第14話 歳月人を待たず
イベントも終盤へ。
「最後の企画は~? じゃ~ん、お悩み相談コーナー!」
「はい、このコーナーではあらかじめTkutterで募集していたお便りをランダムに選んで、書いてあったお悩みに答えていきます!」
「この部分だけ後ほど動画に上げて皆が見られる状態にするので送ってくれた人たちもご安心を!」
ここでずっと片耳イヤホンをしていた凪がイヤホンを外し、真剣な眼差しをステージに向ける。
いや最初から外せって。
でも凪の様子が変わったのには理由がある。
「さて、今回届いたお便りは総数1万3564件!」
「1万……」
さらにその数字を聞いて目を細める。
今回、俺らは『お便り』を1件送っている。
これが読まれることを願っているが……。
計算すると、ざっと。
「約0.007%か」
それぐらいだろうと予測。
「はやっ!」
「そうか?」
小沢は唖然として俺を見つめる。
疑っているのだろうか、もう一問問題を出してくる。
「……9876543210÷1234567890」
「8.000000072900001?」
「お前がアインシュタインでいいよ……」
「そういやお前いっつも数学のテスト100点だったの忘れてた」
凪の頭を抱えた様子を見て思わずニヤリと口角を上げる(が恐らく上がってないのだろう)。
そろばんをやっていたこともあるのか、どの桁数でも計算問題は大抵3秒以内には暗算で解けるようになっていた。
唯一の特技で我ながら誇りに思っている。
このおかげで中学の数学は毎回100点だし理科も地学生物分野を除いて100点だった。
地学生物は暗記科目だしなぁ……。
「お前いっつも無表情だなとは思っていたが、まさか中の人が機械だったとはな」
「機械じゃねぇし中の人言うな」
凪って子どもの頃から某ネズミに中の人居るとか思ってたんだろうなぁ。
夢のない奴め。ハハッ。
「ってか0.007%? あのガチャでも0.6%だろ? ……絶望だろ」
一方すぐガチャで比較する小沢。
お前はいつからゲーマーになったんや……。
ま、1万件の中から選ばれるのは難しいだろうけど、今回ので十分アドバイスは──。
「
って思ってると来るんですねぇ~、でしょうね。
明らかなフラグ、回収しないわけないよねぇ。
というか。
「お前このRNどうにかなんなかったのか」
お便りの内容は小沢と俺が考えて出し、RNに関しては適当に凪に任せていたが……、失策だった。
「クールタイムも必要だろ」
「別にこれスポーツじゃねぇよ」
とにかく、俺らのお便りが読まれることになったのだ。
俺たちは真剣にステージ上の5人の会話に耳を傾ける。
「『100万人達成おめでとうございます。突然ですが私たちはYouTuberをしています』。へぇ」
居るかな、とチラチラと辺りを見渡す。
男が少ないせいで目立つのが若干不安材料。
「『グループで活動するようになったのですが、お互いわがままで思うように活動が出来ません。お互いを納得させるようなコツとかがあれば教えてください』」
「わがままで、お互いを納得させるコツ、かぁ」
「なんだろう……」
そう言って長い時間うーんと5人は悩み続ける。
同業者ということで慎重に考えているのだろうか。
いや、誰にでも彼らは丁寧に考えてくれるだろう。
グッズのコンセプト、そして今まで行われてきた動画の企画や今回のイベントでの企画。
これらは全て『初めての人でも誰でも楽しめる』ものだった。
よくファンを囲んで身内で盛り上がるYouTuberも多い。
それはファンをより楽しませることができるだろうし熱狂的にもなってくれるだろう。
もちろんそれも全く悪くない、一つの生存戦略だ。
ただ、彼らは初見をいつでも迎え入れてくれる。
だからこそファンも多く居るのだろうし、そうやって100万人を達成してきたのだ。
─―そして、その姿勢は誰かを助ける。
「『お互いの見せ場を作る』っていうのはどうだろう」
「お互いの見せ場……」
その小さな疑問にもしっかり他のメンバーは拾っていく。
「お互いの見せ場を作るっていうのはどういうこと?」
「えっとね。お互いがそうしたい、って思うことがぶつかることがあるじゃない。両方叶えるのって結構難しいんだよ。だから、今はコイツが主役、次はアイツが、って感じで代わりばんこで自分のしたいことをする。で、それにしっかり他の人は付いていく。それが大事じゃないかな」
「確かに。ドラマとかでも主役が同時に出てくると理解不能になっちゃうしね」
「ということで、参考になったかな? というか同業者にも俺らのこと知ってもらえてるんだね」
「いつかコラボとかしてみたいなぁ」
「そうだね。じゃ、もしこの場に居たらご返事待ってま~す!」
そのメッセージは、今、確かに俺たちに届いていた。
「いやー、にしても、まさか握手会で凪が宣戦布告するなんてな!」
「いつまで余韻に浸ってんだもう5月も半ばだぞ」
そう。もう5月も後半を残すのみ。
ファンミーティングの余韻に浸る暇もなく、あのあとすぐ新幹線で東京に戻り、GW中の課題に頭を抱えながら取り組む、まさに8月31日の小学生さながらの光景がシェアハウスで繰り広げられていた。
五月病なんてか二の次だったほどには焦っていた。
そして、そんな焦りをさらに急かすかのように待ち受ける中間テスト。
『へいへいGW楽しかったかい? あーそうなんだじゃあこれぐらいいいよね? ね?』と充実した休暇を台無しにする中間テスト。
あの休暇明けの定期テストに数知れない人々が殺意を抱いたことだろう。
「俺たちじゃなくて凪が『これで勝ったと思うなよ!』って! あいつ何様なんだよ! アーハッㇵッハッハ!」
「なあ、だからとっくにファンミは終わってるって」
「イェスイェス、オールレディーノー!」
「小沢の定期テストが不安で仕方ないぞ俺は……」
テスト勉強のためにと数学の応用問題を解いている俺の横で、最近の小学生にも負けてるんじゃないかと思うほどの英語力を披露する小沢。
ちなみにこないだ例の企画でコラボしていた時にちらっと小沢の勉強机を見たところ数学の小テストで3点を取っていた。
まだ序の口なんだけどな……、ってかまだ中学の範囲だぞそこ。
彼の名誉を守るため、何点中だったかということにつきましては回答を差し控えさせていただきます。
「今定期テストの話をすんな、俺は今それどころじゃ──ってなにこの提出物の量! 夏休みかよ!」
「そんなに多いのか?」
「そうだよ! 数学の参考書は50ページ以上やんないといけないなんて……。これだから自称進は困る……」
数学3点の奴に自称進とか言われる高校さんご愁傷様です。
「ぐへ~、ばたんきゅ~」
完全に提出物にノックアウトされた小沢は某パズルゲームのキャラクターみたいな悲鳴を上げる。
果たして何人の人が分かるだろうか……。
「まあ、どんまい」
「いいよなぁ、ホントの進学校さんは提出物少なめで。俺の提出物もやってくれよ~」
「それじゃ自分のためにならないだろ」
まあ事実、俺の通っている旭ヶ丘高校は地区内ではトップ校、県内でも十指に入る進学校ではある。
本当にガチの進学実績トップ校だと『お前ら東大目指せ』ってドラマみたいなことを言ってむしろ宿題が増えるが、そこまで熱を上げて進学を推し進めているわけではない旭ヶ丘高校は宿題が少なめだ。
自主学習を特色としているうちの校風に則っているのだろう。
逆に言えば自己管理が出来なければ落ちるところまで落ちていくぞ、という警告でもあるのだが。
というか、それにしても。
「あっつ……」
仙台だろうが東京だろうが暑さは変わらずまとわりつき、今日も気温は30℃前後と季節外れ。
一応シェアハウスの中はクーラーを付けているのだが、小沢の汗がしっとりと参考書の右端で染みを広げていたこともさっきから見受けられた。
「アイスでも買ってくるか?」
一区切りついた俺は、そんな小沢の様子を見て提案する。
「ああ、シャリシャリ君のコンポタ味で」
「了解。それまでしっかり勉強してろよ。そうじゃなきゃ、アイス2つとも俺が食べるからな」
「へぇ~い」
いってらっしゃーい、と緩い声を背に、暑さの立ち込める戦場へと踏み出す。
案の定、強い日差しが顔を照らしつけてきて思わず目を閉じる。
まだ5月というのにこの暑さ。
これからさらに酷くなると考えると外に出るのが億劫になる。
ため息をつき、陽炎でアスファルトが揺れている向こう側へと足を向ける。
緩やかな坂を下っていると、一人の少年が段ボールを両脇に抱えて逆方向から歩いてくるのが見えた。
──奥入瀬だ。
奴も後から俺の存在に気が付いたようだが、目線を外して素通りしようとする。
いつもなら俺もそうしていた。
あの条件を聞くまでは。
だがあの条件を持ち出された以上、そんなことをしている場合ではない。
「おい、奥入瀬」
「……」
奥入瀬は無視して坂道を上っていく。
そんな彼を引き留めようと腕を無理やり掴む。
「おいって」
「……んだよいてぇな」
「話し合うんじゃなかったのかよ」
「うっせぇな……」
「うっせぇじゃないだろ。お前あの条件忘れたのか?」
「ああ勿論。それがどうした?」
「なッ……」
300万円を支払わなければいけなくなるかもしれないというのに、こいつは表情をぴくりとも動かすことなく飄々としていた。
300万円など痛くも痒くもない、とでも言うかのように。
「俺はお前らと違って登録者も多い。このまま1人でやっていてもいずれ300万円は溜まる計算なんだからどうってこともない」
「その予想が必ずしもそうなるとは限らないだろ? 俺たちで組んで、それで個人でも別でやればより安心できるだろ?」
もし仮に俺たちのグループが3年以内に100万人を達成できなかったとしても。
そのグループチャンネルと個人のチャンネルの収入を合わせれば300万円のダメージは多少でも軽くすることができる。
そんなメリットを前にしても、奥入瀬は頷くことはなく、その飄々とした表情を崩し、人を見下すように笑みを浮かべる。
「ふん、お前らと組んでより安心できるだと? 1人メンバーが抜けるのによくもまあそんな腑抜けたことが言えるな」
「お前、今なんて……」
「見てねぇのか、メッセージ。これだよ」
奥入瀬が見せてきたスマホの画面。
そこに表示された、短く、そして重い一文。
『メンバーを辞退します。ごめんなさい』
送り主は中津 茂。
送られてきたのは5分前。
それを見て俺も中津さんにメッセージを送る。
──それが終わったら帰ってくるよな?
──分からない。
そんな少し前の会話を思い出す。
香川に居たまま戻って来ない。
憂慮していた事態が起こってしまったのだ。
「嘘だろ……」
畳み掛けるように奥入瀬は話を続ける。
「荷物は明日引っ越し業者が受け取りに来る。俺は荷物を段ボールに入れる作業を今からするんだよ。ま、ほとんどは置いていくみたいだが」
「……」
「これでも安心させれるのか? 俺を?」
送ったメッセージに、既読はつかない。
数十秒前に送ったばっかりのメッセージだからそりゃそうなるんだろうけど。
「……中津さんを呼び戻してくる」
何が起きたか分からないから。
直接会わないとはぐらかされて終わってしまう気がしたから。
「どうせ無駄足だと思うけど」
「じゃあ奥入瀬、誓ってくれよ。もし俺が中津さんを呼び戻すことができたら、今度こそ動画をグループで撮ろう」
「……俺に何のメリットもないじゃねぇか」
でも奥入瀬は首を縦に振る。
「呼び戻すことが出来るなら、な」
だって奥入瀬だってなんだかんだ期待してるんじゃないの?
みんなで動画を撮ることの楽しさを知ることをさ。
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