第22話 救済の手
「ゆーとさん、1000円ありがとう! 『いつも家族で見てます。これからの動画も楽しみにしています』。――そうだね、これからの動画はより見てくれている人に楽しませられるような面白い動画を作っていくよ。何かやってほしい企画とかあったら概要欄に貼ってあるリクエスト募集のリンクに飛ぶからそこに送ってみてね」
「え、もう6万人も見てくれてるの!? いや~ここまで速く視聴者が増えるとは思わなかったよ。しかも登録者も95万人まで来たね。っということで、まずはこの方から!」
「ども~、吹野くんと同じドラマに出ている女優の霧川橘花で~す! ぱちぱち~」
「招かれた側が拍手求めるんですね……」
「細かいことは気にしナーイ!」
右の撮影部屋からは、そんな仲睦まじく吹野と霧川が会話をしている声が聞こえる。
一方左の待機部屋では吹野の出演依頼に応えたお笑いタレントや女優、俳優なども話に花を咲かせていた。
そんな有名人だらけの空間の中に一般人の俺が居ることなんてことは窮屈で、部屋を出て薄暗い廊下で壁に身体を預けスマホを弄っていた。
廊下の窓からは底が灰色のどんよりとした積乱雲が迫っていて、もうじき雨が降ることは誰から見ても分かる。
みるみる廊下は新月の夜のような闇に包まれ、スマホの液晶の光だけが廊下をかすかに照らす。
次第に雨粒が窓に付き始め、雨音が聞こえ、雷の光と音が近付き、ものの2分でザーザーと雨粒で目の前が白く霞むほどの豪雨に見舞われる。
撮影部屋は完全防音なので、雷鳴や雨音で住所が特定されるということはないだろう。
そもそもここがバレたところで吹野の家を見つけた訳ではないが。
「そーだね、吹野くんはいっつも同じジュース飲んでるよね。それお気に入りなの?」
「はい。小学生の頃からハマっててずっと飲んでるんですよ」
「へ~、ドラマではあんなにカッコよく演技してるのに普段はオレンジジュースって子どもらしくていいね!」
「それ本当に褒めてます?」
流れとしては、登録者が一定数超えるとゲスト登場、そしてそのゲストとの馴れ初めや収録外でのエピソードを語らう、という構成になっているらしい。
一番スタンダードな記念配信の流れを吹野は選んだようだ。
まあ配信スタイルによってスタンダードは異なるが。
最近注目を集めているVtuber系だと歌を特定の登録者数になるまで歌ったり、カップル系だと結婚式場を取ってみたり……ってそれはスタンダードではないか。
だが吹野の人気を考慮すれば、下手に他の人と違う戦略を取らなくても普通の動画を撮っていれば再生回数は確保できる。
いわば彼は王道を堂々と歩むことが出来るのだ。
しかし知名度の無い底辺は今までに無い奇抜さや過激さで王道と同等の注目を集める必要がある。
それが俺ら底辺と彼らインフルエンサーの戦い方の違いだ。
しまいに登録者は右肩上がりで増え、98万人まで増加した。
待機部屋にはもう人の姿は無い。
全員が撮影部屋の中へと入り配信に参加したのだ。
残るは俺だけ。
そして――ラストバッター。
よりによって最後に呼ばれるというなんとも注目が集まる順番になってしまった。
Tkutterを開いてみれば、
『もうあと2万人じゃん』
『あと誰来るんだろ?』
『かつおさんより後に出てくるって何者だ……?』
『wktk』
と最後の出演者を楽しみにする声が。
トレンドも1位を獲得し、視聴者も10万人の大台を遂に突破してしまった。
日本人の多くが吹野の配信に注目を集めているといっても過言ではない。
そんな最後に出るのが俺?
吹野はどうして俺を最後のゲストとして呼ぶことにしたのだろうか?
「お、ということでなんと! 登録者99万人になりました! 千葉市の住民全員が登録しているぐらいになるね」
「えっらい数やなぁ!」
「すご~い!」
「あと100万まで1万人じゃん!!」
部屋のボルテージが高まっていく中、廊下に1人虚しく雨に叩きつけられる窓を見て佇んでいた。
「――ということで、99万人になりましたので、最後のゲストをお呼びしたいと思いま~す!!」
そんな天気とは裏腹に陽気な声が聞こえ、すっと息を吸う。
――そういえば、あの時もこんな天気だったな。
どこか懐かしいようで、でももう二度と戻りたくないあの日のこと。
息を吐く。
頬を叩く。
「よし」
吹野の合図に合わせて、俺は堂々と部屋の中へと入っていった。
それからしばらくの間、何を喋ったのか記憶にない。
初めて多くの人に画面越しに見られながら話したから緊張で頭が真っ白になっていた。
最初こそ『え誰?』『どちら様?』『誰こいつ』『知らん人や』『一般の人?』『放送事故?w』と視聴者の中で疑問と不信を募らせていた。
しかし吹野の紹介によって視聴者にもすぐ受け入れられ、『玲くんの幼馴染かぁ~いいなぁ』『名前覚えました!』『顔ええな』『これからレギュラーか?』と好意的なコメントに変わった。
そして先ほどのように吹野は馴れ初めや幼少期の話を切り出す。
今までの出演者と同じような質問を投げかけてくれたこと、吹野のフランクさと雰囲気作りもあって少しずつ緊張は解け、いつもの俺の調子に戻ってくる。
――凄いと思ってしまった。
コイツに――吹野に。
緊張している俺を支えつつ、視聴者に分かりやすく紹介して。
こいつは古参や常連でない初めての人にも入れるように配慮して、そして楽しい空間を自ら創り上げる。
そして元気で無邪気な性格で皆から愛される人になれる。
そんな吹野に、俺は勝てない。負けたな、と思った。
昔からこいつはそういうやつだった。
昔からこいつはムードメーカーとしてクラスの雰囲気を良くしていた。
みんなが楽しめるクラスを創っていた。
――それを壊したのは誰?
俺に恨む権利など無かったんだ。
むしろ謝るべきだった。
吹野に。みんなに。
パンッという破裂音ではっと意識が戻る。
目の前で色鮮やかな紙吹雪が散っている。
「登録者、100万人……」
辺りは祝福の声とコメントで溢れている。
俺だけが、ただぼうっと突っ立っている。
俺の目標に。
行くべき場所に。
また、追い抜かれちゃったよ。
「あはは……」
口に出して笑おうとする。でも出来なかった。
俺は声を殺して目を腕で隠した。
カメラに映らないところで。
みんなに見えないところで。
けどそんな様子も吹野はしっかりと見ていた。
「……大丈夫」
向こうで多くの人に囲まれて祝われている時も。
「僕が君を救ってあげるから」
「で、そうなんですよ。奥入瀬くんはYouTuberをやってるんですよ」
「へ~、若い子は凄いねぇ」
「それ私知ってるよ~」
「そりゃ僕が配信前に話しましたからね」
乾杯をしながら、大人陣はビールを、未成年陣はシャンメリーを飲みながら話を深める。
これも配信で映っていて、コメント欄は終始お祝いムードで溢れている。
「そうなんですよ。あとグループチャンネルのリーダーでもあるんですけど」
「リーダーかぁ! どおりでしっかりしてるわけだ」
「あ、あとで奥入瀬くんの個人チャンネルとグループチャンネルの両方のリンクを概要欄に貼っておくね。とても面白いなかなか奇抜な企画をやってて面白いよ」
そんな時でも吹野は俺のチャンネルへの誘導も欠かさない。
「そっかぁ……。グループチャンネルの皆とは何の話とかするの?」
「そうですね……」
そんな霧川さんの質問に俺は少し考える。
「みんな個性が強くてあまり話が合わないんですよね。まあ、それがうちのチャンネルの強みでもあるんですけど」
俺は苦笑交じりでそう言い逃れる。
「それにしても、最近毎日投稿してるんだよね? ずっと耐久系の企画だけど体調とかは大丈夫なのかい?」
「あ、うん。元気だよ」
「君じゃなくて。仲間の子たちだよ」
「……え?」
吹野は椅子にゆっくりと腰かける。
「最近君のグループの子から連絡が来てね。『奥入瀬くんが撮影スケジュールを詰め込みすぎて倒れた人が居る。もう少しゆっくりさせてくれたらうれしい』って」
「……」
絶句した。
「君が忙しいことも分かってる。でも人のことをもう少し気にしてくれたら、ってね。僕のこととかも、ね。寂しいよ」
言葉を失った。
またお前はそういうことをするのか?
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