第23話 崩れていく自分と自分
「おい……。どういうことだよ」
壁に飾られた色とりどりの風船や床に散らばった紙吹雪でとても鮮やかな空間。
そんなカラフルな部屋に残っているのは、怒りに満ち溢れた俺と澄ました顔をしている吹野だけ。
アンバランスにも程がある。
お祭り騒ぎで盛り上がった配信は、もう終わっている。
俺も不要になった皮を外す。
「君のハードスケジュールに合わせることを強制され、耐え切れずしてメンバーの1人が体調を崩した。これはまさしく事実だろう?」
「あんなのハードじゃねぇ。人気YouTuberはもっとタイトなスケジュールを──」
「君は人気なんかじゃない。ただの底辺じゃないか」
「だから努力すんだろ!? 人気者より人一倍努力して、それで──」
「それで? 努力したからといって人気になれると思ってるのかい? 世の中はそれほど簡単なシステムで成り立ってなんかいないよ」
「……ッ」
「実際に僕は何の努力もしていない。適当にそこらじゅうの動画で見つけたありったけの企画をただ脳死でやっているだけ。それでも視聴数は100万を超えてしまう。だって僕は人気だから。それで、君は? 毎日投稿をしてもせいぜい2000回再生ぐらいじゃないかい?」
吹野は俺を痛めつけるように悠々と語る。
「いいかい? 人気者になるのに必要なのはコネと運と才能だ。君には企画を作る才能がある。でもコネと運がなかった。だから人気になれない」
そう言って左手の指先を胸に当てる。
「でも人気者の僕が居るというコネと、そんな僕と一緒にYouTubeをやる権利があるという運。これを満たせば君は間違いなく人気者になれる。素晴らしい切符じゃないか」
「随分と自己評価が高いんだな」
そんな嫌味もまともに届かず、話は続く。
「それなのに君はそんな手を使わない。ゴール直前まで来てスタート地点に戻ろうとする」
「そんな卑怯な手なんか使わない。俺はアイツらと100万人を突破する」
夢に見ていたグループチャンネルをしてみたいと兄に言った中3の夏。
集まったメンバーは個性の強い奇抜な同学年ばかり。
一度は嫌気がさして逃げ出した4月。
一人でどうにかすると決めた5月。
ようやく始めて先が開けた6月。
夢広がる未来へのロードマップに想像が膨らむ。
こんな道半ばで諦めるわけにはいかない。
なのに吹野は鼻から息を吐き出し、子どもをあやすように丁寧に、悪戯した子どもを見るような目で呆れた顔を見せる。
「……だから、無理だって。能力値が君は100でも君以外のメンツは能力0だから。0に何を掛けようが0は0なんだよ」
「てめぇ良い加減にしろッ!」
胸倉を掴んで吹野を壁に叩きつける。
「……相変わらず君は変わらない。血が上ったら相手の胸倉を掴む。──昔と何が違うんだい?」
「……!」
どんなに強く押さえつけていても、苦しそうな表情をひとつも見せない。
「そんなに嫌いなら無視すればいいのになぜ今日ここに来たんだ? どうしてそんなに僕にこだわる? 僕に勝ちたいのか」
「お前に勝ちたいだなんて思ってねぇ」
「嘘」
この前もどこかで見た表情。
確信している時はいつもこの顔だ。
「……どうしてお前が嘘とか無理とか決めつけんだよ」
「自分のことを客観視できないって人は多いんだよ。君もあるだろう? 小学校の時のアレとか」
「その話したいだけだろ……」
俺と吹野が決別したあの時。
そして俺の精神を蝕む嫌な記憶の一部。
そのことを分かっていて掘り返しているのだろう。
「だいたい君は嘘が下手だよ。僕の100万人記念配信中、カメラの撮影範囲外で泣いた理由。そして僕への敵意を剥き出しにした顔。僕を意識しているようにしか見えない」
そろそろ離してくれるかな、と言われ素直に離す。
息を乱すことなく吹野は俺を見つめる。
「これだけは答えてくれないかい?」
「……んだよ」
「あの子たちに固執する理由は?」
「お前も知ってそうだけど、俺たちには100万人を突破しなきゃ300万円を支払うっていう催促があるんだよ。そのためにアイツらと仕方なく組んでる」
「でも君は僕と組めば300万円など動画の収入で楽に返せる。ならばあの子たちと組む理由が無くなる」
名探偵のごとく俺を囲むように歩きながら推理する。
「君は──人形が欲しいんだ」
「……は?」
「君は小学生の頃から人に認められたかった。凄いって言われたかった。だから色んなことを考えた。けれど実際は上手くはいかなかった。だから君は全て自分の思うように動いてくれる、全肯定してくれるお人形が欲しい。悪い言い方をすれば、奴隷が欲しい」
「……」
違う、と俺は言えただろうか。
知ったかぶりだ、と言えただろうか。
本当に自分のことが客観視出来ているのか?
こいつの言った通りじゃないのか?
「俺は、そうなのか……?」
分からない。
俺は俺をどれくらい知っている?
……分からない。
そんな風に自問自答しているうちに、俺という定義が崩れていく。
──ゲシュタルト崩壊。
これについてとある実験が知られている。
鏡の自分に「お前は誰だ」と何回も問う。
すると次第に鏡の自分が自分でないと感じるようになり、いつしか恐怖に変わり、しまいに精神崩壊を起こした、という話。
そんなのただの都市伝説だ、なんて本で見た時に笑い飛ばしたし、実際にやって全く何も起きなかった。
けどそうじゃなかった。
ただでさえ精神的に不安定な今の俺に同じことをすれば効果は出てしまうのだ。
そんなことにも気が付かず、2つの性格の使い分け方も忘れていく。
「君に2つの性格を使い分けるなんて最初から出来なかったんだよ。いつかは綻びが生まれ、その綻びがいつしか大きくなり、そして崩れていく」
俺の思考を読むように吹野はつらつらと解き明かす。
「そのことに気付いてしまった君はもう使い分けることは出来ない。本性の自分を見せることになる。そんなことになれば君はまたクラスメイトに嫌われる。そんなのもう嫌じゃないかい?」
「嫌……」
催眠にかかったように俺は繰り返す。
「今僕は君以上に君を知っている。僕に選択を委ねれば君は道を外さない。保証する」
「うん……」
意識が朦朧としてきた。
今まで偽りの自分を演じて蓄積していた疲労が突如姿を見せ、背中に鉛を抱えたような重みがやって来る。
「君は僕の動画の企画を考えてくれればいい。それが君を救う唯一の方法だ」
「分か、った……」
瞼が閉じていく。
ふっと力が抜ける。
身体が立つ姿勢も維持できず、床に倒れこむ。
「……お疲れ様、衣吹くん」
***
「おい、石狩! 起きろ! 大変でぇ!」
「今寝てるから、起こすな……」
「ねぇってばぁ! 第20話のお前が語っていた理念はそんなもんなのか!!」
「追試落ちた奴がしゃしゃるな……ってイタタタタ麻婆茄子出るから、や、め……」
「ん? 寝ぼけてるからって言っていいことと悪いことがあるんだぜ? お?」
学校帰りで珍しく疲弊していた身体を休めるため、夕食後に仮眠をとっていた俺の脇腹の上に乗っかってくる小沢。
こいつが女子だったらなぁ……。
「──って、いかんいかん。危うく睡魔に負けて不適切な発言をするところだった」
「読者の皆にはもうバレてるけどね」
「読者も何も居ないだろ……」
「そっちの方が不適切な発言だと思いますけどね! えェ!?」
「……で、本題はなんだよ」
寝起きから甲高い声を耳にカチ込まれ苛立ちを見せたところで、小沢はようやく話を切り出す。
「奥入瀬のことだよ。まだ帰ってきてないんだよ、アイツ」
「またか……」
大抵あいつが夜遅くまで帰ってくるときはロクなことにならない。
実際初撮影のはずだった時にもあいつは夜遅くに帰ってきて喧嘩になったし。
「さっきの吹野の生配信、あいつ出てたよ」
「やっぱり、吹野のとこにか……」
俺は力を入れて小沢をどかせつつ身体を起こす。
「茂は?」
「中津は今VAL◯RANT配信中だとよ」
「おい絵描き仕事はどうした仕事は」
まあ恐らく原稿は終わったんでしょう。
もしくは休載なんですよそうですよ。
「よし、暇だし俺たちも配信しながらス○ブラすっか!」
「ごめんなさい勘弁してください」
目隠しハンデ有で負けたこと結構心にキてるんだからなこれでも。
「にしても、本当にこんなグループで良いんだかな」
「……」
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