第4話 頭のネジが締まらない
「ってことで、改めて。オーナーの奥入瀬 勝也です。で、こっちが弟の──」
「奥入瀬 衣吹です。よろしく!」
リビングに4人が集結する。
兄の方はザ・大学生って感じのコーデ。
弟の方は白いTシャツの上にベージュのスウェット、そして青いパンツ。
あかん、こんなのオシャレの暴力や……。
「7時ぐらいに引っ越し業者の方が来てね。一応荷物は君たちが住む予定の部屋に段ボールごと置いておいたよ」
「ありがとうございます」
「部屋の方は見た?」
「いえ、まだです」
ふむ、と右手を顎にやるオシャメン(兄)。
もう全てがオシャだな。
それを気取らないあたり誰かと違ってナルシストではないけど。
「じゃあ荷物の整理ついでに見てきてはどうかな? 詳しい話はその後でしようか」
そういって兄は小沢を、弟は俺を案内する。
「石狩くんってどこから来たの?」
リビングの奥にある階段を上りながら弟は聞く。
「仙台からですね」
「へ~、仙台……! いいなぁ、2人でここまで来たんでしょ? 楽しい旅だったでしょ」
「あはは……」
1時間遅刻してそれどころじゃなかった俺は愛想笑いで済ませる。
小沢とか凪からしたら愛想笑いには見えないって言われるんだろうなぁ。
「仙台って確か牛タンとか有名だよね。行ってみたいなぁ」
「そんな頻繁には食べれないですけどね。でも美味しいですよ」
2階にあがり、弟は左奥の部屋のドアを開ける。
「おおぉ……!」
ドアの先には大量に積まれた段ボール、──はともかく1人で過ごすにはなかなか広々とした部屋だった。
東京ドームでいうと……、まあすごく小さく見えちゃうから喩えないでおこうか。
いい加減あの喩え方やめない? ってよく言われるよね。
Yah〇o知恵袋で。
「ここ角部屋だから日当たりばっちりだし、朝起きれるよ」
「助かります」
まあ夜遅くまで動画編集なんてした暁には聴覚が死んでタイマーの音を受け付けなくなるから、タイマー4個がけしようが起きれないんだけどね。
海外とかで売ってる地震並みの振動で起こさせる装置とかあるけどまさにそれが欲しいよね。
周囲への騒音半端ないけど。
「荷物手伝おうか? 重いやつもありそうだし」
──ここで断っても時間かかるだけだしな。
「じゃあお願いします」
「オッケー!」
弟は右の力こぶを叩いてやる気をアピール。
かっけぇよアニキ……。
兄ではないけどさ。
「小沢君、あの冷凍庫でかくない? あんな食べるの??」
「まあ大は小を兼ねるんで」
「……?」
片づけを終えた4人は再びリビングへ集結。
「ってことで、部屋の整理も終わったことだし。自己紹介でもしようか」
パン、と弟が手を叩いて一気に注目を集める。
「俺は奥入瀬 衣吹。春から下川井高校の1年生になるから、同じ高校に行く人はよろしく!」
弟、──奥入瀬さんは陽気に挨拶する。
まさにパーフェクトヒューマン。
まさに陽キャ。
キンスタでフォロー数1000とかいってるんだろうなぁ。
ついこないだ満を持して初めてみたけど12人だぞこちとら。
どういうことだってばよ……!?
続いて奥入瀬さんのテーブルを挟んでちょうど向かい側にいる小沢へ。
「俺は小沢 夏樹。
元坊主の小沢も同じく元気に挨拶。
アホの子の一面なんてまるでないみたいだ。
俺はコイツのすべてを知ってるかのような言い方をしたけどゆーて2回しか直接会ってないもんだ。
その2回目は今日だし。
そして最後は俺に。
「えと、石狩 睦月。旭ヶ丘高校の1年生。よろしく」
うわ~簡潔ぅ。
一番自己紹介で話広げにくい奴ぅ。
今後苦労するタイプですよこれは。
自分で言っておきながらそう思い、静かに自省する。
「んじゃ、このシェアハウスについてのルールとかいろいろ説明するよ」
兄の勝也さんは俺たちの前に紙の入ったファイルを差し出す。
「まず聞いているとは思うけどこのシェアハウスは無料だよ。けどご飯とか普段着とかの生活費は自己負担。こっちで管理とかはできないからお金の使い方には気を付けてね」
やっぱり無料か。
裏があるように見えるけどまあ今はその恩恵を十分受けたほうがいいか。
まあ生活費は自費だし、バイトとか動画活動とかで稼いでいかないとキツいだろうな。
「あとシェアハウスの基本だけど、もちろん今まで君たちが住んでいた普通の家とは違うんだ。ここでは君たち4人……、って1人はまだか」
勝也さんはチラッと俺の左横の空席を見つめる。
あと1人っていったい誰なんだろうか。
「君たち3人で家事とか協力して行うことになる。例えば料理、洗濯、ゴミ出し。最初は大変だろうけど、将来大切になることだからいい勉強になると思うよ。あ、あとここは女子禁制だから、連れ込んだりしないようにね。あと風呂は1つ。トイレは2個あるけど、2階のトイレは今修理しようとしてるから使えないからお互い思いやりを持ってね」
勝也さんは3人を見つめる。
「あとは質問あるかな?」
3人とも横に首を振る。
「んじゃ、よいシェアハウスライフを!」
そして勝也さんは一目散にシェアハウスから走って出ていった。
「なんだ……?」
「あはは、兄ちゃんはゲーム好きだからね。今日の新作をやりたいみたい」
「なるほど」
イケメンでもゲームはやるんだなぁ。
イケメンだとなんでもプラスの印象に働くしいいよなぁ。
よく『※ただしイケメンに限る』とか書かれるし一般ピーポーは悲しいですよ。
まあツク廃からしたら嫌悪の対象になるんだけども。
「にしても、2人もYouTuberとして活動してるんだよね? どんな動画上げてるの?」
話の進め方が上手い奥入瀬さんは2人に質問する。
小沢が俺に視線で先を促していたので先に喋る。
「俺はまあ幅広く、ですかね」
一方俺は話の進め方がへたくそ。
すぐに会話が終わっちゃうのはYouTuberとしてどうなんだ石狩ィ……。
「そうなんだ。小沢くんは?」
「俺は有名なYouTuberさんのとこの企画を自分でもできるようにアレンジとかしてますね」
地味に小沢のチャンネルの内容を知らない俺にとって驚きの事実だった。
だから奥入瀬兄弟が来る前にあんなこと言ったのか。
──あとでチャンネル名聞いておこ。
「奥入瀬さんは?」
「俺もそんな感じかな。まあでも、俺はコラボが多かったりするからなぁ……。あまり自分のジャンルとか決めてたりしないし、相手に合わせることを頑張ってやってるかな」
「コラボか、いいっすね」
コラボなんて考えもしなかったな。
そもそも無表情の俺とコラボしてくれる人なんていないと思ってるし。
「──君たちともするけどね」
「「え?」」
俺と小沢は異口同音にそう言う。
「え、聞いてない? 4人でコラボしてグループYouTuberでやっていくこと」
「聞いてないです」
「聞いてないっす」
またハモったし。
仲良いかよ。
いや良くねぇよ。
「だって、せっかくYouTuber同士で同じシェアハウスに住むんだし、個別に活動してたらもったいないでしょ? もちろん、グループYouTuberとして始めたあとも個別でやるのは全然構わないけどさ」
「まあ確かに……」
それに、自分の可能性を狭めるな、ってどっかの誰かさんも言ってたしな。
確かにやってみる価値はあるかもしれない。
「まあまだ1人来てないし、それに朝から移動で疲れただろうしゆっくり休んでね。それに春休みの宿題もあるだろうし」
春休みの宿題……。
すっかり忘れてた。
でも俺には優先事項がある。
「そうしたいのは山々なんですけど、今毎日投稿期間で撮影しないといけないんですけど、それって大丈夫ですか?」
気になって質問するが、奥入瀬さんはもちろんと言って爽やかスマイルを見せる。
「もちろん平気だよ。このシェアハウス、一応防音は強化してるから叫んだりしなきゃ」
「分かりました」
奥入瀬さんは背伸びをすると、爽やかスマイルが少し崩れ、ため息をつく。
「大変だよねぇ、注目されるまでって」
「そうですよねぇ」
気になって2人にチャンネル登録者数を聞いてみるが、小沢は150人、奥入瀬さんは5万人。
俺は510人と、まあ底辺って感じだ。
奥入瀬さんがこの中で一番高いのはコラボしてたりもあるとは思うが、それでも5万人という数字はYouTubeというレッドオーシャンの中ではまだまだといったところだ。
「自分的には伸びるだろ、って企画に限って伸びないし」
「数分で出来ちゃうようなテキトーな動画が伸びたり」
「報われないっすよねぇ……」
3人ともに現実を見て机に野垂れかかる。
何度も思ってることだけどクリエイターの努力と消費者の嗜好は別物だからなんとも悲しいことだ。
自分では100点あげてやりたい企画とかも1000回再生で落ち着いちゃったり。
それを大物が後からやってると100万とかいっちゃうし。
大物YouTuberが俺のことなんて見てるわけないのに『俺の頑張って考えた企画パクらないで!』とかなっちゃうし。
特に俺は今までパクらないように努力してきたからこそそう思ってしまう。
その度に自分の理念なんて捨てちゃえればいいのに、とも思う。
「「「はぁ」」」
新年度から浮かばない顔立ちの3人だった。
夕飯はまだ担当も決めてないし、ということでピザを食べ、おやすみと言ってから数時間が経った真夜中。
「……」
防音とはいえ真夜中だし、凪との作業通話は辞めることにした。
暗めに電気を点けた部屋の中は、パソコンのスクリーンから出る光とも相まって少し不気味に感じるが、構わず編集を続ける。
マウスの音とキーボードへ打ち込む音だけが聞こえる。
そしてたまにスペースキーを押し、イヤホンから音が流れる。
「もうちょい……」
朝からの疲れも重なったのだろうか、栄養ドリンクの効果が薄まっているように感じるほど瞼が重い。
字幕の誤字脱字が目立つのもきっと眠気が襲い掛かっているからだろう。
──少し休憩しよう。
さっきから主張が激しい尿意もあることだし、トイレでも行くか、と片付いた自分の部屋のドアを開ける。
一応この部屋トイレはあるが、オーナーが言っていた通り、壊れてて修理中らしい。
幸運なのか不運なのか分からないところだ。
──どうせ寝ようとしたところで、初日から引っ越したばかりの家で寝られないだろうし、トイレを済ませたらまた編集しないとな。
とにかく毎日投稿して少しでも多くの動画を作って。
なんでもいいからバズってくれ……。
そう思いながら1階のトイレを目指して階段を下りていると。
「なんか聞こえる……」
ボソボソと喋っている声が僅かながら聞こえる。
聞こえるのは階段手前の2階の部屋。
俺の隣の部屋に位置する。
ここに住んでるのはたしか奥入瀬さん。
──ホントはこういうことしちゃダメなんだよ?
だけどやっぱり背徳感があるというかドキドキするっていうか。
興味本位で聞き耳を立ててみる。
すると数秒後。
「オオオオオオオオオォォォイィィィィなぁぁにやってんだよぉぉぉぉ」
とともに鈍い音が聞こえる。
台パン、だと?
「味方そこ落下すんの?? なんで? 何がしたいん? は?」
「……」
「おんま、……はいそこアンチ外おつぅ~。余計な足引っ張んなよ」
──触れちゃいけない世界ってあると思うんだ。
俺はそう自己解釈して階段を再び降りる。
FPSゲームで性格変わる人とか居るしさ、別に変なことではないと思うんだ、うん。
トイレでの内戦も無事終結。
「喉乾いたな」
冷蔵庫の中に確か麦茶があったはず。
キッチンへ向かうため、一度リビングに入ると。
なぜかとてつもない冷気が立ち込めていた。
神奈川の4月の夜ってこんな寒いのか?
いや、にしては寒すぎる。
「なんでだ……?」
俺は気になって冷気の源をたどる。
源は玄関から見てリビング左前の部屋。
……小沢の部屋だ。
「今度は何だ……?」
恐る恐る聞き耳を立てる。
「はい、ということでね、今回は!」
典型的な入り方。
これを聞くに動画の撮影中なのだろう。
「24時間冷凍庫生活! ということでね、今から24時間ここの冷凍庫に入ってね──」
「ちょおおっと待ったアアアアアアアァァァ!!」
慌てて石狩くん突入!
何が有名なYouTuberの企画のアレンジしただよ!
ただの自殺行為系YouTuberじゃねぇか!!
もう、さ。
俺たちのシェアハウスの同居人が狂ってるよおおおお!!
誰か、ヘルプミィィィ!!!!
俺のそんな悲しみの叫びが街中に響いた(比喩だよ?)初夜だった。
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