第7話 容態の変化

恭子の容態は衰弱した様子を窺わせた。

華奢な身体を抱きかかえて家屋への道のりを急ぐユウジ。


ここ1ヶ月ほど、彼女のおかしな行動にようやく合点が入った。

今思い返せば容態がどこかおかしいような素振り、予兆はたしかにあったのだ。


座学を中心とした生活サイクルに、激しい運動を避けていたと見られる言動。

加えて時間の空いた余暇に横になっている姿が頻繁に見られるようになっていた事。少し頭を働かせればその微細な変化を見抜けたはずだったかもしれない。



だったらなぜ彼女は、無理をしてまで実践訓練に誘うような真似をしたのか———理由は火を見るより明らかだった。

ユウジは自分の愚かしさを呪った。




山の天候は気まぐれだ。

家路までの帰路の途中、降ってきた雨粒で濡れてしまった身体を温めるために暖炉に火をつけるユウジ。薪が湿っているのか、なかなか火を焚べることが出来ずに悪戦苦闘してしまう。ようやく炉の中に火を焚べることが出来たあと、ソファに横にさせた恭子の体調が悪化しないようにタオルと着替えを急いで用意する。



「先生、起きてください」


「‥‥‥ん‥‥‥‥‥‥」



反応は返ってくるものの起き上がる素振りはない。こんな事は初めての経験だった。相当、具合が悪い証拠なのかもしれない。


かといってこのまま濡れた格好をしていては余計に具合が悪くなるのは目に見えている。せめて上着とズボンだけでも着替えさせなければならない。

しかし呼びかけに応じてはいるものの一向に起き上がる気配はなかった。


「‥‥‥‥‥‥」


雨に濡れて恭子の白銀の長い髪が艶かしさを増し、血管さえも浮き出そうな程の青白い頬に張り付く。普段からは想像できないようなあどけない表情、その姿はまるで可憐な女性そのものといった印象を与えた。



ユウジの中の欲望が伏した顔をあげる。

「こんな時に何をッ‥‥‥!」ユウジは思い切り自分の頬を殴った。

口内の皮膚が裂けて鉄の味が口全体に広がる。

深呼吸して、雑念を取り払ったあと。


着用している水分を含んだ上着に手を掛けて脱がせに取り掛かる。

まるで成人女性の等身大人形の着替えを手伝っているような気分だった。力のない腕を持ち上げて袖を通し引っ掛からないようにしながら、なんとか上着を脱がし終わる。



それからひと息つく間もなく、異性のきめ細やかな肌をタオルで無心で拭いていく。同じ人間とは思えない柔らかい肌の感触と質感。鼻腔をくすぐる甘い香り。

目下、視界の端には双丘を隠す魅惑的な黒色の布地がチラついていた。


理性という自我を保てるようにと極力、薄目を開けて作業を続ける。



「これは‥‥‥」


ユウジは無意識のうちに、先ほどの模擬訓練で蹴りを喰らわせてしまった脇腹を注視してしまっていた。肘で衝撃は軽減されてはいたようなものの、所々赤い斑点が出現しており、内出血している。


いや、それよりも———。


ユウジがそれ以上に気になったのは、恭子の脇腹の一部に明らかに生来の肌の色とは違う皮膚が移植されていた点だった。


異色の肌の面積はそれほど大きなものではなかったが、ある程度の衝撃をユウジに与えた。



内出血の箇所の手当ても全て終えて、自身も着替え終わったユウジ。

ソファの上で寝息を立てている恭子をじっと見つめていた。

室内は暖炉の火によって温かさを増してはいたものの、患者にとっては厳しい環境下に間違いはない。


そう思って、毛布をかけた。

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