第24話 捨て駒

 「にしても、本当にこんなグループで良いんだかな」

 さっきと変わらない口調とテンションで、でもその疑問は俺の不安要素を突いている。

「……」

 以前と変わらない。

 茂も奥入瀬もここに居ない。

 俺と小沢だけが会話をしている。

「──俺たちが悪いのかな」

 奥入瀬や茂と適切なコミュニケーションを取れたら、俺たちはグループで居られるようになるのだろうか。

 と、そのとき。

「お、帰ってきたっぽいな」

 インターホンが鳴り、小沢はトタトタと軽い足音を立てながら玄関へと足を運ぶ。

「ん? あれ?」

 その割に反応がおかしく、俺も様子見で玄関へ。

 するとそこには──。

「ふ、不審者だああああ!!! 俺はアイドルじゃないぞおおおォォォ!」

「うわあああああ」


 「どうぞお入りくださいませ。本日のゲスト、あの我がグループチャンネルの天才リーダー兼登録者1万人を誇るいぶきんぐの頼れる兄、奥入瀬 勝也さんです。どうぞお座りください」

「そんな徹○の部屋みたいな入りはしなくていいよ。……にしても、メンバーの兄ぐらい覚えておいてほしいけどなー」

「いえいえ、久々の本編登場でしたから」

「いえいえふざけんなくたばりやがれください」

「え」

 此奴、満面の笑みで毒舌を吐いている……!

 流石奥入瀬家、表情と感情を分けられる血筋はしっかり兄貴にも刻まれておりました。

 怖いです。現場からは以上です。

「……で、では、まず来てくださった理由を教えていただけますか?」

 怖気付いて面接チック(そんな単語は無いが)な質問をすると、勝也さんは静かに頷いた。

「簡潔に言うね。今、君たちは炎上している」

「え……」

 俺たち2人は顔を見合わせる。

 そんな動画を撮った覚えはない。

 撮影外で不適切な行為をしたこともない。

 それなのになぜ……?

「簡潔に言いすぎたか。厳密に言うと炎上しているのは弟──衣吹だ」

「衣吹が……」

「ネット掲示板サイトでそのことが書かれていてね。事実確認と保護のことも考えて来たんだ」

「なんで書かれてあることが分かったんですか?」

「いや〜、あのー。……ね?」

「……まさかお兄さん、弟さんの名前でエゴサーチしてます? あ、でもエゴサーチじゃないか。弟のサーチだからブラザーサーチか。略してブラサ!」

「……」

 突如抗戦体制に向かう小沢。

 そして少し、……というかかなり青ざめた顔で汗を垂らし始める勝也さん。

 これはまずい。

「話が逸れてる。それより今は話の続きだ。──事実確認というのは?」

「──助かる。ありがとう。事実確認っていうのは、吹野くんの生配信で彼が言っていたことだ」

「吹野が……?」

「俺も途切れ途切れしか見てないからどこかわかんねぇや」

「『衣吹がスケジュールを詰め込みすぎて倒れた人が居る。もう少しゆっくりさせてほしい』と連絡が来た、という話だ」

「まあ確かに詰め込みすぎだとは思いましたし、倒れた人が居たのは事実です。けど……」

「俺は別に吹野に連絡とかはしてないっす」

 お前がしたのか? とお互い顔を見合わせるが、特に隠してるわけでもなく不思議そうに首を傾げる。

「もう一人居たよね? その子だったりは?」

「ちょっと聞いてみます」

 席を立ち、2階の茂の部屋へ。

「かみ。ほとけだ。入るぞ」

 あ待って神と仏ってすっごく中二病みたい。

 仕方ないんだよ配信中だから本名で呼ぶわけにもいかないし第一このネーミングは大抵小沢のせいというかかくかくしかじか。

「何事?」

 そんなことなど一切気にもせずドアの方まで向かってきた茂に、配信で聞こえないぐらいの小声でドア越しに伝える。

「グループチャンネルの件で。配信も一旦ミュートにしてくれないか?」

「了解」

 そして足音が離れていき。

「原稿の作業入るから今日は終了。見に来てくれて感謝」

 そしていきなり配信を終了。

 何食わぬ顔で部屋から出て来た。

「いや、そこまで長い話じゃないから切らなくても良かったのに」

「……担当が見てるからずっと遊んでると警告が入る。相方にも心配される」

「あぁー、なるほど……」

 漫画家って怖い。

「それに──今日はなんだか騒がしかったから」

「……」

 その言葉を聞くに、奥入瀬だけでなく、そのメンバーの一員である茂にまで影響は及んでいるようだった。

「で、話は?」

「吹野って人に何か連絡したか?」

「全く。というか誰」

「電話とかは?」

「担当の人と相方ぐらい。それ以外は無い」

「分かった。話はそれだけだ」

「……え」

「え?」

 聞きたかった事はこれで全てだったが、茂は目を点にして俺を見ていた。

 茂が悪いんだよ。


 「そうか、3人ともしてないのか……」

「ってことは、吹野が言ったことは嘘ってことですか」

「玲パイセンに限ってそんなこと言うんすかねぇ……」

「勝手に先輩後輩関係を作るなそしてそもそも同い年だ」

「キッ○カットは世界一」

 結局4人で集まって会議をすることになり、途中参加の茂はテーブルにチョコレート菓子を載せた手編みかごを持ち寄り、サクサクと小気味いい音を立てて絶賛。

「つまり、どうして吹野は嘘をついてまで奥入瀬を炎上させたのか、って話になりますね」

 そう話を進めようとするが、う〜ん、と勝也さんは頬に手をやる。

「実は吹野くんのファンからはそれほど批判の声は出ていないんだ。問題は──アンチだ」

「アンチ?」

 最初は言われても何のことかさっぱりだったが、すぐさまその意味を理解する。

「吹野はまだ始めたてのYouTuber。勢いよく登録者を増やせばそれだけ注目度が上がる。ファンが出来るだけまたアンチも数を増やす」

「ってことだね。ファンが居ればアンチも一定割合いるものだからね」

「……で、それが何になるって言うんだよ?」

 未だ原因が分からず、と小沢は頭を後ろに回した両手で抱える。

「吹野くんのアンチは彼を燃やそうと常に炎上材料を求めているが、彼は一切の隙を見せない。そこで自分へのヘイトを避けるため衣吹へと転嫁した」

「な……」

「アンチも最初はその暴露に酷いと言ったものの、衣吹の行動が本当だと特定し炎上した。こういうことみたい」

 その考察だと奥入瀬は利用されたということになる。

 なんとも非情な人だ。

「え、炎上って、俺たちどうすればいいんすか」

「そもそも炎上するほど知名度皆無だった」

 2人が不安そうに詰め寄り、勝也さんも少し眉を寄せる。

「とりあえず君たち3人は何もしない。事実と嘘が混じっているのが判断の難しいところだな……」

「分かり、ました」

 経験したことない未曾有の事態に、俺たちはどうすることもできない。

 下手に動けばより大きく燃え広がる可能性がある。

 炎上というのは最大限に慎重かつ早急に対処すべき、というのがよく世間で言われていることだ。

「2人の間の問題をこっちに押し付けないでほしいんだけどな……ったく」

 勝也さんはため息を深く吐きながらスマホを見る。

 午前中から弱々しく降っていた小雨は今や強く地面に降り注ぎ、家の前の庭は排水が追いつかず、水が溜まり始めている。

 ──確かに俺は奥入瀬 衣吹を仲間なんて言えない。

 自分は命令ばかりする癖に編集はしないし態度は悪いし。

 あいつと吹野の間に何があったかなんてさっぱり分からない。

 それでも俺たちのグループの一員だ。

 あいつを手助けするぐらい、俺にだって権利はあるはずだ。

「勝也さん、ごめんなさい。俺、行ってきます」

「ダメだ」

 真っ直ぐな声で覚悟を決めたが、勝也さんはその覚悟を折らせた。

「あれは衣吹と吹野の問題だ。介入なんてするもんじゃない」

「でも──!」

「そもそも今は大雨と洪水の警報が出てる。外に出るのは危険だ。それぐらい理解しろ。お前も後先知らずの行動が命を落とすことぐらいニュースで嫌ほど見てるだろ」

「……」

 勢いを失った俺はただ顔を落とすことしか出来なかった。

「もう夜も遅い。さっさと寝ろ。お前らは何もしなくていい」

 鋭い目つきで牽制され、俺たち3人は渋々部屋に戻る。

 勝也さんはリビングでそのままパソコンを開いて画面を睨み続けていた。

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