第26話 ご都合主義のオンパレード
梅雨も過ぎたのかと思えるほど、強い日差しが部屋に照り付ける。
夏を思わせる入道雲も今日は堂々と存在感を表している。
1学期最後の関門、期末テストを終えれば夏休みはもうすぐそこにある。
今日、その期末テストが終わったようだ。
いよいよ、夏だ。
けど、俺に楽しい夏など待っていない。
「……」
俺が持っていた2つの人格は突如使いこなせなくなった。
クラスの皆と触れる人格を作れなくなってしまった。
そして学校を行くのを止めた。
あの3人に見せる顔も無かった。
だから俺はこうして吹野の部屋に居候している。
「……」
後から思えば酷い話だった。
優しく接するふりをして内心集まった3人のやる気の無さを決めつけ、勝手に失望して。
初の撮影日だったはずの日にバックレて。
帰ってきて叱られたところに逆上して。
金なんて自分で稼げる、と豪語してグループの人に協力する姿勢を取らず。
なのに勝手に不安になって、一度は脱退を宣言した中津が戻ってきたら参加する、と保険を取って。
いざ参加したと思ったら吹野に対抗心を燃やしてグループのみんなを傷つけて。
終いにはグループの皆に無許可でコラボに参加して。
そりゃ報いだって受ける。
「じゃ、打ち合わせに行ってくるね。晩御飯は何か希望はあるかい?」
「大丈夫、特にない。行ってらっしゃい」
玄関から外へ出ていく彼を見送る。
吹野が住んでいるタワマンの高層階からは東京の街が一望できる。
きっとあれはスカイツリーで、きっとあのビルが立ち並んでいるのが新宿で。
昔は働く人を上から見て『今日も下民は元気だねぇ☆』なんて仁王立ちで言ってみたいなと思っていた厨二な時期もあったな、なんて少し懐かしく感じる。
……別に今も思っているわけではないが。
あの頃には既に吹野とは犬猿の仲で口を聞かず、ただがむしゃらに執念でYouTube活動に心血を注いでいた。
全て忘れ去るつもりで。
現代社会から何もかも投げ捨てて人生を棒に振るぐらい。
──と、そのとき。
「な、なんだい!? ──いや、ちょっと!」
家を出て行ったはずの吹野の声が奥から聞こえる。
しかも、何か慌てたような声。
そしてドタドタと一騒ぎが起こった後、足音が近付いてくる。
そして目の前のドアが開く──。
「いい加減仲直りを済ませて帰ってきてほしいんだが、リーダー?」
***
「ちょっ──!」
奥入瀬の細い腕を掴んでおもちゃの手錠をかけ、外へと向かう。
「待てって! どういうことだよ!」
「早くしてくれ。10分後に雨が降るってウェ◯ーニュースが言ってるんだ」
「理由雨かよ!」
「あ、あと吹野さんも」
「え? 何この手錠──」
突然の嵐の遭遇に呆然と玄関に立ち尽くしていた吹野も確保。
そのまま2人を連れながら廊下を駆け出す。
タワマンからエレベーターで1階へと降りていく。
階段なんて高層階民にとっては無縁だからね、しょうがないね。
ドアが開いたやいなやエントランスを抜けて駅へと向かう。
周囲からは『ねぇあの子たち手錠かけられてるわよ』『うわーウケるー』『真昼間から男3人で野外手錠プレイだなんてやるわねぇ〜』とかいう声と好奇の目線が入り乱れる。
おいちょっと待て最後アウトだろ。
「……手遅れかもしれないけどマスクとサングラスと帽子買ってくる」
手錠をかけられた2人を連れて東京の街を歩くのは少々難しかったかもしれない。
コンビニに立ち寄って変装用セットを買い、いざ駅へ行かんというところ。
「お前、学校はどうしたんだよ」
一度足を止めたことで冷静に今の状況を把握した奥入瀬が問うてきた。
「今日は午前授業だ」
「そんなご都合主義アリなのかよ……」
「というか、奥入瀬こそ学校は?」
「んなの行けるか。こいつに軟禁されてんのに」
「軟禁とは聞こえが悪いじゃないか。このままじゃ危ないから君を保護すると言って家に来てくれたんだよ」
「それを軟禁って言うんだよ! ってかその言い方誘拐だろ!」
「どうどうどう」
2人が落ち着きを取り戻し、コンビニの前で口喧嘩を始めたところで慌てて変装させる。
「その喧嘩は後で聞く。とりあえずシェアハウスのある二俣川まで電車に乗る」
「あ、僕はタクシー呼べるけど、そこで話すのはどうだい?」
「……そうする」
高校生でタクシー使うとか吹野さんパネェっす。
……というか最初に言ってくれれば良かったのに。
手を上げるとすぐにタクシーが到着。
二俣川駅まで、と言うと嫌な顔一つもせずゆっくり加速し始めた。
「もうこれは良くないかい?」
俺も平静を取り戻し、2人の手錠と変装を解く。
「で、僕たちを連れ戻しに来たのはなんでかな?」
「厳密に言うと吹野さんは連れて来ただけですけど。一度吹野さんに撮影裏を見て欲しくて」
俺たちはタイプが全く違うが故に、よく動画中で喧嘩をすることが多い。
だから周りからすれば仲の悪いグループとして見られることが多い。
アンチに不仲と誤解されるのもそれが原因と考えられる。
まあそうっちゃあそうだが、俺たちはそんなアンバランスな環境が一番心地が良い状態になっている。
というか今さら全員仲良しです☆とかしてもなんか気味悪いっていうか気持ち悪いっていうか……。
とにかく、そんな独特な空間を知ってもらうことで俺たちへの誤解を減らしたいのだ。
その意図を察したのか、吹野さんは溜め息を吐きながら肘置きに頬杖をつく。
「僕、これからコラボ動画の撮影があったんだけど?」
「ああ、それのことなら大丈夫だ」
「?」
この反応は想定内。
「予めマネージャーに聞いてある。今日は長時間のドッキリだから受けなくてもいいってな」
「長時間のドッキリ……? 一体何をさせられるつもりだったんだ……」
タクシーの中で背筋を震わせている人は放っておくとして。
吹野を連れてくるにはその多忙なスケジュールを掻い潜る必要があった。
そのスケジュールを知るにはどうすればいいか?
一番知っているのはマネージャーだが、生憎一般人の俺には伝手がない。
何か方法は無いか勝也さんに聞いてみたところ、連絡先が分かる人が居るかもしれないとのこと。
そして見事マネージャーの連絡先を掴むことに成功したのだ。
世間って狭いね。
そうだ、ついでにそこで聞いたことも言っておくか。
「長時間ドッキリについてだが──部屋に何時間放置されれば発狂するかドッキリだそうだ」
「それ言っていいのかな!? というか、放置? この僕が……? マネージャー、僕に恨みでもあるのかな……?」
あると思います。
だって半日吹野を借ります、って言った時に『良いんですか! 久々に友だちとショッピング行ってこよっかな〜! いやーあの子すっごいプライド高いから扱いが面倒くさくてすっっっごくストレス溜まるんですよ! だからたまにはドッキリでも受けてやろうかなーと思ってましたけど内心後が怖いかもなってちょっと案じてたんですよ。でもこれなら平和ですね! いや〜本当にありがとうございます!!』と早口で捲り立てていたことからしてね、うん……。
皆様にはこの長文を通じてマネージャーの苦労が知れるんですが、本人には名誉のため言わないでおきましょう。
と、吹野の唸りがタクシーのエンジンの唸りと共鳴したところでドライバーの人があちゃー、と手を当てる。
「あーすみませんお客さん。今首都高乗ったんだけどね、事故渋滞に捕まっちまったわ。こりゃちょっと遅れるかもしれないねぇ」
「いえ、大丈夫です」
ちょうどいい、この機会を逃せば彼が話すことはないだろう。
「なあ、しばらく時間もあるだろうし、2人の過去に何があったのか、良かったら教えてくれないか?」
「なっ──」
「そうだね。そしたら時間は潰せるんじゃないかな?」
「いやいや、別に他のことでも話せばいいだろ。ほら、最近の世界情勢とか、芸能人のスキャンダルとか」
「そんなの僕らの世代では普段話すことじゃないんだよ。それに、あれだけ意識しといてグループの人に言わないのも変だと思うけど?」
「……わったよ」
観念して舌打ちをした後、奥入瀬は投げ捨てるように過去を吐いた。
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