第5話 変人さんいらっしゃい

 4月2日。

 入学式まで1週間を切り、新入生は忙しい春休みを過ごしつつ、新しい学校生活に胸を膨らませる頃だ。

 少なくとも世間では。

「はぁ……」

 そんな中俺たちはなぜ新幹線に乗っているんだろうか?

 昨日も同じようなことしてたんだけどな。

 エンドレスエイトでも始まってるんじゃないかと疑いたくなる。

 ……こんな新幹線の下り8話もやってられるか。

「うおおお! 富士山だあぁ!!」

 純粋に外の風景を見て楽しんでいる者と。

「……」

「Zzzz……」

 飽きてる者と。

 小沢に関してはアイマスクとイヤホンを装着し、完全睡眠体勢。

 まあコイツは朝に昨日の件でこっぴどく勝也さんに叱られてたし、かなりキているのだろう。

 家賃に電気代が含まれているから無料で使い放題、とはいえ流石に電気代が半端なく高くなるしな。

 勝也さんの一方的な裁判により、7日間小沢が家事全ての担当となった。

 おかげで編集と宿題の両立が出来そうだ。

 俺の日常は誰かの犠牲のもと成り立ってるんだなぁ。

 当の小沢は絶望に陥って、

「もうこの家に帰りたくないよ……」

とか言ってたけど。

 その願いが1日だけ叶ったようでなにより。

「そうそう、ほんとよかった……」

「俺の頭の中を読まないで!? ──って、寝言か。……え、寝言?」

 小沢はまるで起きてるかのように返事をする。

 面白い小沢の寝言に付き合おうとも思ったが、睡眠障害に陥らせてしまう可能性があるので流石にやめておく。

 そこまで人格腐ってないし。

 そんな会話(?)を聞いて奥入瀬さんは無垢な笑顔を見せる。

「仲良いね2人は」

「旅補正かかってますよソレ」

 どこをどう切り取ったらそうなるのか分からない奥入瀬さんの感想を受け流し、編集を続ける。

 毎日投稿は4月1日まで。

 それなのにもかかわらず編集に追われる毎日だ。

 毎日投稿が終わったとしても、ここから学校生活で勉強や友だちとの交流で動画活動に割く時間は少なくなる。

 それに、これからグループYouTuberとして活動していくとなるとますます少なくなり、動画活動に充てる時間なんて皆無になる可能性がある。

 ゴールデンウィークまで動画をパタリと出さなくなれば、俺みたいな無名はすぐにまた埋もれていく。

 無名にとってYouTubeは泥沼と変わらない。

 それでもいつか這い上がって有名になっていくことを夢見ている。

 有名になるには何よりも耐久力が大事、というのが俺の持論だ。

「それ何の動画編集してるの?」

 新幹線はトンネルに入り、目のやりどころを失って退屈そうだった奥入瀬さんは俺のパソコンの画面を見つめる。

「激辛焼きそば食べてみたって動画です」

「へ〜、……辛いの得意なんだね」

「いや全く……」

 個人的には喉を焼き尽くされるほどの痛みで水さえ辛かったのだが、やはり他人から見ると真顔なんだろう。

 せっかくの激辛で辛そうにする表情とかを楽しみにしている人がいるのに、それがなきゃただの辛いの得意な人で終わっちゃうんだよな。

 これが無表情の欠点だろう。

 それを分かっておきながらその企画をやろうとした俺もバカなんだけどさ。

 だからといって毎日投稿の関係でボツになんか出来ないからその動画も上げるんだけどさ。

 奥入瀬さんも気まずくなって、再びトンネルを抜けて現れた外の風景を見る。

 ──ほんと、克服出来ればいいけどなぁ。


 「いや〜、まさか離島だとはね〜!」

「……」

 片道6時間の先にあったのは香川県小豆島町。

 瀬戸内海に位置する離島である。

 奥入瀬さんはフェリーから出てすぐ、肩に掛けた小さめのポシェットを揺らし、手を広げて走る。

 ア○レちゃんかよ。

「ナ○トだろ」

「だから俺の心を読むな」

 2人がそんな風に会話していると奥入瀬さんはチッチッチ、と人差し指を横に振る。

「禰󠄀○子だよ?」

「「知らねぇよ!!」」

 一体この3人の間でどれくらい世代差があるのだろうか。

 実は中身はおっさんなのでは? なんて思う。

 凪に言わせればバ美肉って言うらしい。

 ホントかどうかは知らないけど。

 あはは、と天使のように笑う奥入瀬。

 ほんとどこからその元気が来るんだよ……。

「もうここ住もうよ……」

 挙句の果てに小沢は泣きだすし。

「お~い、2人とも! 早く行くよ!!」

 先へどんどん進んでいく奥入瀬さんを抑えながら、泣きじゃくる新高1の小沢を連れて島内を歩く。

 俺が一番疲れてるだろうな、この中で。


 「ここだね」

 森に川、畑。

 そんな自然豊かな地にあるうどん屋。

 店の入口と見られる引き戸をスライドさせる。

「いらっしゃい」

 カウンターの奥に居た、割烹着を着たおばあさんが笑顔で挨拶する。

「好きな席座ってなー」

「あの、中津 茂さんってここに居ると聞いたんですけど」

「ああ、茂ね。待ってて」 

 そしておばあさんは奥の方へ姿を消す。

 わざわざ片道6時間もかけて今回訪れた目的。

 そう、シェアハウスに住むメンバーの最後の1人、中津 茂の捕獲である。


 話は遡ること今日の午前5時。

 小沢冷凍庫事件の説教が終わった後だった。

 小沢は一生を終えたセミのように床に横たわっていた。

「そういや、まだもう1人来るんですよね? いつ来るんですか?」

 宿題を終わらせようと奮起していた奥入瀬さんに、気になっていた疑問を言う。

「そう、それなんだけどね」

 奥入瀬さんは椅子を半回転させながらメガネを外す。

「本当は昨日石狩くんたちと一緒の時間に来るはずだったんだよ。だけど連絡がつかなくて」

「ドタキャンってことですか」

「さあ? だから事情を確認しに行かないと分からないんだよねぇ……」

 ただでさえ俺たちも1時間遅刻したのにもっと遅れる人なんて居るのか。

 一体何があったんだろうか。

 ん?

 ってことは……。

「──その人の家まで行かないと、ね」


 ──そんな経緯があり。

 中津さんの事情を確認すべく来たわけだ。

 おばあさんの反応を見るに中津さんはここに居るらしいし、あとはどういう事情なのか。

 しばらくするとおばあさんの怒りの声が聞こえ出す。

「茂!! ま~た変な絵ばー描いとって! あんたにお客さんよ」

「留守って言っておいて」

 こっちから聞こえてるんだけど……。

「はよ行ってきぃ!」

 数十秒後。

 おばあさんの後に連れられ、ようやく姿を見せる。

「……ども」


 「ん~美味美味」

 俺たちの前でうどんをテンポよく啜る男。

 長髪で片目が隠れているミステリアスな風貌。

 その雰囲気を一気に壊す、『愛』と真ん中に筆のような字で書かれた黒いTシャツ。

 彼が中津 茂だ。

 彼もまた高校1年生。

 俺たちと同じ歳である。

「ど、どうも……」

「……」

 コミュ力マシマシの奥入瀬さんが接触を試みるも反応なし。

 なかなか癖の強い奴が来たな……。

「うんめぇぇぇえぇ」

 隣にも変な人(小沢)は居るけどさ。

 さっきまで泣きじゃくってたのが嘘みたいだ。

 ……にしてもぶっかけうどん美味しそうに食べるなぁ。

 こっちもお腹が空いてくる。

「あのさ」

 今まで俺らのことなど視界にも入れてなかった中津さんは、突如俺たちの方を向く。

「男子に好きって思わせぶっといて告白されたときは『そんな気ないんだけど』とか言う女子どう思う?」

「……はい?」

 奥入瀬さんの上には?のマーク。

 ごめんね中津さん……、わけが分からないよ。

「そんふぁも2ひゃんねふでひつほんひたらひっぱいふぁいふぉうくれふよ」

 食べながら喋らないでくれ小沢くん。

 謎質問に謎回答で返された中津さんは、

「うむ」

とか言って満足そうに首を振っていた。

 それでいいのかな……。

 状況の打開に努める奥入瀬さんは必死に中津さんに話しかける。

「そ、そういや、絵を描いてるの? おばあさんから聞いたんだけどさ」

 奥の声が聞こえてたとかは敢えて言わないことにしたみたいだ。

 今度は奥入瀬さんの発言にしっかり耳を傾けて答えた。

「そう」

 話が広がんねぇ……。

 まるでいつの日かの石狩くんの自己紹介みたいだね。

 懐かしいね、1日前の話だけど。

 ……高校のときの自己紹介までに練習しとこ。

「な、なんの絵を描いてるの?」

 なんとか変人に食らいつく奥入瀬さん。

 ファイトです。

「エロほ……じゃなくて風景画」

 それ全く逆のジャンルだからな。

「風景画?」

 まるで前半の発言がミュートされたかのごとく奥入瀬さんは風景画に興味を示す。

 スルーするスキルが高いんだろう、なんてね。

 ……ごめんなさい待って×ボタンを押さないで俺が悪かったから。

「持ってくる」

 そう言って奥の方へ向かっていった。

 中津さんの姿が見えなくなり、奥入瀬さんは小さくため息をつく。

「手強い相手だね……」

「お疲れ様です……」

 もういっそのことこの3人でやっていった方がいいんじゃないかなんて思ってしまうが、奥入瀬さんは諦めないようで、景気付けに水を一気飲みした。

「ふぅ……」

「このまままた引きこもらないといいですけどね」

 そう話していると、すぐに中津さんは大きいボードのようなものを抱えて戻ってきた。

「これ」

 そしてボードを裏返しにして──。

「え……」

「なにこれ……」

 ──そこに広がっていたのは小豆島。

 だ。

 細部まで手を抜くことなく、人の手で描いたとは思えないこの色鮮やかな、しかし非現実的すぎない写実的な絵。

 いや、絵というよりもはや写真だった。

「こ、これ、自分で描いたの?」

「そ。絵の具で」

 中津さんが見せたのは、中学校でも使われている普通の水彩絵の具。

「すげぇ……」

 もうそれ以外に言える言葉なんてなかった。

「音楽もできる」

 そして真顔でダブルピース。

 ──マルチクリエイター。

 それが彼に似合う言葉だろう。

 こんな才能に満ち溢れた人に、俺は勝てる気がしなかった。

 でもこの人とコラボしたら、何か新しく自分に吸収できるものがあるかもしれない。

 そう思って俺は中津さんに思っていたことを聞く。

「なんで中津さんはこのイベントに参加しようと思ったんですか?」

 中津さんはしばらく考え込む仕草をすると、

「ネタ切れだから」

と言った。

 ……ん? ネタ切れ?

 俺のことかな?

「最近師匠から言われた。『風景一筋で行くのもいいことだけど他のジャンルも試せ』って」

「え、でも音楽もやってるんですよね?」

「音楽は師匠から教わってない」

「あ~」

 風景一筋だけじゃなく他のジャンルも、か。

 こんなすごい人とも共通点があるのかもしれない。

「でも風景はここしか見たことない。ずっとこの島で過ごしてきた」

「だから東京の方に……」

 中津さんは静かに頷く。

「パソコンで引っ越し先を探してた。そしたら迷子になって気付いたらイベントの応募ボタンを押してた」

「ネットサーフィンで迷子ってあんま聞いたことないんだけど……」

「だから、俺、オレ……」

 深呼吸して中津さんは割烹着のおばあさんの方を向いて叫ぶ。

「おら、東京さ行くだ!」

「あいよ、行ってらっしゃい」

 重い決意に軽い返事でおばあさんは手を振った。

 手慣れてんなぁ……。


 太陽も沈み、すっかり闇に染まった街の中を切り裂く東海道新幹線。

 3人席の向こう、2人席の廊下側の席に、1人いびきを立てて寝ている中津さん。

 窓側のサラリーマンの人が可哀想に見えてくる。

 でもこっちはこっちで。

「うどん、うどん、うどんスープ。う! う! Zzzz……」

「寝すぎだろ……」

 膝にまでもたれかかって爆睡。

 寝言とはとても思えないけどまあ気にしないでおこう。

 ……讃岐うどん食べたからだろうな。

 結局気にしちゃったけどさ。

「ようやくスタート出来るね」

 奥入瀬さんは朝とは違い、肘をついて顎に手を置き、過ぎ去っていく風景を静かに眺めていた。

「そうですね」

 思い返せば中3の夏、凪にイベントを教えられた日からもう半年以上が経っていた。

 自分の可能性を広げる。

 小沢が言った言葉を信じて高校受験に挑んだ。

 そんな長いようで短かった中3も終わりを告げた。

 ついに高校1年生。

 そして。

 ──ようやく、俺の動画活動が始まる。

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