第3話 無名なりの生存戦略
「で、本当に来んのかよ、そのネットで集めたって人たちとやらは」
「今日来るって連絡来てるし……、1人を除いて」
4月1日、春休み。
普通の高校生なら正午まで布団の中でのんびりと怠惰な1日を過ごせるが、少年は目をぱっちり開いて、リビングの椅子に背筋を伸ばして座っていた。
少年の染めたてのオレンジの髪は、窓からの光を浴びて輝く。
「どんな人が来るんだろうなぁ……」
彼は見知らぬ人との出会いに心を躍らせていた。
この後、真顔の少年と坊主の少年が来るということを一切知らずに。
「あんま期待しすぎない方がいいぞ。マッチングアプリと一緒だ」
その場に居たもう1人の男は、少年に妙にリアルな忠告を送る。
「それ相手の人も思ってるだろうね」
「……」
しかしその忠告は自分に返ってきたようだった。
なんせ男の外見は最悪だった。
シワだらけの白いTシャツ。
膝に穴が空いた黒いパンツ。
髪の手入れなどしていないであろうボサボサの茶髪。
そして全身から滲み出る悪臭。
少なくとも清潔感は感じられない。
「もう家帰ってゲームしてていいか? 今日ゲームの新作出たしさっさとやりてえんだよ」
これでさらに1年中ゲーム三昧なものだからもう内外共にゴミ人間だ。
「兄ちゃんを一度みんなと会ってほしいなと思ってるんだけど」
兄ちゃん、と呼ばれた男は途端に顔を歪ませる。
「は? 会うわけ無いだろ。バカ言うな」
「だってオーナーだしねぇ? 唯一の仕事ぐらいしっかりやってよ? 仕事でもお客さんから信頼失ったらやっていけないでしょ」
こんなクズ人間を体現した男だが、唯一の仕事がある。
「……ったく、風呂入んなきゃな」
ゲームオタクで引きこもりがち。
そんな彼は不動産オーナーであり、個人で約1000戸を経営している超天才である。
なのになぜそんな遊べる時間があるのか疑問に思っている弟の衣吹だった。
「くっさ……」
***
「いや〜快適快適ぃ」
「快適快適ぃじゃなくて、1時間遅刻してるからな?」
「仕方ないだろ、7時に外出るなんて身体がまだ眠いって……、ふわぁ」
左から右へと街を置き去りにして通り過ぎていく車窓は、普段あまり新幹線に乗らない俺たちにとって旅の始まりを思わせるドキドキワクワクの要素の1つだった。
宮城の仙台駅から神奈川の新横浜駅まで新幹線に乗り、そこから乗り換えて二俣川、という駅まで行けばシェアハウスに到着する、計3時間の長い旅路だ。
本当は10時到着のはずだったが、普段起きるのが早いはずの元野球部エースで『キャプテン』の小沢は、寝坊により1時間遅れで仙台駅に着いたのだった。
「お弁当いかがですか〜」
新幹線の通路から車内販売員が宝の詰まったワゴンを押して歩いてきた。
……え、なに?
『東北新幹線って弁当の車内販売中止しなかったっけ?』
……勘のいい読者は嫌いだよ。
少しぐらいいいじゃない。
これも旅の醍醐味じゃないか。
それに復活するかもしれないしね。
「お、鶏めし弁当だって。うまそう〜! 食べていいか?」
「じゃ、俺も食べようかな」
「すみません! 鶏めし弁当2つで!」
2つの弁当を取り出し、車内販売員さんは天使のスマイルで俺たちに手渡してくれた。
「いただきまーす」
真っ先に割り箸を2つに割り、ってまっすぐ綺麗に割れてる。
意外とまっすぐに割ることって難しいんだよね。
日常でやるとすっきりするランキング第23位ぐらいにはランクインするね。
……ではなく、その割り箸はまっすぐ鶏そぼろの載った醤油ベースの炊き込みご飯へ着地。
それを挟んで小沢の口内へ。
数秒後、頬を緩めて空へ召されそうな表情を浮かべる。
そして俺の方に笑顔でピースサイン。
幸せそうで何より。
「美味しいか?」
「美味し〜ヤミー!」
「ごめん俺がふったのが悪かった許してくれ」
そういや地雷だったわコレ。
新幹線の中で手を合わせて踊り出す小沢の
『空』とか『ピース』とか言っちゃったし、俺の配慮不足だ。
反省反省っと。
まあそれはともかく。
小沢とあの日から入試まで話すことは勉強のせいで少なかったが、合格が決まってからは動画関係の話をすることが増え、ほどほどに仲良くなることが出来た……、気がする。
「このあとディズニー行って、そっから東京ドームで開幕戦見て……!」
「1日でハードスケジュールすぎるし観光じゃないからな」
一体あの時のイケイケ名言くんはどこへ行ったのやら。
やはりキャプテンを辞めた反動なのだろうか。
「あ〜あ、初日から見知らぬ人相手に1時間遅刻か……、どうやって謝ろう」
能天気な小沢のことなどどうでもよくて、それよりも初対面の人への謝罪の仕方を考えないと。
なんなら俺だけ先に行くべきだったか。
旅の途中なのにため息が止まらない。
「石狩って無表情だし謝っても誠意感じられなさそうだよな」
「誰がお前のケツ拭いてると思ってんだッ……!!」
「おい今食べてんだからケツとか言うなよー」
「クウウゥゥゥ……」
醤油味が塩味になってもおかしくないくらいの屈辱も味わった美味しい美味しい朝ごはんの時間でした。
「やっと着いたぁぁ」
「流石に疲れたな……」
ようやく目的地、二俣川駅に到着。改札にSuikaをかざし、南口へと出る。
にしても、乗り換えで走ったり反対方向のホームに行っちゃったり。
余計な体力を使ってしまったな。
右腕にかけた時計を見ると11時を回ろうとしていた。
──これ以上迷子になってはいけない。
スマホでGoogleマップの経路案内に大人しく従う。
「改めて思うけど家賃無料っておかしくないか?」
「なんだよいきなり」
階段を降りて左に曲がる。
その先には緩やかな上り坂。
この坂の先にシェアハウスはある。
「もしかしたらデスゲームとかそういうのなんじゃないか? それか〇〇しないと出られない部屋、みたいな」
「マンガとか同人誌の読みすぎじゃないか?」
「……どうじんし?」
「……なんでもない」
確かに家賃無料って美味しすぎる待遇。
何かお金以外の対価を支払わされるってことなのだろうか。
「よし、あとはこの階段を登るだけだな」
重くて音がうるさいキャリーバッグを引くのを止め、取っ手に引っ掛けて持ち上げる。
「いっちょ行きますか!」
最後の力を振り絞り、キャリーバッグと共に階段をなんとか登る。
「どんな奴が居るんだろうな」
「先輩とかだと気まずいなぁ」
登り切った先に俺たちの始まりを告げるドアが立ちはだかる。
「到着到着っと」
「ふぅ……」
──これから俺たちはここで未来を切り開くんだ。
緊張と期待の混じった心を一度深呼吸で落ち着かせ、覚悟を決める。
と、一つ思い出したことが。
「そいやお土産買ってなくね?」
「そうだった……」
すっかり気の抜けた俺はためらいなくインターホンを鳴らす。
しかしシェアハウスの中から物音はせず、誰も出ることは無かった。
「石狩、ここに『ただいま買い出しに行ってます。鍵は開けてるので入っちゃって大丈夫です!』って」
「あー、なるほど」
ドアの横にテープで貼ってあった空き巣大喜びのメモ書きを見て、俺はドアを開ける。
「お邪魔しまーす」
靴箱に靴を収納して、すぐ左手のリビングへ上がる。
「ここで待ってるか」
「そうだな」
椅子の横にキャリーバッグと着ていた鼠色のパーカーを置く。
勝手に動いて迷惑をかけるのも悪いので、黙ってリビングで待つことにした。
「このシェアハウスって何人参加するんだ?」
「本来このシェアハウスは10人部屋らしいけど4人応募があったらしい」
とはいえ、いろいろ機材とか置き場所を考えたら自分の部屋に置くと狭くなるだろうし、空き部屋に置いたりするんだろうな。
──と、思い出した。
「昨日の動画編集しなきゃ……」
「もうやんの? ワーカーマリックだな」
「それマジシャンの方な。ワーカーホリックね」
小さなボケを回収しつつパソコンを立ち上げ、いつもの動画編集をはじめる。
といってもWi-Fiに繋がないといけないが、当然きたばかりの俺にここのWi-Fiのパスワードなんて分からないし、いきなり繋げるのにも気が引ける。
仕方ないのでポケットWi-Fiを使うことにする。
確かに日常生活では使って不便を感じることは少ないだろう。
けど正直普通のWi-Fiより通信速度が遅いのでクリエイターとしてはあまり使いたくない。
しかも動画編集なんてまあ通信量が多い多い……。
通信制限もすぐ引っかかるもんだからキツいキツい。
「ふわぁぁ……、俺なんかまじで春休みずっと寝てても寝足りないってのに」
机に頬を付け、目を閉じる小沢。
小沢の髪も部活を引退してからすっかり伸びてきて普通の少年、といった外見になっていた。
ただ始めて会ったときはテカテカ坊主だったからやっぱり名残惜しいというか撫でてみたかったなぁ、とか思ってしまう。
あの頭の感触とかご利益がありそうとか思わない?
「ほんと石狩ってYouTuberが天職って思うよ」
「そうだったらいいけどな。伸びない奴は伸びないなりに毎日動画投稿しないと……」
「毎日動画投稿なんてしても無名だったら誰にも見られないんじゃ?」
「まあその方が大きいと思うけど。数打ちゃ当たるって感じだ。どんなに凝った動画を作ったって注目されなきゃただの自己満にすぎない。だからたくさん上げて少しでも動画に触れさせる機会を増やした方が良いんだよ。見られるかどうかはYouTubeのおすすめに神頼みだな」
それに、そのたくさんの試行の中で伸びる動画を分析していけば、自分の動画のスタイルを確立していくこともできる。
「でも、動画1本作るのってどれくらいかかるんだよ?」
「小沢だって動画は撮ったことあるんだよな?」
「まああるにはあるけど……。別に俺は字幕入れたり効果音入れたりしてるわけじゃないからな、あまり参考にならない」
「まあ、俺は企画を考えるのに1時間、撮影は……、まあ企画によるけど突発的なのは10分、じっくり系だと1週間ぐらいかな」
「はえ〜」
企画は風呂で考えると捗るけどただ考えすぎてのぼせることがあるのがデメリットなんだよなぁ。
たまにそれで母に叱られるし。
「編集で6から10時間くらい取られるかな? まあこれも、尺の長さとか企画の凝り具合とかによるけど。俺の場合は編集はぶっ通しでやるかな」
「てことは……、毎日投稿するってなると動画に最低7時間、学校に8時間、ご飯とか日常生活のことも考えると……、友だちと遊ぶ時間とか無さそうだな」
「まあな」
友だちなんかほぼ居ないし、なんて言葉は禁句だ。
言われてもないのに自分を卑下しちゃいけないぞ☆
「でも大変じゃないか? これから高校生活もそうだけど共同生活していくわけだし。シェアハウスって多分家事とかの分担もするんだぞ?」
「そうなんだよなぁ……」
今まで親に任せきりだった家事も全て俺たちが行うことになる。
そういう意味では親からの自立も出来る良い体験なのには間違いない。
まあ逆に言えば今までなかった家事の時間が増えるわけで。
そこに勉強の時間や動画関係の時間も入れるとなると……、果たして寝る時間はどれくらいになるのだろうか。
「誰かの企画パクったりすれば視聴数も伸びると思うけどな。無理に企画を捻り出す必要もなくなるし」
「それ確か前に凪にも言われたなぁ」
そのときは『無意識にパクりたくないから』とか言ったけど、まあ実際先人たちが死ぬほど企画を作ってきたわけで。
俺が考えて企画を立てたとてそれが有名な人であれ無名であれ同じ企画になるのもあるわけで。
試行錯誤の上では先人の企画を参考にしてやってみるのもある意味自分のアイデンティティを確立していく大事な工程なのかもしれない。
……と論理的に言い訳して他のYouTuberの企画を見てたりするのだが、やはり被ってる企画は数多い。
鬼ごっこ、と調べるだけでたくさんの動画が出てくるのになぜ視聴数は減らないのか。
それは他の人とは違う面白さがあるからだ。
その人の表情、反応、考え方、展開の仕方──。
そこで人との差別化を図っているから、視聴者は飽きずに見ることができるのだ。
だから同じ企画でもファンが出来たりする。
その差別化をする要素の一つである表情が無いのが俺の欠点である。
確かに無表情が売りになる人もいるが、それが自分の武器になっていないからこうやって悩んでいるんだけど。
「ま、悩んでなきゃ今ここになんか来てねぇしな」
そう言って小沢は身体を起こし、背伸びする。
「ってことは小沢も何か悩みがあるってことか?」
と質問を投げかけたところで、インターホンが鳴る。
「普通逆だけどな……」
訪問者の俺は招待者を迎えに玄関のドアを開けた。
──ドアを開けるとイケメンであった。
オーバーサイズな白いTシャツ。
黒いパンツに手入れがよくされた茶髪。
そして主張を控えながら微かに香るハーブの匂い。
「こんにちは。オーナーの奥入瀬 勝也です。どうぞよろしく」
イケメンだぁ……。
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