第5話 ユウジの独白


恭子先生と一緒にこの人里離れた山奥で生活を始めて早2年が経とうとしている。



先生がオレを保護という名目で引き取ったのはある種、都合が良かったらしい。彼女も常日頃の日常から解放されたかったためだといつか語っていた。



なぜそのような経緯になったのかについてオレは知らない。いや知らないというより分からないと言った方がこの場合、適切かもしれない。



というのもオレにはそれよりも以前、つまり先生と共同生活を始める前の記憶がほとんどないからだ。しかし時折夢に出てくる地面の冷たい感触、薄い意識の中こちらをじっと刺すような視線で見つめる何者かの偶像。忘れた頃にやってくる


それは昔の記憶の断片なのかもしれない。



先生にその夢の件について話をした。

すると先生は、「あまり気に留めない方がいい」と言うだけで何も教えてはくれなかった。


———それをオレは不満に思った。



自分自身の出自や出生、ほぼ空白の12年間について興味はある。

一般書籍や大衆小説の中では、出生の大切さを説きながら綺麗にまとめる作品がいくつもあるが、その一方で文学書や哲学書の中では、出生など無意味で無価値なものだ、と切り捨てるものも少なくなかった。それぞれの立場から作者や筆者の考えや思いがある。


オレは後者に賛同した。


だからこそ執拗に自身の出生について問い詰めたりしなかった。訊ねたのもその一度限りだ。だがそれは全く興味がなかったというわけではない。ではどうしてか。


滅多に見せない悲しげに伏せられた先生の顔を見たくなかった、単純にその理由に尽きる。先生は基本的にポーカーフェイスで普段であっても何を考えているのかよく分からない。


元来、感情の起伏が乏しい人間なのだろうと言われたことがある、と懐かしむような口調で言っていた。2年間、一緒に生活をして剥き出しの感情というものを見られたためしがない。



そうした中であって、その夢の件について話をした時には明らかに彼女の顔色が変わったのが見て取れた。



心の奥底にある蟠りのようなものが蠢いた———、そう自分自身に対して。


一方で、別にもう一つ違う感情が顔を覗かせた瞬間でもあった。

それからはそういった類の話を意識的に避けるようになった。以降、オレに関する事柄で先生が感情を覗かせる事はなかった。

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