第2章

第29話 底辺と中堅の分岐点

 夏休みが始まり、待ってましたと言わんばかりに本格的な暑さがやって来た。

 蝉も力いっぱいに鳴き出し、小学生のはしゃぎ声やドタドタと走る音が外から聞こえてきたりと賑やかな街並みを見せている。

「なのに……、なんでこんな家でぐーたら過ごしてんだよ……!」

 そんな中汗と涙ながらに外出許可を訴える、白のタンクトップに下は白のトランクス、脳筋100%の小沢夏樹くん15歳(精神年齢はそれに一致するとは限らない)。

 ちなみに現在外の気温は38℃。

 いきなり猛暑日が連発し、熱中症の患者も日に日に増加していると度々ニュースに取り上げられている。

 さらに関東地方の気候の特徴として湿度が高いということも、過酷な夏が生まれる所以だろう、ジメジメとした湿気が身体を不快に包み込む。 

 おまけに部屋のエアコンも度重なる長時間労働で息絶えたか、全く動く気配も無く、室内は外と変わらない温度を保っている。

 むしろ後者のエアコン故障の方が緊急事態な気はするが、そんなこと言っても今のシーズンエアコン業者も予約が取れないから仕方ない。

 各々扇風機回したり冷えピタ貼ったり身体に水掛けたりして生き延びている。

「良いのか高校生! いくら暑いからって長期休暇に家に籠るなんてことがあるだろうかいや無い!! これだから最近の若者は!」

 老害気取ってるけど頭はクソガキなんだよなぁ。

「うっせぇな。第一てめぇが追試も追々試も落ちて特別課題出されたからだろうが」

「俺別に頭悪くねぇよ……。周りが理解出来てないだけだろ……。◯大医学部だって俺からしたら頭悪い!」

「うるさい」

「本当だからだァ!」

「頭良いならとっとと宿題終わらせろよ」

「……そういうことダァ! 分かったかぁ!?」

「知らねぇよ」

 この手の業界ではもはやお馴染みの語録を使い、嫌気が差しつつもしっかり反応していく無地の水色Tシャツ、毒舌ツンデレ(?)こと奥入瀬衣吹くん15歳。

 そしてそんな会話をBGMに夏休みの宿題をコツコツとこなすイン◯ル入ってる系インテリ、石狩睦月くん16歳。

 つい先日誕生日を迎えましたハッピバースデー自分。

 そして今は買い出しに出かけていてここには居ないが、不思議系男子こと中津茂くん16歳もこのシェアハウスの住民である。

 第二部から見てくれた人に簡単なあらすじでも話しておこう。見てくれてるか分かんないけど。

 てかほぼ1年ぶりだから読者も離れるよね、そりゃね……。

 

 俺たち4人組は『ごちゃまぜカルテット』として活動している高校生YouTuber。

 このグループのリーダーである奥入瀬が出したネット上の募集で全国から集まり、俺と小沢は仙台から、茂は小豆島からやって来たわけだ。

 そしてその集い場として、奥入瀬のお兄さん、勝也さんが運営している、神奈川県にある二俣川のシェアハウスに住むことになったのだ。

 しかしシェアハウスを貸してくれる代償として、3年以内──高校卒業時までに登録者100万人を達成できなければ各々が今までの滞納分として300万円を支払うことになる。

 家賃が無料というのは要は俺たちへの先行投資だったわけである。

 焦りに焦った俺たちは分裂と和解を繰り返し、ようやく活動が本格的になって来た訳である。

 いやホント軌道に乗るまで長かったね。

「おい、小沢」

 今までの苦労話に花を咲かせかけた時、奥入瀬が小沢に話しかける。

「んだよこちとら勉強中だっての」

 さっきまで勉強してなかった奴がなんか言ってら。

「お前さ、1ヶ月前に撮影したデータどこに入れた?」

「え、普通にSDカードに入れたけど」

 しばらくカメラの操作音が無機質に鳴るが、特に発見した様子もなく。

「……なんで無いんだよ?」

「いや知らないって」

 何となく嫌な未来が頭に浮かび、試しにカメラのデータを確認してみる。

 ……が、特に容量オーバーで途中で切れたわけでもなく、特定の日付より前のデータが丸ごと消えているわけでもなかった。

「ん? ──お前、もしかしてだけどさ。データ整理した?」

「あ〜! そういやそろそろ容量一杯になるから整理しねぇとな〜って」

 かれこれグループでの活動を始めてから1ヵ月半が経ち、よく考えれば動画でSDカードの容量が埋まるのも時間の問題だった。

 小沢のとった行動に特に問題は無い。

 だが――。

「こ〜の〜や〜ろ〜うォォ!!」

「イダアアアアイヨオオオオ!??」

 どこぞの春日部系国民的アニメの母親の様に側頭部にゲンコツをぐりぐり。

 初心者YouTuberあるある。

 容量確保のためのデータ整理で大事なやつも消去してしまう。

 YouTuberなら誰しもがやったことがあると言っても過言では無い(本人談)。

 ……今回は撮影データだからともかく、編集した動画データごと消しちゃうとマジで落ち込む。

 だからやらかしたくない人は最悪容量が少なくなっても追加でSDカード買うんだぞ。

 あとバックアップが命綱だからね。ね。

「はぁ……。結構体張った企画だってのに……」

「まあまあ。人生そういうこともあるさ!」

「やらかした奴に言われたくねぇよ!」

 ポジティブに捉えれば、以前とは違ってまともに活動できるだけでも成長している。

 相対的に見れば俺たちは順風満帆。

 超人気俳優の吹野とのコラボ動画も出たし、まさに今をときめく人気YouTuberに──と、チャンネル登録者を調べた時。

「登録者、3.1万人……」

「……」

 1ヶ月半で3万人だよ?

 今までの積み上げ期からしたら成長は素晴らしいものだ。

 ただ、単純計算でこのペースを維持したとしても3年間で74.4万人。

 他にも単純計算では表せないような壁もあるだろう。

 とてもじゃないが100万人を達成することはできないのだ。

 例の吹野の動画、自身のチャンネルでは40万回再生と好調だったものの、こっちのチャンネルの登録者アップにつながったかと言われると悩ましいところだ。

「でも、そろそろ奥入瀬くんの登録者抜いちゃうね〜? ねぇ〜?」

「うっせぇ」

 相変わらず奥入瀬と小沢の口論芸は続いており、頭上には常に爆弾が飛び交っている。

 流れ弾として直撃しなければいいが……。

 そんな風に今後の戦況を不安視したところで、ポケットに入れたスマホが震えているのを感じ、俺は戦場から退避するという意味でもスマホを取り出す。

 『SOS』

 ──茂からだ。

 『どうしたんだ?』

 『腕掴まれて家まで連れてけって』

 何やら不味い事態になっているみたいだ。

 『警察には?』

 『奥入瀬兄の知り合いみたい。だから家まで連れて来た』

 腕掴まれてるんだよな?

 それって本当に平気なのだろうか……。

 そう思うも束の間、インターホンが鳴り響く。

「帰ってくんのおせぇよ……」

 小沢との口論戦に疲れたのもあるのだろう、ぶつぶつと不満を漏らしながらも奥入瀬は玄関の鍵を開けようと向かう。

 嫌な予感が巡り、俺も奥入瀬の後を追う。

 奥入瀬がドアを開けると──。

「よう、お前ら」

 

 はい?    


 こんな暑い中全身黒のコーデで来た謎男中津のことはともかく、後ろからさらっと前に出て来た中年男性。

 男はすらっとした細身の高身長、皮のジャケットに黒のズボン。

 おまけにツバの広いハットを被っているものだから……。

「西部劇?」

 このままロープを持って馬でも乗って来そうだ。

 そんな好奇な視線を受けつつも、男は慣れたように平然と俺たちを見下ろす。

「赤松 慶路だ」

 端的に自分の名を伝え再び無言で見下ろしてくる。

「……誰?」

「知らない」

「誰だよ」

「すみません、どちら様でしょうか?」

 と言っても俺たちにその名前に心当たりなんてなかったわけだが。

 

 「赤松 慶路。YouTuber事務所、Hmmフームの元社長だ。YouTuberなら誰もが知ってるだろうが」

 赤松 慶路と聞いていまいちだった反応も、Hmmと聞いて小沢以外はピンと来たようだ。

 小沢に関しては編集も知らなかったし仕方ない部分はあるだろうけど。

 そんな小沢にも分かるように地の文で説明しよう。

 Hmm。

 YouTuber事務所の頂点として君臨し続けた最大手。

 元々は中小企業として活動していたが、1代目社長の退任と同時に就任した赤松の今までに培ってきた経営力と洞察力によって業界No.1へと登り詰めた。

 だが、突如として赤松は失踪。

 多くの人が赤松を慕っていただけにショックは大きく、事務所を脱退した人も居るという。

 それだけ赤松の求心力が大きかったということだろう。

「赤松さんはなぜ社長をお辞めに?」

「やめろ。ガキに敬語を使われると吐き気がする」

 こんな人が慕われてたのか、と疑問が深まるばかりだが……。

「特に理由はない。率直に言えば飽きた」

「飽きた……? それだけで社長なんて辞めちまっていいもんなのかよ?」

 驚愕の理由に、一番そういうこと言わなそうな人が一番言わなそうなことを言う。

「別に思い入れは無い。経営再建を求められたから最低限のことをしただけで、それ以降のことなど知ったもんじゃねぇ」

 態度はともかく、やはり経営の才能に関しては光るものがある。

「で、なんでここ二俣川に?」

 そして俺たちの一番の疑問であろう点に茂は触れる。

 ここまでの大手の元社長がなぜ一般高校生YouTuberに会いに来たのか。

 しっかりとした説明が無ければただのご都合主義になってしまうからな……。

「暇だからだ」

 ダメっぽいな──。

 本当にこの人の思惑が読めない。

 実力があるのは分かっているが、こうも行動や言動の意図が分からないと不安になる。

「どういうことですか」

「今まではある程度形の出来たダイヤモンドを磨いてきた。だが既に誰かの手で削られ磨き上げられたものなど、はっきり言って全く面白くない。俺は──そこらの野生の石ころからダイヤモンドにしてみてえんだよ」

 今までの信頼や期待をドブに捨てた発言。

 こんなの非情にも程がある。

 だが赤松さんの目はぎらぎらと怪しげな輝きを見せている。

 それはまるで悪巧みをする子どものようで、俺たちはごくりと唾を飲む。

「息苦しかった社長人生も終わり、ようやく個人で身軽に出来る。コンプライアンスなど一切気にせず出来るからな」

「コンプライアンスは守ってほしいんですが……」

 どうして身の回りの大人たちはこうも揃って変な人ばっかりなんだろう。

 そういう界隈だからですか、そうですか……。

「さて本題に入るぞ。突然だがお前ら、何のためにこのグループを立ち上げた?」

 一度は緩んだ空気が再び張り詰め、隣で奥入瀬が唾を飲み込む。

 こいつずっと唾飲み込んでんな。緊張しすぎだろ。

「チャンネル登録者100万人を目指すため、です」

「次の質問だ。お前らのアドバンテージはなんだ?」

「アドバンテージ、ですか」

 覚悟を決めて放った言葉も即座に返され、怯んだ表情を見せる。

「んだ、そんなことも簡単に言えねぇのか。そりゃ伸びねぇのも納得だ」

 赤松さんは溜息を吐いてソファーに腰掛け、悠々と電子タバコを取り出した。

「いいか。分かっているとは思うが、今YouTubeはレッドオーシャンな界隈。需要に対して供給が多すぎる。だが視聴者の時間は有限だから数多ある動画から取捨選択して観る。そんな中同じような系統のYouTuberが居たとしたら安定感のある登録者の多い大手を選ぶ。要するにパクっても何もアドバンテージはねぇ。あるとしたらそれは大手がしくじったりマンネリした時だけだ」

 息を深く吐いて煙草の余韻を感じつつ、鋭い眼光を俺たちに向ける。

「わざわざこのチャンネルを選びに来る理由を考えろ。他のチャンネルと差別化出来なきゃ、──お前らは一生底辺だ」

 吸い終わったと思えばいきなりカバンを持ち、シェアハウスを出て行った。

 それは俺たちへの失望なのか、それとも──。

 ただ、俺たちがまず歩むべき道は定まった。

「このチャンネルの、アドバンテージ……」




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ごちゃまぜカルテット 北山の人 @kitayama-J

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