5の1 しごとしごとしごと……

「……そうかお前は持っていたのか」

「まぁな」

「貴様らがフレイヤ様へ謁見できるように手配しておこう。秘密施設とかに関しては見つかり次第、貴様らが最優先で調査できるようにしておいてやる。では……」

「次の依頼ですか? それとも任務で御座いましょうか大隊長様」

「家族を養うために金がいるんです儲けられる仕事を下さい」

「そうかそうかそんなに働きたいのなら、直ぐに2つの依頼を与えようじゃないか連戦になるがしっかり働いて稼げよ。真面目に働く部下を持てて私はとても嬉しい」

「楽しいなぁ、幸せだなぁーーーーーーーー」

「情けないと思わないのかお前ら?」

「「「思わない!」」」

 7月23日、朝8時丁度。

 クロフェンが仕事を始めるのに合わせるべく、早めに宿から出た4人は大隊長室に入ると任務の達成報告などをする。

 仮面をつけた蒼空の背後に並んでいる黒人と狼男は横を向いたまま話をし、昨晩飲み過ぎた赤髪ポニテの女性は調子が悪そうで、苛ついているエルフの少女擬きは隊長に渡すための依頼書を書類の山から探し始めるのだった。

「お前らが休日を貰ったのはいつなんだ?」

 嫌な予感を感じたエミリアは自分が所属する組織について周りへ聞いてみる。

「私は半年ぐらい休んでないぞ、仕事時間は朝8時~夜8時までで残業は別だ」

「遠い昔の日なんて忘れたなぁ」

「家族の顔を忘れそうだ」

「精神に良くないから数えない方がいい」

「労働に関する法律はないのか?」

「特察隊は階級が高くて給料がたっぷりだ、しかも〘世界中から毎日くる依頼〙で稼ぎまくれる。これほどの好待遇でもお前は不満があるというのか?」

「大いに不満がある」

「諦めろエミリア」

「俺達はヒーローでエミリアはヒロインなんだ」

 両肩に乗せられるオオカミと黒人の手、エミリアがどう抗議しようかと悩むと前にいるアジア系は振り返って止めを刺すようにこう話す。

「ヴァルキュリアとして世界貢献できるなら本望だろ、エミリアはそれでも運命の三女神なのか? 情けない奴だな」

「そういう言い方は卑怯じゃないか」

「依頼はAA級とA級が1ずつだな、その内容を確認したらさっさと部屋から出て行け私はとても忙しいのだ」

 机に積まれた山の中から2枚の書類を選んで抜き出したクロフェンが、蒼空に渡すと4人は近くにあるソファーに座って机に依頼書を並べて見る。

「ツェーダの次は聖地エルフガーデンか」

「地下倉庫のビッグスパイダーと……大隊長!」

 A級の依頼書は日付が2ヶ月前とおかしいので、依頼書を持った蒼空はクロフェンへ見せつけるようにしながら聞いてみた。

「なんだ?」

「この依頼はもう終わっているのではありませんか?」

「終わってるなら私の所へ知らせが来てる筈だ。結界の外だから放置されてるんだろ気になるなら情報管理課へ聞いてみればいい」

「掃除屋任せとか雑な事をするな」

「暇な軍人とか幾らでも居るのに此れぐらい自力でやれってんだ」

「ダミスが巨大化してないと良いんだが……行くぞお前ら」

「私は〘定期的に休みを要求する〙からな〘有休だってしっかり使う〙ぞ」

「特察隊に有休なんてないし休日も考えるな、世界の現状がそれを許さないんだよ」

「いいかエミリア勇者とか英雄っていう職業はだな……」

 (売られるのは仕方がないとしてもここは嫌だ、出来るだけ早く転職しよう)

 ソファーから立ち上がり大隊長室から出た蒼空達は、まず本部の1階に置かれたマジフォンを起動してクエスト課に連絡を入れた。

 それから情報を貰いつつ監察官の手配をして、それぞれ戦闘準備を整えてキャンプ道具も準備した第一特察隊は、∞連合軍の基地から出るとゲートホールに置かれたゲートミラーを通ってエルフガーデンに移動する。


 ——————。

 《ミッドガルドの南西に広がっている大森林地帯【アールブヘイム】、嘗てエルフの国だった所はラグナロクで壊滅して今は欠片も残ってない。月と自然を崇拝して地下生活を見下していたこの種族は、当然ながら地下都市・基地を殆ど作っておらず、木造家屋が多くて他の種族よりも大きな被害を受ける事になってしまった。

 【聖地エルフガーデン】は大森林地帯とユルボ山脈を西側から越えた先、山脈の東側にありその辺りの森林地帯を支配するように造られていて、ウルズが捕まっていたアース神族のパルマー城塞と数百㎞を開いて睨み合う位置関係にある。》

「いつ来ても不快になる所だ」

「エミリアは文句ばっかりだな」

「お前はどこなら愉快になるんだ?」

「聞くんじゃないダリアン」

「そんなの決まってるだろうが」

「私はヴァルハラに帰りたいんだ!」

「そうだったそうだった」

 《ラグナロクの所為か聖地の中心に建てられた、月を抱えて立った巨大な妖精の像にはヒビが入り修復された箇所が幾つもある。砲台を備えた結界塔に護られるここはちょっとした要塞のような雰囲気を纏っていた。》

「なーーにが聖地だ偉そうに知ってるかお前ら? ここはただの侵略拠点なんだぞ」

「エミリアは運命の三女神だもんな」

「あ~~そうか、そうだよなぁ」

「どう言う意味なんだ?」

「つまりだな……」

 《ダリアンには分かるがマグレーには今一ピンとこないこの話。

 アース神族、ヴァン神族、エルフの神職達はライバル関係なのである。》

「そうだったなウゲェ~~」

「無神論者の∞には関係のない話だ」

「政教分離、神職管理法、布教活動の規制……」

「なんだその不愉快極まりない話は? 詳しく聞かせて欲しいんだが」

「ディグリスの構造を考えれば想像が付くだろ? なぜ規制されるのか。詳しくは偉い人達に聞いてくれ上は大喧嘩をしてるんじゃないかな」

「宗教には関わりたくないぞーーーーーーー」

「そうだーーそうだーーーー」

「特察隊の出番でもある」

「俺らの仕事を増やすんじゃねーーーーーーーーーーー」

「私は転職を希望するーーーーーーーーーー」

「「「早過ぎるだろ!」」」


 《ベッドに寝たユーミルの体に見たてたユルボ山脈、その中で尤も標高が高いのはノーズ山と呼ばれる標高9234mの山になる。エルフガーデンは標高1700m程の位置に造られており夏は涼しくて過ごしやすく、もう無いが嘗ては少し山へ登ると幻想的な雲霧林が広がっていた所だ。

 ミッドガルドは大陸で南北に長く、北は寒いがムスッペルと海峡で分かれているここ南端は赤道に近くて暖かい。》

「エルフの神殿は維持されているんだな羨ましい……」

「ここには雨が頻繁に降るんだが羨ましいか?」

「昔は有名な観光地だったんだがなぁ」

「今住むなら海峡を越えた先にあるムスッペル領の砂漠地帯がいい」

「雨の降らない所は天国だ」

「意味が分からないぞ」

 《エミリアが見上げるのはラグナロクで植物が壊滅した、はげ山へ沿うように造られているリョース大神殿。大理石を積んで階段状に造られた神殿は前半分であり本殿は山を刳り貫いた中に造られている。》

「雨が沢山降るってことはだな……」

「ダミスか」

「そういう事だ」

「ここは結界塔があっても不安を感じる所になる」

「エルフは何故こんな場所に住んでいる?」

「神殿があるからだよツェーダにエルフは殆ど住んでない」

 リュース神殿を守るためならとエミリアは、エルフの考えに同意しかけたが口に出すのは止めておいた。(ダミスは此れを通せるような甘い相手じゃない)

「統合政府や掃除屋・特察隊は住む場所を変えろと、何度か強くエルフに進言したんだがどれだけ言っても連中はここから動こうとしないんだ」

「エルフガーデンよりツェーダの方が安全なのか?」

「地形的にはエルフガーデンの方が安全だが、雨が多いし〘ここに他の神族が暮らすことをエルフは絶対に認めない〙。一か所に纏まる方がいいのか、複数にばらける方がいいのかは議論の分かれる所になる」

「で何であんな奴らを……ってなるんだ」

「フォレストエルフもだが、エルフは宗教色と保守思想がつよい変人の集まりだ」

「神殿を守るために生活を犠牲にするとか俺達には理解できねぇ」

「ラグナロクがあったから更に強固になったんだよな」

「ラグナロクを起こした神族が悪い、自分達は間違っていなかったとエルフは言うが奴らも戦争に参加していた」

「エルフは勝手な奴らだ昔からな」

「そして手に負えなくなると……」

「中立らしい特察隊へ仕事がくる訳だな」

「長く話し過ぎだな先を急ぐぞお前ら」


 山に沿って造られたエルフガーデンは勾配がきつい所で、プンスカプンプンと機嫌の悪い黒髪の女性に中てられつつ、特察隊の面々は斜面を下って監察官との待ち合わせ場所である聖地の東門前までやって来る。

「……なんだ男かよ」

「男で悪かったな、お前がピンクタイフーンか?」

 〘4人が今回ブルホースに乗っていないのは、歩いて行ける距離に目的地があるからで経費削減でもある〙。

 一時的に仮面を外しながら蒼空達が向き合うのは、彼らと同じように深緑のフードローブを鎧の上から羽織って武装した監察官。長い耳に金髪と白い肌をしたエルフで年は中年ぐらいと有能そうな男だった。

 《軍や警察以外にも広く協力を求めたいから、ダミス討伐などは国が仕事として依頼するのであり監察官は役人だ。AA級より下の依頼はギルドや冒険者とかが仕事として倒したりもするので、政府関係者は狩り過ぎないのが暗黙のルール。》

「依頼内容を確認するぞ。お前たちが戦う相手はAA級のビッグスパイー討伐と、A級ダミス4~5体が合体して成長したAA級オーガキングの2体だ。4人だけで大型と連戦するつもりらしいが大丈夫なのか?」

「問題ない」

「AA級が2体もだぞ」

「俺達4人は……だから大丈夫だ。どれから始める?」

「それは頼もしいなさすが特察隊だ。ではオーガキングから始めて貰おう、此奴は結界から少し離れた所に居座ってダークエーテルを集め続けている。ダークジュエルを持ってるから壊さないように回収するといい」

「依頼日から2ヶ月も経ってるから大きいのが取れそうだ」

「だろうなこっちだ着いて来い……」

 結界塔と守備兵を横に見ながら南側の門を抜けた、第1特察隊は坂を下りながら少し進んで広場の側にやって来る。

 《今は結界塔の内側だけだが昔は外にもエルフ達は住んでいた。》壊れて放置された木造家屋が周りに乱立する中にあるここは公園らしく、滑り台とかがあり砂場の真ん中にいるオーガキングは胡座と両手を組んで座っている。

「……何をやってるんだ彼奴は?」

「攻撃対象が見つからないから、ダークエーテルを集めつつ敵を待ってるんだろ」

 第1特察隊と監察官はオーガキングに見付からないように、半壊した木造家屋の2階にに上がって壊れた壁に隠れながら様子を伺っている。

「ダミスは1カ所にとどまって動かないものなのか?」

「ものによって区々だな、辺りを彷徨ったりああやって居座ったり植物みたいに増えていく奴とかもいるぞ」

「ダミスには食事と睡眠がいらないから、何十年でもああやって座り続けて空から振るダークエーテルを浴びて成長し、ほっとくとどんどん強くなる。蒼空大佐、第1特察隊はあれとどう戦うつもりだ?」

「ダークジュエルがあると聞いてたから良いのを持ってきた」

 《全員が羽織るミスリルの糸で織られたローブは、雨や霧に混じるダークエーテルから身を守るのに必要な物。今回はブルーホースを使わないので蒼空は、ローブの外に予備弾とかを入れたリュックを背負っている。》

 床に卸したリュックから矢の先端がはみ出していて、蒼空が取り出したそれは幅7㎝の筒が付いた他よりずっと長い魔弾。

「∞連合軍に頼んで譲って貰った光強槍弾だ、この魔弾は高いがダークジュエルが手に入れば十分元が取れる」

「元が取れないと無駄な経費を掛けたなって、大隊長に怒られて俺達の報奨金からその分だけ引かれてしまうんだ」

「倒すだけならいらない相手だからなケチな上司だ」

「それでダミスを拘束している間に闇宝石(ダークジユエル)を取るんだな?」

「その予定だ」

「オーガキング以外にダミスは居そうか蒼空?」

「居ない、と言いたいが居るんだよなぁこれが」

「2ヶ月分だもんな」

「どこに居る?」

 壁の影から顔を除かせつつ蒼空が指さすのは、公園を挟んだ反対側の家付近やら東にある道の先などで他の4人は単眼鏡でそれぞれを確認していく。

「精確な数を教えてくれ」

「ここから見えてるのはグリフォン2体とアーマーウルフが5体だ」

「そんなにか」

「依頼を修正した先週より数は増えているが報奨金の上乗せはないぞ」

「分かってる。俺はここからマボウを使う、オーガキングの頭にある宝石を取るのはダリアンでエミリアとマグレーは援護しろ。1階に下りたら崩れた石壁に隠れてお前たちは待機し、俺が光強槍弾でオーガキングの動きを止めたら戦闘開始だ」

「了解したお前はどうする?」

「俺はここから戦いを監察させて貰う、自分の身は守れるからほっといてくれ」

「分かった全員配置に就いてくれ」

 

監察官は基本的に戦闘へ参加せず、DMHの掃除など大掛かりな時はダミスを一掃した後に現場を調べて確認する。オーガキングに見付からないように壊れた家の壁から飛び降りた3人は、塀の内側を身を屈めながら進んで公園を取り囲む。

 〔全員配置に就いた何時でも行けるぞ隊長〕

 〔了解した攻撃を開始する〕

 枯れた数本の木がたつ湿り気があるだけの地面、その中程にある煉瓦で丸く囲われた砂場に胡座をかいたオーガキングが陣取っている。マボウに魔力を通しつつ光強槍弾を構えた蒼空が隠れていた所から出て狙うと、それに反応したオーガキングが顔を上げて警戒態勢に入った。

 前回より小さめだが蒼空を睨んだ目は猛獣のように恐ろしく、吠えようと開いた牙のある口は人の頭が入るほどに大きい。

 立ちながら吠えたオーガキングは続けて、4つの手にダークエーテルで作った武器を出現させる。そしてオーガキングは蒼空に襲い掛かろうとしたが、その前に光強槍弾が放たれて20発もある光の矢が黒霧の体に突き刺さっていった。

 〔捕まえたぞダリアン突撃しろ!〕

「うぉぉぉぉ」

 2本のミスリルソードに魔宝石で炎を宿したワーウルフは、軽鎧の各所にある魔宝石で加速しつつ獣のような俊敏さで敵に向かい、高さ4mを超える大ジャンプをしながら魔法剣でオーガキングの首を切り落とす。

 〔マグレー〕 〔任せろ〕

 落ちた首を遠くへ吹き飛ばすのは風魔導師の役目で、闇宝石を壊さないように弱めの魔法を放つとオーガキングの首は離れた所へ飛んで行く。地面に転がった首はそのままだとダークエーテルに塗れて闇宝石はが取れないから、蒼空はそれに浄化弾を撃って邪魔な部分を浄化しダリアンが回収する。

 〔これで大隊長に怒られなくて済む〕

 〔今夜は宴会だ〕

 ボール程もある闇宝石が放つ波動は、生命体の精神を浸食するしそのままだと他のダミスを呼び寄せてしまう。なのでローブの内側にあるポケットからミスリル繊維で織られた布を取り出したダリアンは闇宝石に被せて包む。

 前衛のダリアンは移動が激しいのでこう言うのを管理するのは隊長の役目。

 〔援軍が来る前にオーガキングを削り切って倒すんだ、油断するなよお前ら〕

 首の再生を始めたオーガキングはまだ動けず、ダリアンが闇宝石を預けようと隊長の元へ戻っている間に他の3人は巨人を攻撃し始めた。

「スーパーファイヤーサイクロン!」

 ソードロッドを下に向けて構えたマグレーは、これに付いた魔宝石で増幅しながら風と炎の上級魔法を発動し、長剣を抜こうとしたエミリアへ蒼空が注意する。

 〔剣を使うなエミリア直接魔法をぶつける方が削るのは早い〕

 〔ならこうだ〕

「ライトニングバスター」

 両手を前に出したエミリアは収束した雷の魔力を撃ちつづけ、左右から攻撃魔法を受けて段々小さくなるオーガキングへ蒼空が更にクリアボムを撃ちこむ。

 そうこうしていると他のダミスが参戦してきて、蒼空にダークジュエルを預けたダリアンがそれらを迎撃し、人間サイズにまで縮んだオーガキングが漸く動けるようになるとマグレーやエミリアも剣を構えて近接戦闘を開始した。

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