ガリアⅩⅣ ~縁の響宴①

 1.



 ガリア。

 熱砂の大地が地平線の彼方まで続き、

 砂雲の向こう側から容赦なく照り付けてくる太陽は、

 乾ききった風を生み出し人を地を焦がす。

 過酷なる地に人は生きる。



 2.



「ファンデルさん、今日はいい風がふいていますか?」

 少女は椅子に座る老人に声を掛け挨拶する。

 強い日射しを避け小屋のひさしが作る影で眠るように座っていた井戸番はその声にゆっくりと顔を上げる。

「そうじゃなぁ。暑いし、埃っぽいかのう。砂の匂いしかせんな」

 フードについた砂を払いながら老人は答える。

「相変わらず、砂がきついですよね」

「変わりないのはいいことじゃて。久しぶりじゃのう、エアリィ」老人は目を細め、顔を皺くちゃにさせながら笑った。「して、こんなところまで何用じゃね?」

「今日はね、お使い」

 そういって少女はポケットから札を取り出し老人に渡した。

「おお、シェラちゃんの水かい」

「うん。シェラひとりだと大変だから、今日はあたしがもらいに来たの」

 少女から水袋を受け取った老人は身体を移動させると、蛇口の下にある秤の上にそれを置く。水袋の重さを量ると、それから蛇口をひねる。

 何かが潰れるような音をたてて濁った水が出てきた。

 勢いがよかったのは最初だけであとはちょろちょろと水袋に流れ落ちる。

「最近、商いはどうじゃな?」

 秤をジッと見つめながら老人は訊ねた。

「ぼちぼちかな。油だけじゃなく化粧品も始めたの」

「化粧品とな。また自分で造っているのか? こりゃまた珍しいものを」

「油だけでやっていく気はなかったから、だからクロッセとね」

「抜け目ないのう。商区に行くような御婦人方が相手なら、いい顧客じゃろうて」

「ハンドクリームや整髪油、いろいろと取りそろえようと思って、それに高級品じゃなくて、誰にでも手に入るような安くて質のいいのを売るつもりよ」

「そうかそうか、考えておるようじゃのう」

「うん。次はなにをしようかと考えるのは楽しいよ」

「いいことじゃて」老人は楽しそうに言う。「やりたいこと、やれることがあるかぎり、色々とやってみるといい」

「そうするつもりよ」

「して次はいつ飛ぶんじゃ?」

 あの日の初飛行以来、少女のウォーカーキャリアを知らぬ者はロンダサークにはいなくなっている。

 空を飛ぶ少女の話題はシュトライゼの発行する新聞によってさらに広まっていた。

「わからない。いまもクロッセやマサさんが頑張ってくれているけれど、いろいろと改良しなければいけないところがあるらしいから」

 技術的なことはすっかり二人に任せっきりになっている。

「楽しみにしているよ。して、大先生は元気か? 小さな英雄さん以上に姿を見せんからのう」

 クロッセは自分に配給されている水もろくに受け取りに来ていないらしい。

「元気すぎるくらい」少女は肩をすくめる。「今度はウォーカーキャリアを使って外壁の修理や改修のための準備のため頑張ってくれている」

「外壁の工事か! それはいつ以来じゃろうな。おまえさんもいろんなところに首を突っ込んでいるようじゃのう」

「やるからには楽しまないとね」

「そりゃそうじゃて。こんな老人になっても楽しませてもらっているよ。小さな英雄さんだけじゃのうて大先生も、ますますのご活躍じゃて、なによりだ」

「クロッセは館や工区だけじゃなくていろいろなところに顔を出しているからね。だからあまり自分の家にも帰っていないみたい」

「まあ、大先生らしいかのう」

「そのぶん、静かでいいと思うけど?」

「ちがいないのう」

 老人が顔をさらに皺くちゃにして、しゃがれた声とともに笑うと抜けた歯の隙間から息が漏れてくる。

「大先生のあれもなけりゃないで寂しいものよな」

「さわがしくてはた迷惑だけれどね」

「まあ、あの黒煙と爆発音がこの地区の名物でもあるからな」

「名物かぁ……」

 少女は苦笑するしかなかった。

「よし、入れ終わったよ」

 配給量ピッタリで水を止める。

 一滴も漏らさぬよう老人は蛇口の縁の雫を水袋に落とす。

「ありがとう。ファンデルさん」

 少女は水袋の口をしっかりと閉めそれを確認する。

 老人は少女から手渡された札を小屋の壁に掛け、もう一つの札を少女に差し出した。

 明日の水札だった。

 この地区で井戸はひとつしかなく水は配給制だった。

 家族構成などによって配給量は決まり、札にはバナザード姉弟の名とともに一日の水の割り当てが記されている。

 その量はギリギリでしかなく、それ以上必要とするなら市で買うしかなかった。

「二人分の水じゃて、重いだろが大丈夫か?」

「平気よ」少女は首を横に振る。「でも井戸がこんなはずれにあるのは本当に不便よね」

「まあ、ここじゃ仕方のないことさ。水の恵みがあることに感謝しないとな」

「そうだね。命の恵みがあることに」

 シェラ達が住む五十一地区はかつて流刑の地だった。

 人心を惑わした者や異端とされた者達が咎人として送り込まれたという。

 一説によれば、旧区で権力闘争に敗れた者や不都合な思想を持つ人々が追放されてきたとされ、ここの住む者達の大半はその子孫であった。

 宙港や工の地区同様、旧区から離れた場所に建設されていたが、ロンダサークの拡充に伴い流刑地は廃止される。その後、下町の一部として開放されたが、この地区に送られた者達のほとんどはとどまり続けることになる。

 他に行き場をなくした者達がここに流れてきたこともあり、昔ほど排他的な差別は受けなくなっているとは聞くが、それでも彼らはいまだ咎人の子孫というだけで蔑まれ差別を受けている。

 五十一地区は流刑地として急ごしらえで造られた地区である。外壁はその姿を保っているが、粗悪な岩が使われているためか、触れると表面がボロボロとはがれてくる所さえあった。

 よく崩れないものだと思う。

 砂嵐や砂漠の浸食から身を守る最低限のものだけを与えられ、彼らの祖先はここに放り込まれたのだろう。

 地区の井戸はひとつだけで、唯一の出入り口だった場所近くの見張り小屋の脇に小さいものがあるだけだった。

 今も水の出が悪く、酷い時には止まることもあったという。

 その度に彼らは井戸にもぐり、水路を確保しようと補修にあけくれてきた。それなのに長老会も五家もこれらを改善することなく来ていることが少女には信じられなかった。

 水質も最悪だった。

 砂が混じり、錆びたような味がする。

 それでも濁った水がこの地区に住む人々にとって命をつなぐ水だったのだ。

「今度はもっとゆっくりと話を聞かせておくれ、小さな英雄さん」

 老人は節くれだった手で少女の頭をなでると、少し照れくさそうに彼女は頷いた。

 少女を見送ると老人は再び強い日射しを避け日陰に座り井戸の番に戻る。

 背負った水袋の位置を確認しながら少女は歩く。

 重さは五キロ以上あり、軽くはなかった。

 水場からシェラの家までは遠い。

 この道をシェラは毎日のように歩き続けているのである。

 路地は狭く入り組んでいる。無秩序に建てられた家々のため迷路のようでもあった。

 慣れないと迷ってしまうだろう。

 道もまたデコボコで地盤となっている岩がそのままむき出しになっている。砂が吹きだまっているところもあり足を取られそうになることすらあった。

 粗末なレンガや石壁造りの家が続いていて、貧しい家ばかりだった。

 職にすらつけずその日暮らしの家庭が多いと聞く。

「あら、エアリィちゃん、今日はどうしたの?」

 路地を進んでいくと、小さな菜園で苗を植えている老婆が少女に明るく声をかける。

「シェラのお使いで、水をもらいに行っていたの」

 少女も手を振りながら元気に応える。

「そうかいそうかい。コズナのいいのが採れたんだよ。シェラちゃんとお食べ」

「いいの?」

「かまわないさ。この前は油をもらったからね。持ってお行き」

 彼らは底抜けに明るく義理堅かった。

 そこには貧困ゆえの陰湿さも暗さもない。

 地区同士での諍い、偏見がいまだ絶えない中、よそ者であったクロッセや少女を温かく迎え入れてくれた。

 今もそれは変わらない。

 子供も大人も誰もが少女を見つけるとあいさつを交わして行く。名前すら知らない人に会っても、昔からの顔なじみのようだった。

 シェラの家にたどり着くまでに何度も繰り返される光景だったが、それがくすぐったく、いまでは愛おしくさえ感じるようになっている。

 少女は軽やかな足取りで路地を駆け抜けていく。

 陽は地平線へと傾いていき、外壁が作る影が地区を覆い始める。

 家々の台所からは夕げの準備が始まる音が響いてくる。

 窯に火が灯り白く細い煙が天へとのびていくのだった。


「戻ったわ、シェラ」

 少女は入口のカーテンをめくり中に入ると台所に向かって声をかける。

「おかえりなさい」

 シェラの声に少女はまるで自分の家に戻って来たような錯覚に陥る。そして不思議と笑みがこぼれてくるのだった。

「ごめんなさいね。水運びを頼んじゃって、大変だったでしょう?」

「平気、平気」

 少女はマントを脱ぎ台所にはいると水袋を置き水瓶のふたを開ける。

「平気だけど、やっぱり水場まで遠すぎるわ」

「井戸はこの地区のはずれですものね」

 さらにいえばシェラの家は地区の入り口とは反対側にある。

「それはわかるけれど、まっすぐに水場に歩いていくことができたならもっと時間が短縮できるし、こんな苦労はしないはずだわ」

 複雑に路地が入り組み狭い通りに無秩序に家々が軒を並べているから真っ直ぐな道はなく迷いやすかった。

「この地区くらい区画整理が必要なところはないと思うの」

「なにも考えず無計画に家が建てられて、そのまま来てしまっているからね」

 シェラは気にしていない様子だった。

 少女は汗を拭いながら、水瓶に水を移していく。

 台所ではシェラが夕げの支度を始めていた。

 彼女はハミングしながら小さくひなびたジャガイモやイダの砂をはらっている。

 太陽は外壁の向こうに消え、地区のほとんどを影が覆う。

 日暮れまではまだ間があったが、部屋の中は薄暗くなり、暑さもひと段落してくるのだった。

「よくエアリィは迷わないわね」

「トレーダーは方向感覚にすぐれていないと砂漠では生き残れないわ。こんなところで迷ったら恥じよ」

「そうだったわね」

「それにしてもソールはどうしたの? 本来なら水くみはソールの仕事ではないの?」

「あの子も学年が上がっていい先生に出会えたらしく帰りが遅くなったり泊りこんでしまうことがあるわ」

「うわぁ、クロッセみたいになりそう」

「どうかしら。でも今が楽しくて仕方がないみたい」

 少女のおかげもあってかいじめも減ったらしい。

「それならなおさらお手伝いしなくちゃね」

「嬉しいけれど、無茶はしないでね。エアリィもいろいろと忙しいでしょうから」

「これくらいなんともないよ。それにシェラにはいっぱい迷惑かけているからさ」

「迷惑? エアリィが?」

 小首を傾げ不思議そうな顔で少女を見つめ、そして微笑んだ。

 その笑顔に引き込まれそうになる。

「そんなことあったかしら?」

 そして、その言葉に偽りはないだろう。

 いつだってシェラは周囲を温かく包み込んでくれる。

「それなら、あたしの店とかも手伝ってもらっているからそのお返し」

 最近では店の手伝いもお願いしている。

 少女がケガをした時には真っ先に駆けつけて治療までしてくれていた。

 大変なはずなのに少女に織物も教えてくれている。

「あらあら、でもバイト代はもらっているわよ」

 シェラはそうは言っているが必要最低限のお金しか受け取らない。

「それだけでは足りないくらいよ」

 頼りにしてばかりでは申し訳なかった。

 彼女くらい知識や教養があれば、もっといい暮らしをしていてもおかしくないはずなのに、シェラの生活はつつましい。

 家の中に家財道具と呼べるものは少なく、質素だ。

「その気持ちだけで十分よ」シェラは嬉しそうだった。「そうだ、ねぇ、エアリィ。今日は泊っていかない?」

「えっ、でも、いいの?」

 明日の朝の動きは早くなるが気にしないことにした。

「イクークの良いのが手に入ったの。新しい料理もハーナさんに教えてもらったから、それを食べていってほしいの」

 イクークは港湾でこの日加工品作りのバイトをしていたシェラが、たまたま市で会った親方から頂いたものだという。

 シェラが見せてくれたのは、城壁近くで獲れたものとは違う活きのいい大物だった。

「新しい料理?」

「ええ、先日、油で揚げるお料理をね、教えてもらったの」

 シェラは鮮やかな包丁さばきで内臓を取り出す。丁寧に骨を取り、身と分けていくのだった。

 骨は別の料理に使い、切り分けられた頭や尾は細かく砕き肥料として小さな菜園にまいていた。

 そしてイクークの肉は塩や胡椒で味付けをして、ハーナにもらったという粉をまぶして油で揚げるのだという。

「ああ、あれね。イクーク揚げはあたしも好き♪」

 しかも、シェラの料理となると美味しくないわけがない。

「エアリィといると、いろいろ人とお話ができて、楽しいわ」

「そうなの?」

「私はいろいろなところでお手伝いさせてもらったけれど、それでも他の地区の人とつながりが出来たわけじゃなかったから」

 どちらかというと五十一区の出だということが知れると疎まれたという。

「今は館とか港湾に行くといろいろな人からお話しが聞けて嬉しいの」

「うれしいかぁ……確かにそれはあるかも……でも」

 少女は苦笑いする。

 館の厨房は工の地区の人達が出入りしている間、社交の場でもあった。

 他愛のない世間話だけならいいが、ご近所の噂話から自分の亭主の暴露話まで多岐にわたりすぎていてついていけなかった。

 確かに面白い情報もあったけれど、キャラバンの暮らししか知らなかった少女にとって、胡散臭い下町の話もあってどこまで信じていいのか判らないものも多すぎた。

「……ちょっと凄かったけれどね」

 少女の表情を見てシェラも苦笑する。

 シェラもひとたび彼女らの輪の中に溶け込むと格好の標的になった。

 なかには結婚していないと知ると見合い話を持ちかける夫人もいたほどだった。

「でも私はちょっとした暮らしの知恵とかも聞けたからためになったわ」

「あたしも目からうろこが落ちるような話があって、ビックリしたこともある」

 砂漠でトレーダーとして暮らしていた頃には考えもつかなかったことだ。

「なんでこんなことに気付かなかったんだろうってこともあったわね」

「うん。祖先が違うからそれぞれのオアシスで伝わってきた習慣も地区ごとに変わっているみたい。マーサさんがそういっていたわ」

 フィリアも驚いていた。

 農区と工区では様々なところで違いがあるのだと。

 少女は商いで知り合った他の地区の人達を見ていて気付かされることもあった。

 地区によって習慣の違いが大きいのである。

 ロンダサークの下町が建設されて長い年月が過ぎ去っているが、壁によって分断されていることもあるのだろう、地区によっては離れていると交流がほとんど行われていないこともあった。そのため祖先から伝わった物がそのまま他と融合することなく継承され続けているものも多くあるのである。

「ロンダサークは広いから」

「でも、あたしからみればオアシスはオアシス。どこもみなひとしくひとつにまとまり暮らしている」

「じゃあロンダサークが特殊なのね。その成り立ちからして」

「でも今のような形になってかなりの年月が経っていると師から聞いたわ。本当ならもっと人同士が交流して融和なり同化なりが進んでもいいと思うの」

「小さなオアシスだったらそれも簡単にできたでしょうけれど。ロンダサークは旧区があって、さらにいくつものオアシスからの流民を受け入れているの。それによって拡大してきたのがロンダサーク。下町の多くの人々が交われるような造りだったらそれは可能だったと思うけれど、最初の下町以外は、新たな流民を受け入れるたび壁が作られ、難民たちを壁の中に押し込めてしまった」

「見ず知らずの人々を受け入れるのは大変だけれど、そうなってしまうと受け入れられた方も交流しづらい環境よね」

 少女もそうだった。

 そして、偏見や無理解があればなおさらだった。

「生きていくだけで大変だった時代でもあったはずよ」

「その理屈はわかるけれど」

 少女は納得できない様子だった。

「新しい環境に慣れさせるための壁だったとも聞くけれど、今はそれが自由な行き来を阻んでしまっているのかもしれないわね」

 何か事故や事件が起きるたびに偏見によって言い掛かりのようなうわさが流布したという。

「だけどさ、それがわかっているのなら、時間はあったのだから、誰かがなんとかしてくれてもよかったと思うのよね」

「誰もがそれを望んだのかもしれないけれど、五十もの小さな世界に分かれてしまった人の心をつなぎ合わせるだけの仕事を成せる人が現れなかったのも事実だわ」

「ベラル師は? いまは師がいるわ」

「ベラル師は素晴らしい人ですものね」

 差別をなくそうと長年にわたって長老会に働き掛け続けている。

「でも師は運がなかった。時に見放された」

「それはよく他の人からも聞くけれど、どういうことなの?」

「詳しいことは私もよくわかない」

 包丁の動きが止まり、静かに少女を見つめる。

「ただ大病を患い長いこと公務携われなかった頃があったと聞くわ」

「でも、いまはもういいのでしょう?」

「そうね」

 シェラは微笑む。

 ただその笑みはいつもとは少し違っているようにも感じられた。

「だったら、もっとロンダサークはひとつにまとまっていいと思うの。あたしたちトレーダーがそうであるように」

「トレーダーはちゃんとした指導者がいるのでしょうね」

「まとまらなければ砂漠では生き残れないわ」

「トレーダーとオアシスの民の違いはあるでしょうけれど、きっとそうでしょうね」

「下町にはそのために長老会があるのでしょう? せっかく地区から選ばれているのにもったいないわ」

「選ばれたとは言っても任期は一年。それに本意でなかった人も多いと聞くわ」

 地区によって選出方法は違う。

 世襲を認めていないだけで、選挙で選ばれる者もあれば前任者からの推薦もある。

 そして彼らのほとんどは無報酬だった。

「だったら長老会はいらないじゃない。五家だけに任せていけばいいのよ」

「下町は広く、人も多い。五家だけでは監督するのは難しいでしょうね」

 五家は下町成立以来続く五つの家系であり、長老会を統べる者たちだ。

「だから各地区の代表として長老が選ばれるのはわかるけれど、長として選ばれた者が指導しないのはおかしいわ」

「長老は指導するものではなくて、何か地区や地区同士で問題が起きた時に地区の意見をまとめ五家の方々に裁定してもらう役よね」

「だからだれでもいいの?」

「誰でもいいわけじゃない。それに選ばれたからには責任はあるわ。長老の言葉は地区の意見となるのですから」

「あたしにはやっぱり理解できない。でもね、それなら長老が地区をまとめ、そして長老会がそれをきちんと導けばいいと思うの。ベラル師の元、まとまればいいのよ」

「そうね、それにはベラル師は適任でしょうね。ベラル師がいなければ長老会はまとまらないといわれたくらいですから、あの方がいなければもっと今の長老会は混迷していたのかもしれない」

「それに長老会だけじゃなくシュトライゼさんやマサさん、親方だっているでしょう?」

「シュトライゼさんは商工会をマサさんは工の地区をまとめ、そしてドルデンさんは港湾の要。三人とも下町にはなくてはならない存在ですものね」

「そうでしょう?」

 少女は何度も頷く。

「でも、商工会も港湾も長老会とは別のまとまりでしかない」

「組織とか地区とか、そんなの関係ないと思う。ロンダサークを下町をよくしようというのに、自分のところだけまとまればいいというのは変よ」

「エアリィに言われると不思議ね。そう思えてくる。私たちはいままでの生活が普通で、それが当たり前のものでしかない」

「あたしからみればおかしすぎるわ。自分が大切なのはわかるけれど……」少女は頭を掻く。「あたしだったそうだし。でも、それだけではなにも解決しない」

「私たちは生きるだけで手一杯だったのかもしれない。周りを見る余裕はないのかな。ベラル師だってそうかもしれない」

「そんなことないわ。師だったら絶対」

「ベラル師でも強い個性をまとめることは難しいわ。それぞれの利害がからんでくればなおさらね」

「むずかしく考えることなんてないのに。よりよくしようという気持ちはみな同じなのだから」

「そうね。行きつく先の答えはひとつなのよね」

「そうよ。なぜ、それがわからないのかな」

「本当よね。単純なことなのに。人は体面にこだわったりして、気付かない」シェラは微笑む。「でも、あなたがいればできるかもしれないわね」

「なっ! どうしてあたしがでてくるの?」

「私たちにはない視点と行動力。それにベラル師やシュトライゼさん、マサさん、ドルデンさんともお友達なのだから」

「あたしはトレーダーよ。下町の人間じゃないわ。それに知り合いなのはたまたまでしかない」

「偶然かもしれないけれど、それは凄いことなのよ」

「そうなの?」

「私たちにとって、あの方たちは雲の上のような人たちよ。会うことだって簡単にはできないわ。それに知り合えたとしても、あなたのように親しく付き合うことはできないと思うのよ」

「どうして?」

「人と付き合うことはエネルギーのいることだと思うの。行動を起こさなければならないのですから。そして人と関わることはその人の人生に関わっていくことになる」

「おおげさよ」

「そうね」シェラは笑う。「でも、そういうことなのよ。一度できた絆は簡単には断ち切りがたく深く付き合うほどに強いものになっていく。あなたがベラル師やマサさんとつないだ絆はそれほどのものなのよ」

「それは簡単なものじゃないのはわかるけれど、ヴェスターやシェラがいなければ知り合うことはできなかったわ」

「でも、それはあなただからできたことなのよ。それにこれは縁なのだから」

「縁か。そう考えると不思議だよね」

 少女はトレーダーとして生まれた。

 今は罰をうけ、ロンダサークのヴェスターの元に預けられているが、本来なら砂漠の生活者である彼らはオアシスの民と交わることはなかった。

「私は嬉しいわ。エアリィと出会えたことが」

 シェラは微笑む。

「あたしもいまはそうそう思えるかな」

 少女は顔を真っ赤にし、視線をはずしながら照れくさそうに笑った。

「ヴェスターには感謝しないと」

 彼の紹介がなければベラル師やシュトライゼとは出会えなかった。

 クロッセもそうだった。そして、シェラと出会えたきっかけはヴェスターのひと言からだった。

「きっかけはいろいろとあるけれど、あなたにその気がなければ、私たちの関係はどこかで途切れ、続かなかっただろうと思うの」

「あたしが望んだ?」

 少女は目が点になる。

 トレーダーの基準からいえばあり得ないことだった。

「人は知り合うことはできても、その先へと進むのにはお互いに相手を思わなければ難しいと思うわ。相手に好かれたとしても、その人にその気がなければ、結局は知り合いのままなのだから」

 改めて指摘され少女は少し動揺しているようにも思えた。

「あたしは変わった?」

「そうね。いつも会っているとそういう感覚はないかもしれないけれど、出会ったころのあなたを思い返すと、変わったと思うわ。人は同じままじゃいられない。たとえあなたがあなたであり続けたとしてもどこかで人は自分の道を選び変わり続けていく。同じ砂がないように明日の砂漠はどこかしら変化している」

「あたしの道か……」

「あなたの本質は変わらないかもしれない。でも、人と出会うことで人は変わり続けるの。そしてそれがエアリィとしての生き方や人柄を形作っていくのよ。あなた自身は気付かないかもしれないけれど、あなたはあなたらしく真っ直ぐに壁を乗り越え、新しい魅力的なあなたを私に見せてくれているわ」

「そ、そんなことない。あたしはまだまだよ」

「それは当り前よ」

 少女はその言葉に少しガッカリしたような顔をする。

「だってあなたはまだまだ先へと進めるのですから、ここで終わりなわけじゃない。それにもっと私としては輝いてほしい」

「買いかぶりすぎだよ、シェラ」

「でもね。ちょっと前ならあなたはロンダサークのことなんてどうとも思っていなかったでしょう?」

「そ、それは……あたしがトレーダーだから……」

「トレーダーでも、今のあなたは私たちのことを見てくれているわ」

「て、でも、それがどうしてベラル師やあの三人をまとめることと関係してくるの?」

「エアリィなら、いつかこの閉塞感をなんとかしてくるんじゃないかな」

「あたしはいつかここを出ていくことになるわ」

 それがいつかは判らないけれど、別れのときは必ず来る。

 その言葉を口にして少女は少なからず動揺するのだった。

「たとえ別れの時が来て離れ離れになったとしても、この絆は確かなものだと思いたい。死が袂を分かつわけではないかぎり、きっとまた廻り合えると私は信じている」

「……シェラ……」

「この絆と縁を信じたい。その時、成長したあなたが私たちを導いてくれるってね」

 シェラの言葉に少女は、そんなことできるわけがないと思いっきり首を横に何度も振った。

「それは、私の希望かな」

「……先のことなんかわかるわけがないじゃない。それにいまを話しているのに」

「そうね」

 シェラは軽やかに笑う。

「たとえその道筋が難しいことでもベラル師はあきらめていないようですしね」

「その師をもってしてもままならないとは本当に下町をまとめるのは大変なのね」

 水問題や生活習慣の違いなどから、門を閉ざしてしまった地区同士もあったという。

 少女はベラル師にそんなロンダサークの歴史を教えられてきた。

「習慣の違いもあるし、他を見る余裕がないのかもしれないわね」

「生きるのに大変なのはわかるけれど」ゆとりがある者はほんの一握りでしかない。「ああもう、もっとこう、みんながゆとりあるように暮らせる方法がありそうなのに」

 少女は頭をかきむしる。

「何かきっかけがあればいいのでしょうけれど」

「きっかけねぇ」

「マサさんとエアリィのようにね」

「あたしと?」

「エアリィは凄いことをやってのけたのよ」

「すごいこと?」

「そうよ。マサさんと一緒に仕事をして、工の地区の人たちとの交流まで行ったのよ」

「そ、それは……あたしは自分のことをやっただけで……」

「でも、それが結果的に歴史的な邂逅をもたらしたのよ」

「おおげさすぎるよ、シェラ」

「大袈裟なものですか! マサさんとエアリィのことが始まりだったかもしれないけれど、それが大きな輪になっていったのよ。誇りに思っていいのよ」

「えっ、えぇと……」

 少女は照れくさそうに笑った。

 確かに大変なことだったけれど、過ぎてしまえばいい思い出でしかなかった。

「始まりは小さいことからでも、それが大きなことに変わることもあるわ。最初から大きなことを考えなくてもいい。自分のできることから始めて行きましょう」

「それに付き合ってみればみんないい人たちだしね」

「いろいろな人がいるし個性もある。でもみんな本質は同じだと思いたいわね」

 シェラは微笑む。

「シェラはすごいなぁ」

「エアリィを見ていてそう思っただけよ。気付かせてくれたのはあなた」

「あたしは後悔したくないだけで、そんなこと考えたことないわ」

「それでいいのよ。それにその輪が広がっていったおかげで私もいろいろな人と知り合うことが出来たわ。だから今日は覚えたことをあなたに見せたいの」

 小さなイクークの肉を軟らかくして団子状にして揚げる方法や燻製にしたり、発酵させる方法なども教えてもらったのだという。

「そんなに習って食堂でも開くつもり?」

「そんなつもりじゃないのよ。料理はおいしく食べてもらいたいじゃない? それにクロッセも帰っているようだから、久しぶりにみんなで食べたいと思ったの」

「クロッセが? そうなの、珍しい」

 最近はエアリィの館だけでなく、工の地区とかにも顔だしているようなので、所在がつかめないこともあった。

「それにしては静かだよね」

 何かしら物音がしておかしくはなかった。

「寝てるのかしらね」

「そうだといいけど」

 少女は嵐の前触れだと言いかけた。



 3.



 ドン!

 地鳴りのような大きな音ともに壁が揺れた。

 慌てて外へ出ると、隣の窓や入り口から煙が噴き出していた。

 少女は頭を抱えていると、傍らに立つシェラの息遣いが聞こえる。

「クロッセ~っ! 無事なの~?」

 大声で中に呼び掛けると、少し遅れて返事が返ってきた。

 シェラを見るとホッと胸をなでおろしていた。

「だ、大丈夫だ……よ……」

 煙でむせたのだろう咳きこみ、涙を流しながらクロッセは姿を現した。

 入り口からよろめくように外へ出て、彼は座り込んでしまう。

 顔は煤だらけだった。

 周囲にはいつのまにか人垣が出来ている。

 近所の人々は消火用の砂の入ったバケツを手にして集まってきていた。いつものことなので様子を見に来てクロッセが無事なのが判るとすぐに引き上げていく者もいる。

「今度はなにをしたのよ?」

「いやあ、気が付くと寝ていてね。目を覚まそうとお茶を入れようと思ったんだけれど、アルコールランプに点火したら近くにあった物に引火してしまったらしい」

 クロッセはあっけかんといい苦笑いした。

「また気化性の液体とかを火のそばに置いていたでしょう?」

「そうかもしれない」

「すぐに持ってきたものをその辺に放り投げてしまうからよ。せっかくシェラが片付けてくれても、意味ないわ」

「あはは、すまない」

「先生に怪我もないようだし、被害も先生の家くらいだ。よかった、よかった。明日直しに来るよ」

 近所の寄り合いの老人達は頷きあう。

「本当に、あとで部屋の中を見てみないとわからないけれど、片付けが大変よ」

 少女は呆れながらため息をつく。

 シェラは布に水を浸して戻ると、座り込んでいるクロッセの隣で両ひざをつくと煤けた顔を拭き始めるのだった。

 クロッセは少し照れながら頭を掻いていたが、まんざらでもなさそうな感じである。

 それもいつもの光景である。集まった野次馬達も解散し始めた頃だった。

「やあやあ、クロッセ、君は相変わらずだねぇ」

 少し演技のかかった大袈裟な声がする。

 少女がその声のする方に顔を向けると、そこには小ざっぱりとした白い上品な服を着た男が立っている。

 ひと目で旧区の者だと判った。


「トーマ・ガルデソムじゃないか!」

 クロッセは驚きの声を上げ立ち上がると、駆け寄った。

「久しぶりだね。元気そうで何よりだ」

 ヴィレッジの者が下町に直接やって来ること自体が稀だった。

 周囲が騒然とする中、クロッセは嬉しそうに無駄に笑顔を振りまく男と握手を交わしていた。

「そういえば、クロッセは元ヴィレッジだったのよね」

 ふと見るとヴィレッジの男の隣にはソールが立っている。

 少女はソールを手招きする。

「な、なにかな?」

「なにかな、じゃないわよ。いっしょにいるあいつは何者なの?」

「ああ、あの人はぼくが教わっているヴィレッジのプロフェッサーで、トーマ・ガルデソム先生だよ」

「そのヴィレッジが、こんなところに何の用なのよ!」

 帰りかけていたギャラリーも興味があるのかその場で様子を見つめている。

「よく判らない。ぼくも先生に案内してほしいって言われただけだから」

 少女に詰め寄られソールはしどろもどろになる。

 彼もヴィレッジが下町やトレーダー達と険悪な状況になっているのを知らないわけではない。

「それにしても何年振りだろうね、トーマ」

 そんな周りの状況なんかお構いなしに軽やかに二人は話し込んでいる。

「君がヴィレッジを辞めてこっちに移り住んで以来だから、五年以上になるかな」

「そうか、もうそんなになるか」

「そんなになるんだよ。君は変わっていないようだけどね」

 クロッセの汚れ具合を見てトーマは笑う。

「そうそう変わるものじゃないよ。それにしてもこんなところまで何用だい?」

「まあ、君に折り入って話があったのだが……」

 勢いは弱まったとはいえ煙が出ている家を見てトーマは肩をすくめる。

「そこ、君の家なのだろう?」

「ちょっとたてこんでいるけどね」

「久しぶりにゆっくりと話をしたいと思ったのだがねぇ」

「すまないなぁ」

「何かお話があるようでしたら、私のうちでよろしければこちらでどうぞ」

 微笑みながらいうシェラの言葉に周囲は騒然となった。

「おお、それは助かります。お嬢さん」

「い、いいのかい、シェラ?」

「かまわないけれど、ヴィレッジの方が私の家になんていいのかしら?」

「ああ、こいつならぼくと同じでそういうのはあまり気にしないというか、気にしなくてもいいやつだから」

「クロッセ、ずいぶん親しげだけれどこちらのお嬢さんは?」

「ああ、こちらはシェラ・バナザードさん。僕の隣人でいつもお世話になっている方だよ」

「クロッセの世話をねェ。それは大変でしょう。シェラさん?」

「いえそんなことはありませんよ」

 シェラは笑みを絶やさない。

「おやおや、出来た人ですね。君にはもったいない隣人だ」

「ほっとけ」

「ところで、バナザードということは、ソール君の?」

「はい、姉です。先生」

「こんなきれいなお姉さんがいるなんてどうして教えてくれないんだい?」

「えっ、あの」

「そりゃあ、トーマの女癖の悪さを聞いているからだろう?」

「このぼくのどこが」

「そうやって、女性を口説こうとするところ」

「目の前に美しい人がいたら、話しかけずにはいられないじゃないか」

「よくまあ、そんなセリフがスラスラと出てくるものだね」

「素直な感想だけれど?」

「クロッセはトーマ先生と知り合いだったの?」

 ソールは訊ねた。

「ヴィレッジにいた頃の腐れ縁というか悪友だよ」

「腐れ縁はひどいな。幼なじみじゃないか」

 そういってクロッセの肩に手を回す。

「だから嫌なんだよ。お前といるだけで、一緒に見られる」

「それはぼくも言いたいのだが」

 聞いてくださいよと、トーマはシェラににこやかに語りかける。

「君がバーナーで机を爆発させたときだって」

「あれはお前が、実験中にテーブルの上を水だらけにしたからだろう。早く乾かそうとしただけだ」

 慌ててクロッセは彼の言葉を遮ろうとする。

「しかしだ、耐火性の岩でできた机が燃えないのをいいことに熱し続けたのは君だろう。あげく熱によって中に封じこめられていた空気が膨張し、その圧力に耐えられなくなって表面が爆発した」

「熱し続けたらどうなるか、けしかけたのはお前だろう。それをいうなら、何の対処もなしにテルミット反応の実験をやったのは誰だっけ?」

「ああ、あれはねぇ、あんなに高熱反応を引き起こすとは思いもよらなかったよ」

「途中で消火することが出来ず、空き缶の下の鉛まで溶かしてしまい危うく実験棟が火事になりかけた。一緒にいた僕まで怒られたよ」

「隣にいて止めなかった君も同罪だよ。まあ、大事にならなくてよかったなぁ」

「大事だろうが、あのあと実験室から閉め出しを食らっただろう」

「それは君のせいもあったと思うが? ぼくの実験の前に硝酸銀の溶液をこぼしてそれに気付かずにそこら中、靴跡だらけにしたのは誰だったかなぁ、きれいな大理石の床の上が君の足跡だらけだ」

「いろいろと試してみたが消えないんだから仕方がないだろう」

「ヴィレッジに足跡を残したと揶揄されたよね」

「お前だって、高価な遠心分離機の試験管を何本も割ってプロフェッサー連中に怒られていただろうが」

「あんなに簡単に割れるものだとは思わなかったよ」

「それだけじゃない。クラッシャーの異名までとってビーカー、試験管、メスシリンダー、壊しまくりだろう」

「それは君も同じだよ。くしゃみ一発でるつぼを割ったのは君だけだ」

「くしゃみだけでるつぼが割れるか。あれは使い方が悪かっただけだ。それをいうなら大型のメスシリンダーを持ち上げただけで底を抜いたやつに言われたくない」

「高価な塩化金を数秒で溶かして台無しにしたのは誰だったかな」

「潮解性があんなにあるものだとは思わなかったんだよ」

 延々と続いていく暴露合戦。

 クロッセとトーマがじゃれあっているのを少女は呆れながら見つめていた。

「クロッセの知り合いだけあって、ようはにた者同士ってことよね……」

「そのようだね」

 ソールもその様子をみて呆然としながら頷く。

「あれが、ソールの先生なの?」

「うん。いい先生だよ」

「クロッセと同類というじてんでどうだろう? 二人がこんな関係だって知っていたの?」

 少女の問い掛けにソールは首を横に振る。

「初めて知ったよ」

「まあ、あまり言いたくはないかもね。それにしてもいい加減見ていて暑苦しくなってくるわ」

 少女はクロッセの襟をつかむと二人を引き離し、引きずるようにシェラの家へと連れていくのだった。



 4.



「で、何用なんだ、トーマ?」

「まあまあ、落ち着きたまえ」

 初めて入る下町の家に興味津々だった彼はシェラの淹れてくれたお茶を飲みながら、至福の表情を見せるのだった。

「美味しいお茶はゆっくりと味わって飲むべきものだよ」

「ビーカーで飲んでいるようなやつに味の違いが判るのか?」

「それは君も同じだろう? ビーカーやるつぼ、薬さじが食器代わりだった」

「……今はそんなことはしない」

「今は、だろう?」

 にっこり笑いトーマはシェラの方をうかがいながらに言うのだった。

 事実なのだろうクロッセは苦虫をかみしめ押し黙った。

「そんな昔話をしに来たわけじゃないのでしょう」

 トーマの視線の先が気に入らない。少女は話が進まないことに苛立ち口をはさんだ。

「この子は? もしかして君の子供かい?」

「おい!」

「冗談だよ。相手もいないのに、それはないのはぼくも判っている」

「言っていい冗談と悪い冗談があるぞ」

「すまない、久しぶりなのではしゃぎすぎた」

「たいがいにしろよ」

「そうしよう。あまり歓迎されていないようだからね」

「判っているんだったら、少しは自嘲しろよ」

「ヴィレッジは人気がないからねぇ。ああいった事件があったばかりだし」少しだけ居住まいを正しトーマは少女を正面から見る。「トーマ・ガルデソムと申します。お嬢さん。ヴィレッジの末席で教鞭をとっています」

「教鞭ねぇ」だから先生か。

 後にクロッセから聞かせられたが、席次とてしては末席のほうにいるが、権力欲がないだけで能力はヴィレッジでもトップクラスだという。

「トーマと僕は家も近所同士で親も知り合いだったので、昔から友人だった」

「気の合う友人ですよ。いまはソール君の先生でもあります」

「あたしはエアリィ・エルラド」

「君があの?」

 少し目を見開きトーマは少女を見る。

「あのってなによ?」

「ああ、申し訳ない。ここで会えるとは思ってもいなかったので驚いています。お噂はぼくの耳にも届いていますので」

「あんたたちに届くくらいだから、どうせろくな噂じゃないでしょう?」

「彼らの側からすればそうでしょうが、ぼく個人としては心の中で喝采を送っていますよ」

「心の中でね」

 クロッセは突っ込みを入れる。

「それはぼくの立場もありますからねぇ」

 トーマはすまして笑う。

「ふ~ん。まあいいわ、ケンカを売ってきたのはそちらなのですからね。いつだって高く買ってあげるわよ」

 少女は口元を歪ませきつく言い放った。

「バカな連中のしたことに関しては、ぼくとしては申し訳ないと思う」

「あなたもヴィレッジでしょう?」

「彼らはそれだけのことをしでかしたのだから、あれは罰せられて当然だし、徹底的にやってくれたことには感謝していますよ」

 彼自身その結末を歓迎しているようにも見えた。

 それは一週間ほど前に起きた事件だった。


 夜も更けた頃のことだった。

 館に普段は聞きなれない音が響き渡る。

 施錠していたはずの倉庫に誰かが侵入しようとして鳴った警報だった。

 館にいた男達は跳び起き、倉庫が発信源だと判ると駈け出した。

 サウンドストームのある倉庫の扉が開いており、その中に侵入している者がいた。

 マサや工の民も数人泊りこんでいたのは幸いだったといえるだろう。

 ウォーカーキャリアのコックピットに入り込み動かそうと躍起になっていた侵入者はマサらによって取り押さえられた。

 侵入者は二人。

 どちらも下町の者達だった。

「さて、こいつらをどうしたものかね」

 マサはハンマーを片手に睨みをきかせる。

「下町の法では盗みはどういうことになるのかしら?」少女は訊ねる。

「まあ程度にもよるが、おれの見解では追放だな」

「トレーダーもそうね」

 二人はそれを聞き、涙ながらにそれだけは勘弁してほしいと懇願する。

 オアシスからの追放は死を意味している。

 侵入者達は必死になって、自分達は頼まれただけだと主張した。

「やっぱりヴィレッジね」

 下町の人間だけでウォーカーキャリアを盗もうとすること自体考えづらかった。トレーダーの報復の方が恐ろしいと思うはずだからである。

「旧区の連中にいい目見させてやるとか言われたんだろうがな。それこそありえねぇ。小銭を渡してやつらの代わりにていのいい人柱にされるのが関の山だ」

「サウンドストームを盗んで足がつかないと思っているのかしら」

「自分達の権力でなんとかしようとしたんだろう。ウォーカーキャリアを手に入れた後、こいつらの犯行にして素知らぬふりをするつもりだったんだろうがな」

「そんなことでトレーダーがおとなしくすると思ったのかしら、あたしたちは屈しないし自分たちのものを取りもどすまで徹底的に戦う」少女は目を細めうすら笑いを浮かべる。「たとえ逃げても地の果てまでだって追いかけるわ」

「さて、どうしたもんかな」

「決まっているわ。ヴィレッジの連中も二度とこんなことができないくらい痛めつけてさらしものにしてやるのよ」

「具体的には?」

「この二人案内させて、取り引きにあらわれたヴィレッジの連中を一網打尽よ」

 少女は拳を握りしめ宣言した。

 頷いたマサの号令の元、長老や港湾などの関係各所に伝令が走った。


「つかまった連中の間抜け顔はぼくも見たかったですねぇ」

 トーマは心底嬉しそうだった。

 少女はウォーカーキャリアを操縦し、ヴィレッジが取り引き場所に指定した所へと向かう。

 マサや親方がモービルや砂上船を動員しヴィレッジ達への包囲網を形成し、ヴィレッジ所有の砂上船で現れた彼らを一網打尽にした。

 その様子をシュトライゼがいち早く記事にする。早朝に号外を発行し、ヴィレッジの蛮行を伝えるのだった。

 ヴィレッジの権威はさらに失墜したのだった。

「お仲間じゃないの?」

「ぼくもあいつらは嫌いだった」

「弁護するわけじゃないが、トーマの言っていることは本当だよ、エアリィ。僕もトーマも彼らからは疎まれていたからね」

「だから、彼らが考えなしに行動を起こしたと聞いた時には呆れたし、君らの対処には喝采したよ」

 ヴィレッジの歴史は古く、ロンダサークが建設された頃に設立されたという。

 技術の継承と発展のための組織であったが、時の流れとともにその意義は失われていく。

 一部の者が権力欲に目覚め、自らの優位性を盾にロンダサークの実権を握ろうとする。

 実際にヴィレッジは旧市街区を掌握し自らをシチズンと名乗りその地位に胡坐をかき続けている。

 ヴィレッジ内部での派閥抗争が続き、その過程で技術の大半は失われしまった。また権力におぼれ怠惰な時を過ごした彼らには、残された技術を理解する力すら残っていない。

「本当はあいつら全員をオアシスから追放くらいしてやりたいところだったけれど」

 トレーダー地区への不法な侵入と窃盗行為に管制塔は色めきたった。

 入港していたキャラバンもそれに加わる。

 五家がエアリィやトレーダーとヴィレッジの間に立つことになった。

 極刑だけは避ける方向で話し合いがなされた。

 五家としてはトレーダーとの間に禍根を残したくないということもあったが、ヴィレッジ側からの圧力があったのも事実だった。

「簡単には許しはしない。しぼりとれるだけの賠償金を要求してやったわ」

「彼らの没落が見ることができただけでも、ぼくは行幸だね」

 法外な賠償金を少女やトレーダー側に支払うために盗みに加担した者達は相当の私財をなげうつことになり、ヴィレッジにおける彼らの勢力は半減した。

「おかげでヴィレッジ内の急進派や強硬派は力を失ったしね」

「急進派ねぇ、あなたは何派なの?」

「しいていえば中立かな」

「どちらになびくってこと?」

「違うよ」クロッセが言う。「どちらからも相手にされていない」

「言ってくれるねぇクロッセ。君だってそうだろうに」

「本当に似た者同士ね」

「「一緒にしないでほしい」」

 トーマとクロッセの声がはもる。


 下町の者達だけでウォーカーキャリアを動かそうとしているという噂は彼らヴィレッジの元にも届いていたらしい。

 しかし、ヴィレッジは自分達を抜きにそれは不可能だと、鼻で笑っていたという。

 いずれは泣きついてくるものだと。

 ウォーカーキャリアが大破して、少女がケガをした噂が彼らの耳に届いた時それ見たことかと笑っていたらしい。

「誰もヴィレッジをあてにしようなんて思うものはいないわ」

「その通りなんだけどね。上の連中は昔からそれを認めようとはしないんだよ」

 クロッセは肩をすくめる。

「ヴィレッジは自分たちの優位性を説くけれど、実際にはなにもしていないじゃない」

「まったくもってその通りですよ」

 実際に工の民の力だけで、それは成し遂げられてしまった。

 それを知ったヴィレッジは自分達の威信が傷つけられたといいだしたのである。

 しかし、彼らがそれ以上のことを成せるはずがなかった。

「本来ならヴィレッジにも技術力があることを自ら示さなければならないのだろうけれど」

「そんな力もないくせに」

「それでもプライドだけはオアシスの外壁よりも高かったんだよ」

「君たちが、ウォーカーキャリアを造り上げ飛ばしたことはセンセーショナルだったからね。ヴィレッジの面目は丸つぶれだった」

「そんなのとっくに砂漠の下に埋もれしまって這い上がることすらむだなあがきなのにね」

「手厳しいなぁ」

「本当ことだけどね」

 クロッセは同意する。

「強硬派や急進派にとってそれは許されざる事実だった。格下の者たちに自分たちが失ってしまったことをされてしまったのだからね」

「さりとて自分たちでは何もできない」

「ヴィレッジからの呼び出しがなんどか来たけれど、無視するか追い返すかだったものね」少女はにやりと笑った。「引き取るだの自分たちが管理するべきものだとかいろいろといっていたけれど、ウォーカーキャリアはトレーダーのものよ。あたしの刻印もあるしね」

「穏健派の話し合いは徒労に終わってしまった」

「話し合い! あれが? 冗談じゃない。ただ命令してきただけじゃない」

「あとは金を積んできただけか。あの人たちは自分たちが偉いと思い込んでいる。話し合いの仕方も知りはしなかった」

 クロッセはため息をつく。

「ヴィレッジに優位性なんてないじゃない。ただお金を持っているだけ。太古の遺産に胡坐をかいているだけで大切なことを理解できない」

「あとは水かな」

「それこそ下町が勝手に持ってしまった幻想よ。オアシスの水は等しく民のものなのに」

「それが約束事でもあったらしいからね」

「どこにも明文化されていないわ。記録にすら残っていない。そんなことであいつらの顔色をうかがうのはおかしいわ」

「彼らが我々から水を手に入れるために食料を納め税としてお金を支払っているのは事実だし」

「それか絶対におかしいわ。水はヴィレッジが作っているわけじゃないのだから」

「そう言われてみればそうだね」

 トーマは肩をすくめる。

「とはいえ穏健派のやり方ではらちがあかないと強硬派がとんでもない行動に出た次第だった」

「盗みに入った連中は動かし方すら判らなかった」とクロッセ。「盗む以前の問題だよ。計画性が皆無だ」

「本当だね。盗んだ後どうやって、ウォーカーキャリアを管理しようとしたのだろう」

「ヴィレッジの砂上船に隠しころ合いを見計らって自分たちが造ったものだと主張しようとしたのだろう」

「それでごまかせると思ったのかしら、考え方が幼稚だわ」

「強硬派は金の力で何でもなると思っている連中の集まりだったからね。雇ったやつらの話をうのみにした部分もあると思うな」

「侵入した者たちの話だとモービルくらいは動かせるということだったが」

「あの程度の乗り物と一緒にしないでほしいわ」

「そうなのかい、クロッセ? 君も操縦していたと聞くが?」

「簡単な操縦くらいはできたけれど、今は無理だ。もはやあのウォーカーキャリアはセキュリティ的にもエアリィにしか動かせないようになっている」

「頭、悪すぎよ。本当にあいつらはヴィレッジなの?」

 ヴィレッジから何らかの横槍はあると予測していた。

「それをいわれると面目もない」

「トレーダーからの直接的な報復はないとたかをくくっていたようだし、あたしは下町を盾にしたことは許せないわ」

「君のウォーカーキャリアは空を飛べるのだし、港湾への砂路を使えば大型のウォーカーキャリアだって下町にほとんど被害を与えることなく旧区に侵攻できるのだからね」

「そういうことよ。直接、空からサウンドストームで旧区に乗り込んでやったら、ようやくあいつら自分たちの置かれた立場を理解したくらいだから」

「興味本位で訊くけれど、あれだけの賠償金を手に入れて君は何をしようというのかな?」

 一生遊んで暮らしてもおつりがきそうな金額だった。

「あたしの手にした額は少ないわ。半分は管制塔に残りはウォーカーキャリアの整備と下町のために使う予定」

「トレーダーが下町のためにだって?」

「なにか?」

 少女はヴィレッジを睨みつける。

「この目で見るまで、トレーダーと下町が手を取り合っているという話は信じ難かったわけなのですよ」

「手を取り合っている、なんて言われると変な気分になるけれど、あたしはそこのクロッセだけじゃなくて、親方やマサさん、いろいろな人と知り合い友達になっている。そんな人たちのためになにかすることがおかしいかしら?」

「下町の人々とトレーダーが仲良く出来るなら、どうです、ぼくたちとも」

「まっぴらよ」即座に少女は否定する。「どうひっくり返しても、あんた達ヴィレッジを信用する気になんてなれないわ」

「そうだよね」

 想定していた答えなのだろう、さして気にしていない様子だった。

「あいつらが二度と変な気を起さないくらい徹底的にやるつもりよ、あたしは」

 少女は鼻を鳴らす。

「まあ、それは大丈夫でしょう。もはや彼らにはそのような力はありませんから」

「どうだかね。なりを潜めたかと思ったら、今度はあんたが来たわ。最も自らやって来るだけましかもしれないけれど」

 ウォーカーキャリアを見せろ、だの、研究を見せろ、だの上からの目線で、さらに言うなら命令口調で使者を送ってきたり文書を送りつけたりしてきた。

「あれは穏健派がやったことだけど、話を聞くかぎり頼む立場のものいいじゃないね」

「全部ことわってやったけど、しつこかったわね」

 使者や文書がダメならと、次は金で解決しようとする有様だった。

「過去の栄光に囚われて面子や体面ばかり気にするような人たちですからね。もはやヴィレッジは何も出来はしないのに」

 自嘲気味にトーマは笑った。

「それで今度はどのような要求なのかしら?」

「要求ではありませんよ」

「ただ旧友に会いに来たわけではないのでしょう?」

「確かに」トーマは苦笑する。「クロッセのいるこの街に来てみたいとは常々思っていました。どのような暮らしをしているか興味があったのは事実です」

「相変わらずこんな暮らしをしているよ」

 クロッセは応えた。

「変わらないことに安心したよ。結局は、ぼくも彼らと同じようなことをやろうとしているのだけれどね」

 トーマは苦笑いし、クロッセに向き直る。

「クロッセ」

「なんだい?」

「ヴィレッジに戻る気はないかい?」


 シェラの家の外でも息をのむような音や驚きの声が上がる。

 ヴィレッジが現れたことは集まっていた人々にも関心があった。彼らは家の周りで聞き耳を立てていたのである。

「ウォーカーキャリアがダメなら今度はクロッセを引き抜くつもりなの?」

「そういうことになるね」トーマはあっさりと認めた。「ヴィレッジはクロッセ・アルゾンにプロフェッサーの地位を用意している」

「それをいいにわざわざ君が来たのかい?」

「普通に使者をたてても話にならないと判断したものがいたらしい」

 中道派と呼ばれる者達だとトーマは言った。

「ヴィレッジの人間でクロッセ・アルゾンと親しく使者として下町に赴けるものとしてぼくに白羽の矢が当たったということだよ。ぼくと君の関係を覚えていたものがいるのだろう」

「それは御苦労だったね」

「いやいや、ヴィレッジを辞めて野に下った君の生活を垣間見ることができたし、エアリィ・エルラド嬢とも会えた。来た甲斐はあったよ」

「変わったやつだろう?」

 クロッセは少女に笑いかける。

「そうね。一方的に話をつけに来たわけではなさそうだからね」

「プロフェッサーなんて肩書きには僕は興味ないしね」

「そうだよね。君は自分のしたいことをやってきただけだものね。ただねそれだけじゃないんだ。ヴィレッジは君のために専用の実験室を用意するといっているよ」

「……」

「クロッセ! その間はなんなのよ?」

「ああ、いやねぇ、専用の実験室というのは、そそられるものがあるなぁと」

「そうだろう、そうだろう。ここに比べれば機材や資料だけはそろっているだろうからね」

「確かに」

「もっとも、専用の実験室を用意することで君を監視して自分たちの権威を守るために使おうという魂胆が見え見えだけれどね」

「まあ、連中が考えそうなことだよね」

「資料室や図書室も閲覧自由にするといっているがどうだろうね?」

「それは魅力的なお誘いだね」

「昔はこっそりと忍び込んでいたりしたからね」

「よくそこまで条件を引き出せたね?」

「それはぼくが使者になるからには、交渉材料が欲しいからね」

「僕の性格を踏まえたうえでの条件か。君はどっちの味方なんだい?」

「ぼくはぼくの好きなことができる方の味方さ」

「相変わらずだね」

「それでどうだい? かなり好条件だと思うが」

「そうだね。でも、僕は下町の生活に満足しているし、今やっていることが楽しくてしょうがないんだ」

「まあ、君ならそういうと思ったよ」

「強引に連れて行こうとするのなら、あたしたちが黙っていないわよ」

「そのようなことはしないよ。そのためにぼくは一人で来たのだし、それに彼らへの義理はこれではたした」

「それだけのために来たのかい?」

「言っただろう。ぼくの興味はいまの君だと」

「判った。あまり上には睨まれないようにしろよ」

「君よりはうまく立ち回るさ」

 そう言ってトーマはお茶を飲み干すと、シェラに丁寧に礼を言い立ち上がった。

「帰るのか?」

「ちょっとやりたいことができてね。今なら日暮れまでには帰れるからね」

「そうか、今晩はゆっくり飲み明かしたかったが」

「それは次の機会にしよう」

「もう来なくてもいいわよ」

「おいおい、エアリィ」

「来るなら、クロッセの友達としてきなさいよ」

「そうしよう」

 ヴィレッジからの使者は無駄にさわやかな笑顔を残しシェラの家をあとにする。

 ソールが地区の入り口まで彼を見送るのだった。



 5.



「本当にまた来るとは思わなかったわ」

 再び下町に現れたトーマを見て、少女は呆れるのだった。

「あなたのお許しも出たしね」

「勝手に解釈しないでよ」

「今日はぼく自身の要件で来たのですよ」

「クロッセならいないわよ」

「ええ、かまいません」

「じゃあなにしに来たの?」

「シェラ・バナザードさんとお話がしたくて参りました。彼女は?」

「いるわよ」

 少女は中で織物をしているシェラに声をかける。

「あらあら、トーマさん」

「ごきげんよう、シェラさん」

「クロッセならお出掛けしていますが?」

「ええそれは知っています。本日はあなたにお話がありましてまいりました」

「なんでしょう?」

 小首を傾げシェラは訊ねた。

「ぼくと結婚してくだい」

 トーマはシェラの前に花束を差し出した。

「はあっ!」

 隣で聞いていた少女の方が大きな声を上げた。

 それは下町中に響き渡るかのようだった。

 シェラも差し出された赤い花を見つめながら口元を押さえ驚きの表情を見せている。

「ひと目であなたを好きになりました」



 〈第十四話了 十五話へ続く〉

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