第19話 有名人には媚びておけ

 「で、私の知らない子と喋ってたけど一体誰なの?」

「オネェで喋んな気持ち悪りぃ」

「おっと多様性を認める現代で言ってはいけない炎上発言ランキング上位にランクインすること言ったねぇ!」

「単にお前の喋り方が嫌いなだけだっつーの!」

 いつものシェアハウスで繰り広げられる口論。

 小沢vs奥入瀬のしょうもない口喧嘩も、いつの間にか日常の一部となっていた。

「お前の動画の中での喋り方のほうが嫌いだね! なんだあれ、ど〜も! いぶきんぐでぇ〜す! きゅるるぅ〜ん! とかもはやぶりっ子だろ! いや、とびっ子だね!」

「きゅるるーんなんて言ってもねぇ情報を付け足すな馬鹿! あとなんでとびっ子なんだよ。意味わかんねぇよ」

「あ、あのー、撮影するんだよな? 茂はどうしたんだ?」

 とはいえこのまま続けるのも野暮なので、この場に居ない茂の居場所を尋ねることに。

「今撮影部屋でアイス食ってる」

「動画の企画でな。お盆には毎日投稿をしたいから1日2本の同時進行で動画撮ってるってわけらしいぞ、奥入瀬曰く」

「確かに、その時期は再生数も伸びるしな」

 大物YouTuberのように自主的に人を巻きこむイベントを開くことが出来るなら、いつの日でも視聴率を確保することができる。

 自分たちのやり方で注目を集めることが出来る。

 だけど俺たちのように自分たちで注目を集められない底辺には、年末年始やGW、お盆などの長期休暇に便乗して再生数を自然と増やすことが最善だ。

 あとはどの視聴者層をターゲットにしているかにもよって頻度を増やすべきタイミングというのは変わるが。

 そんなことを考えているうちにデジタル時計の文字は22時を示し、慌てて自分の世界から戻る。

「でも次の動画は全員で撮るんだろ? 呼んでくるよ」

「お〜、いってら〜」

「慰めてやれよ〜」

 ついさっきまで喧嘩していたはずの2人は、いつの間にかポテチ1袋を共有して食べていた。

 お前ら仲良いんだか悪いんだかどっちかにしない?

 そんな2人に溜め息を吐きつつ、茂が居る撮影部屋に入る。

「お〜い茂、そろそろリビングで撮──」

「……うグッ」

 ──そこには大量の開封済みアイスの袋と、顔がガリ◯リくんソーダ味みたいな色に染まった茂の姿があった。


 「で、奥入瀬が喋ってた人って誰なんだよ?」

「まだ続いてんのかその話……」

 肉体的にも精神的にもブルーな茂をなんとか横で労わりつつ、普通の動画──ゲーム実況動画を撮り終えた訳だけども。

 珍しくしつこい……、というよりも奥入瀬が隠し事をしていることに著しく興味を示している小沢はさっきの話を掘り返してくる。

「別に大したことじゃねぇよ」

「大したことないなら話しても良いよな! な!」

「……俺が嫌いな奴だよ」

「なんだつまんねぇ」

「お前が先に聞いといてなんだよ」

「だってお前嫌い奴多いし。俺らとか」

「……お前らの次元じゃ収まんねぇくらい嫌いだけどな」

「つまり俺らのことはまだ好きだと? ほ~ん」

「日本語学びなおせ赤点野郎が」

 小沢が気付いているかは分からないが、奥入瀬の顔が僅かに曇った様子がこの角度から見えた。

「小沢、そこまでにしとけって」

「─―隠し事は無しだろ?」

 しかし小沢は問い詰める。

「前だってお前は何も言わなかった。ずっと隠し続けていた感情が爆発したんじゃねぇのかよ?」

「……」

 初めてのメンバー全員での撮影の予定だった日。

 その日に奥入瀬は心の底に溜まっていたメンバーへの不満を火山の噴火のごとく吐き出し、活動開始が約2ヶ月近く遅れた。

 もちろん不満を募らせた俺たちに過失はあるし、決して奥入瀬1人の責任ではない。

「言われなきゃ、分かんねぇよ」

 ──でも、その時言ってくれれば良かったのにな。

 いつしか見せた小沢の複雑な表情が目に浮かぶ。

 普段はおちゃらけてアホの子みたいな印象しか抱かなかったからこそ、あいつのそんな表情を見るのは珍しかったし、そんな顔をさせていい奴じゃない。

「最低限でいい。教えてくれ」

「チッ、分かったよ……」

 2人に迫られ、逃げ場の無くなった奥入瀬は両手を上げて降参の意を示した。


 「はえ~、吹野って、あの吹野 玲かよ。今月9のドラマに出てる、あの吹野か……」

「お前ドラマなんて観んのか。お前みたいなオタクって萌え萌えキュンみたいなアニメしか観ないかと思ってた」

「おいそれは俺だけじゃなく結構な人を巻き込んでるからやめとけって」

 奥入瀬の淡々とした紹介を聞き、彼が公園で話していた相手が吹野という俳優だということを知る。

 ……忘れている人が多いと思うから話すけど、現在中津さんはトイレでノックダウン中。

 この後漫画家の人と作業通話する予定らしいが果たして大丈夫なのだろうか?

「随分凄い人と公園で話してたんだな」

「まあ昔よく遊んだ仲だったしな」

「なあ、吹野のサインとか持ってないか? 転売したらすげぇ高値に……」

「仲間の友達をダシにするな」

 ともあれ、自分の周りにはそんな有名人は居なかったので、少し羨ましい気持ちはある。

 一度はやってみたい、『俺、実はアイツと同級生なんだぜ』マウント。

 まあそう言う奴に限って本人と全く話したことも無いって人が多数だけど。

「でもそんな奴と何話してたんだ?」

「動画のコラボに関してだな」

「え、マジ!? 超有名人とコラボできちゃうの?」

 声のトーンの割に奥入瀬が持ってきた話はとんでもない代物で。

 もしここで、今ドラマにも出演している俳優の吹野とコラボをすることが出来れば、吹野のファンを始め多くの人に見られる機会が作れる。

 そうすれば100万人の目標に大きく近付くことができるだろう。

 しかしそれに奥入瀬は頷かない。

「いや、コラボするのは俺だけを希望らしい」

「……は?」 

 俺と小沢は『?』を浮かべるばかり。

「きっと俺と吹野は面識があるからだろうな。お前らはいわば他人なわけだしな」

「んだよその『俺は有名人の近くに居ますからね(笑)』ってアピール。ウッザ!」

「っていうかそうだからアピールっていうか事実だから」

 ……さっきの話本当に出たね。

 本人と直接話していることはさておき。

「そんな昔よく遊んだ仲なのに、なんで今は嫌いになってんだよ?」

 小沢は辻褄の合わない点を根掘り葉掘り聞いていく。

「――裏切られたんだよ。それだけ」

 でもそこだけは、投げ捨てるような声音で言い、それから口を噤んだ。

 そこから先は一切立ち入らせない、という圧が汲み取れた。

「だから俺はアイツとのコラボはしない。100万人を目指すことだけを考える」

「おいっち……」

「そのあだ名二度と使うんじゃねぇぞ」

「でも、もったいねぇな。いつもの猫被りでどうにか乗り切れば奥入瀬のチャンネルだって視聴者が増えるだろうに」

「るせぇ。ってかお前はさっさとその乳首に貼ってる絆創膏剝がせ」

「絆創膏剥がしてBAN速攻、ってな! イ゛ッ゛デ゛!゛」

 何気に気付かなかった上裸になった小沢の乳首に貼られた、BAN対策の絆創膏を奥入瀬が思いっきり引っぺがし、見事激痛により悶えてる模様。

「じゃ、小沢。編集すんぞ。石狩は試験近いんだからさっさと勉強してろ」

「そりゃ助かる。申し訳ないが頼む」

「え、ちょっ」

 奥入瀬は小沢の首を引っ掴み、床に引き摺りながら新しくスペースを空けた編集部屋へと階段を登っていった。

 ──俺にも初めての定期考査が近付いている。

 そろそろ文系教科にも手を付けなければ、な。

 赤点を取ったら家に帰らせる、って母さんに言われてるし。

「絶対赤点取らないぞ……」

 いや、フラグじゃないよ? 違うよ?

 ともかく、俺も自分の部屋に戻って勉強しようとリビングを離れて2階に登ろうとしたとき、反対側からトイレから出た茂の姿が。

「上裸で奥入瀬の足に抱きついて泣いてる小沢が居たけど何事?」

「あ〜、うん」

 またしても何も知らない中津茂さん(16)。

 いや初回なんだけどね。


 「大変大変たいへんへんた〜い!!」

 約2週間経った土曜日の日中。

 相変わらず本州は梅雨真っ只中で、奥入瀬はソファーに寝転がってYouTubeで業界研究、茂は電話をしていたり、俺はリビングのテレビでNET◯LIXと各々家の中で様々な過ごし方。

 まとまりのないグループ、と言われれば確かにそうだが自分たちらしいといえばらしいか。

 ……あ、言っておくけどテストは何事もなく終わりました。良い意味で。

 そんな何の変哲もない平穏とした時間を過ごしていた中、階段をドテドテと音を立てて降りてきた小沢は切羽詰まった顔をしながらそう言った。

 イヤホンを装着していた奥入瀬もその状況に気付いたようで、気怠そうにイヤホンを外し起き上がる。

「どした、トイレか?」

「トイレも行きたいけど! そうじゃなくて、これだよこれ!」

 目の前に勢いよくスマホの画面を突き付けてくる。

 そこには──。

「……小沢、公共の場でそれは」

「そういうプレイか?」

 Oh......なビデオが。

 本当に、Oh......。

「あ、ちゃ、これじゃなくてッ! これだよこれ!!」

「お前、マジで詐欺引っかかるぞ。気を付けろよ」

「まぁそれはそれで動画のネタになるし良いんじゃね?」

「その話はもう終わったじゃねぇか!? 男の子ってこういうの好きでしょ!? ってかそうじゃなくて!?!?」

 過去一感情の渋滞が激しい小沢自動車道を弄るのはここまでにしておいて。

 改めて見せられた動画に大きく目を見開く。

「これって──」

「──そう。吹野玲が公式チャンネルに動画を上げたんだ!」

 そこには吹野が堂々と前を向いて視聴者に向かって語りかけていて。

 ──30分前、3.6万回再生。

 その数字は更新をするたびに増えていて。

 Tkutterのトレンドを見てみると、『#吹野YouTube始めたってよ』の文字が一番上――つまりトレンド1位になっていた。

 当然そのハッシュタグを呟いた人の声も多く。

『玲くんYouTube始めてる!!』

『これからいつでも玲くん見れるの!? 心臓止まっちゃう!!』

『早速チャンネル登録したよ~』

 YouTubeのコメント欄も似た感じ。

 ファンによる宣伝、高評価、コメント、そしてファンによる宣伝、吹野自身の宣伝。

 この循環で、視聴数が増え、高評価が増え、短期間で多くの登録者が出来て。

 この一晩で吹野玲はチャンネル登録者数を35万人とし、初投稿の動画は1日で175万回再生、急上昇ランクにも堂々たる1位に座した。


 「おい、いいのかよ奥入瀬」

「うるせぇな、どうでもいいつってんだろ」

「でも……」

「小沢。本人がどうでもいいって言ってるから」

 翌日、自身のオリジナル曲のMV投稿。

 300万回再生突破。

 登録者、72万人。

「もうこんなとこまで……」

 ──知名度。

 それは有名人の特権であり、努力の結晶であり。

 そして僕たちにとっては地を踏み荒らす巨人であり。

「石狩もテストが終わったんだし、動画撮るぞ。今日は5本。今日外で撮る予定だった動画は明日の晴れ間の間にする。編集は全員でそれぞれの動画を、その後の手直しは俺と中津で」

「御意」

「よし、雨なんて吹っ飛ばしてやるぜ!」

「……」

 エアコンの効いた涼しい部屋で、奥入瀬は汗を拭う。

 雨はまだ止む気配も無く地に降り注いでいる。






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