第7話 このままじゃ
あれから2週間。
中津さんはご飯の時間になっても出て来ない。
俺と小沢が交代交代でご飯を作り、2階の中津さんの部屋の前に置く。
まるで引きこもりのような生活スタイルだ。
でも学校には行っているみたい。
どうしてだろう、玄関に居た時なんてあったっけ? と思っていた日々だけど、昨日ようやくその理由が分かった。
「『サバゲーで本物の銃使ってみた』。いや捕まるか」
近くのスーパーで買い物をした帰り、商品をパンパンに詰め込んだエコバッグを振り回し、遠心力に身を任せる。
……捕まる以前に銃の輸入は出来ないことに気付いてほしいところだけど。
そんな戯言を言っていると。
「ん?」
シェアハウスへと続く階段を見上げる延長線上、排水管に掴まって器用に登る人が居る。
その正体は、側から見れば空き巣泥棒な中津さんだった。
「え、ちょ、中津さん!」
その声に気が付いたようで、一瞬後ろを振り向いたが、すぐに視線を戻して2階の窓から自分の部屋に入り込んでしまった。
なんてことがあったわけで。
小学校の校庭にのぼり棒とかあったけどこういう時に使えるのね、なるほど、なんて感心してる場合じゃないんだけどね。
「ってことで前回負けちゃったけど、今回は特訓してきたんで勝ちま〜す」
「お!」
今日も小沢とコラボ。
前回全敗したくせに、懲りずにスマ○ラで挑む。
俺のチャンネルで新たに始まったシリーズ、『100回後に勝つスマ○ラ対決』。
100回後とか勝つ気ないでしょ、とか、元ネタみたいに大爆死するんでしょ、とかそういうことは言っちゃいけない。
視聴者数は12人。
……大爆死かもしれない。
「じゃ俺カー○ィで」
「俺はス○ィーブで」
俺は画面の中央に表示された『READY TO FIGHT!』のボタンを押す。
本日は小沢くんに目隠しを着けてもらっています。
なので一切画面は見えません。
これで勝てなきゃもう無理なんじゃないかなって思う。
「ほっ、ほっ、ほいィ!」
「ここか?」
「えッ」
ZL、A、下、A、A、A、右に弾いてA。
カチャカチャと激しく動く小沢の両手。
まるで画面が見えているかのような手捌きでカー○ィさん見事にご臨終。
これを専用のコントローラーじゃなく純正のJ○y-C○nを使っているあたり才能に満ち溢れている。
小沢がコントローラーなんて使い始めたらもう産業革命だよ、革命革命。
「ねぇ」
「なんだ?」
「復帰ってどうやってやるの?」
「……」
呆れられました。
初心者に優しくないぜ、全く。
結局この後も全敗をかましたとさ、わろしわろし。
「さて、風呂でも入ろっかな」
「あ、いや。奥入瀬が今入ってるから無理だ」
「んだよ、ったく……」
立ち上がった小沢だが、その話を聞いて不満そうに再び座り込む。
──奥入瀬は自分の生活習慣を押し通している。
ご飯は別、風呂は自分の時間、夜遅くまで家には帰ってこない、家事はボイゴット、おまけにトイレの便座は上げっぱなし。
……いやトイレの便座は別にいいでしょ、とか思ってる?
ダメだよ、ウイルスとか細菌が飛び散っちゃうんだから、不衛生だよ。
……俺がこの前便座上がってることに気付かず座ったら冷たくてビビったとかそういう話じゃなくてだね?
とにかく、奥入瀬は俺らの中では『成功者』の類だ。
YouTubeチャンネル登録者数は5万人。
収益化済み。
リアルでも友だちと夜までパーリナイ。
それに比べて俺たちは?
YouTubeチャンネル登録者数1000人以下。
収益化条件満たさず。
リアルではバイトに追われる毎日。
今奥入瀬に俺らとわざわざ絡むメリットはない。
もうこのまま3年間を過ごすことになることだってあり得る状況だった。
じゃあなぜ奥入瀬はこのイベントに参加したんだろうか……?
世間でいう幸せの休暇、ゴールデンウィーク。
新しい環境に揉まれ、精神的なダメージを喰らった人に与えられた
さらに家族にとっては祖父母の家に帰省するタイミングでもあるから新幹線が満席状態になるわけだ。
まあつまりはそういうことで。
『次は〜大宮、大宮です』
俺たち仙台民もその一部ということだ。
もう何回新幹線乗ってんねんって感じだよね。
全ては中津さんのせいだと思うんだ。
その中津さんも帰省で一旦香川の小豆島へ帰ったようだ。
周りの座席も満席。
多くの親子がこれからの旅路を想像して楽しんでいた。
「にっ○んぼー、名前は知ってるけどー」
そんな中、頭脳は子ども、身体は大人な小沢くんは今日もおねんねタイム。
これも見た覚えある。
進○ゼミも驚きのアハ体験。
ただの宣伝タイムにしか見えないよこれ。
あと絶対起きてると思うんだよね。
試しに一言。
「あUFO」
「どこ!?」
信じる人居たんだ……。
どうせサンタさんも信じてるんだろうなぁ。
(※フィンランドには居ます)
せっかく小沢を起こしたので、とりあえず一般的な話題をふってみる。
「家に帰ったらどうすんだ?」
「う〜ん……。シェアハウスと違って好き勝手できないしな〜」
「好き勝手のところに冷凍庫24時間生活は入れないでくれよ?」
「え、ダメなの?」
ガチ? 正気? みたいな顔でマジマジと見られる。
いや俺がそう言いたいよ。
「そりゃそうだろ。電気代いくらかかると思ってんだ」
「俺の命の心配はしないのね……」
「そりゃしたところで、ねぇ?」
「ちぇ」
口を尖らせ、リクライニングシートを後ろに倒す。
「ママー、テーブルが〜!」
その被害を被った後ろのファミリー。
おかげで子どもが泣き始めてしまった。
後ろに許可を取れってあれほど……。
一通り謝った……、いや、謝らせ、子どもを泣き止ませた(小沢が飴を渡した)ところで話は再び動画の話に戻る。
「編集の勉強とかしたらどうだ?」
「まあしたいのは山々なんだけど……、パソコン持ってねぇしな」
「そうなんだ」
パソコンを持たない若者が増えてきたか、もうそういう時代かぁ……、おじさんびっくりだよ。
「別にスマホでも出来るぞ? 性能はアレだけど」
スマホ版でも編集は一通りできる。
けど高度な編集をしようとなるとパソコンの方が優勢だ。
事実、多くの有名YouTuberはパソコンで編集しているわけだし。
「いや〜、でもスマホはソシャゲで容量が……」
「何入れてるんだ?」
「放○少女、おねがい○長、ブル○カ、アズー○レーン、NI○KE──」
「なんでそんな偏ってるんだよ……」
少なくとも健全な高校生とは言えない。
前まで同人誌すら分かってなかったくせに、いつの間にこんな染まっちゃって……。
「ただいま〜」
久々の我が家。
普段ならなんとも思わないこの家も、違う家に住んでからだと安心感がある。
玄関に入ると、そのまま座って寝そうになった。
家に帰ってきたのが分かったようで、足音が近付いてくる。
この足音はたぶん──。
「お、お帰り睦月! 久しぶりだなぁ〜!!」
ビンゴ。
父は俺の身体を力強く抱擁する。
……凄く酒臭いのはさておき。
「どうだ? やっぱりシェアハウス生活って大変か?」
「そうだね。人間関係もちゃんと気を付けないといけないし」
「そっか〜、大変だよなぁ〜」
父まで俺の横に座ってきた。
2人して玄関に向かい合って何してんのって思われそう。
「あれ、そういえば母さんは?」
「あー、母さんな……」
父は少し上を見上げ、ふぅ、と息を吐く。
「睦月、実は母さんはな……」
「うん」
「──ママ友と旅行行ってる」
「そんなことだと思ったよ」
相変わらず父は陽気というか無邪気というか。
横でガハハッと笑う父。
ワ○ピースで出てきそうな笑い方だな……。
「どうだ、これから父さんと昼ごはん行かないか?」
「あー、ごめん。そうしたいところだけど実は──」
「久々だなー、ここも」
いつぞやに来た駅前のハンバーガーショップ。
夜の時とは違って日光が入り込み、明るい店内に、俺、小沢、そして凪が集結。
「中学校顔見せに行かないのか?」
「いや、別に俺が行ったところで覚えてる先生少ないだろうし」
よく居るよね。
誰か分からない先輩が自分の部に来て『うわ〜なっつ〜』とか言って絡んでくるの。
あれマジで誰か後輩も分からないし勘弁してほしいよね。
ああいう人に限って中学校時代は……。
「そいやな、昨日の配信で俺の推しがアルバムCD出すって発表してな! いや〜! たぁぁのしみぃで仕方ない! リアイベも来るらしいしたまんねぇ〜!!」
ウキウキしながらさっきと全く違う話をし始める。
一般通過オタクは黙っといてね。
「にしても2人が仲良くなるなんてそんな世界線あったんだな」
「俺も意外だよ」
俺のことなんだと思ってんの? とツッコもうともしたが、自分もそう思っていた。
それまでは野球部の坊主の人で終わってたが、今となっては遅刻野郎だしな。
……あれ、評価落ちてない?
「どうなんだよ、シェアハウス生活は」
「おんなじことさっき父さんにも聞かれたわ……」
まあシェアハウスなんて普段経験しないことだろうし、気にはなるか。
「マジで大変だぞ。人間関係壊れたら最悪よ最悪」
「そうそう」
経験者2人が頷いでいると、凪は首を傾げる。
「え、お前んとこ、グループで活動すんだろ? 平気なの?」
「「だから困ってるんだよなぁ」」
「さっきから息合うな2人」
「「合ってない!」」
そんなこと言うから余計ハモるじゃん……。
「俺そういうの好きだからいいよ。仲良くなったV同士のハモりとか良いよなぁ」
「お前高校なってキモさ増したな」
なんというか、高校デビューとも言い難いなにかが起きたんだろうな。
デュフとかそういう笑い方にならなければいいけど。
「ってか、ほんとどうすんの? シェアハウスで無料で住ませてくれてんのにグループで活動しないって。そんな甘々で良いのかよ」
「ま、そうだよな」
凪の言う通りこれじゃあ虫が良すぎる。
きっと、何かしらの手が入る気がする──。
***
「──ということになってまして」
「……ふん」
横浜市鶴見区の山の奥。
部屋の窓からは鶴見の市街地が一望できる。
彼は煙草を吸い皿に押し付け、再び口元に寄せる。
「──で、なんで今俺が出ないといけねぇんだ」
「い、いえ。今の状況が続くとこの計画にも支障が出るというか──」
「──知らねぇよ。チビのしょぼい喧嘩を収めるために来たんじゃねぇんだ」
「そ、そうですか」
交渉人、奥入瀬 勝也は汗をハンカチで拭う。
「ったく、誰のおかげで無料で住ませてやってると思ってんだ。無料ほど怖いものはないって親に教えてもらってねぇのか?」
勝也が差し入れに持ってきたチョコを男は一口で食べる。
「いいか、俺が育てたいのは一流のYouTuberだ。生半可にやって炎上したり失踪してる二流は用無しだ」
「しかし、このままじゃ何も……」
「アイツらの事情は知らねぇが、適当にその場凌ぎでやってる馬鹿に発破をかけろ」
「でもどうやって……」
「ったく、これだから最近の大学生は。受動的で動けねぇ使えねぇやつばっかだ」
そして男は煙草の煙を吐く。
怪しげに光った目のハイライトを輝かせて。
「──いいか。こう伝えろ。この高校3年間でグループチャンネルで100万人行かなければ300万円を払ってもらう、とな」
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