閑話休題② 石狩、友を作る。
※初見の方へ
このストーリーは本編の進行とは関係のないストーリーです。
なお、この話は第1章後の時系列で進行しますが、読んでいなくても、登場人物や設定に関しましては閑話休題①を読んでいただけますと何となく理解できると思いますのでご安心ください。
「きり〜つ。気をつけー、れー」
「「さようならー」」
教室という箱から解放された生徒たちは、てんでバラバラに自分色の放課後へと身を移す。
周囲で、今日の部活顧問は来ないってとか、明日単語テストあるっけだとか、カラオケ行かね?、と様々な声が行き交う。
そんな市場のような喧騒感を横に、教室の後ろのロッカーの中を見て持ち帰るものがないか確認し、少し重たいリュックを背負ってそそくさと廊下へ出る。
そして第一の難関、廊下での人とのすれ違いゲーに勝つも、第二の難関、GWの高速道路さながらの昇降口渋滞に巻き込まれる。
なんとか昇降口から脱出し、校門まで歩き切るとあとはウイニングラン。
帰宅部と一部の休みの部活の人がまばらに歩くぐらいでこの先困ることもない。
「明日は午前授業か……」
明日のことを気にかけつつ、帰路へとつく。
まあ、ここまでなら一般ピーポーと変わりはない。
だが、高校生YouTuber、ほとけ。にとって放課後とは貴重な時間である。
「編集、終わらせないとな……」
いつもの電車より1本前に乗れるようにと、足に1段とギアを入れて歩く。
俺にとっては、YouTubeが放課後の部活みたいなものだから。
「思うに石狩。お前は働きすぎだ」
「どうした急に」
編集すること2時間。
学校から帰ってきた汗だくの小沢に開口一番そう告げられた。
「学校で7、8時間勉強して、帰ってきたら編集して。楽しいか?」
「楽しいか、と聞かれてもな……。やらなきゃいけないことはやっておかないと後々困るのは自分だしな」
「お母さん正論を聞きたい訳じゃありません!」
「なぜお前の息子にされなきゃならんのだ……」
あとなんで性転換してるんだ。
「だからってこんな平日まで無理に編集しなくてもいいだろ……。つか、編集無かったらどうすんだよ?」
「明日の授業の宿題をやるな。無かったら模試のための勉強もしなきゃだし」
「泣きそう。石狩、あの、あれだ。ワーカーマリックだ」
「ワーカーホリック」
「あ、それそれ」
マリックだと某マジシャンの顔が思い浮かんじゃうから。
「あのな石狩? 勉強は将来役に立つんだろうが友達と遊んだりすることも大切だぞ?」
「勉強を一切してないお前に言われても説得力が湧かんな……」
「そこ、いちいち茶々入れない!」
小沢は相変わらずご不満なようで、編集する俺を横に唸る。
さっきから熱気を感じて暑いというのに。
主にエアコンの目の前に立っている誰かさんのせいで。
「そもそも石狩、友達居るのか?」
「友達かは分からないが、授業で話す人ならいるぞ」
「……趣味とかの話はしたか? 一緒に遊んだことは?」
「無いな」
「じゃ友達じゃない」
あまりにバッサリと斬られてしまった。
「……そんなに友達って大事か? グループのメンバーが居ればそれはいいんじゃないか?」
「うーん嬉しいけど違う! 違うったら違う!」
駄々をこね始める小沢を横に、奥入瀬と茂も帰宅。
「んだよフローリングで寝転がりやがって……。裏返った蝉かよ」
「何事」
小沢は全米が泣いた程度の演技を入れて今の会話の一部始終を話す。
すると。
「うわぁ……。その考え自体が末期だな」
「友達大事」
まさかの小沢側に2人はつく。
奥入瀬と小沢が同じ側に立つのは前代未聞ですね。
そんなことを言っている場合では無いようで、
「どうします奥入瀬さん。あの子結構進むとこまで進んじゃってますよ」
「あらやだ小沢さん。ああいう子こそネットが友達とかいって承認欲求が上がっちゃうんですよ」
「自分だけの世界に閉じこもると思考も狭まる」
「「ねぇ〜?」」
井戸端会議が開かれ、半ばおちゃらけた様子で、そしてもう半分は深刻な目で議論がなされる。
そんなことをしてる暇があったら編集を手伝ってほしいのだが。
しばらくして結論が出たのか、3人はパソコン越しに前に並ぶ。
「よし、決めた」
「石狩、」
「友達作ろう」
なにやら面倒なことが始まる予感がした。
舞台は旭ヶ丘高校、1年2組の教室。
帰りのHRが終わると、俺は立ち上がり周囲を見回す。
『石狩は友達と遊びに行くまで編集禁止な! その分は奥入瀬がするから!』
『なんで俺がしなきゃいけねえんだよ。お前が勝手に言い出したんだろ』
『はぁ〜!? 何だお前!』
と直前まで演技に乗っかっていた奥入瀬に裏切られた小沢を思い出しつつ、ため息をつく。
全く余計なことをしてくれたものだ。
さて。
まず俺が話すことの出来るクラスメイトを探すところからだ。
一番に除外できるのは女子。まあもっての他だ。
次に購買組。彼らは購買ダッシュに向かってしまったし、しばらく戻ってくることはないだろう。
となれば、俺がちょうど話せるような相手は──。
「あ」
帰宅部、すでに教室を出て外へ。
部活勢は大集団で部室へ向かってしまい、残るは静かに勉強をする生徒のみ。
「……どうしたものか」
新クラスとなってはや3ヶ月。
友人関係の礎は築かれきってしまっていた。
途方に暮れた俺は、特に用もなく図書室へと向かう。
だが、図書室でも勉強する人はまばらとは言え居るわけで、冷やかしにきた俺には少々肩身が狭い。
隠れるように本棚へと足を運ぶ。
海外文学に図鑑や雑誌、勉強に使えるであろう本や一般文芸、それにライトノベルまでもが蔵書されている。
俺も本を読むことは好きな方だ。
本の世界に飛び込めば、自分の知らない言葉、知らない表現、知らない世界がバッと目の前に開けてくるのだ。
それに、本というのは今までの筆者の人生や考え方が見透ける。
その時代、その場所を閉じ込めたような空気が追想できる。
そういう意味で言えば、本は文字ではなく、その時の世界を閉じ込めた魔法のようなものだと感じるのだ。
……そんなことを言っている場合じゃないな。
さて、どうするか。
「あれ、石狩?」
突き当たりを曲がると、立ち読みしている角メガネの男とバッタリ出くわす。
「あ、
同じクラスで、普段は何人かグループで行動していて、確か麻雀のゲームをしていた気がする。
ただ陽気な性格ではなく、どちらかと言えば落ち着いた印象を受ける。
これは、いける気がする。
「何の本読んでるんだ?」
「将棋の本。特に詰め将棋の。……って言って伝わるか?」
「あー、一応将棋はたまに爺ちゃんの家とかでやるかな」
「へー、将棋やったことあるのか。ってことはルールも知ってる?」
「知ってはいるが、そんなに強くはないな」
「まあそもそものルール自体も難しいしな。初心者には敷居が高いし、オセロとかと違って薦めづらいボードゲームでもある」
少し気を惹いてくれているのか、本を一度閉じて俺の方を向いてくれる。
「鳴瀬は麻雀もやってたよな。ボードゲーム、好きなのか?」
「そうだな。ボードゲームというのは相手の心を読むことが出来て面白いし」
「相手の心か」
「ああ。将棋でも、戦法というのはもちろんある。矢倉に美濃囲い、振り飛車に相飛車。人それぞれ指し方は幾千とあるし、強気なのか慎重なのかも分かってくる」
「そんなことまで考えているのか……」
「ある程度強さに差があれば勝つことは容易だけど、力差が縮まってくれば心理戦に近いものになる」
話に脂が乗ったのか、鳴瀬は饒舌に語る。
「そんな心理戦で脳は消耗するけど、ほんの些細なミスで勝負が決まることもある。一種の爆弾処理のようなものだな」
「それは……、壮絶だな」
「ああ。正直終わった後は何もしたくなくなる。だがそれが良い」
そう鳴瀬は楽しそうに笑みを浮かべる。
「なあ、鳴瀬。もし良かったらだが、将棋とか、それに他のボードゲームとかも知ってたら教えてくれないか?」
「ああ、勿論構わない」
ひと返事で許諾を貰うことができた。
「いいのか? その本は」
「借りればいつでも読める。それに、遊べる仲間が増えるのは俺も嬉しいしな」
彼は読んでいた本を持ち、司書に渡し、本を借りる手続きをする。
「にしても、どこに行くんだ?」
「ボードゲーム部の部室。他に部員とかもいるが、それでもいいか?」
「ああ」
廊下にはすでに待ち人もおらず、遠くの運動部の声だけが聞こえてくる。
俺と鳴瀬の声だけが、他に誰もいない廊下でこだまする。
今までとはまた違う、放課後の景色を俺は感じ取った。
「ただいまー」
「お、帰ってきた!」
夏にもかかわらずすっかり暗くなった道を歩き、シェアハウスに入ると、小沢が出迎えてくれた。
「どうだ、楽しかったかー──って、聞くまでもなさそうだな」
「ああ。楽しかった」
「お〜い石狩ー、帰ってきたなら編集手伝え〜……。もう疲れたしやりたくねぇ〜……」
リビングの机に突っ伏した編集作業中の奥入瀬を見つけ、小沢の方を見るとにっこりV。
「お前いつもこんな編集量こなしてたのか……」
「いうてそこまでねぇぞ量」
「奥入瀬が単に普段編集してないから」
「中津までなんでそんな辛辣なこと言うんだよ!?」
もう編集なんて懲り懲りだぁ〜! と奥入瀬の悲鳴が、夜通し聞こえてくるのであった。
もしやただただ小沢が奥入瀬に編集をさせたかっただけなのでは……?
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