第11話 はじめてのおしごと!
「で? 謝罪は?」
「すみませんでした……」
シャワーを浴び終えた俺は、事件が起こったことも知らず、ソファーで寝ながらゲームをしていたバカ野郎を正座させた。
これは体罰じゃないです、指導です。
まあ本人は湯船を張っていると思っていたししょうがない部分はあるが。
「あれマジで火事になるからな? 火事になってたら300万どころじゃ済まねぇよ……」
何よりこの地域はすし詰め状態の住宅街。
火事なんて起きれば周り一帯が火の海になることだろう。
死ぬときは一緒だぜ、なんて偉い迷惑だ。
「すみませんでした」
頭を床につけて土下座しているところを見るに反省はしているらしい。
流石にそこらへんの倫理観はあったか。
「昨日俺ん家で湯船入ってたから勘違いしちゃって」
「勘違い、ねぇ」
結果的には火事にならずに済んだわけだし、悪意もない。
「今度からは気をつけろよ?」
「分かった」
素直な小沢に少したじろぐ。
いや良い子でいるのは良いことだけどなんか気が狂うというか。
いやだからといって『はぁ~いすいまちぇ~ん』とかやられてもぶん殴るけど。
いやですからこれは体罰でなく指d……。
『ごめん、何の連絡も無しに』
朝とは違い、小沢による掃除が行き届いた自分の寝室。
フローリングは光を反射し、埃は全く落ちていない。
部屋に漂っていた消臭スプレーの臭いも消えていて、一時期ハチやGが参戦していた戦場とは思えなかった。
そんな快適な寝室のベッドに寝転がり、枕元にスマホを置いて通話をしていた。
「いや、別に大丈夫──ではないけどしょうがないんだろ?」
『いきなり師匠に言われちゃって』
通話相手は中津さん。
「そいや、その師匠って昔から教えてもらってるんだよな?」
『そう。小4から』
「それってやっぱり動画より歴は長いのか?」
『動画は中2』
俺自体は動画投稿を始めたのは小学3年生の頃から。
かれこれ8年ぐらいやっているんだなぁ、と感慨深く思う。
……それで登録者数は? と言われるとモチベーションが下がるんだけど。
「中津さんって登録者数何人なの?」
「知らない」
「え?」
「興味ないから見てなかった」
「……」
自分のチャンネルの登録者数知らない人初めて見た。
普通こういうのって『私は気にしてないよ』って表では言ってる人も多少は気になっちゃって登録者数わかってるのに。
「どうやって見るの」
「自分のチャンネルから見れるはず。っていうか、中津さんのチャンネル名ってなに? どんな動画投稿してるのか気になるんだけどさ」
『それは勘弁』
「え?」
即答ですか? そんな嫌か?
「分かってないなぁ、石狩は」
電話をしている俺の横で小沢は腕組みで『はいはい俺はわかっていますよ』スタンスで待機していた。
ってか早く風呂入れよ。
「何がだよ」
「いいか。お前だって動画見られたくないだろ」
「いやそんなことは」
むしろ中学時代は凪に宣伝を頼んでもらっていたし。
「……一番最初に撮った動画でも?」
「……嫌だな」
人は黒歴史という悪性腫瘍が1つか2つかはあるものだ。
一番最初に撮った動画なんて滑舌は悪いし声小さいし企画は面白くないし、みたいな感じで自己嫌悪に陥ることが歴の長いYouTuberほどそう思うようになる。
そう考えると今の動画もある程度歳を取ったら恥ずかしくなるのかな。
あ、でも『初投稿動画振り返ってみた』っていう企画ができ──やっぱ止めよう。
消そっかな、過去の動画。
「じゃあ、動画の内容だけでも教えてくれよ。どういうジャンルなんだ?」
『ジャンル……。多分作曲とかイラストメイキングとか』
「中津さんはクリエイティブなんだな」
『あ、ありがとう?』
ニマァと口角を上げる気持ち悪い小沢の顔が視界に入り、脱線していた話を戻す。
「結局、香川に居ることになったってことを奥入瀬には?」
『言ってない』
「なんでだ?」
『怖い』
「あ~、確かに……」
一番単純な理由で、一番納得できる理由だった。
『あ、登録者だけど』
「おう」
『1300人だった』
「グハッ!」
急所に当たった!
腕組み後方彼氏面で俺を監視(?)していた小沢を風呂に入らせ、引き続き通話を継続する。
『石狩くんたちはどこに?』
「俺らは今仙台の実家に居る」
『……2人で? 双子?』
どう見ても違うことぐらい分かってほしかった。
二卵性双生児とかそういう次元じゃない。
「実は俺ぎっくり腰になってさ。小沢に身の回りのこと助けてもらってるんだ」
『本当に居た……』
「何がだ?」
電話の奥でブツブツと独り言が聞こえる。
怖いよ。
でももっと怖いこともある。
「ねえ、中津さん」
「なに?」
「……それが終わったら帰ってくるよな?」
香川に1ヵ月留まってそのまま帰ってこないこと。
『分からない』
「……」
そのことに中津は回答を避けた。
彼は動画目当てでシェアハウスに来たわけじゃない。
あくまで作品のネタ集めで来ていただけだ。
人気YouTuberになりたいという俺らとは目的が違う。
だから懸念材料があるのだ。
ネタが集まったとき、彼はどう動くのか。
「フゥ~、風呂上がりの牛乳は~♪」
陽気なオリジナル曲(俺は少なくともその曲を知らない)を歌いながら寝室に入ってきた小沢──って。
「おいおいなんで全裸で来た!? 服はどうした服は!」
服を一切纏わず、ありのままの姿を露わにしてコップに入った牛乳を一気飲み。
ア〇雪も『そういう意味じゃねぇよ!』とツッコミを入れざるを得ない。
「服なんて持ってきてねぇよ?」
「Oh……」
そいやこいつ、マジシャンの衣装セットしか持ってなかったわ……。
ハプニングが起きすぎて全く気にしていなかった。
「まあいいじゃんか。裸の付き合いってことで」
何のためらいもなく小沢は服を着ず俺の本棚を漁ろうとする。
自宅裸族って本当に居たんだな。
他人の家でも裸族なのは流石に辞めていただきたいけど。
「俺が少なくとも全裸じゃねぇし」
『あの』
小沢の全裸で頭を埋め尽くされ、通話をしていたことをすっかり忘れていた。
いや言い方。
このままじゃ俺が診断メー〇ーで脳内Hだらけって出ちゃう人みたいになるじゃん。
「な、なんだ?」
『よ、良い夜をー……」
「ちょ、ちょっと待て! 誤解だ!」
そう言っている間に通話は切れてしまった。
──全てはこいつのせいだ。
「おい、小沢」
「今夜は寝かさないぜ☆」
いつの間に横で添い寝していた。
これが一番恐怖だよ……。
「お前出禁な」
男子校で女子に飢えて仕方なく身の回りの可愛らしい男の子に求愛する男子じゃないんだから……。
男子校のドラマはそうやって起きるんだよ。
***
7時のフェリーに乗り、そこから快速列車や特急に乗って鳥取県の米子まで。
そして境線の各駅停車に揺られて15駅目、馬場崎町という駅で降車。
駅の上に走っている4車線道路をしばらく歩き、目的地に到着。
インターホンを押すと、家の主であり依頼人の漫画家が部屋に入れてくれた。
2階の部屋の窓からは日本海が一望できる。
本棚には普通の大衆向け漫画以外にも、北海道、東北、九州、四国などと書かれた分厚いファイルやマンガの描き方など様々な本が置かれていた。
でもそれ以外は一般人と変わりない普通の部屋だった。
部屋の床に描き直して捨てられた用紙やペットボトルなんて落ちていない。
自分の想像していた漫画家の部屋とは違った。
「電車にケケケの喜太郎のラッピングがされてたかい?」
「はい」
落語界のトップの息子として生まれた喜太郎が落語を通して成長していく物語。
これがケケケの喜太郎のあらすじだ。
「この境港でケケケの喜太郎の作者の
「まあ、はい」
「ごめんね、自分の紹介がまだだったね。ボクは
「あじさい?」
「そう。この家の前に走っている道路が国道431号線。だからあ
「なるほど」
「ところで中津くんの風景画も凄いね。師匠さんと同じくらいのクオリティじゃないか」
「いや、まだまだです」
謙遜じゃなく、本当にそう思う。
まだまだ自分は師匠に追いつけない。
技術面もそうだが、精神的な面でも。
「でも、カラーで見れないのが惜しいよ。掲載が決まって巻頭カラーにならないと」
「大丈夫です。モノクロでも最高の景色を描いてみせます」
「えっと本題に入るよ。この漫画は女子高校生2人が路線バスを使って日本各地を回っていく物語なんだ」
軽い世間話をした後、依頼の内容について打ち合わせを始める。
2人はフローリングに敷かれたカーペットに座りながら話し合う。
北地さんも丸いメガネをかけ、声音も少し固くなったのが感じられる。
「いつ授業受けるんですか」
「それはまあ……、いろいろ、ね?」
どうやら余計なことを言ってしまったようだ。
北地さんは机の上にキャラクターのラフや物語のプロットが書き込まれたノートを見せてくれる。
これが漫画家……。
今までの作業とはまた違う、新しい感覚だ。
「この漫画を持ち込んで月刊誌に載せるんだ」
「今の時代インターネットで掲載するのも多いですけど、それじゃあダメなんですか?」
よくTkutterで自作漫画を上げている人を見る。
そこで反響が出て人気になる人も多い。
「う~ん。それもいいんだけどね、ボクは生憎アナログ派なんだよね」
日本海が一望できる窓の目の前に置かれているもう1つのデスクには大量の消しカスに鉛筆、そしてGペンが入った透明なケースが置かれていた。
「それに、昔から憧れなんだよ。月刊誌に載ることがね」
「月刊誌……」
幼少期から読んでいたマンガ雑誌に掲載されるというのは、ジャンルが違うとはいえ感慨深いものがある。
「これを1ヵ月後に締め切りにする。それ以上拘束しちゃうと中津くんの学業にも支障が出ちゃうからね」
「早速赤点取って支障だらけなので大丈夫です」
「……」
また余計な一言を言ったようだ。
なんとも言えない気まずい空気が立ち込める。
その沈黙を断ち切るように北地さんは声を出す。
「あ、そうだ。飲み物だけど、白バラコーヒーでいいかな? というか、知ってる?」
「はい」
西日本エリアのコンビニに売られているソウルドリンク、白バラコーヒー。
生乳70%使用で、まろやかで優しく舌を包み込むコーヒー牛乳だ。
いや〜たまらん。
だからこそ東日本で白バラコーヒーが無いと知ったときは絶望した。
通販で24個入りでも買おうかと思ったが、冷蔵庫が一杯になると石狩に怒られ、仕方なく購入を断念した。
「冷蔵庫に入ってるから自由に飲んでもらってかまわないから」
「ありがとうございます!」
もうずっとここ居ようかな。
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