第8話 布教ついでの手がかり
「で? またこのファストフード店に来た意味はあるのか? またなのか?」
母はママ友と旅行、父は山形のほうにキャンプへ。
家内で一人取り残された俺は仕方なく小沢と凪の2人と行動を共にしている。
そんなことで訪れた駅前のファストフード店は昨日に引き続きガラ空きだ。
みんな別の場所に遊びに行っているのだろうと思うと同時に、俺らはGWになんでこんなところにたむろっているんだろうとため息が止まらない。
というか息子に1ヶ月ぶりに会うのに両親共に旅って。
相変わらず家族愛が薄いというかなんというか……。
いや別に俺は良いんだけどさ?
にしても。
2日連続でガラ空きの店内に居れば当然のことだが。
「ねぇ、またあの3人来てるよ」
「店長曰くこの店の最長滞在記録らしいよ」
「へぇ〜、暇なのかな」
カウンターの奥で密かに聞こえる会話の一部始終。
自分の聴力が良いことを後悔する。
いや人並みだとは思うけど。
にしてもずっと店内に居るのは迷惑だろうな。
だが――。
「今回はですね! 特盛の牛丼を一口で食べていこうと思います! はい、トッピングも無し、卵も頼みません!」
一番の迷惑ポイントはこいつだと思うんだよな。
無許可で店内を撮影し、大きな声でスマホのカメラに向かって視線を送る小沢。
こういうやつがバイトテロとかするんだろうな。
全くこれだから現代人の承認欲求はうんぬんかんぬん……。
というかここは牛丼屋じゃなくハンバーガーの店だからな?
ああもう、ツッコミが追いつかないっつの。
そんなことよりバイトと思われるさきほどの女子高生2人が地球外生命体を目撃したかのような目付きで見始めたので、慌てて氷を小沢の口にねじ込む。
「ふぉんなほっきいのはひらないよ♡」
「あーはいはい」
そんな言葉どこで覚えてきたんだか……。
「にしても、凪はまだ来ないのか?」
「……そいやまだだな」
氷を噛み砕き終えた小沢はLIMEを開いて通知を確認。
そして俺にスマホの画面を見せる。
そこに凪の『もう少しかかる、悪い』と3分前に一言。
俺にそのメッセージが届いてないあたり小沢の方を大切にしているんだろう。
でも2位でもいいじゃない。
いや別にあいつの1番になりたくもないけど。
メッセージを見てすぐ、自動ドアが開く無機質な音が響く。
ってことは凪か。
「よ、遅かったななg──」
左手を上げながら後ろを振り向いたとき、ナニコレな光景が。
「え……」
小沢も俺に続きフリーズ。
お使いの端末は正常です。
だって。だってだって。
「こんちゃ」
白い無地のTシャツに黒いジャンパー、そして青いデニムを着た人は──女子だった。
こ、今作初の女性キャラ、だと!?
(※親は除く)
しかも、凪の隣に……!
いやいやね、まさかね。
「そ、その人ってまさか──」
「普通の友だちだ」
「友だち!?」
テーブル席に並んで座っていた俺と小沢は思わず同時に立ち上がる。
こっれは事案ですねぇ〜、危ない匂いがぷんぷんしますねぇ〜。
「
凪の隣に居る彼女、──白鳥は右腕を少し上げて気の抜けたゆる〜い挨拶。
声も低めというか、落ち着くというか、ダウナーというか。
テンションは凪も白鳥も低いようだった。え、事後?
「てことだ」
「いや、てことだ、じゃねーよ。なんでお前が女子を連れ回してんだよ」
「暇だったから」
「それ理由の説明になってねぇよ……」
それなのに凪は『え、分からないの?』と言わんばかりのぽかんとした表情を出す。
ぜひもう一度中学校で国語の勉強をやり直していただきたい。
「えなに彼女さん? 見せつけたいの? 俺らに?」
元野球部エースでキャプテン、普通なら彼女ができてもおかしくなさそうなポテンシャルを持っていた人生転落しくじり男小沢はすっかりやさぐれていた。
そういうとこだぞ小沢。
俺もそう思う。
しかし白鳥は俺たちにも分かるほどあからさまに顔を歪ませる。
「こんな男と付き合うなんて死んでもないね。来世でも嫌」
「俺もこんな愛想もない女と付き合う気なんてまっさら起きないね」
「あ〜あ、だから嫌なのよ、あんたと歩くの……。勘違いされるから1kmは距離空けて」
「じゃあ俺はリモート参加になるな」
「そうよあんたの好きな二次元の世界へ行ってらっしゃい」
俺たちの前でいちゃこら──もとい言葉のナイフの刺さり合いが繰り広げられる。
道徳で暴力はそのうち治るが言葉は心に一生残る傷って聞いたことがあったが(だったら暴力なら良いのかとかいう揚げ足を取る奴は放っておいて)、この2人は一体短時間でどれほど傷を付けるのだろうか。
「Oh……」
凪のことを妬んでいた小沢も思わずこの一言。
「なあ」
「ん? なんだ?」
ナイフの刺し合いをしていた2人を一度止め、聞いてみたかったことを聞いてみる。
「2人って仲悪いよな」
「うん」
「そうだな」
2人ともその点は頷く。
「中学校は同じでは──」
「ない」
「ないな」
そこも2人は同意する。
まあ同じだとしたら白鳥をどこかしらで見ているはずだしな。
「じゃあ2人はいつ知り合ったんだ?」
「そうね……確か3年前のことだっけ──」
白鳥は頭の中の記憶から思い出しつつ経緯を話す。
話の概要はこうだった。
元々凪と白鳥には共通の推しが居た。
和を基調とした衣装や配信画面、そして同性をも惹きつける可愛らしい声が特徴の女性Vtuber。
彼女は念願の登録者10万人を記念してリアイベを開催し、そこで知り合ったのがきっかけとのこと。
「ツバキちゃんはそれから突然失踪しちゃって、今どうなってるかも全く分からないんだ」
「企業勢だったんだけど、運営も消息が分からないって発表された」
凪と白鳥は交通量の多い大通りをぼんやりと見つめる。
どこか懐かしいような、悲しいような。
そんな思いを含む瞳で。
中学1・2年生では凪とクラスが別だったのでその時のことはわからない。
ただしばらく学校に行けない時があった、と近所の友だちから母は聞いたらしい。
だが中3の始まりには既にクール(澄まして馬鹿にしているだけ)でモテる(見る目が腐ってる)凪が存在していたから特に気にしてはいなかったが。
「だから俺は『推しは推せる時に推せ』って言葉を信じて推し活をしてる」
凪が今推しているのは『神田よしの』という個人勢Vtuber。
歌唱力がとても優れているということでオリジナルの曲を出しているが、FPSゲームは苦手。
ほぼ毎日のように凪が話すのですっかり基本情報が叩き込まれていた。
でもそう言うと、
「いやお前それでわかった気になってんじゃねぇよ」
とお説教&布教コースになってしまうので要注意。
校長先生の言葉より長いよ。
「私は……、むしろ逆かな。初めは現実から逃れるために違う人の配信も見た。でもやっぱり、ツバキちゃんの配信が一番好き。失踪してこのまま居なくなってしまっても、私は推し続ける」
共通の推しでも考え方は対極。
新たな推しを見つけて推し活を続ける凪。
失踪した推しを推し続ける白鳥。
その考え方の違いが2人の仲を遠ざけた理由なのだろう。
とはいえまだ話す仲ではあるらしいが。
「まあそういうことで、コイツの推し活を手伝ってあげるってこと」
「リアイベではグッズ買いまくるぞ〜?」
「チッ」
熱を上げて声のトーンが高くなる凪と、そんな姿を見て冷ややかに舌打ちをする白鳥。
……裏側を知らないとどうして話せるのかホントに謎だろうな。
「んでだ」
凪がこほん、とあからさまに咳をついて注目を浴びたところで話し始める。
そして凪は珍しく頭を下げる。
ほんっっっとに珍しく。
「お願いだ」
「断る」
「しっかり話を聞いてから決めろ」
嫌な予感がして即答したが嗜められる。
どうせ聞いたところで拒否権なんてないくせに。
「よしのんのリアイベに来てくれ」
「断る」
「わかったありがとう」
ほら見たことか。
付き合いが長いと展開が読めちゃうんだよ。
これだから腐れ縁は……。
俺も幼馴染でお隣の女の子といちゃいちゃしたい人生でした。ぴえん。
「……これって」
「そうだ、あの大人気グループYouTuber、『あつあつステーキ』のファンミーティングのチケットだ」
テイクアウトの客もおらず、閑古鳥も鳴きたくなるこの店には俺らの声だけが響く。
さっきまでひそひそ話をしていた女子高生2人はスマホを弄っているらしく、音楽とともに笑い声が聞こえた。
なんとなく何をしているかは察したけど特に触れないでおく。
あつあつステーキは5人組のグループYouTuberで登録者120万人。
俺たちの目指す100万人に近い登録者を持っている『後輩』だ。
それもそのはず、一人一人の個性を出しつつ、チームワークに優れ、ファンを虜にさせる面白さを武器に1年半で100万人まで漕ぎ着けた、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
好きなYouTuber総選挙でも10位以内にランクインしている、まさに今絶好調なインフルエンサーである。
「こんな大人気YouTuberのチケットをどうして……?」
「よしのんのチケットの隣にあったからな。これならお前らを釣れるだろと思って」
そんな売り切れ続出のチケットをなんでこんな釣り道具としか思っていない奴に渡ってしまうんだろうか……。
ファンの人たちごめんなさい。
実質こいつも転売ヤーでいいです。
「ここに4人分のチケットがある。開催はしあさって。これを見てグループYouTuberの成功の秘訣を発見するんだ」
「なるほどな……」
多分後から考えたことではあるだろうが、俺たちにとって看過できないことである。
よりチームワークを強くするために。
俺たちの課題を解決する手立てになるだろう。
「だが一つ条件がある」
凪はそこで口元を上げ、目を怪しげに輝かせる。
「なんだ?」
「明日のよしのんのリアイべに来てくれ」
結局最後は布教に至るオタクくんだった。
そして翌日。
鳥の囀りとタイマーの音が、俺の意識を起こさせる。
ぼんやりとした意識と視界の中、うるさいタイマーを止め、10秒数える。
そして0になったタイミングでのんびりと身体を起こし、横にあるカーテンを開ける。
東から昇る太陽の光が部屋の中に気持ちよく差し込み、1ヵ月ほど放置していた部屋の埃が結晶のように輝く。
部屋を出て手すりを右手で持ちながら階段を降り、たどたどしい足取りで洗面所に向かい、鏡と向かい合う。
「寝ぐせは……、無いな」
自分の寝相に満足し、洗顔をしようと身体を屈める。
その時だった。
「まじでごめん」
朝からスマホを片耳にあて土下座する俺。
普通の通話だから土下座してても鼻ほじっててもバレないのにね。
『……』
電話相手の返事は返ってこない。
俺はすっと息を吸って、そして告げた。
「ぎっくり腰になって今日は行けない」
『死ね』
冷たい一言で電話は切れた。
さっきまでテンプレみたいな良い文章だったじゃ~ん!!
感動返してくれよぉ~!!!!
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