第1話 底辺YouTuberの悩みごと
『好きなことで、生きていく』。
かつてYouTubeのCMで使われたキャッチコピーだ。
好きなことをして生計を立てることが出来る。
そんな夢のような職業、YouTuber。
検証やドッキリ動画を投稿する大衆向け人気YouTuberもいるし、一般人には出来ない大規模な企画をするYouTuberもいれば、誰かの不祥事や炎上を取り上げる暴露系も居るし、救いたい系も居たりとその種は数知れず。
実際に小学生のなりたい職業では常に上位をキープしていた。
だが、そんな時代は去った。
YouTuberを職業として捉えたことによって、動画を投稿することで生計を立てる人が増えていった。
収入のために戦略を練り、収入のために努力するようになった。
楽しさより稼ぎを、意識するようになった。
もはやYouTuberは『楽しいから』ではなく『稼ぐため』。
レッドオーシャンと化した競争世界で、それでも俺たちは深い海の底で生きている。
自分を成長させるために。
裏切ったアイツを見返すために。
憧れの人を追いかけるために。
ただ、自分のやりたいことをするために。
ごちゃまぜカルテット
【第一章】底辺YouTuberたちでシェアハウス始めてみた -出会いから初投稿まで-
***
「よ」
『また編集追われてんのか』
「来週から毎日投稿だなんて言わなきゃよかった……」
『後先考えずに行動すっからそうなるんだろ? 無理はすんなよー』
幼稚園の頃からの腐れ縁との作業通話。
基本は無音の状態が続くが、本当にモチベーションが湧かなくなった時だけ話に付き合ってもらっている。
この作業通話もいつからやっているかなんて覚えてもいないほど前からしている。
いつものようにメモリ8GBのノートパソコンを立ち上げ、愛用している編集ソフトを起動する。
最初こそ起動時間の長さに苛立っていたが、もう慣れてしまった。
「うわぁ……」
編集画面に移行すると、そこには10分以上の動画素材と左端に偏ったオレンジの四角形が無造作に並んでいる。
ここに字幕という地獄の作業が詰まっているわけだ。
字幕だけで動画の長さによっては数時間を超える時間潰しの極みである。
勝手に編集してくれるAIとか居ればいいのに、なんて思うが今の技術ではまだまだ未熟。
編集量に泣く日々は続きそうだ。
「よし、やるか」
手を組んで前に伸ばし、骨をポキポキ鳴らし、栄養ドリンクを投入。
改めて十数時間ぶりにパソコンと睨めっこを再開。
栄養ドリンク飲んで編集なんて昔はしなかったのになぁ、とふと懐かしむ。
幼い時の体力って無限大だよなぁ。
今なんて編集後は身体中の節々が痛くて痛くてしょうがない。
一般人より2倍ぐらい歳取るの速い気がする。いや冗談抜きで。
本当のお爺さんになったとき、一体どうなっちまうんだか。
──そもそもこの活動も続けているんだか。
「……」
10本の指を最大限に活用して字幕を打ち込む。
今はそんなことなんて考える余裕は無かった。
編集開始から7時間が過ぎた。
腐れ縁はもう寝ると言って通話から離脱した。
睡魔が俺の身体を蝕んで来ても、誰も止める者はいない。
止めたければ、いつでも止められる。
それでも手は止めない。
「このフォントツッコミに使えるかな……」
文字の先端が尖っているフォントを見つけ、しばらく字幕に入れたり文字の色を変えてみたりと試行錯誤を繰り返す。
「いや、見辛いだけか」
そう、試行錯誤の繰り返し。
「ここテンポ悪いな。でもそうしないとワクワクさが……」
二歩進んでは一歩下がり、また進んでは下がり。
「あ待ってこれフリー素材じゃないじゃん」
そして一気に振り出しに戻ったり。
「
「嫌だ」
今日の授業もすべて終わり、覇気を失った帰りの号令の直後、昨日の通話相手である凪にそう頼むと即答で拒否された。
「今日一日思いっきり爆睡してまともに授業受けてないやつに見せて俺に一体何の得があるんだ」
「なあ、俺たち親友じゃないか」
肩を組もうとした腕を凪は払いのける。
「そういう時だけ親友って言うやつはロクでもない人間って俺は思ってる」
「ちぇ……」
自力でやるとなるとこりゃ面倒だな。
まあ授業中寝てた自分が悪いけど。
「結局編集は何時に終わったんだ?」
「終わってない。1時過ぎぐらいで親に止められた」
我が家は父母共働き。
父は、趣味があることは良いじゃないか、と動画活動に賛成の立場、母は、いい加減大人になりなさい、と逆に反対の立場なので、動画関係であれが欲しい、これが欲しいと言う度に夫婦喧嘩が起きかける。
自分で買うお金があれば問題は無いが、動画収入も無いしバイトも出来ないのが現実。
だから出来るだけ迷惑をかけないように活動するのが俺のポリシーの1つだ。
「そんな状態でホントに毎日投稿できんのか? 来週からだろ?」
「平気だろ。まあ、手伝ってくれる気持ちがあるなら嬉しいけどな。良かったら──」
「無償で、なら無理だね。そうだな、せめて時給1500円くらいは欲しい」
「……出直してきます」
「それに、授業に支障が出るなら余計御免だね。もう中3の夏だぞ? 受験生さんや」
「うっ……」
中3。自然に逃避していた現実に戻される。
1日に使える時間は有限であり、動画編集の時間と勉強時間は反比例の関係にある。
ここで勉強より動画を選べば、前回の期末テストで学年平均を切っている俺は無事にお陀仏、中卒系YouTuberになってしまう。
まあもっと上には上がいるんだけどね。
人生は冒険だよね。
「勉強しなくても入れる高校ない?」
「あるっちゃあるけどヤンキー校だな。ほら、ここから一番近いあの高校とか」
そうして凪が指差すは、2階の窓からでも見える近場の高校。
つい先日、卒業生が覚醒剤を所持していたとかで逮捕されたことで話題となっていた高校である。
「……なあ凪」
「やだ。そんじゃ」
試しに聞いてみようとしただけなのに、なんと察しの良いこと。
「一緒に帰らないのか?」
「俺塾の宿題あるから早く帰りたいんだよ」
凪は嫌そうな表情を隠しもせずそそくさと荷物をまとめる。
「いいじゃんか、凪は頭良いんだしすぐ終わるって」
「そうだな。じゃ一緒に帰るか」
「お前のその自己肯定感尊敬するわ」
チョロいのかなんなのか……。
「一緒に帰るなら俺の話聞いてくれよ」
「ああ、もちろん」
「俺告白されたんだよね」
「死ね」
やっぱこいつ親友じゃない。
市立宮城台中学校。
周囲には子ども連れで賑わう大きな公園や、プロ野球球団が使うスタジアムだったりと、何気に栄えている地域に位置する。
にもかかわらず校舎はオンボロだし校内放送はノイズが酷いし蛍光灯は消えかかっていたりとなんとも平凡な中学校だ。
平凡というかむしろボロいか。
「そいや昨日の配信で分かったんだけどさ、俺の好きな登録者100万人のVTuberがまさかの俺らと同い年だったらしい」
「へー」
「興味無いのかよ。同業者だろ」
「あんまりYouTuberとかの動画は見ないようにしてるし。見て無意識にパクったりとかしたくないし」
「お前ごときがパクっても視聴数別に変わらないだろ」
「変わる変わらないの問題じゃない」
めんどくさいヤツ、と凪は俺にも聞こえるようにため息をつく。
「にしてもなんだよ昨日の動画。ラブリーダンスとか言うやつ。あれ何が面白いんだよ」
「マジか……」
素人の俺が数日掛けて生み出した創作ダンス。
愛嬌ある踊りにチャーミーな音楽。
完璧な組み合わせ、まさにマリアージュ。
その自信が故に張り切って踊っていたのでその不評の意見は残念極まりない。
「真顔で変なことしてるから笑ったけどさ」
「お前の疑問もう解決したぞ」
校庭から部活に励んでいる人の掛け声と、静かな廊下を歩いている俺たちの足音が響く。
「ってかお前勉強しろって言うわりにVの配信見てんのかよ」
「それぐらい見させろ。今の時代推し活なんて言葉もあるし、普通のことだろ」
「いや、そうだけど……、お前の見てるVって毎日5時間ぐらい配信してなかったっけ?」
「俺天才だから聴きながら勉強出来ちゃうんだよな〜」
「誘っておいてなんだがどうしてお前とこうやって帰る仲になったのか甚だ疑問だよ」
腹立たしいので尻を軽く蹴ったが、その瞬間を階段の向こう側から来た学年主任に見られ険しい表情を向けられる。
なんともタイミングが悪い。
「とにかく、
「さっき面白いて言うたやん……」
慣れもしないエセの関西弁が思わず漏れる。
「それはそういう笑いだからだ。ゲーム動画とか普通のシュールじゃない動画で同じことしても面白さが半減するだけだろ。俺も推しの豊かな喜怒哀楽を楽しんでるしな」
「いちいち推しの布教しなきゃ始まらんのか貴様は……」
昇降口の外から差し込む茜色の眩しい夕日に思わず俯きながら、俺は靴を履く。
凪は器用に靴先を叩いて足をすっぽり入れ、そしてポケットからスマホを出し素早く指を動かす。
「同業者のYouTuberと会って相談してみたりするのもありなんじゃないか?」
「同業者、ねぇ……」
「ってことで、YouTuber同士で集まるイベントとかを探してみた」
「仕事早いなおい」
自分のスマホに送られてきたリンクをタップする。
イベント一覧と書かれたページにズラリと並ぶ文字の羅列。
『底辺YouTuberで傷を舐め合う会!』
『大人気! 1ヶ月で君も10万円稼げる方法教えます!』
……まあなんとなく想定は出来ていたが、どうもこういう系は身内の馴れ合いみたいで参加する気になれない。
流し読みで目を通していると、ある文章に目を惹かれる。
【ゆる募】高校生YouTuberだけのシェアハウス生活!
「なんだこれ……」
動きを止めた俺のスマホを凪は覗き込む。
「──へぇ、シェアハウスか。家賃無料ってすげぇ待遇だな」
「タダほど怖いものは無いとも言うけどな」
春には一面の桜が咲き誇る木々の隙間を通り、校門へと足を運ぶ。
部活を終えた人たちが校門で集っているようで、サッカー部や野球部、それにバスケ部だろうか、騒がしい声が聞こえてくる。
「お〜い凪〜」
そのうちの1人が、凪に向かって手を振る。
「部活お疲れ」
「おうよ! ってか、ちょ、凪、聞いて。大事件。今日の数学の単元テスト3点とっちった」
「あ、そう」
砕けた口調で話す坊主。
大きなスポーツバッグを肩に抱えているあたり、おそらく野球部だろう。
「でさ、お願い! 明日そこの範囲教えてくんね? 補習さっさと終わらしたいんだよ!」
「絶対そう来ると思った……。却下だ」
「頼むよ〜凪ぃ〜、天才く〜ん、ジーサス!」
大袈裟に泣くフリをして助けを乞う坊主。
「……しょうがねぇなぁ」
ほんとチョロいなコイツ。
「ってか勉強出来ねぇなら私立のスポ薦とりゃ良いのに」
「いや、スポ薦取れるほど野球上手くねぇから。地区大会では強豪にコールド負けしちゃったし。ってか、神奈川の公立受ける予定だし」
「へぇ。地元じゃないんだ」
「まあな」
しばらく坊主がたわいもないことを話した後、今度は凪の話に変わる。
そんな彼らの横で、俺は黙ってスマホを弄り時間を潰す。
……帰ったら、また編集だ。
なんならストックも切れるし、そろそろ企画も考えないとな。
「にしてもさっきまで何話してたんだ?」
「コレ」
そうだなぁ、最近出た柿鉄の最新作でもやるか?
「横にいるコイツが参加するイベントだ。YouTuberなんだよ一応」
99年間プレイでカード無し縛りでダイオーに勝つまで耐久とか?
「これって……」
いやダメだ、あまりに1つの企画に時間を割きすぎだ。
毎日投稿するってことも考えて──。
「俺が行くシェアハウスじゃん」
思わぬ発言に、考えていた企画は全て頭から吹っ飛んでいった。
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