第27話 負け組?
俺たちの家族は父と母、そして俺と兄貴の4人で構成されている、はずだった。
だが母の性格ははっきり言って最悪だった。
そんな母の存在が俺たち一家を狂わせた。
そう言っても過言ではなかった。
「あ〜もう最悪。今日も5万負けた!! あ〜あ!! クソみてぇな確率機作りやがって! あんなの作ったやつ皆死ねばいいんだ。あー腹立つ!!」
母が帰ってきてから最初に言ういつもの台詞。
こんなのは日常茶飯事と化していた。
「ママ、今日のご飯は〜?」
僕は元気にそう聞く。
「え? ──ああうん、パパに作ってもらいな。あたし今からまた外行ってくるから」
「もう夜だよ〜?」
「悪い子しないでね? んじゃ、行ってきまーす」
いきなりキレ散らかして帰ってきたと思ったら、すぐに外へとまた出ていく。
おそらくホストに行っていたんだと思う。
父もそれを分かって何も言わなかったし、言ったところで今保たれている平穏が崩れることを理解していた。
兄貴も放課後は友だちとサッカーをしていたから帰るのが遅かった。
夜は父と兄と俺でご飯を食べていた。
その束の間の時間が3人の心の安寧となっていた。
そんな取り繕いの平穏は、ある時遂に壊された。
「負けた。金を貸してほしい」
その母の一言で、父は愛想を尽かした。
離婚しようと言った父。
それを止めようとする母。
家を出て行った父。
それを止められなかった母。
俺と兄貴は母方に引き取られることになった。
母が子どもだけは、と必死に迫り親権を得たらしい。
でもそこで終わりはしなかった。
むしろ始まっていたのだ。
「クソっ! あいつ金一つも出さねえじゃねぇか。あんなにあたしに惹かれてんのに財布の紐がかてぇっつーの! 男なら少しぐらい払えや!!」
玄関で壁を蹴る音。
母が帰ってきた。
「ママ、今日のご飯は?」
当時の俺は言った。
「あ゛? ──あ、えっとね、パパに作ってもらってね」
「ママ、でもパパ居ない」
兄貴が言った。
「……あ、うん。っと〜、冷凍庫にパスタあるからそれを温めて食べて。あたし今からまた外行ってくるから」
「もう夜だよ?」
そして、俺が言った。
「いちいちうっせぇな……」
「……!」
その時、間違いなく母の地雷を踏んだだろう。
肩に掛けていたブランド品のバッグを思いっきり床に投げつけた。
「うっせぇんだよいちいち! 何でお前らなんか生まれてきたんだよ! あたしはあの男と生ですんのが気持ちよかったからしただけなんだよ! なんでお前らなんか……」
「……」
「お前らなんか居なければ、世話なんてしなくて済むのに……」
『お前らなんか──ねば良いのに……』
大声で膝をついて泣き叫ぶ母に、俺たちは何も助けることが出来ない。
だって俺たちは母にとって要らない存在だから。
「なぁ、なんで付いてくんだよ」
「だって、ママ帰ってこないし。家に誰も居ないの寂しいもん」
「ったく、しょうがねぇなぁ。ほら、こっち」
「うん!」
そう言って兄貴は俺の手を引く。
普段通る通学路とは違う道。
見慣れない街に、俺はワクワクしていた。
制服を着て楽しそうに食べ歩きをする高校生たち。
声を上げて店の宣伝をする商店街の人。
道の端っこで仲良く話しているおじいちゃんおばあちゃん。
世界ってこんなに広いんだ。
俺の見てきた世界はどれだけちっぽけだったのだろうとまで当時は考えていた。
「ほら、着いたぞ」
「おお〜!!」
堤防の道路から見下ろせる、どこまでも広がる河川敷。
そこでは犬の散歩をしてたり、野球チームが試合をしていたり、おじいちゃんたちがゲートボールをやっていたりした。
「お〜い! 玲〜! 来たぞ〜!!」
「あ! 勝也くん! 見て! トンボ捕まえた!」
そんな河川敷に一人待つ見知らぬ男の子。
俺は背筋が震えた。
思わず兄貴の後ろに隠れる。
「お、おい。……ったく」
頭を掻きながら、兄貴は背後で隠れている俺にテンポを合わせて階段を降り、下へと向かう。
「ほら、トンボ!! ──って、その子は?」
「……ほら、挨拶しろよ」
「う、うん」
緊張による震えをなんとか抑え、覚悟を決めて大きな声で挨拶する。
「おいらせ いぶき! よろしく!」
「ぼくはふきの れい! よろしくね!」
そして2人で仲良しの握手を交わす。
これが俺と吹野の出会いだった。
母とは疎遠になり、気が付けばATMに毎月の生活費が振り込まれるだけの関係になった。
ただ小学生になると吹野と同じ学年ということが分かり、兄貴も違う子と遊ぶようになり、俺と吹野は仲良しコンビとして放課後に遊ぶ機会が日に日に増え、ぽっかり空いていた心の隙間は埋まった。
気付けば俺たち2人の他にも同じクラスの友達が加わり、小学校中学年を終えるころには男女混合5人組として放課後を過ごしていた。
自転車で近くの駄菓子屋や公園に行ったり、友達の家でゲームをして遊んだり、夏は市民プールに行って泳いだり終わらない宿題に追われたり。
俺はその頃から何かを編み出すのが得意で、自作のカードゲームやルールを少し改変した遊びを考案し、グループの皆を楽しませていた。
そんな何気ない充実した日常を過ごしていた。
しかし、そんな平穏にも少しずつ変化が起きていた。
元々顔の良い吹野は親の後押しもあったらしく大手事務所に入所、いつしか子役としてドラマに出演するようになり、その分学校に来る頻度が少なくなっていた。
そのドラマが好評だったのもあってか学校でも吹野の人気は上がり、その証拠に小学校で吹野ファンクラブが結成されるほどだった。
吹野もその周囲の反応に応じて性格を変えていった。
悪く言えば、媚びだした。
そこから少しずつ俺と吹野の仲は悪くなり始めたのだろう。
「はい、ということで今日はクラスのレクで何をするか決めていきますよ~!」
「「はーい!」」
月に1回ほどあるレクの時間、何をするかの案出しをするとき。
みんながやりたいことを思い思いに出していく。
鬼ごっこ、ドッチボール、ドロケイ、かくれんぼ。
緑の黒板に白い文字が羅列される。
皆が自分勝手に意見をぶつけ合い、議論が座礁しかけたところに、俺は得意げに手を上げる。
「ねぇみんな。ドロケイだとずっと隠れてる人とか牢屋で捕まってるふりをする人とか出るじゃん? だからミッションを作ってさ、3分以内にいろんな場所にあるアイテムを拾って先生に見せないと失格、とかにしない? そしたら無理矢理にでも動かないといけないし!」
おおー、とかいいね! という声があちらこちらで聞こえる。
この光景もいつもの日常。
レクを決める時には毎回と言っていいほど議論が決裂し、最終的に俺が新しい遊びを提案し、それが採用される流れが定番となっていた。
俺はよし、と拳を握る。
しかし、今日はいつもと少し違った。
「――やめようよ」
「え?」
一番後ろの窓側の一等席に座っている、いつもなら欠席している美少年。
そして、親友である吹野がそう言った。
「みんながいつもやってるのはドロケイなんだよ? いきなりそんなに発展した遊びをしてもルールが難しくなっちゃうよ。分かりづらいルールだとみんなが楽しめない」
吹野がそう異議を唱えた時。
クラスの雰囲気が180度変わったのが分かった。
明らかに風当たりが強くなった。
そうだよ、面白くない、普通のドロケイがしたい。
掌を返すように、皆は俺に不満をぶちまける。
「……ッ!」
「あ、ちょっと、奥入瀬くん!?」
俺は堪えきれず教室から出ていった。
久しぶりな吹野との下校。
思えば3ヶ月ぶりぐらいなんじゃないかと思う。
大人にとっての3ヶ月は短いようでも、子供にとって3ヶ月は目まぐるしい変化なのだ。
──それは吹野にとっても。
以前のような年齢と等身大の可愛らしさは消え、凛とした顔立ちがそこにあった。
「ねぇ」
「どうしたの?」
俺に微笑みながら見つめ返してくる。
――芝居みたいな笑顔だ。
「どうしてあの時反対したの? そんなに僕の意見ダメだったかな?」
「ううん。とっても面白そうだったよ」
おかしい。辻褄が合わない。
「じゃあどうして――」
「――気に食わない、からかな」
俺は足を止める。
「気に食わない? どういうこと?」
「僕より良い評価をされるのは好きじゃない。僕は人気子役なんだから」
「……どうしてそういうこというの。クラスはクラス。評価とか関係なくみんなで楽しもうよ」
「嫌だ。一般人の君が僕に指図しないで」
「なっ……!?」
冷たく言い放たれたその言葉に、とうとう痺れを切らした。
幼くて、後先考えずの頭を持った俺は、その艶のある頬を殴った。
「そんなこと言う玲じゃなかったのに!! あの頃に戻ろうよ!!」
目を覚ましてほしかった。
けど、俺の願いに反して吹野は殴られた頬を触り、軽蔑の意のこもった溜息を吐く。
「……あ~あ、知らないよ。殴った痕、弁償してもらうから」
「……もう知らない!」
俺は悔しくて、家へと走って帰った。
唯一の親友が、どこか遠くへ行ってしまうのを感じた。
俺が吹野を殴ったという話は、後に大きな問題に発展した。
まず吹野の母に鬼の形相で叱られた。
息子が殴られたなんて聞けば当然だろう。
それが売れっ子となれば余計に。
兄貴が必死に謝り倒した。
なんとか吹野側が折れてくれて和解することが出来たが、本題はその後だ。
学校にそのことが伝わり、クラスの人から、同じ学年の人から、ついには全学年から嫌われる存在になった。
俺はクラスの人から制裁という名のいじめに遭い、楽しい日常は霧の中へと消え去った。
不登校になろうかとも考えたが、兄貴に猛反対され、行かざるを得なかった。
中学校になると、他校の人も混ざったこともあるのか、小学校から続いていたいじめは終わった。
ただ、今までのような陽気さはとっくに消え失せ、目立たぬように一人席に伏せて寝るふりをしていた。
そんな苦痛に耐えられず、俺はインターネットへと逃げ込んだ。
兄貴に無理を言ってYouTuberを始め、生配信をする日々が始まった。
ゲームをしながら学校生活の鬱憤を吐き、視聴者から慰めてもらい。
そんな感じでなんとか心の安寧を保っていた。
しかし、視聴者に基本的に肯定されていた俺はたちまち誰かの悪口や世間の文句を言い始めた。
やれ○○はウザいだのこのニュースは腹が立つだの。
そんな自分の言った意見が全て受け止めてもらえるのが嬉しかった。
一種の承認欲求だった。
案の定、俺は炎上した。
きっかけはネットニュース。
非難のコメントが多く寄せられ、YouTube上でのコメントにも批判や荒らしが多く来た。
見てくれた視聴者も静かに離れていった。
そして俺は、また一人になった。
でも。
世間から追放された俺にはYouTuberでしかやっていけない。
必死に考えた末、俺は人格を作ることにした。
アイツのように、外面が良ければ人気になれると思っていたから。
そしていつか、アイツを見返してやる。
「まずは100万人から……!」
俺の復讐劇は、そんな始まりだった。
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