第2話 それぞれの思惑
「……」
「……」
中学校から15分ほど歩いて着いた駅前のファストフード店。
すっかり日も暮れて暗くなった外とは対照に、店内はライトで明るく照らされ賑わっていた。
「いいのか? 奢ってもらっても」
「ああ。誘ったのは俺だし」
「そうか。にしても、期間限定もいいけどな〜」
野球部でキャプテンでエース。
そんな主人公要素を詰め込んだ坊主の彼、
「いや、でも──すみません、スパイシーチーズバーガー1つで」
「かしこまりました。500円になります」
奢りだからと言って変に高いものを買わないその謙虚さ、まさに感動もんだよ……。
凪だったら『にく×4バーガーと鬼チキ5個セットで』とか言って千円以上は支払わされるってのに。
奢られる側の方が値段高いってどういうことなんだ……。
相対的に凪を酷評しつつ、小沢と俺はコップに水を入れ、せわしない街中が見えるテーブル席に座る。
小沢はいただきます、と丁寧に挨拶してハンバーガーを頬張る。
「にしてもまさか、同じシェアハウスに住むことになるなんてな」
「俺まだ住むとも言ってないけど」
「え、だって凪が」
「あいつの早とちりだから気にしない方がいい」
俺と小沢が話すきっかけとなった当の凪は塾があるから、とそそくさと帰っていった。
場を荒らすだけ荒らしといて自分は逃げるとかやっぱあいつカスだわ。
「でもあのシェアハウスって学生YouTuber専用っしょ? ってことは君……」
「
「石狩もYouTuberってことか?」
「まあそういうことだな」
「へ〜、意外だな」
「意外って?」
「他のクラスとはいえ、YouTuberなんてやってたら噂ぐらい立ちそうなのになって」
「あぁ〜……」
そもそも話す友だちが少ないしな。
「インターネットで勝負してるからな。やっぱり身内で固めるんじゃなく正面から勝負していきたいんだ」
小沢にカッコよく言いつつ、自分にも言い聞かせる。
そうしないと俺の自尊心が崩壊していく。
「どんな動画投稿してんだ?」
「こういうやつ」
と言って俺は自分のチャンネル名が映った画面を見せる。
下に書いてあるチャンネル登録者数をさりげなく指で隠しながら。
小沢はそのチャンネルを自分のスマホで検索する。隠した意味無し。
「へ~、面白い企画作ってんな。これとかこないだ出た新作ゲームの実況じゃん」
小沢のスマホに何が映っているかは分からないが興味を示してくれたようで、画面を上にスワイプしていく。
少ししてスワイプを止め、画面をタップする。
「……」
そして数分後には仏のような顔に変化。
「な、なかなか個性的な実況だな。今までに見たことがねぇ」
「そうか」
石狩くんの人付き合い講座その一。
個性的、独創的という言葉に注意。
今まで出会ってきた人とは全く違うタイプということを意味していて、大抵は悪い意味で使われるよ。
気を付けてね。
「……」
そんな間にも他の動画を見ているらしかった小沢はその後も仏のような表情を貫く。
というか研ぎ澄まされてきている。
けど俺に対する同族親愛の態度はすっかり消え去ったようです。
初めて会ったときはあんなに目が輝いていたというのに。
「にしても、もっと伸びてもいいと思うけどな。企画自体は面白いんだし」
「まあ顔が死んでるからな。そりゃ伸びないだろうな」
「そんなこと……」
「真顔でやってて面白そうに見えないって言われたよ、実際」
「……」
「だいたい俺はYouTuberをやれるだけの素質がなかったってことだ。合わなかった」
小沢はコップに入っていた水を飲み干す。
「そろそろ受験も近いし、これを機にもう――」
「――諦めるってか」
彼は小さく震えた声を出し、コップを血管を浮きだたせて握る。
「まだ挑戦もしてないのに諦めんのか? ふざけんな!!」
突然の怒声に店内は騒然とする。
「お前には企画っていう最高のストレートがあんだ! それを活かす表情っていうコントロールが無いだけでお前はさっさと諦めんのか!? そのコントロールさえ克服すればお前は素晴らしいピッチャーになれんだよ!!」
「わ、分かった、分かったから声のボリュームを下げてくれ」
慌てて俺は小沢を宥める。
それにしても野球部だからだろうか、野球で例えられるもなかなか分かりづらい。
わりぃ、と彼は小さく声に出し、深呼吸をする。
「俺も憧れてんだよ、あるYouTuberに。その人だって1度その道を諦めたことだってあった。けど今は超有名なYouTuberになったんだよ」
「その人って?」
「タナカンだよ。登録者500万人の」
「ああ、あの人か」
日本で有数の500万人越えYouTuber。
企画では新たな着眼点で面白さを提供し、さらには音楽活動やTV出演も果たしているトップ中のトップ。
あの人をきっかけにYouTuberを始めた人も多いという。
だが、あの人はもう──。
「要するに、自分の可能性を最初から否定すんじゃなくてやってみろってことだ」
そう言って彼は水をお代わりすべく席を離れる。
「やってみろ、か」
***
一方その頃。
夜中になっても帰ってこない睦月の帰宅を待つ2人。
その1人、睦月の父はバラエティ番組を観て爆笑。
もう1人、睦月の母は目の前のスマホを睨んでいた。
「いや〜、金曜の酒ほど美味いもんはねぇなぁ」
「美味いなぁ、じゃないでしょ。全くいつになったら帰ってくるんだか」
台所で響く苛立ちの音。
妻の指のミシンは今日も快調だ。
「ゆっくりさせてあげとけよ〜、中学高校なんて一番楽しい時期なんだから〜」
「その高校に入るには勉強しないといけないでしょ。もう夏なんだし、そろそろ志望校決めろって先生からも言われてるし」
「なんだかんだで人生どうにかなるっての〜。プッ、ハハハ!!」
テレビの画面に映るドッキリ映像を観て、父はゲラゲラと笑う。
「にしても遅いわね……。連絡も来てないし。まさかまた動画撮ってるとかじゃないでしょうね?」
「──!」
石狩家の懸念事項は『動画の話』。
一回夫婦喧嘩でガチプロレスになったこともあるので夫はトラウマなのである。
ちなみに負けたのは夫だ。
なので表では中立を保ち、裏ではこっそり睦月に支援していたりする。
「か、彼女とかじゃないか?」
「あら、そうだといいんだけど」
怒らせないよう丁重に話を合わせるのが夫なりの対処の仕方なのだ。
***
そんな地獄の時間など知らない俺は、走って家へと帰る。
「ごめん、遅くなった」
靴を脱ぎ捨て、急いでリビングへ向かう。
「睦月、こんな時間まで何してたの? またアレ?」
母は鬼の形相に仁王立ち。
完全にゲームのラスボスのような立ち振る舞いで俺の正面に立ちはだかる。
──自分の可能性を広げるため。
逃げちゃダメだ。
そう自分に言い聞かせて俺は母に告げる。
「俺、神奈川のシェアハウスに住む」
この瞬間、石狩家の時は止まった。
母は口を開けて硬直。
父は俺をじっと見つめる。
「高校生YouTuberたちで集まるシェアハウスがあるんだ。3年間暮らせて、しかも家賃は無料なんだ。そこに住んで、色んな人の意見も貰ってもっと有名なYouTuberになりたいんだ」
そう言ってもまだ時間は止まったまま。
「……母さん?」
それでも動かない母の肩を軽く叩く。
「──いいんじゃない?」
「え?」
母のその一言に今度は俺が硬直する。
言っておいてなんだが、母はこういう話一番反対すると思っていた。
なのにどうして……?
「だって家賃無料でしょ? 私が何か特別にすることとかはないんでしょ?」
俺は固まった身体のまま頷く。
「じゃあいいじゃない。行ってきなさいよ」
「母さん……!」
俺は母を見誤っていたようだ。
母にも優しさはあるのだ。
料理も作ってくれるし洗濯もしてくれる。
掃除だって当たり前のようにやってくれている。
そんな有り難みを普段感じていなかっただけなのだ。
「ありがとう、母さん」
俺はそんな感謝の気持ちを一言に込める。
「周りの人に迷惑かけないようにね」
母も天使の笑顔を見せる。
こんな笑顔いつぶりだろうか。
「分かってる」
そして我が家の少し遅い夕飯が始まった。
──そして数日後、担任にそのことを告げて若干引かれ、地獄のような塾の夏期講習巡りを体験させられ、数ヶ月後、凪の特別レッスンを受けさせられ、翌年、勝負の入試で何とか志望校に合格することになる。
そしてついに。
読者の皆さんお待たせしました。
夢の詰まったシェアハウス生活がようやく幕を開ける──。
***
の前に。
睦月が神奈川の高校を受けると言った日の夕飯後。
睦月が風呂に入っている間、夫は妻の言動に疑問を抱いていた。
皿を洗っている妻に夫は尋ねる。
「なんであのとき反対しなかったんだ?」
「──ようやくあのバカ息子から離れられるからよ。あーあ、動画なんて稼げもしないんだから、普通に社会人として生きてほしかったってのに……」
「……」
「それに、無料より怖いものはないから、ね」
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