第14話 加速する物語

胸の内にあった言葉は、しっかりと先生に届いていた———。


自身の過去を話し始めた彼女と向かい合いながら、オレはそう確信する。

これまで、心の内に蟠りとして抱えていた先生との心の距離が縮んだようで素直に嬉しかった。


先日、唐突に『余命があまりない』と伝えられた時には失意の中で混乱してしまった。そのため思いを伝えることができず、不貞腐れたような態度をとってしまっていた。


解決方法は簡単だった。

話し合いをもつべきだったのだ。



もっと早い段階でそれに気づくことが出来れば、先生の限られた残りの時間をもっと有効的に活用できたのかもしれない。たとえ有効活用できなくとも、美しい大切な思い出として補完できたのは間違いないだろう。


心の拠り所になっていた“先生”という存在が、いなくなった未来を想像することに不安がないとは言い切れないが、今こうして理解し合える時間をより一層大切にしていきたいとオレは漠然と考える。


「本題から逸れてしまっているね、軌道修正しよう」


オレは先生の唇から、次の言葉が溢れるのを待った。

緊張と不安が入り混じった余波が空気中を伝播する。


「今こうして伝えるのは本意ではなかったが、わたしには実子が一人いてね。伊地知には、その子に関連する情報をあれこれ探ってもらっていた」


「先生に‥‥‥子ども‥‥‥?」

耳を疑いたくなるようなその単語に、目の前の景色が揺らぐ。



「つい先日といってもまあ直近の話にはなるが、伊地知からの報告でその行方が判明してね」


「‥えっ? あの‥‥先生‥‥‥」


「ああそうだ。名前はセツナといってね、ユウジと同じくらいの年齢だよ」


こちらの戸惑った反応を見て、先生は一切合切話を割り込ませないつもりの話し方を展開する。


「それでその居場所が少し厄介なところで。想定していなかったわけではないが、どうやら昔の古巣に幽閉されているようなんだ。おそらく、わたしを釣り出すための“エサ”のつもりなのだろう」


古巣———というのは、以前所属していた“組織”のことを指しているのだろうか‥‥‥?


「ちょ‥ちょっと‥‥‥」


「いいかい、ユウジ。前にも説明したと思うが、わたしには時間があまり残されていない。いつこのわたしという灯火が消えてしまってもおかしくはない状況だ」


———だから?


「“組織”から救出するために、わたしはここを近日中にも出て行くつもりだ」

そのための手筈も算段も間もなく整う、と彼女は言う。


「ま‥待ってくれ、先生! 少し時間を‥‥‥」


脳の処理が追いついてこない。

先生はいつも自分勝手かつ性急だ。その実、目的もその意図も重要な事は何一つ教えてくれない。だがそれが彼女なりの優しさのつもりなのかもしれないと今までそう自分に思い込ませてきた。


「なぜ今まで実子の存在を————」


その後に続く言葉は、喉の奥に引っかかり、やがて尻すぼみになって消えていく。なぜならそれは発言している最中に、オレ自身が自覚してしまったからだ。



今こうして改めて思うと歪な関係性だった。



どうして今の今まで、彼女の口から語られるまで肉親に関する可能性を考慮するに至らなかったのか。先生の年齢から逆算すれば、腹を痛めて産んだ実子がいても何も不思議はない。


こうあってほしい———。

こうあるべきだ———。

こうでなければならない———。


と、それは無意識に目を背けて、盲目的に都合のよい解釈をしてきた幻想と押し付けの結果なのだろう。



多少冷静さを取り戻した頭で、オレは改めて問いかけた。


「なぜ、今その話をする気に?」


「状況が変わったからだ———いや、違うな‥‥‥」


そう言って彼女は何か独り言を呟いて、無透明な瞳でこちらを見据えた。


「わたしなりの贖罪だった」


「‥‥‥贖罪?」


「こうしてきみに真実を打ち明けるのも、これまで面倒を見てきたことも。全てわたしの自己満足ゆえのわたしなりの罪滅しのつもりだった。手放してしまった我が子への、ね」


激情が凍っていくようなそんな感覚が、オレの胸中におとずれる。

嘘だ‥‥‥やめろ、やめてくれ。


「つまりユウジ。きみを引き取って育てたのは、セツナを手放してしまった過去を清算するための贖罪の第一歩でもあったわけさ」



ドス黒い感情が湧き上がってくる。

それ以上は聞きたくない———。


オレは瞬間的衝動に任せて駆け出す。

しかし玄関扉を突き抜けて外へ走り出そうとする、そのオレの手を誰かが取って引き止めた。


誰が?決まっている、彼女だ。


振り返った先、手を握っていたのは、やはり先生だった。

心なしか顔色が青白く、すぐれない様子だった。


「なぜ———?」


そう口に出す暇もなく、血の気が引いた先生の鬼気迫る態度に口を閉じざるを得なかった。


「慧眼だと自負していたが、どうやら見誤ったらしい。すまない、ユウジ」


なぜここで謝罪の言葉が出るのか皆目見当もつかないオレに、先生は立て続けに言葉を紡いだ。


「このまま何も言わず聞いて欲しい」


彼女らしくもない余裕のない様相で、捲し立てるように言う。


「近い将来、ユウジにとって重要な決断を迫られる刻が来るだろう。その時は、己の心に従って‥‥‥」


「先生‥‥‥⁉︎」


「それと、どうか憎しみに囚われないで‥‥‥」




力なく崩れ落ちそうになった彼女を支えようと手を伸ばした———と同時に。


「———⁉︎‼︎⁉︎!!!!!!!!!」


怒号のような音が鳴り響いて、視界が真っ暗になった。




「■■■■■」




そして何かに包み込まれるような感触を覚えた直前———耳元で囁かれた気がした最後の言葉は、けたたましい複数の銃声によってかき消されたのだった。

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