第1章

プロローグ

 「暴露動画」

「……」

 3人が集まった空間に、1人の声が虚しく響く。

「石灰の入った袋交番の前に落として逃げてみた」

「……」

「自分の髪の毛筆にしてみた」

「スクランブル交差点の真ん中で全裸」

「架空請求やってみた」

「お前ら一体何を目指してんだよ?」

「俺は一言も喋ってないが」

「自分が鉤括弧3個分話した」

「は?」

 喋ってもないのに巻き込むとか理不尽すぎるよこの人。

「だいたいもう少しまともな企画あるだろが?」

「バズり間違いなし」

「炎上とも言うんだよソレ」

 こんなしょうもなく、生産性のない話を俺たちはかれこれ30分以上話している。

 とはいえずっと一人が喋ってて俺はスマホを弄ってたけど。

 今必死にツッコんでいるのは、ストレスで寿命が現在進行形で縮んでいるであろうオレンジ髪のイケメン、そして陽キャの奥入瀬 衣吹おいらせ いぶき

 下川井高校の1年である。

「ホントにYouTuberやってんのか? よく今まで燃えなかったな」

 会ったころにはあんなに優しかったはずの奥入瀬さんですが今は怖いです。

「だいたいお前のチャンネルの動画は何だよ、1時間名言垂れ流しって。撮ってて疲れねぇのか?」

「受験生を応援する神動画。1時間の名言動画なんて今まで無かった」

「需要ないからやらないんだよ先人たちは」

「そんな……。ノート1冊に一生懸命名言書いてたのに」

「それしてる間に受験勉強とか出来たんじゃねぇか?」

「受験勉強なんて将来社畜のように働かせるために訓練しておくシャブ漬けに過ぎない」

「はぁ……。一人はずっと犯罪スレスレの企画ばっかり提案するしもう一人は興味失くしてるし。もうダメだ」

「じゃあ解散」

「その脅しは卑怯だろ」

 はぁ、と改めて深いため息をつく奥入瀬。

 ご愁傷様です。

「とにかく、こんな状態じゃ動画なんて撮れる状態にねえな……、ってなんでもうカメラ構えてんだ?」

「人が喧嘩してる動画ってバズる傾向にある」

「どこぞの格闘技オーディションじゃねぇんだから……」

「落ち着いてくれ2人とも」

 口喧嘩の間に入るのは面倒だが、仕方なく参戦することにした。

「俺も解散に賛成だ」

石狩いしかりはそっちに付くのかよ」

 石狩 睦月いしかり むつき

 それが俺の名前だ。

 旭ヶ丘高校の同じく1年。

 そしてこのシェアハウスの住人、YouTuberでもある。

「だいたい俺も手が滑って応募ボタンを押しちゃっただけだ」

「聞いて悲しくなる情報どうもありがとう……」

 奥入瀬は今にも涙が出そうだ。

 喜怒哀楽が豊かな人で羨ましい。

 喜と楽が無いけど。

 一方先ほどまで問題発言を連発していた男は片目に眼帯を付け、服には大きく書かれた英語に血のようなデザインが入ったとてもダs……、中学生御用達の個性的な服を着て、退屈そうに欠伸をしながらコインを人差し指の上で回している。何してんの。

 ……まあそんな男が中津 茂なかつ しげる

 相模原麻溝さがみはらあさみぞ高校の1年である。

「まあ、今上げたやつの中だと採用できる企画は0になる、な。さっき奥入瀬が上げてた企画も申し訳ないが二番煎じだと思う。とはいえ中津のはアウトだし」

「もう王道でいいじゃん……」

 奥入瀬さんはソファーに寝転がって降参とでも言うように白旗を揚げる。

「でも今、YouTuberなんて子どもがなりたい職業上位の常連。業界内はレッドオーシャンだぞ? メントスコーラとかレビュー動画なんて何回擦られてるか。そもそも、その2つなんてグループ組んでまでやることでもないと思うぞ」

「だからこそ炎上商法で朝のテレビ番組総なめを」

 再び中津さんがログインしました。

「だからダメだって言ってんだろ! そもそもお縄になったら評価が悪くなるわ!  ってかだいたい何だよその眼帯にその英語の血Tシャツ! ずっと気になってたけど!」

 あ、今言うんだ。

「新たな芸術を見出すのは人の性」

「無理があるわ! 最近のファッションショーとかもそうだけど大喜利じゃねぇんだぞ??」

「テンプレに沿うのは時代遅れ」

「ってかさっきの白い粉とか、どっかの迷惑系がやってた企画だろ? 結局二番煎じでやってること変わらねぇだろが!」

「論点がズレてるぞ2人とも」

 そんな俺の言葉に耳も傾けず2人はコンプライアンスを大きく逸脱する不適切な発言の応酬を繰り広げる。

 慌てて中津が録画中だったビデオカメラを手に取り録画を停止する。

 ……こんなんでグループYouTuberなんてやっていけるのだろうか。

 正直さっきも言ったように俺も若気の至りで応募ボタンを押してしまったことだし、解散って方向でもいいと思う。

 けど、こんな立派なシェアハウスに来た以上、みんなでYouTuberをやっていきたい。

 それに、俺たちにはがあるから。

 よし。

 俺は深呼吸し、いまだに続いている喧嘩にピリオドを──。

「ただいま~!」

 玄関から響く大きな声。

 そしてすぐ居間のドアを開ける音。

「あれ、何してんの?」

「喧嘩」

「は?」

「いや、小沢おざわが買い物行ってすぐこうなって……」

「え、なんで? 俺行く前こんな険悪な感じじゃなかったっしょ?」

「動画の企画何するかで揉めて……」

「まあいいか。あ、これコーヒー。ブラックでいいんだよな?」

「ああ」

 出会って最初のイメージはオラオラ系と思っていたが案外いい奴だった、小沢 夏樹おざわ なつきは、クールタイムを入れて再開された2人の喧嘩をスルーして買い物袋から食材などを冷蔵庫に入れていく。

「さ、さすがにそろそろ止めてくれないか? ただのヘイトスピーチになってるから」

「わぁった」

 俺たち4人でこのシェアハウスで生活し、YouTuberとして活動していくことになる。

 個性が強すぎて大変だけど、上手く歯車が合えばとても面白いグループになれる。

 そう、こんな凸凹……。

 3人はトリオっていうけど4人グループってなんて言うんだっけ。

 俺はスマホで調べる。

 ──そう、カルテット。

 こんなごちゃまぜカルテットで、俺たちは人気YouTuberになるんだ!

「オラアアアァァァヤメロオオオオォォォ!!」

「イッッッッッテェェ!!! やりやがったな!!」

 俺の目の前では小沢の飛び蹴りが奥入瀬の腹に命中。

 なんと今ならリング前のS席で臨場感溢れる喧嘩がお楽しみいただけます。

 本当に大丈夫かな。







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