第13話 過去の事実
しばらく無言の時が経ち、コーヒーの量が半分なくなった頃合いに彼女が閉ざされた口を開く。
「まずは、わたしの過去について触れておこう。わたしは昔、とある特殊な組織に所属していてね、そこではあまり褒められたものではない“仕事”を請け負っていた。伊地知はその時の同僚のようなもので今では古い旧知の間柄だ」
ユウジは、タバコの匂いを纏わせた無精髭の顔を思い浮かべる。
「その“仕事”の内容というのは‥‥‥?」
恭子は一度かぶりを振って、そして改めてユウジの顔を見据えた。
「様々あったが、手を血に染めるような仕事も何度か請け負ったよ」
「そう、ですか」
返答を受けて、ユウジは察した。過去の出来事とはいえ、訊ねてしまった側としてはバツが悪い思いになる。
「以前、先生がおっしゃった身体の変調の要因。それはその“仕事”が原因というわけですか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。いずれにせよ、わたしのこの身体はそう長くないことだけは———事実だ」
はぐらかすような文言で、彼女は話を次へと押し進める。
「だが、ユウジがその事に関して気に病む必要性はない。わたし自身はありのままを受け入れているからね。組織やこれまでの人生に対して恨み辛みといった感情は特にないよ」
「‥‥‥‥‥‥」
「だから変な気を起こす、というような愚かな行為をしないでほしい」
殺気を感じ取って、恭子は予防線を事前に張っておく。
「復讐や報復という大義名分の自己満足といった愚の骨頂ほど、わたしを落胆させるものはないよ」
「でも!そのせいで先生の寿命が削られているのなら、オレは‥‥‥!」
拳を握り締めるユウジに、恭子は問いかける。
「たとえ復讐を達成したとしても、得られるのは一時の満足感だけだ、そしてその先にあるのは変えようのない未来と運命だ」
「残酷な正論ですね」
恭子の親心———とでもいえばいいだろうか。
ユウジを危険な存在を遠ざけたいという意志が介在するのが伝わってきた。
線引きをしなければならなかった。恭子の言い分を全面的に受け入れることはできないとしながらも、落とし所を見つけるより他にない。
恭子はどこか物憂げな表情をする。
「率直に言ってしまえば、ユウジにはその組織とは一生縁のない世界で生きてほしいと今でも願っている。なぜなら無駄に危険な場所へ自ら足を突っ込むようなことをするのは愚かな行為に他ならないからね」
好んで身の危険を侵すようなリスクを与える事を、彼女は未だ良しとしていない。
「だが、きみがそう望んだ事だ。わたしは、きみの意思を尊重する」
「先生‥‥‥」
そう言葉をかけられて、ユウジは己の存在意義を認められたようなそんな気にさせられた。胸の内から少しばかり熱いものが込み上げる。
「本題から逸れてしまっているね、軌道修正しよう」
そう言って恭子は、わざと注意を引くような間を開けた。
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