第3話 コーヒーの温もり

次にユウジが目を覚ました時には、頬のあたりに抗い難い温もりと柔らかい感触があった。


「ようやく起きたか」


眼下から降ってきた、聴き慣れたはずの声に鼓動が瞬間的に速くなる。ユウジはすぐに状況を理解して素早く半身を起こした。



「‥‥‥どれくらい寝ていましたか?」


「‥‥‥? 誰がだい?」なぜか疑問符を浮かべる恭子は訊ね返す。


「オレです」噛み合わない問答を気にせず、ユウジは己自身を指し示す。


「あぁ2時間くらいだよ」


「そう、ですか」



ユウジは立ち上がって窓の方へと近づく。疲労は残っているが、十分に身体に力は入る。

顔を上げた先、窓の向こう側の景色は、数メートル先も確認できないほど濃い霧に覆われていた。


「今日はもう身体の鍛錬はしないよ」


心の内を見透かしたように恭子は書物に目を落としたまま声をかける。

ユウジの胸にまた小さな痛みが走った。


「その代わり頭の鍛錬をしよう」


そう続けた恭子は読んでいた書物をテーブルの上に置き、視線をユウジへと移した。お互いの視線が交差する。

恭子のあの瞳に引き込まれるような感覚がして、時間が止まったように思えた。


「お茶でも淹れようか」


唐突に提案された。

ユウジが返事をする間もなく、ダイニングに移動していた恭子は手際よく、お湯を沸かしコーヒーを2つ淹れる。



「いつまでそこに突っ立っているつもりだい? こっちへおいで」


「‥‥‥はい、先生」



ふたり並んでソファへと座る。コーヒー豆特有のいい香りが鼻についた。


「いただきます」そう言ってユウジがカップに口をつけた。少し苦いが、とても美味しく感じられた。



一方の恭子は、角砂糖を5つほど取り出してミルクと一緒に豪快にコップの中へ投入する。


「なんだい?」


その様子を凝視していたユウジに対して、どこかバツが悪そうにする恭子。

プイッとそっぽを向く。


「‥‥‥わたしは苦いのは好きじゃない」


すでにコーヒーとはいえなくなった飲み物を胃の中へ納めて彼女が言った。


「知っていますよ」


どこか拗ねたような言い方に、つい頬が緩んだ。

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