第17話 初投稿は黒歴史になりがち

 「え、本当ですか」

 スマホを耳に当てていた茂は少し声を上ずらせる。

「……いや、別にそんな。当然ですよ」

 と言いながらガッツポーズをしているところ、ビデオ通話にしてやりてえ。

「あ、はい。……9時に水道橋駅。分かりました」

 茂はスマホを耳から離して机にそっと置く。

 そのタイミングで──。

「「月刊誌掲載、おめでとう〜!!」」

 小沢と俺はクラッカーを天井に向かって放っ

──たはずだが小沢は茂に向かって撃ちやがったそれ結構危ねぇんだぞ。

「師匠に電話してくる!」

 そんな奇襲攻撃にも構わず、小沢のクラッカー攻撃を華麗に避けながら固定電話へと向かう。

「いや〜、ついにお友達が漫画家か〜! 同人誌楽しみだな!」

「普通の人そこで喜ばないから」

「え?」

「え……?」

 なんでそこで聞き返せるんだよ。

「にしても、一緒にやってる人はどうすんだ?」

「近くのアパート借りて上京するみたい」

「はえ〜、ガチじゃん」

「そりゃあ、アナログな2人で共同制作なんて現地でしか出来ないからな」

 郵便とかで送ったりする手段もあるにはあるだろうが、タイムロスが大きすぎる。

「ってか、これから漫画執筆に動画撮影に学校生活だろ? 寝る時間とかあんのか?」

「……よく考えると恐ろしいよな」

 最悪高校中退という手もあるが、なんせ収入が不安定な現状、今後のことを考えて高校は卒業しておきたいところだ。

「でも良いよな。高校中退したらテストなんてやらずに済むのによ、誰だよテストなんて作ったやつ、頭ティ◯ァールなのか?」

「頭沸いてんのかいいだろ別に」

 いちいち商品名を出してヒヤヒヤさせないでほしい。

 まあ、小沢がそうキレているのもそのはず。

 1日前の徹夜合宿の効果は発揮されず、見事先日の中間テストで学年最下位の獲得に成功。

 ほぼ全ての教科で赤点を取ったらしく、補習は免れない状況に。

「駆逐してやる……! 一匹残らず……!」

 おかげさまで立派な調査兵団に……ではなく相上高校の恥晒しとして名を連ねることになった。

 流石にメンバーが恥晒しなのは、と情けで手を差し伸べることにした。

「教えようか?」

「マジ!? 天使か?」

 ここ数日は目が死んでいた小沢が、久々に目を輝かせて詰め寄ってくる。

 とても熱苦しい。

「で、教えるとしたら何の教科だ?」

「全部!」

「……そうか」

 よく考えればそうだよな。

 だって最下位だもんな。

「あ、でも保健体育の実技は得意だ!」

「だったら全部不得意であってくれ」

 そこだけ得意だと何とも言えんのよ。

「んじゃ、とりあえず解答用紙見せてくれ」

「ちょっくら待ってくんね? 解答用紙どこかにやったんだよな〜……」

「手分けして探すか」

「よろしく頼む!」

 そういうことで小沢は紙がたくさん詰まったファイルから解答用紙を探す。

 一方の俺はリュックの中を捜索する。

「ん〜と、……これは?」

 リュックの奥底に眠る1枚の紙。

 教科書に押しつぶされくしゃくしゃになった紙を広げると、どうやら数学の解答用紙のようだった。

「3点、だと……」

 そこには驚異の一桁が赤ペンで書かれていて。

 まあ戦慄したのだが、問題は別。

 むしろどこで取れたか、なのだが……。

「『コインで表が出る確率を1/2、裏が出る確率を1/2とする。8回中6回以上表が出る確率を求めよ』。ここだけ出来たのか」

「まあゴリ押しすれば楽勝よ」

 ん、ゴリ押し……?

 ふと解答用紙の下を見ると、ずらりと樹形図が並んでいる。

「小沢、これゴリ押しじゃなくて普通に解いた方が簡単……」

「別に中学のやり方でも解けんなら良くない?」

「良くねぇよ実際ここで時間取って解く時間少なくなったんだろそうなんだろ」

「えぇ……」

 まあそんな猿は放っておいて。

「で、呼び戻したけど、奥入瀬さん?」

「……ふん」

 認めたくないらしく鼻を鳴らす。

 小沢を呼び戻したら、動画をメンバー全員で撮る。

 その条件を呑んだ以上、ここで逃げることは許されない。

「誓ったよね?」

「……」

「誓ったよね?」

「わ、わかったから……」

「誓ったよね?」

「露骨な文字稼ぎやめろよ!」

 押しに負けた奥入瀬は観念して両手を上げる。

「じゃ、いつ撮るか?」

「今日、今日にしよう」

「そうだな」

 こういうのはすぐに行動すべきなのだ。

 善は急げ、という先人の知恵は今でも生かされるものだ。


 「じゃ、これから第一回企画会議を行う」

 大きなキャスター付きホワイトボードをリビングに持ってきて、小沢の部屋にあったサングラスを装着。

 うん、まさにYouTuberって感じ。

 初めてグループYouTuberの一員として居れることに、胸を昂らせるはずが──。

「さらばたぬ◯ちフォーエバー」

「待って今音ゲーやってるから」

「友だちのL◯NE返してっから話しかけんな」

「お前らそれでもYouTuberか?」

 3人は一向にこちらに注意を引くこともなく、思い思いの行動をする。 

 しゃあない、あの手を使うか……。

「これ終わったら勝也さんが焼肉連れてくって」

「御意」

「どこ? 叙◯苑!?」

「よし巻き上げるか」

 ちょっろ。

 代わりに背中が少しヒヤッとしたけど気にしないキニシナイ。

「まず最初に。このグループでの目標は、『3年以内に100万人を達成する』こと。失敗すれば300万円を払うことになる」

 ホワイトボードに書かれた文字を棒で指しながら説明する。

 あ、なんか刑事ドラマっぽくていいなこれ。

「その目標を達成するため、このグループでどんなジャンルをするか。これがまず最初に決めることだ」

「つまり俺たちの初めての共同作業ってことか!」

「うん小沢くんそうなんだけど語弊があるわ」

「普通によくあるテンプレYouTuberでいいだろ」

「まあそういうスタイルでもいいけど、やっぱり今はそのジャンルは飽和状態にあって伸びが期待できないと思う。それに俺たちはどこの事務所にも入っていない無所属。大きな企画とかは出来ないかも」

「最近は芸能人でもYouTubeに参入してくる人も多いしな……」

「最初から知名度があるとスタートダッシュも出来るし」

「炎上しているYouTuber適当に批判してネームバリュー横取りすれば丸儲け」

「……炎上商法で困るのは茂だと思うんだけど」

「そうだ、Vtuberにしよう!」

「こんなシェアハウス借りてまですることではないだろ」

「水曜日のダ◯ンタウンの無断転載結構視聴数取れるぞ」

「うんやっぱ普通のテンプレYouTuberでいこうか」

 ダメだこれキリがない。

 学級目標決めでふざける小学生と変わんないやこれ。

「……とにかく。次は最初の動画はどうするかだ」

「ゆっ◯り解説」

「……」

 3人が集まった空間に、1人の声が虚しく響く。

「自宅ショベルカーで壊してみたドッキリ」

「……」

「エロゲ実況」

「スーパーのマグロ舐めてみた」

「萌え声で◯藤さん」

「あの、さ」

 これプロローグでも見た流れなんだよね。


 結局、最初は大人しく自己紹介の動画を撮ることになった。

「き、緊張するな」

「師匠も見てくれるかな」

「こんなんでキョドるとか陰キャだろ」

「……よし、いつでも脱げる」

「絶対脱ぐなよ……」

 一人一人違った想いを抱きつつ、カメラの前に立つ。

「じゃ、行くよ──」

 録画ボタンを押し、3人の横に並んで、すぅ、と軽く息を吸った──。


 結果は散々だった。

 ──ええ、こっ酷くやらかしましたわ。

 いや、確かにお互いの見せ場は作れたよ?

 確かに1人1人が目立つ時間を作ったんだけど……。

 それは元から個々で濃い色を持っている俺たちにとって悪手だったかもしれない。

 それでは、実際の初投稿の動画のダイジェストをお送りいたします。


 まずは奥入瀬くんこと『いぶきんぐ』。

 なんでそのニックネームにしたかはまあそのうちどこかで話すとしよう。

 彼の何がおかしいかと言えば……。

「はい、どうも! いぶきんぐです! いつもFPSゲームをやっているので結構得意です! 概要欄のとこに個人のチャンネルを貼っているので良かったら見てね〜!」

 明らかにキャラが違うところ。

 おそらく大衆向けにマイルドな感じにしているのだろうけど、今までの悪態がなかったかのように振る舞われるとどうもツッコミたくなる。

 でもツッコんだらカットされるだろうな……。

 しかも個人チャンネルへの誘導もちゃっかりやってるし。

 続いて茂くんこと『かみ。』は……。

「俺は目指さない、目指されるんだ。今日の自分より明日の自分。明日の自分より明後日の自分。かみ。が下を向くのは、登校時に上履きを履くときだけさ」

「……な、何のセリフなの?」

「おそらくローラ◯ドだと思う」

「あ、憧れの人なのかな?」

 奥入瀬は猫を被ろうとしているが、あまりの奇抜さに若干引いている。

 まあ、誰でも引くか。

 続きましてエントリーNo.3、小沢くんこと『脳筋太郎』。

 彼のアピールポイント……ではなくヤバいところは……。

「登録者100万人いったら全員に10万円配ります!」

「勝手なこと言わないでくれるかな!?」

 お金配りおじさん(16)になっていること。

 ……ご存知だとは思いますが100万人いかなかったら300万円。

 でもいったら100万×10万で1000億の計算。

 ……小沢が悪いんだよ。

 ──なお、石狩くんこと『ほとけ』は、見事ザ・自己紹介という感じであっけなく終わった。

 YouTuberというよりかは一般人なんだよな。

 ほんと無色透明というか、水溶液というか。


 「……もう一回やるのは面倒くさいし、これでいっか」

「らしさが出てて良いんじゃねぇの」

「お金は消費者金融から借りよう!」

「完璧」

 その言葉を聞いて、俺はよし、と手を叩く。

「じゃあ、とりあえず全員で編集をするか」

「でも全員が全員同じ編集スタイルじゃないよな? 字幕とかも多種多様だろうし」

「そうだな。じゃあ俺が主に字幕のスタイルとか決めるから、字幕の文字入れは奥入瀬と小沢に任せる。中津さんは動画全体のスタイルがおかしくないかチェックしてくれ」

「了解」

 性格は全く違っていても、みんな同じYouTuberだ。

 編集作業を手分けすると、キーボードを打つ音がけたたましく部屋に鳴り響いた。

 計20分の素材は、カット、字幕入れ、BGM、効果音の工程を挟んだが、2時間も経たないうちに編集を終えた。


 「じゃ、投稿するぞ」

「俺の美的センス、とくと見るがいい」

「……おぇ」

 全員がパソコンの前に集まっていたが、唯一顔が青くなっている者が1名。

 普段は元気近所迷惑級の小沢だった。

 こいつをも黙らせるとはなんと恐ろしい……。

「こんなんでへばるとか雑魚かよ」

「普段無編集だもん……」

「耐久系YouTuberならカットとか知っとけよ」

「1週間企画を無編集……」

 衝撃の事実を聞きつつ、アップロードの準備が整ったようで、ポチッと投稿ボタンを押す。

「え、カウントダウンとかは!?」

「あ、期待してたんだ、ごめん」

「「「……」」」

 みんな初投稿はしっかり見届けたかったらしかった。

 でも初投稿の動画は、確かに俺たちのチャンネルに上がっていた。


 こんな締まらない始まり方だが、それも俺たちらしいと思う。

 まだ俺たちのYouTuber人生は始まったばかりだ──!

「打ち切り?」

「ちげぇよ」









 

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