第6話 どいつもこいつも

 「ああああ疲れたあぁぁぁ……」

「お疲れ」

 高校生活1日目。

 入学式を終え、怒涛の配布物とクラスメイトとのLIME交換ラッシュを乗り越え。

 長いようで短かった春休みを終えた俺にとっては身体に堪える1日だった。

 俺が家に帰る頃には、既に中津さんがリビングでゲームをしていた。

「早いですね」

「ダッシュで帰ってきた」

 初日から帰宅RTAしちゃダメでしょ……。

 中津さんが高校生活を謳歌できるかお母さん心配です。

「にしても、中津さんはバイト決めたんですか?」

「うん」

 ゲームから目を離すことなく中津さんは頷く。

 別にどう○つの森なら目を離しても良くないか?

「ゲームテスター」

 ゲームテスター。

 リリース前のゲームやアプリをプレイして、

バグや不具合が無いかチェックし、報告する仕事だ。

 ……え?

「まさかそのどう○つの森って」

「これは普通に遊んでるだけ」

「あ、ああね……?」

 紛らわしいわおい。

 にしても、ゲームするだけでお金が貰えるバイトを出来るなんて天職なことか……。

「一応さっきまでやってたけどあのゲームクソゲー。バグとかは無いけど登場人物の顔が城○内並みの顎の尖り方だし作画がもう死すべきなレベル」

「Oh……」

 マルチクリエイターの中津さんは髪を逆立てて怒りを露わにする。

 人によってはよろしくないバイトだったっぽいです。

 勿体ない。

 ちなみに俺は本屋のバイト。

 飲食店みたいに常に動き回る仕事は向いてないだろうしということで本屋を選んだ。

「ただいま〜」

 そんな会話をしているうちに小沢が帰宅。

「悪い、買い物してたら遅くなった」

「大丈夫、2分しか遅刻してないし。最初に比べれば全ッ然遅くない」

「マジでごめんて……」

 今日は初めてのグループで撮影の日。

 春休み中に撮りたかったが、バイトの面接や制服の受け取り、春休みの課題などなど、慌ただしくてメンバー全員の予定と噛み合わず、仕方なく今日に延期となった。

 15時から撮影なので早く帰ってくるように、と奥入瀬さんに言われ、今の時点で3人が到着。

「石狩は友だち出来た? 無表情でなんか困ってたりしてないか?」

 おかんかよ。

 さっき中津さんの母になった俺が言うのもなんだけど。

 いやなってはないけど。

「一応クラスLIMEのグループにも入れたし、席の後ろの人とも話したよ」

 とはいえ、無表情は直っていないが。

 自己紹介も練習した割にはどうってこともなかったし、特に目立った特徴もなかった。

 むしろ何かドジった方が目立ったのではないだろうか。

 ちなみに曲がり角でパンを咥えた美少女とぶつかるとかそういうことは一切無かったです。

 少女漫画のヒロイン一次選考には選ばれなかったみたい。とほほ。


 キッチンから食欲を誘う良い匂い。

 でもこの匂いって確か……。

「今日の料理ってなんだ?」

「ペヤ○グ!」

「……」

 今日も小沢が家事を担当。

 掃除とかゴミ出しは出来るが、料理がどうも苦手らしい。

 というかペヤ○グは料理じゃありません。

 外で思い思いに吹き荒れている強風で窓がミシミシと揺れる。

 太陽は分厚い雲に隠れ、暗くなり始めていた。

 ──まだ奥入瀬は帰ってこない。

 俺はLIMEから奥入瀬に電話を試みるが、『おかけになった電話をお呼びしましたが──』の繰り返し。

「今日が撮影日って言ってたよね?」

「ああ、確か」

 小沢はキッチンでうるさく鳴っていたタイマーのアラームを止め、カップ焼きそばを乗せたお盆を運んでくる。

「うおおぉああぁタランチュラァァァ!!」

「ほら中津さん、ご飯」

 子どもを嗜めるように小沢は言う。

 ……やっぱおかんやないかい。

「「「いただきまーす」」」

 3人で揃ってカップ焼きそばを食べる。

 ……いや美味しいんだけどさ。

「明日からバイト忙しくなるし、今日じゃないとキツイしなぁ……」

 小沢は引っ越しのバイト。

 今さら引っ越しする人もいるなんて大変だよなぁ。

 色々な事情があるんだろうけど。

「俺も明日から本格的にスタートだな」

 親から最初だけ仕送りを貰っているが、それ以上迷惑はかけられない。

 今後の生活費のことも考えると出来るだけシフトを入れないといけない。

 なので今日のうちに撮影を4本撮っておこうということになっていたはずだが──。

「これどうすんだろうな。3人で撮影始めるわけにもいかないし」

「だからといってこれ以上待ってても時間の無駄だろ。宿題やらねぇと……」

 カップ焼きそばをものすごいスピードで食べ終わった小沢は席を立ち、帰ってきてから置きっぱなしだったカバンを持つ。

「悪いけど食べたらシンクの上に置いてくれ。洗い物は後でするから」

 そう言って小沢はリビングを出て自分の部屋に戻ってしまった。

「……」

 いつもは静かなようで騒がしい中津さんも、食事中に喋ることは無かった。

 ただ焼きそばを啜る音だけが虚しく響いた。


 『もしもし〜?』

「もしもし、俺です」

『俺です、ってオレオレ詐欺じゃないんだからさ〜』

 そんなツッコミを入れながら陽気に声を弾ませる電話の相手。

 ──集合時間から5時間が経っていた。

「奥入瀬さん、今日集合15時でしたよね?」

『え、そうだったの? 悪い、忘れてたわ!』

 電話の奥は雑音が多くて奥入瀬さんの声が聞こえにくい。

 いえ〜い、といった声も聞こえた。

「奥入瀬さん、今どこに居るんですか?」

『ん? 今高校の人たちと横浜駅の近くにあるボウリング行ってるんだ』

「……いつ帰ってくるんですか」

『悪い! 今キリ悪いからこのゲーム終わったらで!』

 途中クラスメイトに話しかけられたようで、奥入瀬さんはそれだけ言って電話を一方的に切った。


 「いいぞ、もう少し!」

「ちょ、そのハメ技ズルくない!?」

 宿題を終えた俺と小沢は、彼の部屋の中でスマ○ラで対戦をしていた。

 ──ライブ配信をしながら。

 視聴者数は70人。

 コメントは──、なし。

 俺のチャンネルでコラボとして小沢が出演することにしていた。

 一応視聴者にはオフコラボということで小沢の家に泊めてもらっている、という体でやってはいるが別にそんなこと言わなくても良いぐらいの視聴数ではあるんだよな。

 いと悲し。

「よぉ〜し、俺の勝ち」

「ねぇ忖度しない?」

 そして何よりも俺が1回も勝ってないという事実。

 20戦以上はしてるんだけどなぁ。

 小沢はゲームを直感でやっているタイプだがまあ強いですこと。

 ゲーム配信をやればまあまあチャンネル登録者数も増えそうだけどなぁ、なんて思う。

 それで調子こいてガチ勢視聴者にボコボコにされてほしいという欲望も添えて。

「……もうやめるか」

「そうだな」

 全敗となって尊厳も何もない俺を気遣い、ライブ配信を止めてくれる小沢。

「このコラボで登録者数お互い増えればいいんだけどな」

 全敗した俺の登録者数がむしろ減りそうだけどね。

「まあ全員がお互いの登録したとしても1000人は行かないしね……」

 お互い現実を改めて思い知らされ、ため息をつく。

「ふぁあぁ……、眠くなってきた」

「俺も……」

 普段なら徹夜なんて朝飯前(なお授業中は寝る)な俺だが、流石に新しい環境に揉まれて今日は疲れ果てていた。

「中津さんは?」

「自分の部屋で寝ちゃった」

「風呂も入らずにかい……」

 相変わらず自由人だ。

 小沢の欠伸に釣られ、俺にまでうつった。

「俺先に風呂入ってくるわ。好きにしてていいよ」

「うん、いってらっしゃい」

 バスタオルとパジャマを持って出ていく小沢を見守る。

 彼の部屋に俺は取り残される。

 ベッドの下でも見てやろうかな、とも考えはしたが、そんな気力も図々しさも持ち合わせて居なかった俺は大人しく部屋を出て階段を上ろうとする。

 ──その時だった。

「たっだいま〜!」

 玄関から聞こえる、陽気な声の主。

 集合時間15時。

 ──到着時刻、22時。

 彼は笑顔でリビングに入り込む。

「いや〜悪いね石狩くん! ちょっと盛り上がっちゃってさ!」

 奥入瀬、……さんはこんな夜遅くに相変わらず大きな声で今日のエピソードを嬉々として話す。

「ねぇ凄いんだよ? 今日ストライク3つも出てさ〜! みんなから褒められちゃってさ! いや〜楽しかったなぁ〜!」

 いつまでも楽しそうに話す。

 ホントに楽しそうに。

「いやーすまないね! 遅れちゃったけど、今から撮影──」

「──さぞかし楽しかったんだろうな」

 もうそんな表情を見せられたら止まれなかった。

「もう中津は寝た。今日は無理だ」

「あちゃ〜、ダメかぁ、じゃあいつ撮ろうかね……」

 こっちの変化には一切気付かない。

「──もう遅ぇよ」

「……え?」

 拳に力が入る。

 なんでコイツは。

「俺たちはもうバイトも入れてるし手一杯。だから今日を除けばもうしばらくは撮れない」

「そんな……、じゃあ今すぐからでも小沢くんを」

 なんでコイツは……!

「──自分勝手なんだよ。奥入瀬」

「……!」

 もう、止まれない。

「こっちは7時間ずっと待ったんだ。それでも来ない。お前は言ったよな? 15時集合って」

 言葉の洪水が始まっていた。

「俺たちが待ってる間楽しそうにボウリングなんかしやがって。それで何が『いつ撮る?』だよ。ふざけんな」

 怒りも出てこない。

 出てきたのは軽蔑だった。

 度肝を抜かれ、奥入瀬は目を丸くしていたが、俺が全てを話し切った直後、目を細めた。

「──は?」

 細めた、そして目の輝きが失われた。

 彼がしたのは『逆ギレ』だった。

「『楽しそうにボウリングしやがって』……? ああそうだよ、楽しかったよ。新しい友だちとたくさん遊べてさぞかしね。友だち出来ずに動画撮ってるなんて可哀想な人だね」

 何言ってんだコイツ……?

 なんで逆上出来るんだよ、お前は。

「小沢とお前は1時間遅れ、中津に関しては1日遅れ。てめぇらがやったことを仕返ししただけだ。分かるか? こういう気持ちだ」

「ッ……!」

 ずっと根に持ってたってことかよ……!

「だいたい、こんな協調性の欠片もないグループで上手くやっていけるわけねぇだろ」

 もう隠す気なんてないのだろう。

 奥入瀬 衣吹は全てを曝け出した。

「あー馬鹿馬鹿しい。俺は登録者5万人。底辺とは違って1人で稼げんだよ。あんたらは仲良し身内ノリで底辺で彷徨ってれば?」

 ──最悪の一面で。

 そんな反撃に返す気など起きもしなかった。

 そこに居たのは自分の知っている奥入瀬ではなかった。

「俺はもうお前らの慰め合いに参加する気なんてない。勝手にやっとけ」

 奥入瀬はそう吐き捨てて階段を上っていった。

「はぁ……」

 ──せっかくここまで来れたのに。

 親元を離れ、期待と緊張を胸にたどり着いたこのシェアハウス。

「1回でいいから、皆で撮りたかったな……」

 本音が思わず漏れてしまい、手で口を押さえる。

「──そうだな」

 しかし、風呂上がりの小沢には聞かれていたようだ。


 「ほい、これ」

「サンキュ」

 小沢は自販機から出てきた缶の飲み物を下から投げ渡し、俺はそれを両手でキャッチする。

 外の壊れかかった電灯は、点滅しながらなんとか光を灯す。

 寿命も残り僅かだろう。

「ひぃ〜、さっみぃ〜」

 夕方から吹き付ける北風は、4月上旬とは言えない寒さを運んできた。

「頭も冷めるんじゃないか?」

「そんなジョーク言ってる場合か……」

 紅茶の入った缶のフタを開け、冷えた身体の内部にぶち込む。

 はぁ、とついたため息は白を含んで空気中に飛び出す。

「これからどうすればいいんだか……」

「とりあえず、朝になったら中津さんにそのこと言って、奥入瀬に関してはしばらく触れないでおくのが一番安牌じゃないか?」

「そうじゃなくて、動画活動のこと。このままだとグループで活動するなんて出来なくなるんだぞ」

「今はそんなこと考えても無駄だ。あいつのほとぼりが冷めるのを待つしかない」

 風が時折強くなり、どこからか飛んできたビニール袋が俺らの間を転がっていく。

「ごめん。あそこで俺が熱くならなかったら……」

「いいって。それに俺が1時間遅刻したのが悪いんだし」

 小沢は上に広がる星空を見上げる。

「──でも、その時言ってくれれば良かったのにな。そしたらしっかり謝ってもっと話し合うことだって出来たのに。あんなに溜め込んでるなんて思わなかった」

「……」

 こんなのタラレバの話だ。

 もう変えられない事実に後悔しているだけだ。

 

 更に悲しいことに、翌朝、中津さんも共にYouTube活動をすることを拒否した。

『こんな雰囲気でやってもインスピレーションなんて湧かない』と言って。

 中津さんはそれ以降学校以外で俺たちの前に出てくることはなかった。

 

 俺たちのグループには問題点がある。

 奥入瀬も、中津さんも、小沢も、そして俺も。

 調が無いんだ。










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