第25話 両者の思惑
「さてと、じゃあ今日の会議の時間だ」
「という名のお菓子持ち寄り試食会だやったー」
先ほどからの雨は弱まったものの、未だに窓に打ち付ける雨音の止む気配はない。
スナック菓子をパーティ開けするも、結局1人で3枚重ねて食べている食欲お化けの元運動部、小沢。
あれから奥入瀬のことが心配で寝れなかったのか、はたまた担当に締め切りを催促されて徹夜したのか、目に深い隈が出来ている茂。
そして特に何の感情も顔に出すことなく、というか出せない、淡々と不在のリーダー代理をこなす俺。
電気も付いていない真っ暗な部屋に居る3人をぼんやりと照らす、机中央の蝋燭。
……正直これは雰囲気作りに過ぎないので正直必要はない。
4つの席のうち、1つだけが空いている。
その1人、奥入瀬 衣吹を連れ戻すため今日の会議は開かれている。
さっきまでリビングに居た勝也さんは俺たちが眠っていることを確認して隣の家に戻ったらしい。
なおそれが狸寝入りということには気付かなかったらしい。
勝也さんが外に出たと同時に3人は勢い良くリビングに滑り込んだ(比喩ではない)というわけだ。
大人に忍びながら月明かりに照らされた部屋で仲間たちと語らう。
気分はまるで修学旅行。
「おいお前ら好きな人誰だよっ!」
「こういう時は怪談話が一番」
「本当に修学旅行の気分にしなくていいから」
あとなんで俺の心を読めてるんだよ。
それぐらい仲良しになったってことでいいのか……? いや偶然か。
普段はなることのないシチュエーションに興奮している2人だが、状況は意外と深刻。
「で、奥入瀬の件についてどうすべきか、だが……」
「勝也さんは何もするなって」
「まあ下手に動いてもより火が燃え広がる可能性もあるしな」
「けどあることないことを知ったかぶった第三者に広められんのも癪に障んな」
「まあネット民って結構そういうの好きだし」
実際曲のMVのコメント欄に深い考察をしている人が居たけど作者はそんなこと考えもしなかった、とかいう例もあるし。
「とにかく俺たちには事務所も無い。守ってくれるのは勝也さんだけというのも不安要素だ」
「勝也さんだけに頼るわけにもいかねぇしな」
案が出ては消え、出ては消えの繰り返しで解決策の立案は滞り、スナック菓子を食べるペースだけが上がっていく。主に小沢が。
そんなお菓子も底をつき、小沢が袋の底を叩きながら大きく口を開けて欠片を待っていたところに、スマホの無機質な通知音が鳴った。
「誰のだ?」
「ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ」
「あ、俺か」
ガクブル震える茂の横で呑気に会議中に自分のスマホを見る小沢。
「あ、よしのちゃんの生配信だ! 行ってくる!!」
そして勢い良く自分の部屋へと走り──。
「ちょっと待て小沢。今は会議中だ」
──出させないよう腕をしっかりと掌で掴む。
「初めてリアルタイムで見れるんだぞ!? この感動をッ! お前は見逃せって言うのか!??」
「馬鹿、
そんなぁ~、と天から見放されたとでも言うように、ガックリ膝から床に崩れ落ちるオーバーリアクションの小沢。
いつの間にそんな大ファンになっていたのか。
視聴者と身近になるとこんな熱狂的な奴とも交流することになるとは、配信者も大変だ、な──。
「そうか、そうすれば……」
良い案が一個も出ず万策尽きたと思ったとき、一つの案が思わぬ形で現れる。
「んだよ、配信見たいから早くしてくれよ」
推しを見られない苛立ちを隠さず足踏みをする小沢に、真っ直ぐな人差し指の先端を突きつける。
「そう、生配信だよ」
「『シャンプー何使ってるの』と。これで良し」
「「……」」
好アシストが認められ、無事釈放が許された小沢は生配信をイヤホン付きで楽しんでいる。
その間衝撃の発言が独り言として漏れていることに気付きもしないので、俺たち2人は唖然としながらも知らんふりをして作戦を練る。
「生配信では視聴者とリアルタイムで会話をすることができる。今自分たちが思っていることを今視聴者に伝えられる。今視聴者が思っていることを今俺たちに送られてくる。このリアルタイムの情報のやり取りによって視聴者の欲しい情報を正確に伝えることができる。そうすれば誤解も少しは解けると思うんだ。それに──」
俺は小沢を横目に見ながら──顔キモッ。
「……視聴者と身近になることで、より視聴者と親密になり、そこからファンになってくれる人も居るかもしれない」
「え、スルーされただと!? くそ、コメント欄の流れが速すぎるのか……!」
「……こういうのは良くないけど」
推しに接触して完全にキモオタと化した小沢。
第1話の頃の健気な小沢よ戻ってきておくれ……。
「ま、俺たちらしいっちゃあらしいか」
常に馬鹿一筋で脳筋のオタク、脳筋太郎。
ミステリアスだけど作品にかける思いは熱い、かみ。
無表情であるが故に普通の企画がシュールとよく視聴者に言われる、ほとけ。
スパルタながらも登録者100万人への熱意は1番持っている、いぶきんぐ。
このアンバランスで、でもどこかその空間が心地よく感じる独特な関係を見てもらういい機会かもしれない。
「勝也さんだけに背負わせるだけにはいかない」
いつかはこんな壁を自分たちで乗り越えていかなければならない。
100万人を目指すなら、こんなところで助けなんて求められない。
自分を奮い立たせる。
「よし!」
「よし、じゃねぇよ」
「え」
なぜか後ろには鬼教師──もとい勝也さんが居て。
「なんか嫌な予感すると思ったんだよ。寝ろっつってんのにお前らは……」
「すいませんでした……」
3人並んで勝也さんに正座をしている状態。
蝋燭はすっかり消え、天井のLEDライトが部屋を照らしている。
ずっと暗い部屋に居たので眩しく感じ、耐え切れず床に目を落とす。
「ったく、高校生ごときが勝手に責任感じてんじゃねぇよ」
そういうあなたも大学生なんですが……。
「もう午前1時過ぎてんだぞ。今日は学校だろ? 学生が趣味に没頭しすぎて勉学が衰えるなんて本末転倒だからな」
「……」
俺たちは翳された正論に黙ってそれに頷くことしか出来ない。
「……まぁ、俺もゲームしすぎて留年繰り返してるけど」
「「「え」」」
重い空気に耐えられなかったのか、自分なりのジョークを言ってみたつもりなのだろう。
けどあまりの事実にさらに黙り込むことしか出来なくなった3人。
体感1分ほどの重い沈黙を、勝也さんは辿々しく言葉を紡ぎだして切り裂く。
「ま、まあとにかく寝ろ。詳しい話は今日の夕方にする」
「勝也さん! お願いです!」
しかし俺らには今夜中に言わないといけないことがある。
じゃないと、このまま流されて出来ずじまいで終わってしまう気がしたから。
「俺たち4人で生配信をさせてほしいんです! それで視聴者の人たちの誤解を解いて、自分たちのグループのことについてもっと知ってほしいんです!! どうか、お願いします!!!」
俺は床に両手をついて頭を下げる。
それにつられて両隣の2人も頭を下げる。
「お願いしゃぁっす……!」
「……」
これで高校生3人が大学生1人に土下座する構図となった。
耐え切れず勝也さんはやめろ、というが3人がその言葉に一切応じることはなく、困ったように頭を掻きむしりながらしばらくぶつぶつと独り言をしていた。
しばらくして──。
「……分かった。好きにしろ」
「……!」
「ってことは—―」
「どうせ言うことも聞かないし、だったらお前らの好きなようにすればいい。けど、お前らに危害のないようにしないといけないのが大人の使命だ。誹謗中傷に関してはこっちで対処させてもらう」
「いやでも、勝也さんだけでそれは難しいんじゃ」
「それに関しては平気だ。……如何せん誰かさんに見つかっちゃったし。だからサポートしてくれる人は居るには居る」
「なら良かったです」
「だから、今日は寝て起きてまずは学校に行く。俺たちはその間に誹謗中傷のことだけ対処する。それ以外のことは学校から帰ってきたお前たちに任せる」
「分かりました。ありがとうございます」
俺は立ち上がってもう一度感謝の意に頭を下げる。
「約束も出来たし俺たちは寝よう」
「そうだな」
「確かに二徹は良くない」
「本当に徹夜してたのか……」
そう会話を交わしながら1日の終わりの挨拶をし、自分たちの部屋に散らばっていく。
窓の外に見える雨はまだ止む様子を見せなかった。
***
「おい、起きろ、ガキ」
「……なんでしょう」
「仕事中に寝るな。なんで仕事中にてめえの寝顔を見せつけられなきゃいけねぇんだ」
「……すいません」
横からけたたましく聞こえるキーボードの打音。
苛立ちを表すエンターキーのタンッ、という音で目が覚めた。
寝起きでまだ重い瞼を擦りながら、なんとか画面に向かう。
画面にはTkutterや6chのサイトが表示されている。
──今こそ吹野の祝福ムードで流されているものの、落ち着いてくれば奥入瀬の件を普通のファンも目に付けるときが来るだろう。
更に過去の件を掘りだされ大炎上、となるのも時間の問題だ。
衣吹への針むき出しの悪意に満ち溢れたコメントに眉を顰めつつ、明らかにアウトと判定できるものだけをサイトに削除要請していく。
必要以上に消しても言論統制としてさらに批判される恐れがあり、迂闊に行動は出来ない。
普通の仕事より心労が10倍のペースで溜まり、かなり神経を擦り減らされる。
「はぁ……」
「喋るな。口が臭い」
「そのコメントも誹謗中傷として撤回を要求したいんですけど……」
潔癖で口が悪いとかどこの兵長だよ、と思いつつ手を動かす。
しかし睡魔に襲われる中の作業ほど手の進まないことはなく。
「わざわざすいません。しかもこんな夜中に」
「感謝は金で返してくれ。無償の感謝などゴミに過ぎない」
そう言いつつ困ったときにはすぐに駆け付けてくれるところが、この人のYouTuber事務所元社長としての流儀を感じさせる。
「俺は彼らを一流に育てるようにてめぇに依頼されて引き受けた。それなのにしばらく待てと言われて何が起きてるんだと思ったらこれか。時間の浪費にもほどがある」
「もう少し彼ら自身で出来るんじゃないかって、彼らの初撮影に立ち会ってそう思ったんです」
「そんな甘ったれた期待など理想に過ぎない。社会に出てるやつの言葉とは思えない」
引き続きキーボードを打つ手のスピードを変えずに彼は無機質に言葉を連ねる。
「ノルマ100万と言ったら100万以上を稼ぐ。それ未満の奴はクビ。こんなの資本主義大国アメリカでは当たり前の話だ。人情という抽象的な概念に迷わされて成長を待つからいつまで経っても業績は伸びない」
「……そうですね」
現実はそう甘くないのはもちろん知っている。
けど今までの衣吹を見てきた兄の俺は、どこか贔屓目で見てしまうのだ。
あいつが成長していく姿を。
あいつが報われる未来を。
「……ッ」
あいつがおかしくなったのはアイツのせいだ。
アイツがあんな奴じゃなければ、衣吹はもっと──。
「……お願いします。
「俺に依頼している以上失敗は無い。とにかくお前はこれから一切のことを俺に任せろ。これ以上待ってるとうんざりする」
ハーバード大学に海外留学、YouTuber事務所界の先駆者であり巨匠。
この界隈で知らない人は居ない超凄腕の実業家だ。
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