第28話 始まる僕らのリスタート
「到着が遅くなって申し訳ございませんでした」
タクシー運転手が謝り倒している所を、俺たちは笑顔で止める。
「いえいえ。急いでないので大丈夫です」
「お陰で昔話も出来たし、ね?」
「ね? じゃねぇよ……」
……根こそぎ聞かれた1人を除いて。
シェアハウスに着く頃には奥入瀬と吹野の邂逅についての全容は知れた。
雨は俺たちを追うように降り続け、排水溝は機能の限界を迎え、水で埋まりつつある。
タクシーとシェアハウスの玄関の間を走り、服をなんとか最小限の濡れに抑える。
「──お、帰ってきた!」
「ただいま」
「奥入瀬も帰還してる」
「……おうよ」
「え、吹野さんも居るんすか!? マジかよ!! サインください!」
「おやおや、ファンの人が居るなんて嬉しいね」
玄関の外と中で会話を交わし、一時賑やかなムードに。
しかしそんな時間はすぐに消え去る。
「用意は終わってる。やるなら早めにやっておけ」
「そうですね。内容だけど、前に俺が言った流れ、主に普通の生配信と変わらない形式で。無理に炎上について触れる必要はない。触れるなら最低限で。これ以上火を広げないようにしよう」
「僕は見ているだけで良いんだっけ?」
「ああ。そのつもりだ。少しでも俺たちの雰囲気を感じ取ってほしい」
「……分かった」
そして俺たち4人はカメラへと視線を向けた。
***
「はい、ということで始まりました。当チャンネル初の生配信となります」
「3000人も来てるな」
「やっば!」
「チャンネル登録者よりも多い」
「よ、良かったらチャンネル登録もよろしくね!」
確かに吹野の生配信ほど視聴者が多い訳ではない。
ただ、前回と今回では俺の周りの環境が違いすぎる。
汗を不自然なほどかいているのが自分でも分かる。
「今回だけど、ネット上で噂になっていることについては今は一度グループの空気というのを味わって欲しいんだ。そうすることで、メンバー間の関係とか雰囲気も知ることができると思う」
「ってことで、まずは質問コーナーとかでもしてみようか!」
空元気とも言える威勢の良い声を上げた時。
『は?』
『先に説明しろよ』
『逃げるな』
「……ッ」
炎上という言葉が、俺に重くのしかかる。
「いぶきんぐ? 大丈夫か?」
「……うん、平気」
「貧血対策には鉄分摂取が大事」
「……」
『君のせいで玲くんにまで迷惑被ってるの分からないの?』
ああ、そうだ。
吹野にはファンが居るのだ。
1人1人に大切に接したから。
反対に俺はファンを愚痴のはけ口に使い、不快な気持ちにさせてしまって。
俺たち2人の間の絆は、数年のうちに全く違う方向性へと繋がっていた。
自分で撒いた油に燃え広がった炎は、目の前で大きく広がっている。
俺に覆いかぶさって、俺の分の酸素まで吸い取ってくる。
息が苦しくなる。
「どうする? このままだと収拾がつかない。──リーダー。ここからは託す」
もう、覚悟を決めるしかない。
灼熱地獄の炎の中に入るという覚悟を。
「――俺は!」
「いぶきんぐくん、こんにちは」
「なっ!?」
そこには、とっくのとうに覚悟を決めた吹野の姿があった。
「な、なんでお前が入ってくんだよ」
「静かに。衣吹くんは今から『突然吹野玲が入ってきた』という想定で芝居をしてほしい」
突然小声で耳打ちしてくる吹野。
「へ?」
「じゃ行くよ。はい」
と思えばもう横に奴は居なくて。
「どういうことなんだよ……」
予め石狩と吹野が組んでたってことなのか?
訳も分からない状態だが、カメラが回っている以上、下手に動いていられない。
ここは吹野の指示通り演技するのが安牌だろう。
何ヶ月かで磨いた付け焼き刃の演技力を発揮する時だ。
「……え、吹野? どうしてここに?」
「今日は『話題沸騰中! 高校生YouTuber4人組に突撃!』の撮影に来たんだ。あらかじめ撮影のスケジュールは君たちのマネージャーさんに押さえているよ。まずはそこの席に座ってくれないかな」
「分かった」
そして4人がテーブルの前の椅子に座る。
「ということで、改めて。現在話題沸騰中の高校生YouTuber集団、『ごちゃまぜカルテット』の皆さんです。まずはこちらから紹介をさせていただきます」
吹野はスムーズに紹介をしていく。
「冷静なツッコミで動画に安定感を見せる無表情、ほとけさん」
「無表情……」
「いつも元気底抜け、視聴者を明るくさせる精神年齢小学生、脳筋太郎さん」
「おいおい、精神年齢は成人してるって!」
「現在漫画家デビュー直前。ミステリアスな服装と発言で面白さを際立たせる隠し味、かみ。さん」
「漫画は9月連載開始。詳細は自身公式Tkutterにて。あとついでにフォロー頼んだ」
「そして最後。多種多様な3人をまとめ上げるリーダー。YouTubeにかける情熱と毒舌は人一倍。いぶきんぐさん」
「……どうも」
何処か棘がある紹介になったが、少なくともファンにはイジりとして成り立っているようだ。
「では早速、質問コーナーをしていきたいと思います。──まず、このグループが結成されたきっかけとかはありますか?」
「はい。個人で活動している高校生YouTuberたちがシェアハウスに集まってグループとして活動しよう、というネット上の広告を投稿したのがきっかけで。そこから3人が応募してくれましたね」
「なるほど。ネット上の広告がきっかけ……。なかなか珍しいね」
そこからは個人を中心に多くの質問がされた。
メンバー間で最初に抱いたイメージや、今どう思っているか。
動画に関してこだわりはあるか。
普段は誰が編集しているか。
淡々と回答していくうちに、コメント欄の批判や荒らしのコメントが鳴りを潜めていたのが分かった。
ふいに吹野はとあるコメントを拾った。
「『玲くんといぶきんぐさんって仲良いんだよね。何がきっかけなの?』。 う~ん、実は今は仲良しではないんだよね」
俺は、今ここで言ってもいいのか、と驚きはしたものの、事実ではあるので柔らかい口調で肯定する。
「……そうだね」
「小学生の頃、僕は子役として活躍してて天狗になってしまっていた。それが故に君を傷つけるような言動をしてしまった。申し訳なく思っているよ」
「……ああ」
そうか。
あいつも自分に負があると思っていたのか。
本当にどこまでも聖人になりやがって……。
「今でこそ多くのファンの人から応援してくれているけれど、僕は本来そこまで褒められるような人間じゃない。人として至らぬ点や出来ないことだって多い」
「吹野……」
「正直、僕は君のことが嫌いだ」
「――は?」
そう思い切っていた矢先での突然の吐露に、思わず声が裏返る。
「君は小学生の時から人を楽しませるのが得意だった。面白い遊びや企画だって考える。僕は人が考えたことに乗っかることしか出来ない。今の動画だって多くの人が使っている企画の使いまわしに過ぎない」
「……」
「僕は1を100やそれ以上にすることができる。けど君は、0から1を生み出すことができる。それは誰もが出来ることじゃないんだよ。そんな才能が、僕は羨ましい」
「まさか俺とコラボしようと言っていたのも、それが理由?」
「ああ。僕と君が合わされば、0を100にすることができる。そんなことができるとするならば、どんなに楽しいだろうか。そう思っていたところで、君がこのグループで100万人を目指すと言ってね。──嫉妬したよ。こんなあべこべなグループで活動するより、よっぽどこっちでやる方が楽しいだろうに、って」
今まで見えなかった吹野の裏側。
そんな人間のリアルがようやく見えてきて、少しほっとする自分が居る。
ずっと共にいたあいつが離れていくのを寂しくも思っていたから。
「けど、このグループでやりたい理由が分かった。魅力が分かった。羨ましいけど、奥入瀬君はこのグループであるべきだ」
「――ああ」
吹野は、左手を差し出してくる。
「これからはライバルとして切磋琢磨していきたい。良いかな?」
「もちろん」
その手を強く握る。
これでようやく、仲直り。
ここからは火消しの時間だ。
「皆さんに、そしてグループの皆に謝らせてください。現在インターネット上で上がっている件について、私がグループの皆に過酷なスケジュールや企画を強要し、体調を崩してしまった人が居たということは事実です。私の身勝手な行動により皆に迷惑をかけてしまったこと、深くお詫びします。本当に、ごめん」
カメラに向かって。そして横に居る3人に向かって。
俺は深く頭を下げる。
今までの行いは謝罪だけで収まるものではないと分かっている。
それでも、その意だけでも伝えたい。
しかし、目の前の石狩は冷静だった(常にそう見えるが)。
「俺は納得できる。吹野を意識して焦っていたことは分かっていたし」
「僕を? なぜ?」
「そういえば言ってなかったっけ。俺たちはチャンネル登録者100万人を目指してる。だからいぶきんぐの友だちである吹野が100万人に近付いていくたびに焦りを感じて投稿頻度が上がっていたんだ」
「なるほど、それが理由で……」
「……」
「悪かったな、そんな理由で燃えて」
「いや、可愛らしいと思ったよ。子どもみたいで」
「おい、舐めてんのか吹野。こっちが頭下げたからって図に乗るなよ」
「おやおや、いつもの仮面がはがれてるけど良いのかな?」
「この際どうでもいい。正直言うけどお前その口調全然合ってねぇからな!」
「君のその猫の被り方も不自然だけどね。明らかに裏が見えていて笑えちゃうね」
「んだとこのヤロー」
「お、勝負かい?」
こうして皮は外れてしまったけど。
『こっちのいぶきんぐの方が好きかも』
『人間らしいな』
『これからも頑張ってね』
素の俺が受け止めてもらえるなら。
もう仮面を被ることなんて要らないな、と思った。
『ところでいぶきんぐの本名奥入瀬って言うんだw』
「ん? なんでそれが──」
「そういえば、さっき吹野いぶきんぐのこと……」
「あぁ……」
結構ガチめに頭を抱えている吹野。
「──ッ!」
それを見て事態の深刻さを理解する。
「ふぅきぃぃのおおおぉぉォォォォ!!!」
「本当にごめん!!」
***
「――らしいけど、どう思うかしら」
「序章で結構長めのキャラクター掘り下げしてて中だるみしてるのが見受けられると思われ」
「ま、い~んじゃねぇの。ライバルってのは燃えるしな」
「みんな、そこを聞いてるわけじゃないと思うな……」
「ええそうよよく言ってくれたわね、そしてよくあたしが考えていたツッコミを奪ったわね。後で覚えておきなさい」
「フォローしたのに……」
「と、いうことで。彼らは仲良しこよしでおままごとをしているようなキッズちゃんたちだけど、私たちはエリィィィィート集団。実力派で上がってきた最強集団。今なら吹野玲なんて余裕よ。よ・ゆ・う☆」
「そうやってフラグ立ててると雑魚キャラと見なされるよ。同人誌だと即落ち2コマで犯される」
「やめなさい全年齢対象なんだから」
「良いから早く言いたいことさっさと言えば?」
「……。いいかしら。私たちの出番が来たのよ。吹野玲とごちゃまぜカルテット共々踏みにじんでトップに降臨する時が!」
「要するにこれからのストーリでは結構序盤から出てきていた謎の男と対面して、そして謎の女子高生集団と対決することになり、100万人へのステップを歩んでいくという王道が始まるということ。さらに言えば私たちはストーリーのスパイスであり彼らの踏み台」
「……全部言わないでよ」
「締まらないねー」
「そろそろ動画の最後の締め方も決めないとね、
第1章 完
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