止めた造兵たちが、息を呑んで現場を見つめた。



事前に行われたブリーフィングではこの家の住人(ターゲット)は、極めて凶暴で残虐性の高い危険人物と報告されている。


二〇余りの精鋭構成員から成るβチームの戦力的側面を鑑みても、犠牲者が出る確率は五〇パーセントと推定。そうA I判断システムでは判定されているため、構成員の誰一人として気を抜いてはいなかった。



多数では表現しきれない程の銃痕を浴びせられた家屋は、主柱4方の壁が所々倒壊して中の様子が辛うじて窺える。

アサルトライフルの多数の銃口が家屋へと向けられる。



構成員の中で指揮をとっているリーダー役が、ジェスチャーで指し示して前進を命令した。従う構成員たちは、前衛と中衛に分かれて正面を前にして鶴翼の陣形を保ちながらゆっくりと近づく。




まず前衛の構成員の目に入ったのは、倒壊した建物の中心部(リビングだと思われる場所)に、血だらけで倒れ伏す白銀の髪色をした女性の姿。そして、その側には傷だらけの少年が両膝をついて放心した様子でそれを見つめている姿だった。



身を挺して少年を守った‥‥‥? 数名の構成員の中で、この疑問符が共有される。



血を流して倒れている白銀の女性は片腕と片足が欠損しており、虫の息もしくは‥‥‥絶命しているかと思われた。現状を鑑みて機関銃による行いの結果なのは見に見えて明らかだった。


通常であれば目を背けたくなるようなその光景。



前衛の構成員数名の心が傷むその前に、各インカムに伝令が入った。

『———各自、状況を報告せよ』



『スコーピオンよりハンドラー1へ。現在、ターゲットと思しき瀕死の女性一名、負傷する少年一名を発見』


『リブラよりハンドラー1へ。同じく』


『サジタリウスよりハンドラー1へ。正面入り口から家屋全体、目視できる範囲には瀕死の女性一名と負傷している少年一名以外、他に人影ナシ』



『———ハンドラー1、了解。』

一度、無線は途切れる。



ストレスフルな状況下において、その場に身を置く時間が長ければ長いほど人体に大きな負荷をかける。ましてや命懸けの任務だと聞かされていれば尚更だ。


『スコーピオンより、ハンドラー1へ』



『———どうした?』

インカムから訝しげな返事があった。


『どうにもイヤな感じがする。早く次の指示を求む』


数秒の間をおいて、返答。

『———各自、次の指示があるまでその場で待機だ。以上』



兵隊は兵隊として。不満を押し殺して命令に従う。

『‥‥‥了解。それならせめて負傷している少年の治療を要請したい』


『———ハンドラー1よりスコーピオンへ。それは許可できない』

今度は、タイムラグなく返答がなされた。



切り離された私用の固定回線から、ハンドラー1の返答を後押しするような声が上がる。


『スコーピオン、正気か? ブリーフィングでも話があっただろう? ここに住む奴は凶暴で、人類の害悪になるだってよぉ』


『スコーピオンよりハンドラー1へ。もう一度、再考を乞う』



私用のオープン回線から流れた底意地の悪い声を無視して、スコーピオンが再度問いかけるもハンドラー1からの切り返しの返答は望めそうになかった。


『スコーピオンお前まさかとは思うが、自分の娘と目の前の負傷した少年を重ねて、情が湧いちまったとかじゃねぇだろうな? 年齢も背格好も同じくらいだからってよぉ』


再びオープン回線から、噛みつくような声がインカムを通じて全構成員の耳に入る。


『目の前にいる少年はまだ若く幼い。それにブリーフィングの解析であった脅威判定にどうしても見えない』


『兵隊は疑う心を持つな、それが戦場での掟だろうがよぉ。だからこそ、今までこうやってここまで生き残ってこられたんじゃないのか?』


『否定はしない。だが私は元々この任務自体、どこか不穏なきな臭さを薄々感じてはいた。現に脅威の判定対象だった女性は、ほとんどの抵抗・反撃もなく、すでに息絶えているのが実情だ。A Iのシステム判定では、現状戦力で見積もった場合の架空戦闘想定上、こちらの犠牲は低く見積もってもフィフティー&フィフティーの可能性があるとまで出ていたのに、だ』


———まして身を挺して少年を守ったような形跡があるとなると‥‥‥。それをスコーピオンは敢えて口には出さない。



『確かにお前の言っている事にも一理あるって気はするよなぁ。あれだけ脅しのようにケツを叩かれて結果、こんなにあっさり幕引きでした、っていうのじゃ腑に落ちないもんなぁ。だけどよ、目の前で起こったこの光景が現実ってもんじゃねぇの? 自分の思い通りの結果にならなかったからって、今目の前の結果に目を背けるのは違げぇだろ? お前はいつも頭が硬いからな、まあ上層部の過度な叱咤激励ってやつだったりするんじゃねぇーか』


いかにも楽観視したように聞こえる言葉だったが、インカムでこのやり取りを聞いていた何人かの構成員たちは、あながち間違っていないように思えた。



『今回の脅威認定されたターゲットに関して、私たちはほとんど情報の開示を受けていない。私はこれ以上無駄な時間を浪費するのではなく、即座に少年を回収して離脱することがベストな選択だと、そう打診しているに過ぎない』


あくまでも私情ではなく、現場に基づく状況的判断による見解だと述べるスコーピオン。


『まあスコーピオンの言いたい事にも同意できなくもねぇよ、確かにこんな寂れた山奥じゃナニもできやしねぇからな。早くこんな面倒な仕事を終わらせていい女と一発やりたいもんだぜ、なあ皆んな』


その戯けたような言い回しに、各構成員たちからどっと笑いが巻き起こったのが想像できた。ただし、傾倒という意味では、負傷した少年を助けるべきだという意見が構成員たちの中で大多数となっていたのは間違いなく事実であった。


『どのみち私の娘と同じ年の子供を負傷した状態で放ってはおけない、これは私のポリシーに反することでもある』


『本当にお前は昔から世話好きでお人好しなヤローだよ、まったく』


呆れた物言いではあったが、その実その言葉の裏側を覗けば、親近感に近い感情が隠れていた。


『スコーピオンからハンドラー1へ。現場判断により負傷した少年を回収する』


そして、生存している少年の命を助けなければ。という正義感の強い一人の構成員が負傷している少年に歩み寄る。


『猟犬ハウンドも以下同文であります、ハンドラー殿』


作戦本部公式回線からインカムを通じて、今までスコーピオンに噛みついていた構成員を含めて、冗談めかして支持する声も上がる。


『———‥‥‥‥‥‥』

ハンドラー1からの回答はなかった。



スコーピオンが敵対意志はないと伝えつつ、その少年もとへ近づいていく。

周りの構成員たちはその様子を眺めていた。

一時の弛緩した空気。


『少年。ここは危険だ。すぐに私と退避しよう』


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』


『ん? どうした、少年。ああ、仕方がなかった。その女性は人類にとって特別危険視された存在だった。あとで丁重に回収させてもらうよ』


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』


『残念だが、もうすでに息絶えている。さあこっちへ来るんだ』


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥』


所々途切れ途切れに言葉をつぶやく少年と、スコーピオンとの会話がインカムを通じて全体に共有された。



『———ハンドラー1より各隊員へ緊急入電』

その時、作戦本部公式回線から緊急の入電が唐突に入る。最後の緊急入電という言葉ひとつで現場にいる全ての構成員に緊張が走った。



『本作戦のターゲットについてはそのまま放置。生存している少年については監視対象もしくとして出来るだけ損傷なく生きたまま———』


———捕獲せよ、というハンドラー1からの指示を最後まで聞く事なく、事態は急変する。


『がぁ‥‥‥ッ!‥‥‥たす‥‥‥げ‥‥‥て、くれ‥‥‥』


ハンドラー1からの緊急入電を遮って、各々のインカムから耳を覆いたくなるようなつんざく叫び声が流れたためだ。


『おい、スコーピオン! 大丈夫か!! おい、どうしたッ!!』


意識を切り裂くような怒号とともに、構成員たちの視線は前衛のスコーピオンに集中する。


『おい! スコーピオンが急に倒れたッ! 敵襲だ! お前ら構えろ!!!』


動揺が走る中、必死の形相でアサルトライフルを構える二〇余りの構成員。


『おいッ、サジタリウス! どうなってる⁉︎ そこから周囲に、敵の姿は確認できないのかよッ!』


『今、索敵している』



その間、構成員たちは鶴翼の陣形を方円状の陣形へと変化させながら、2人1組で互いに背中を預けた体勢になる。


それから数秒後、インカムにサジタリウスからの返答があった。


『陣形から半径三〇メートル圏内をくまなく索敵したが新たな敵影の存在はナシ』


『それなら半径三〇メートルよりももっと広範囲で索敵しろッ! この役立たずのスナイパーが!』


『うるさい、少し黙れ。それにまだ報告は終わっていない』


『‥‥‥ッ』


『新たな敵影の存在はなかったが、最も身近に正体不明の存在がそこに、いる』


『‥‥‥!!』



構成員たちに怖気が走った。


皆、半信半疑になりながらも陣形の中央部に視線を注ぐ。

血まみれで倒れ伏した女性。


意識を刈り取られて事切れたように仰向けに倒れるスコーピオン。

そして憎悪と狂気を孕んだ少年の姿がそこにはあった。


『あのクソガキがスコーピオンを⁉︎』


『ああ。現状、それしか考えられない。だが何をしたかまではこちらでは確認出来ない、両手には黒のグローブを装着しているだけで凶器らしきものは見当たらない』


———とにかく気をつけろ、その言葉がやけに耳に残った。


『このクソガキ、目にもの見せてやる!』


息巻く構成員の一人がライフルの銃口を向けてにじり寄る。


『おい、落ち着け! 作戦本部からはその少年は保護しろ、って命令だったはずだろ⁉︎』


『分かってるッ! それと正確には生きたまま捕まえろ、だ! だから落とし前はつけねぇとコッチの気が収まらねぇからよぉ! 他の奴は、援護とスコーピオンを救助してくれ!』


ナイフに持ち替えた構成員が指示を飛ばす。前衛の構成員たちはスコーピオンの救助に、中衛と後衛は脅威対象と化したその少年にアサルトライフルの照準を合わせたまま引き金に手をかける。


『おい、クソガキ。お前が何かしたんだろう、なぁ!おい!!』



激情とともに尖ったナイフの先端が、少年の太腿へ振り下ろされた。

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